第43話 ミラムの願い

 ウィル達は宮殿からの手紙が届いた3日後にアレイファンを出発した。

 ミラムからの『皇帝の病気を診てほしい』と言う予想外の申し出に動揺はしたが、他でもないミラムからの頼みだ。またサルタンの、それも宮殿内に行くのは抵抗があったが、ミラムの招きであればモロス皇子も下手な事は出来ないだろうとの判断だ。

 行きと同じでアレイファンから汽車で出発し、クラッツでさらに汽車を乗り換えてサルタンへと急いだ。馬車はクラッツへ置きっぱなしになってしまうが仕方ない。


 ミラムからの手紙が届いてすぐに、ラグナは村への簡潔な手紙を書いてそれをクラッツ行きの汽車へ乗せた。

 "急逓便請う"と書かれた手紙はクラッツに着いてからすぐに協力者のもとへと配送され、滅多に使われなくなった伝書鳩の足環に括られ村へと飛んだ。


 3人はサルタンに着くと、真っ直ぐにミラムの邸宅へと向かった。

 一応正式な宮殿からの招きという名目でミラムは取り計らってくれたが、だからと言って平民2人にユラフタスは流石に目立ち過ぎる。それにそんな所に直接乗り込む度胸など、元より持ち合わせていない。


 *


 アレイファンを朝に出て、サルタンに着いたのは夕方だった。


「すみませーん」


 そう言いながらミラムの邸宅の呼び鈴を鳴らすと、お世話になっていたお手伝いさんが出てきた。お手伝いさんもウィル達の事を覚えていたようで、驚きつつも中に招き入れてくれた。


「ごめんねぇ、せっかく来てくれた所だけどミラム様は宮殿にいるのよ。なんか忙しいみたいで、ここ4日ぐらい帰ってきてないわねぇ」


 そう言いながら応接室に招き入れテキパキとお茶を出すのは流石だ。


「いつ頃帰ってくるかはわかりますか?」

「いや、それがいつ帰ってくるって言わなかったから分からないのよ。とりあえず使いは出しておくように手配はしておくけど……」


 そう言われてしまっては待つ他ない。いずれにしてもラグナはすぐには診に行けないと言っているし、アレイファンではかなり無茶もしたので3人とも疲れている。少し休むがてら、ウィルはまた図書館に行き、歴史書の解読に使えそうな本を探そうとも思っていたほどだ。


 翌朝ウィル達が朝餉を頂いてる時に、俄かに玄関の方が慌ただしくなった。バタバタと音を立てて食堂の扉が開くと、ミラムとその後ろを追ってルフィアが入ってきた。


「本当に来てくれたんだ! ごめんなさい、あんな風に呼び出しちゃって!」


 そう言うなりミラムはラグナの方を向いて頭を下げた。付き人は驚いた顔をしていたが、一番驚いているのはラグナ本人だ。皇太子妃が平民の、それもユラフタスに頭を下げたと言うのは皇族では有り得ない話である。ミラムとしても無闇に平民相手に頭を下げないようにと教えられてはいたが、これは自らの安泰の為に友人を利用しようとした自分への戒めなのだ。しかし勿論その事は誰も知らない。


「そ、そんな頭を下げてもらわなくても……」

「本当にごめんなさい。でも実は手紙では書かなかったけれども、第二皇子のローランド様に連れて来るようにって頼まれたのよ」


 2人の会話を聞きながら、また意外な名前が出てきたなとウィルは思った。アレイファンで見た手紙には、確かに皇帝陛下の病気を見てほしい旨が書いてあったが、ローランド皇子からの頼みと言うのは予想外だった。


 朝一で宮殿から急行してきたミラム達が落ち着くと、前にミラムの邸宅に滞在していた頃の様にウィルが使っていた部屋に5人で集まった。


「しかし、皇帝陛下はいつから病気に罹られていたのですか?」

「去年の今頃からだから……もう1年になるわね」


 それを聞いてウィルとメルは驚いた。確かに昨年の年末に皇帝陛下が病に罹ったという話は、読売を通じて国民の知るところなったが、まさかまだ完治していないとは思ってもみなかった。しかしユラフタスであるラグナはそれよりほかに気になる事があるようだ。


