第40話 思わぬ再開

 ユラフタスの村を出発して数日後の昼、ウィル達は目的地であるアレイファンの麓の町、クラッツに来ていた。アレイファンまでの街道が無いわけではないが、国内の他の鉄道と並走する街道と同じくあまり整備がされていない。それにせっかく鉄道があるのなら、そっちの方が早くて楽だという話になったからだ。


 そんなわけでクラッツにもいるユラフタスの協力者の所に馬車と馬を預け、ついでに昼餉もご馳走になったらいよいよアレイファンへ出発となった。

 が、事はそう簡単にはいかなかった。


「アレ、何やってるのかな?」


 そう言ってラグナが指差した先には何やら人だかりが出来ていた。しかもこれから乗ろうとする汽車の駅前だ。


「もしかして……汽車動いてないのか?」

「えぇ!?」

「いやほら、時々事故があったりして止まる時もあるから……」


 ウィルの説明にメルとラグナは困惑するが、その予想は半分当たって半分外れていた。

 なんだなんだと駅の方に近付くにつれ、周りの喧騒から状況が飲み込めてきた。アレイファン方面の列車に対して、乗客の持ち物検査をしているらしいのだ。


「こんな事ってあるの?」


 メルがウィルに聞くが、数年ハーグ鉄道公団に勤めていたウィルにとっても初めての事だった。


「とりあえず駅員に話だけでも聞いてみるか。行けないんじゃ困るしな」


 *


 駅員や持ち物検査にあたる兵士から聞いたところ、数日前にリハルトの大規模な侵攻があったらしく、その為に国として重要な大きい炭鉱を擁するアレイファンに向かう列車については乗客の持ち物検査を実施し、怪しい人などは片っ端から乗車拒否をしているらしい。


 そうなればウィル達にはある問題が生じる。


「どうしても駄目ですか?」

「駄目だ駄目だ。そもそもなんでユラフタスがアレイファンなんぞに行くんだ?」


 そう、ユラフタスであるラグナがどうしても怪しい人という扱いになってしまうのだ。


「ですから、親戚の家に向かうだけです。この子もユラフタスではありますが自分達の友人ですよ、何も問題無いですって」

「いや、駄目だ。霧間の民族が平民とトモダチ? それ自体がまず怪しい。それ以上言うならお前ら2人も通せないぞ」


 ウィルが食い下がったが、兵士はあくまで頑なだった。


「そもそもユラフタスの何がいけないんですか?」

「こっちからすればな、ユラフタスなんぞと付き合ってるお前らの方が不思議だよ」


 兵士の言葉にウィルは眉をひそめた。しかし兵士はまるで、自らの意見こそ正義とでも言うように喋る。


「霧間の民族なんてあの禁忌の森に出入りしてるやつらだろ、気味の悪い。事情が事情だから怪しい連中はアレイファンには出入りできないからな。そういうわけだ、ほら帰った帰った。時期が悪かったな」


 そう言って興味無さそうに兵士は手をひらひら振ると、もう次の人の荷物の検査を始めている。


「あのですね、見ての通り皆の持ち物はせいぜい背負い袋一つですよ? 中身は衣服だって言ってるじゃないですか。それを見もせず、ユラフタスがいるから危ないなんて、そんな事だけで列車に乗せないなんておかしいんじゃないですか?」


 黙ってウィルと兵士のやり取りを聞いていたメルが、とうとう反撃に出た。


「あのなぁ、こっちだって仕事なんだ。それにお前らにはわからないだろうがな、アレイファンはこの国にとって重要な街だ。石炭の一大産出地なことぐらい知ってるだろ?」

「だったら何よ、それがどうしてユラフタスの人が入れない理由になるわけ?」


 気が付けば周りには人だかりができている。軍に歯向かおうという平民など普通はいないのに、年端も行かない若いお嬢が口答えしているとなれば、好奇心旺盛な人は集まってくるわけだ。