「それで、病状はどうなのですか?」

「さすがに切り替えが早いわね。私もあまり詳しいことは知らないのだけど、今年の初めぐらいからずっと寝たきりらしいわ。意識も無いみたいで……」

「今年の初めから? もう年末ですが……」


 ラグナが困惑するのも無理はない。意識のない寝たきりの状態で1年弱も過ごせるのは異常だ。普通なら快復するか、もしくはそのまま帰らぬ人となるかのどちらかなのだ。


「1年もその状態って……逆に変ですね、医者はなんて言ってるかなんてわかりますか?」

「医者の人もお手上げみたいね。しかも最近になって妙な噂が流れだして、治療も進んでないみたいなのよ」

「イグナスの医者にもお手上げなのかぁ……何なんだろ」


 ラグナは病状について考えているようだったが、ウィルは別の事が頭をもたげていた。


 ――妙な噂? しかもそれのせいで治療も進んでないってのはどういう事なんだ。


 治療が進んでいないだけなら解決策が見つからないとか色々あるのだろうが、それなら1年経っても完治しない辺りで医者の人達は分かっている筈で今更言う事でもない。しかしそれは"妙な噂"のせいだと言う。そうなると誰かが何らかの意図を持って、医者達の治療を妨害しているのではないかとも考えられた。


「ミラムさん、その妙な噂ってどんな噂かわかりますか?」

「え? いや、私も小耳に挟んだだけだから詳しくは……」

「多分その噂、聞いたことあるわ」


 考え込むミラムをよそに声を上げたのはルフィアだ。


「同じ女中に皇帝陛下を診てるお医者さんの奥さんがいて、なんでも"皇帝の治療から手を引け、断れば家族の保証はできない"みたいな内容の手紙が届くようになったみたいで、仲間の医者には暴漢に襲われたって人もいるみたいよ?」


 ルフィアは最後に「他言するなって書いてあったみたいだし、あんまり言わないでね」と付け加えた。そんな怪文書が出回っているのならもっと早くに問題になっていそうなものだが、実害も出ている上にそう脅されてしまっては確かに口を紡ぎたくなるのもわかる。


 ルフィアやメルは驚いた顔をしていたが、ウィルは半分驚き半分呆れといった感じであった。仮にも神の血を引くと言われる皇帝陛下の病を治そうとする医者を邪魔するのも意味不明だが、そうする事で誰が得するかを考えた時に真っ先に思い浮かぶ人が例の人とあれば呆れるしかない。


「ミラムさん……皇帝陛下がもし、もしこのままま快復しなかったら、誰が一番得するんでしょうね」


 ウィルのその言葉で、4人が瞬時に言いたい事を理解した。

 皇帝陛下がもしこのまま身罷られるようなことがあれば、当然皇位は皇位継承権のある第二皇子に移る。しかし第一皇子たるモロス皇子は、ありとあらゆる方法で自らが皇帝になろうとするだろう。その為にこのような計画を企てているのではないかとコルセアと言う軍人も言っていたし、そうならばむしろモロス皇子は皇帝陛下に死んで欲しいのではないか、と言うのがウィルの推理だった。


「ウィル君の言いたい事はわかったわ。でも間違ってもそれを外で言わないでね?」

「勿論です、信用している人にでもなければこんな事話せませんよ」

「よろしくね。さてラグナちゃん、そうなるとすぐにでも宮殿に来てほしいんだけども、いつなら行けそう?」


 そう言われてラグナは少し考えると、「明日か明後日には」と答えた。ユラフタスが医療技術に優れているというのは、ユラフタスとして森の中を歩くに際して身に付けた医療知識が、偶然イグナス国民にとって知らない知識だったばかりに"医術に長けている"と持ち上げられているだけに過ぎない。しかし逆に言えばそれだけの知識をラグナも有している、村に頼んだ応急薬の一式が届くのが明日か明後日。届けばすぐにでも宮殿に向かうつもりだった。


「あ、あとウィル君とメルちゃんも宮殿に来てもらうから、そのつもりでね」

「俺も行くんですか?」

「私、そのあたりの作法はちょっと……」

「お前領主の娘なんだから俺より知ってるだろ」

「近所付き合い程度よ、誰が人生で皇帝陛下の居られる宮殿に入ると思うのよ」

「はいはいそこ、イチャつかないの」

「イチャついてません!」


 ウィルとメルが同時に言った。見るとルフィアとラグナが笑いを堪えている。


「ま、とにかくね。3人にはローランド皇子の決断を助けてもらいたいのよ」

「決断?」

「そう、ローランド皇子の兄を。私の夫を追及する決断をね」


 話を聞くとローランド皇子の方でもかなり調べはしており、竜騎兵の事についてもかなり知ってはいるようだった。しかしモロスと違いその兵力を危険視しており、その基地が二度も襲撃を受けた事に関してかなり憂慮しているとのことだ。


 また皇帝陛下の治療を何者かが妨害している事も知っており首謀者の見当も付いているが、まず証拠が無い事と、今国内を引っ掻き回すと最近になって攻勢を強めてきたリハルトに対して、イグナスの弱みを見せる事になる為に行動に移せないらしい。


 しかしそれらは最高権力者である皇帝が復帰すれば解決する。今の混乱した内政を取りまとめ、戦争の終結に向かえる。と言うのがローランドの意見だとミラムは語った。


 *


 サルタンのユラフタスの協力者の店からラグナが頼んだ薬を受け取ったのは、それから2日後の昼だった。

 いくら知り合いとはいえ平民が皇族と会うのだからと言う事で、ミラムの家に仕立て屋を呼び3人の服を新調したり、簡単な作法だけ教えてもらっているうちに2日間はあっという間に過ぎて行った。

 服に関しては、年の近い異性3人が揃いも揃って綺麗な衣装を身に纏ったもので、ウィルにとっては全く心が休まらなかったのだがそれはまた別のお話。


 そして昼過ぎ、ラグナが薬を受け取るとすぐに宮殿へ向かった。ミラムからすれば徒歩でも良かったのだが、流石に登城するのにそれはまずいと言う事になり、モロス皇子から賜ったという馬車を引っ張り出してきた。


 前にミラム自身が乗りたくないと言っていたその馬車は如何程のものなのか、ミラムは馬車で行く事を勧められた時に心底嫌そうな顔をしていたがどれほどか……

 怖いもの見たさでちょっと楽しみにしていたウィルは、その馬車を見た瞬間色々と幻滅した。と同時に、それでもこの馬車に乗り続けなければならないミラムに心底同情した。


「金も使えばいいってモンじゃ無かろうになぁ……」


 というウィルの呟きは、馬車の音と周囲の喧騒で掻き消されていった。


 *


 皇帝とその一族の住む敷地は森に包まれており、その中に木よりも高く白い宮殿がある。その宮殿が間近に迫ってくるにつれて、馬車内の空気は緊張したものに変わっていった。


「まさか宮殿の中に入る日が来るとは……」

「本当にな。まぁそれ言ったらあの日からずっとそんな感じな気もするけど……」


 メルとウィルは呆然とその白い宮殿を仰ぎ見ていた。ウィルは何となく、いつ元の生活に戻れなくなる道を歩んで来たのかを考えていた。それは竜を見た日かもしれないし、ユラフタスの村で本当の歴史を知った時かもしれない。あるいはミラム皇太子妃と知り合った時かもしれない。


 いずれにしても元の生活に、貨物列車の最後尾に揺られて、仕事終わりにはあのシナークの小高い丘の屋敷に幼馴染に会いに行くような生活に戻れないという事だけは、強く意識してしまった。


 皇帝ライナスは宮殿の寝所に居り、ウィルやミラム達を乗せた馬車はその宮殿の入り口に据え付けられた。すかさず近くに控えていた侍従が馬車の扉を開き、恭しく礼をする。


 ミラムはもう慣れた様子で馬車を降りたが、ウィル達3人は緊張でガチガチだった。これから皇太子に会おうと言うのだから無理もない。

 中に入るとすぐに応接間に案内された。もっともそれは先頭を歩いていた侍従がそう案内しただけで、ウィル達にはそこが応接間とは分からなかったほど立派な部屋だった。


「こちらにて少々お待ちください」とだけ言われて良い香りのする茶と簡単な菓子だけ置かれたが、各地を仕事で訪れていたウィルには、それさえ一流の高級品だという事が見て取れた。


 ハーグ鉄道公団で丁稚としてシナークの貨物駅で働いていた頃に、特に重要な客人が来ると普段は出さない高級なお茶を出したりしたものだが、その経験からすれば宮殿としては自分たちをそこそこ重要な客人だと認識していることになる。確かにミラム皇太子妃の知り合いという名目にはなっているのかもしれないが、それにしてもこれはどういう事なのか。