「お前な、これ以上何か言うようなら牢屋行きだぞ? わかってるのか?」


 そう言うと兵士は、薄ら笑いを浮かべながら立哨にあたっていた兵士を数人呼んだ。


「どうだ、まだ言うか? イグナス軍は皇軍、我らに歯向かうは皇帝や皇子に歯向かうも同じ。わかっているな?」


 そんな脅しとも取れる言葉にも決して臆さないのが、メルの長所でもあり短所でもあるのだ。


「皇帝や第二皇子のローランド様は敬うわ。でも……」

「騒がしいな。どうした」


 メルの言葉を遮って、立ちはだかる兵士の後ろからどこかで聞いたような声が聞こえてきた。その声の主は丁度帽子のつばに隠れて顔は見えなかったが、立ちはだかる兵士よりも上質な軍服を着ていることだけはわかった。


「誰だ貴様は!」


 兵士は叫ぶが、その者は誰何を無視してゆっくりと近づいてきた。


「誰かと思えば……その3名の身柄は私が保証する。乗せてやれ」


 その言葉に驚いたのか兵士がまじまじと胸章を見ると、突然踵を揃えて直立不動の姿勢をとった。


「大尉殿でありましたか! 失礼いたしました! しかしその者は霧間の民族、アレイファンへは……」

「アレイファンへは何だ。まさかユラフタスと言うだけで乗車拒否とでも言うのか? 自ら皇軍を名乗るのならば、畏くもすめらぎの治めるこの国について少しは勉強したらどうだ」


 散々な言われようで、その兵士は顔を赤くして羞恥に耐えていた。気が付けば周りの観衆もくすくすと笑っている。


「あの、貴方は……?」


 ウィルが恐る恐る声を掛けると、大尉殿と呼ばれた男はさらに近づき、顔が見えた。その瞬間、ウィルは全てに納得した。


「覚えているかい。シナークの関所街で会った、ラティール=コルセアだ」


 *


 数刻後、ウィル達3人は無事にアレイファンに行く列車に乗り込んでいた。ただし席はコルセア達と同じく上等席なので何となく落ち着かない。勿論コルセアの隣にはカイルもいた。


 聞けばコルセア達もアレイファンへ向かう途中だったのだそうだ。と言ってもこの騒ぎの絡みではなく、単純に対リハルトの戦争において本格的な海戦が予想される事から石炭を掘る為の人足を用意したが、監視する人が足りないとの事で急遽抜擢されたらしい。


 それでアレイファンへ向かう列車に乗ったはいいが、列車は全て麓のクラッツ止まり。一旦検査を受けてから再度アレイファン行きの列車に乗ろうとして、ウィル達を発見したらしい。


「しかしあの兵士も物知らずだな。割とこの国、ユラフタスのお陰で成り立ってるところも大きいのに」

「どういう事ですか?」


 コルセアの呟きをラグナが敏感に拾った。


「ああ、あんまり実感が無いかもしれないがな。教えてくれたユラフタスの歴史はある所では実証されている、商いで街に降りてきた辺りだ。

 この国は動力革命以前より、ユラフタスが商いで街を潤している。ユラフタスは鉄道が整備されてるのに、それでも馬車を使うだろう? 使う人がいる以上、馬車や街道の整備を誰かがしなければならない。街道の途中にある駅逓も誰かが管理しなければならない。街に泊まるなら宿屋、飯を食べるなら飯屋が要る。

 そしてそれは雇用に繋がる。残念ながらこの国ではまだまだ口減らしの為に、半ば売られるも同然で親元を離れる子供が沢山いるが、そういう子達の貴重な職がこれらだ。

 国としてユラフタスに不干渉なのはここにある。既にイグナス連邦に深く根付いたこの関係を断ち切る事があれば、即ち国の弱体化を意味するからだ。極端な話、ユラフタスがこの国の生殺与奪を握ってると考えてもいい」


 コルセアはラグナの方を見てそう語った。


「知りませんでした……そんなに根付いているなんて」

「実際そうだからな。あんな感じでイグナス軍は皇軍だとか抜かす連中もいるが、まぁそういうのは大体あんな感じだ。どこであんな選民意識が身につくんだろうな」


 そう言ってコルセアは溜息をついた。カイルも全くだと言わんばかりに頷いている。


「さて、君達がいる理由を聞いてなかったな」


 コルセアがウィルの方を見てそう言った。


「はい。実は……」


 ウィルはユラフタスの歴史とカルァン石の関係と、その石がアレイファンに運ばれた可能性について伝えた。コルセアとカイルはそれを難しい顔をして聞いていたが、やがて意を決したように喋り出した。