 メルを見れば落ち着かない様子で足をせわしなく動かしてみたり、座る位置をこまめに変えてみたりしている。椅子が柔らかくて落ち着かないのだろうか。


「お待たせ致しました。ミラム様と女中のルフィア、そしてラグナ様、こちらへどうぞ」


 応接間の扉が音も無く開くと、侍従がまたも頭を下げてそう言った。


「私たちは……?」


 メルが心配そうに尋ねた。


「メルーナ様とイルカラ様は申し訳ありませんが、暫しこちらでお待ちくだされ。追ってお呼び致しますゆえ」


 そう言うとミラムとルフィア、そしてラグナは侍従に連れられて応接間を出て行き、中にはウィルとメルだけが残った。


 *


 侍従に連れられた3人は宮殿の奥へと進んでいった。迷路のように複雑な宮殿を進む間、3人は終始無言。ミラムにとっても病に臥せってから皇帝陛下に謁見するのは初めてであり、特にラグナは緊張でどうにかなってしまいそうだった。


「こちらでございます。陛下は眠っておられますが、なるべく大きい声は出しませんようお願いいたします」


 そう言って寝所の扉を開くと、中からむわっとした香の匂いが漂ってきた。その匂いを嗅いだ瞬間、ラグナが猛烈に嫌そうな顔をしたがそれをミラムは見逃さなかった。


「どうしたの?」

「これ……私たちで言う"御魂送りの香"と言うもので、亡くなった故人に対して焚く物でして……なんでここで使われてるんだろ……」


 その呟きを聞いた侍従の顔色がサッと変わった。すぐに他の侍従に何かを指示すると、すぐにお香が片付けられていく。


「ありがとうございます。これを持ってきた侍従には"療養効果と心を落ち着かせる物"との事で聞いておりましたが、まさかそのような……」


 そう言いながらも侍従の顔は怒っているように見えた。確かに皇帝陛下が病に臥せっている部屋で死人に対して使うお香を焚いているとなれば、その意味を知らなかろうがこれは大変な不敬だ。


「いえ、こちらこそすみません。ただ葬送の時に使われる香があるとは思わなかったので……」


 ラグナはそう言ったが、その一方で何かしらの悪意を感じてもいた。何故外つ土地でも葬送の儀の際に用いられる香が使われているか、しかもそれが最悪の間違えられ方で。偶然間違えたのは考えにくい、ならばユラフタスについて詳しい誰かが意図的に嫌がらせの如くやったとしか思えない。

 だがそれを言っていたずらに混乱させても仕方ない、宮殿の事は宮殿で解決すれば良いのだ。


「お香については事実関係をはっきりさせておく事。とりあえず、このラグナに皇帝陛下の容態を見せてあげて」


 そうラグナが言うと、またもや侍従の顔色が変わった。しかし今度は申し訳なさそうな顔だ。


「はい、それは勿論です。皇帝陛下はあちらの寝台に居られます。しかし大変申し訳ないのですがラグナ様、触診はお控えくださってよろしいでしょうか」

「それはつまりお体には触らないで欲しいという事でしょうか?」


 ユラフタスにとって医術とは、初めに患者の容態を知るところから始まる。それが例えノーファン様であろうと、イグナス連邦皇帝であろうとだ。


「その通りでございます。なにぶんこの宮殿にユラフタスの者を招き入れる事自体が異例の事でして、反対される方も多く……」

「私が身元保証人になっても?」

「ええ、オルトゥスのアルメス大将からの厳命でもありまして……」


 頑なにそう言われてしまっては無理強いはできない。ラグナとミラムは仕方なく、寝台を覆う布から中に入ろうとした。すると背後から若い声が聞こえてきた。


「ならば第二皇子である私が保証すればよかろう。その者に父上を診させてやってくれ」


 驚いてラグナとミラムが振り返ると、そこには宮殿付きの医者達と並んで、ローランドの姿があった。

 ふと目が合うとローランドはラグナに「父上を診てほしい」とだけ言った。


「……わかりました」


 緊張と驚きのあまりラグナにはそう言うのが精一杯であったが、診察の際に焦りは禁物だ。何回か深呼吸をして皇帝の体を見やると、すぐに一通りの診断に入った。ラグナとて医術を本格的に学んだわけではないが、これも森を歩くのに必要なのだ。