「これは、軍の内部の話で本来君達のような立場の人が知れる情報では無い。だが君達を信用して話そう。今から話すことは誰にも話しちゃダメだ、いいね?」


 ウィル達は皆頷いた。


「わかった。今回私がアレイファンに向かうのと同じ理由で、他にも何人かが臨時でアレイファンへ赴く事になっている。大体は私と同じで監視役で手が空いてる連中が駆り出されただけなんだが、1人だけ妙な理由で送られる者がいた。詳しい名前はさすがに伏せるが、軍の中でも保守派と呼ばれる者だ」

「保守派?」


 聴きなれない言葉にメルが反応したが、カイルが補足した。


「モロス皇子は次期皇帝にはなれないってことは知ってるか?」

「はい。次の皇帝は第二皇子のローランド様だって」

「その通り。でも長年慣習として第一皇子が皇位を継いでいたからね、第二皇子が皇帝になる事をよく思わない人も中にはいるわけだ。それで第一皇子こそ皇帝に、と言うのが保守派なんだよ」


 カイルの説明にメルも納得したようだ。


 汽笛が聞こえた、隧道が近いのだろう。窓を閉めるとすぐに列車は隧道に入った。


「そうだ。それでその保守派の者が配置されたのが、これが何故か採掘した石炭の一時保管場所だった」

「え……でも一時保管場所の監視も要るんじゃないですか?」

「それは確かにそうだが、軍の人間がやることではないな」


 その言葉にウィルは怪訝な顔をしたが、コルセアは構わず喋り続ける。


「私も調べてみて初めて知ったことだが、アレイファンには大量の坑道があって、それらは常に全てで採掘しているわけではないらしい。ただ増産にあたって採掘する坑道を増やすことから、私たちにお呼びがかかったってわけさ。

 しかし一時保管場所は平時から使われているものだ。特別海に近いわけでもないから艦砲射撃も受けないし、リハルトは飛行機に優れているらしいが、そんなもので来られたら誰が守ってたって一緒だろう。で、何故この時期に保守派の者がそんな場所を守るのか。興味が湧かないか?」


 成る程……とウィルは腕組みした。半ば勢いでユラフタスの村を飛び出してきたが、何か調べる場所について思い当たるものがあるわけでは無かった。


「――わかりました、貴重な情報ありがとうございます。取り敢えずそこを調べてみようと思います」

「すまないな。私達も手助けはしてやりたいが、多分あまり出来ないだろう。軍人としてとと言うより年長者としてだが、くれぐれも無理はするなよ」


 列車がアレイファンに到着すると、ウィル達はコルセア達と別れて町の方に向かった。あちらはまず宿探しなのだそうだ。

 マルヴァム12月の山間、ちらちらと舞う雪を物ともせずに雑踏に消えていく3つの背中を見ながら、カイルはポツリと呟いた。


「あの3人に厄介事押し付けましたね?」

「まぁな。だが俺らが公然と調べるよりも、もしかしたら彼らの方がいい成果をもたらすかもしれないぞ?」


 コルセアは苦笑いしながらそう返した。


「何故ですか?」

「勘だよ勘、軍人たるもの、時には自らの勘に任せる事も必要だぞ」

「また適当なこと言って」


 2人は笑いながら迎えの馬車に乗った。


 *


 コルセア達と駅で別れたウィル達は、アレイファンの街中で宿探しをしていた。これまでは協力者がいる街でしか泊まらず宿代を浮かせていたが、協力者のいないアレイファンではそうもいかない。

 そんなわけで小雪の舞うアレイファンを歩いていたのだが、宿探しは思った他難航していて、3軒目を断られて4軒目に向かっている。


「どこも空いてないね……」

「こんなに人が沢山いればな、しかしここまで空いてないとは思ってなかったなぁ」


 緊急で増産体制に入ったアレイファンでは、色々なところから働けそうな男を連れて来て採掘業務に従事させていた。結果、その男達の寝泊まりする場所が問題となり、街の宿という宿が埋まっていたのだった。


「結局最後はここね」

「ここは嫌だったんだけど……仕方ないか」


 ラグナは愚痴を言いつつ、ウィルは財布の中身を見つつ、3人で見るのは最後にしようと決めた宿に来た。入口は落ち着いた雰囲気でありながら、要所要所に金の飾りがあしらわれたその宿に。


 何故最後にしたか、つまりその宿は高級なのだ。炭鉱都市と言うだけあり、アレイファンには国内の要人が訪れる事も多い。その為、そういった要人を迎える宿がこの宿なのだが、当然宿泊料は他の宿が大体5000ロンドほどなのに対して最低でも15000ロンドだ。それも一人部屋で。


「1人部屋なら1部屋だけ空いてますね。一応2人でも使えるような部屋ではあるんですが……」


 空室を聞いたところ、宿の受付の女性から帰ってきた言葉はこれだ。さてどうしようか、とウィルは考えた。2人でも使える部屋ならメルとラグナはここにして、俺は駅の椅子ででも雑魚寝しようか……マルヴァム12月とはいえ、駅の中なら暖房もあるし……


「その部屋、3人でも泊まれますか?」


 メルが妙な事を言い出した。俺は駅ででも寝るよと止めようとしたが、ラグナに手で制された。何故? と思うより先に、宿の受付の人が口を開いた。


「大丈夫ではありますが……いいんですか?」

「大丈夫です!」


 メルとラグナが同時に答えた。ウィルの意向など一切無視だと言わんばかりだ。


 結局宿は決定した。1部屋1泊18000ロンドだ、3人で割れば6000ロンドなので、相場よりやや高いぐらいだから問題無い。いや……大きな問題がある。


「で、俺が同じ部屋でよかったのか?」

「いいの! 駅で寝る方が良くない!」


 メルはいつになく強情な様子だった。ラグナの方に目線を向けたが、全然気にしていない様子だ。

 夕餉を済ませて部屋に戻れば、もうあまりやることは無い。


「さすがに狭いね」

「3人も寝るとね」

「やっぱり俺は床でいいんじゃ?」

「だーめ」

「まぁいいならいいけど、寒いし」

「ウィルも少しは考えなよ」

「何が?」

「ダメだね。メル、諦めなさい」


 メルがラグナを軽く叩いた。

 1.5人分程度の寝具に3人が無理やり包まって、アレイファンの夜は更けていく。


 *


 朝餉を済ませて宿から出てみれば、外は朝だというのに閑散としていた。


「人通り少ないねぇ、何かあったのかな」


 ウィルが受付で清算をしていると、ラグナがそう漏らした。それが聞こえたのか、受付の人が事情を教えてくれた。


「アレイファンではよくある光景ですよ。炭鉱街ですからね、住んでいる人は殆ど炭鉱労働者です。みんなアム・フォリム午前7時の前には炭鉱に仕事に行ってしまうので、この時間は人通りが少ないのですよ」


 成る程と軽く頭を下げて外に出てみれば、冬特有の綺麗な青空が出迎えてくれた。昨日の夜まで降り続いた雪が道や街を白く染め上げ、滅多に雪が積もらない海岸育ちのウィルとメルにとっては一つの芸術品の様にさえ思えるほどだった。


「さて、まずは図書館か。シナーク程じゃないにしても大きいといいんだけどな」


 ウィルは地図を見ながら街を進み、その後ろに女性陣が付いていく。

 やがて周りの民家とは違う立派な建物が見えてきた、ユルグ領立アレイファン図書館だ。


「ユルグ領立ね、どっかで聞いたことあるんだよなぁその名前。どこだったか……」


 そうぼやきつつ、ウィル達は図書館に入った。


 ウィル達はここの図書館に、実際のところあまり期待はしていなかった。

 そもそもサルタンに戻れば、国内随一の所蔵資料を誇る皇立図書館に出入りできるのだ。無理して地方の図書館で資料を探す必要は無い。しかし今回はいよいよ竜に危機が迫っているとし、ノーファンの助言もあって、読めない字で書かれている歴史書の本書を、わざわざ同じように書き写して持ち出したのだ。


 そんなわけでこの図書館では言語に関する資料か、なんなら辞書でもあれば御の字。先に歴史書を解読できそうなら解読して、カルァン石に対する対処法がわかればという事になったのだ。