 皇帝の身体を調べた後、次に療法についてを医者に尋ねた。そこで言われた治療の内容に、またもラグナは驚いた。


「クシャルの花!? クシャルの花なんて使ってるんですか!?」


 思わずそう叫んだラグナに、宮殿付の医者は驚きつつも「えぇ……はい」とだけ消え入るような声で言った。


「なら今すぐ使うのをやめてください! この花には強い催眠作用のある毒があります、それを使った薬なんて使ってたら目が覚めないのも当たり前です!」


 そう言いながらラグナは、持参した薬袋の中から適当な薬を取り出して行く。


「これは私達が使っている薬です、治っている筈なのに意識が戻らない時に使うものです。刺激の強い薬なので、1日1回だけ誤嚥しないように飲ませてください」


 その言葉に医者の1人はただ頷いて、差し出された薬袋を受け取った。すると他の医者から声が上がった。


「その言い方だとまるで、皇帝陛下はもう治られていて誰かがお目覚めになるのを邪魔しているように聞こえるが?」

「ええ、そうです。恐らく皇帝陛下はもう完治しており、その上で言わせていただきました」


 ラグナはそう言い切った。元より医療とは人の生き死にを司るもの、事実を伝えるのが最良と言うのがラグナの信条だった。

 しかしラグナにそう言われた医者は、顔を真っ赤にして怒りに震えていた。


「そのような背信行為を我々がするとでも? それとも"霧間の民族"ごときが我々宮殿付きの医者を愚弄するか! 貴様らのような民は森の奥で気味の悪い薬草でも摘んでれば……」


「黙れナデム! この痴れ者が、愚弄しているのはどっちだ!」

「レムリッヒ医長! しかし……」


 医長と呼ばれたレムリッヒという男もまた怒りを露わにして、ラグナに怒鳴ったナデムと呼んだ男を詰問する。


「しかしではない。我々が発見できなかった事を、このユラフタスの方はすぐに見抜いたのだぞ? 医者として恥ずかしむ事こそあっても、むしろ怒鳴るとはどういう了見だ!」


 そう言うとレムリッヒはローランドの方を向いて頭を下げた。


「申し訳ございませぬ、お見苦しいところを見せてしまいました」

「私は別に良い。それより謝らなければならぬ相手がいるだろう?」


 *


 応接間に残されたウィルとメルはその頃、ある軍人と会っていた。


「君たちが噂の……いや、自己紹介がまだだったな。私はカナン=ミカルス、ロヴェル機甲師団の少将だ」


 そう言われて出された手をウィルは素直に取った。


「君達の事は色んなところから聞いていてね、ユラフタスの人と知り合いだとかミラム皇太子妃と知り合いだとかそういう事は大体知ってる。今年のレプイム3月に君達を拘束しようとした兵士から逃げたって事もね」


 そう言われて一瞬ウィルとメルは身構えたが、捕縛しようという雰囲気ではなかった。


「おっと申し訳ない、何も君達を捕まえたいわけじゃないんだ。むしろそこのお嬢さんの家を強引に接収した話も知ってて、それを指示した人への懲罰人事の方が大変でね」


 よく喋る人だなぁとウィルは内心で思っていたが、話はまだ終わらない。


「いやそれは良いとしてだ。私も竜に関する報告書は読んだ、君達も知ってると思うがラティール大尉とも会って、色々な話も聞いた。

 それでだ、あとでユラフタスの子にも聞くつもりではいるんだけども、このままあの竜を放置していたら何が起こるか。それを私に教えて欲しいんだ」


 そう言われたウィルの脳裏には、あの丘で家畜の如く殺される竜の姿が見えた気がした。ラティール大尉は竜騎兵の存在を危惧していたし、ここで真実を言えば間違いなく恐らく竜はもう使われない。


 だがおとなしく森に返してくれるだろうか? 諸外国に知れ渡れば竜をめぐって戦争が起きかねない。ならばその場で殺し、例え諸外国に存在を疑われても遺体を見せて「もう竜騎兵はいない」とでも言えば問題解決だ。だがそれでは意味が無い。ここで自分がどう伝えるかで、捕らわれた6頭の竜の運命が決まるかもしれないのだ。


 そう考えているうちに自然と握っていた拳は、じっとりと汗ばんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る