 静かな図書館の中に、本をめくる音だけがペラペラと響いていた。1時間程経ったが、元々の蔵書量が少ないのもあって目ぼしい本は無かった。


 その時、不意に後ろから声をかけられた。


「お? なんか見覚えのある後ろ姿だと思ったら……」


 聞き覚えのある野太い声が聞こえてきて驚いて振り向くと、そこには数か月前のあの日、一緒に仕事をしていたハーナストが立っていた。


「ハーナストさん! あぁ、ユルグってどっかで聞いたなと思ったら……」

「ユルグってのは俺の苗字さ、あんまり人前で喋らなかったからな。一応兄貴はこのアレイファンを含む、ユルグ領なんてものの領主だからな。

 それよりだ。第一皇子のお后様に直々に名指しされるようなウィルが、またなんでこんなところにいるんだ? しかもかわいい女の子を2人も連れて」

「か……わいいかはさておき、俺の連れですよ。ハーナストさんは何でまたここに?」

「仕事が少なくなったからか、実家に呼び戻された」

「えぇ……」


 突如現れるなりウィルと親しげに話すおじさんにメルとラグナは固まっていたが、ウィルが親しげに話す様子を見て警戒心は解いた様子だった。


「おっと、自己紹介をしてなかったな。俺はユルグ=ハーナスト、ウィルと同じくハーグ鉄道公団で運転士をしてる。そこの黒目の子が噂のメルちゃんか?」

「はい。えっと、トバル=メルーナと言います。ウィルとは幼馴染で……」


 そう言ってメルとラグナも自己紹介をした。ハーナストもユラフタスがいることには驚いてはいたものの差別意識は無いようで、ウィルは内心胸を撫で下ろした。


「メルちゃんは時々ウィルが話してたから知ってるけど、まさかユラフタスの嬢ちゃんまでいるとはねぇ。どういう交友関係してるんだか。

 んで、ウィル達は何を……言語辞典? イグナス語にソトール交易文字要覧、ノータス語辞典? 何してるんだ、こんな片田舎の図書館で」

「えーとあまり詳しくは言えないんですが、解読したい文字があって……」


 適当に誤魔化したウィルにハーナストは僅かに訝しげな顔をしたが、少し何か考えるように間を置くと静かに尋ねた。


「ほう、どんな文字だ。見せてもらうことはできるか?」


 思わぬ言葉にウィルは驚いた。多分メルとラグナもそんなような顔をしていただろう。


「ウィル、この人は信用できる?」


 ラグナがそう聞いた。そう言うのももっともなことで、ユラフタスに伝わる古くからの歴史書を村の外に持ち出すのは初めてであり、ラグナ自身も周囲の反対を押し切って書き写してきている。もし読まれて内容を改竄されて教えられてもそれは誰にもわからない。それどころかもし古くからの知恵が何か書いてあったりしたら、それを外つ国の者に悪用される恐れすらあると反対する村の者もいたからだ。


「――大丈夫だ。ハーナストさんはこんな感じだけど、信頼できる人だ」


 ウィル達のただならぬ雰囲気に、読めない文字を書き写したという紙を貰ったハーナストも真面目な顔で読み始めた。しかしすぐにその顔は驚きに変わる。


「ラグナちゃん、君たちユラフタスは昔からあの白露山脈の麓の森に住んでいるのかい?」

「え、はい。昔からあの地に住んでいたそうですが……」

「それより昔は?」

「もっと昔は、どこか遠くの海の向こうから来たって聞いた事があります」


 そうラグナは思い出すかのように答えたが、それを聞いたハーナストは一層難しい顔をして歴史書の写しを見ていた。


「だとするとこりゃあ……」

「ハーナストさん、これ読めるんですか?」


 ウィルの問い掛けにも、ハーナストは一切写しから目を離さなかった。


「読めるは読めるがこれは……それより、何故ユラフタスが"リハルト語"を使ってるんだ? それも古リハルト語だ。読める人が居なくても当然っちゃ当然だが……」


 ハーナストの言葉に、3人は押し黙ってしまった。図書館の静寂と合わせて一切無音の状態が少し続いた後、口を開いたのは読み続けていたハーナストだった。


「これがユラフタスの歴史であり、正しいものだとすれば、皇族は大変だな」

「ハーナストさん、教えてください。かつてこの地で、何があったのかを。何故、ユラフタスはあのような役目を背負ったのかを」


 ラグナの青い目は、ハーナストを真っすぐに見つめていた。

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