流転

第41話 隠されてしまった真実

 "141年、ペイム4月。彼の山の向こうより、雪崩の如く目の黒き者、来訪せし。その者ら、山の向こうのプラセンより来たと言い、率いし者の名をルメイと言う。

 彼の者、火を吹く筒を持ち、我らの土地に来たれば、我に従えと言う。従わなければ、女子供の見境無しに殺し嬲り、我が楽土を踏み躙る。と言う。

 アロの名を引きし者、我が楽土を守る為、それを拒み善く戦うも、戦は長く続きける。


 日また日は過ぎ、2度冬を越す。戦は続き、我が楽土は最早見る影も無し。

 ある忠義者、アロの名を引く者に、邂逅の地に眠る、黄色い魔石を使ってはどうか、と進言せる。

 アロの名を引く者、これを良しとし、数頭の盟友に魔石の力を喰らわす。


 我が方は黄色い石の魔力にて、ルメイらを圧倒せしめた。しかし、やがて盟友は発狂せり。我らの竜ノ使いでさえ押さえられず、発狂した火の竜は煉獄の劫火を、我が楽土に臨終を告げるかのように、その吐息を以て焼き尽くせり。

 やがて、奇妙な事に我が楽土の至る所にて、炎が吹き上がりたる。それは敵も味方も無く、豊饒であった我が大地を嘗め回し、ルメイの兵士を、我らの民草を焼いた。


 一人の竜ノ使い。我も同じ力を得れば、発狂した盟友を止められるかもしれぬ、と言う。その名をユラノス。

 ユラノスは自ら、黄色い魔石の力を取り込んだ。瞬間、その目は鳥の羽のように褪色し、茶の色になったと言う。ユラノスは、発狂した盟友を押さえ付け、そして何処いずこかへと消えた。

 残りし我ら、アロの名を引く者と供に、我らが楽土の東、白露を頂く森へと、その身を潜める。


 アロの名を引く者ら、自らの行いを悔いて、その森の奥にて暮らしにけり。プラセンより来たと言うルメイらは、嘗ての我が楽土に街を作りはじめる。しかしあの地は、我らの土地であったという事を、この正当なる歴史書に記録したい。"


 ハーナストが古リハルト語で書かれているユラフタスの歴史書の写しを読み終えると、再び4人の間には静寂が訪れた。ウィル達3人にとっては断片的に残されていた歴史が実証されたことが、ハーナストにとっては歴史そのものが、あまりに衝撃の大きいものだった。

 ノーファンは書き写す歴史書に"143"とだけ書かれた頁を写すようにと言ったが、数字の意味はともかくとして知りたい事がちょうど書かれていたのは、もはや僥倖と言う他無い。


「つまりなんだ、今の皇族はユラフタスから土地を奪ったんだな。大変な話を聞いちまったな、この話は墓まで持ってくしか無いか……」


 ハーナストにとっても衝撃的だったらしく、呆然とした様子でそう呟いた。


「プラセンってどこ?」

「あぁ、白露山脈の向こうにある国だな。プラセン共和国ってやつだ、昔習った気がする」

「あの山の向こう……」


 ラグナを含むユラフタスにとっての世界とは、自分たちの森とイグナス連邦だ。他にも国がある事を知ってはいるが、自分たちの祖先が海の向こうにあるというリハルト公国の言葉を使っていたり、まして自分たちを追いやった者らが、自分たちも住む白露山脈の向こうから来たなどと言うのは俄かに信じられなかった。


「"ルメイ"って皇帝の一族の名前だよね……」

「あの村で読んだ歴史書には"外つ者らの皇帝"としか書いてなかったからな。ハッキリわかったのは、俺らの祖先はあの白露山脈の向こうから来たプラセン共和国の人で、今の皇帝の祖先がユラフタスが暮らしていたこの地を武力で奪い取ったって……」

「いや、ちょっと待ってくれよ」


 ウィルの言葉を、ハーナストが慌てた様子で止めた。


「ウィルやメルちゃんも学舎で習ったと思うけど、皇帝は神の子孫であって、この地に住んでた蛮族を追い出したって……」

「いや、ハーナストさん。よくよく考えてみてください。イグナスの歴史として伝わっているものは、まさに皇帝の祖先の英雄譚と言ってもいいものです。まるで創作小説をそのまま読まされているような……少し尖った言い方をすれば、あれは出来すぎています。

 しかしユラフタスの歴史は、淡々と歴史を書き残して、自らの過ちを省みるような事さえ書いています。人間相手だって都合のいい事ばかり言う人よりちゃんと省察できる人の方が信用できるでしょう? 自分は、このユラフタスの歴史書が真実だと思います」


 ウィルがそう言うと、ハーナストは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、やがて大きく笑い出した。


「ハーナストさん、ここ図書館です」

「おっとすまねぇ、お前がそんなに熱くなることもあるんだなと思って。しかしウィルの言う通りだ、言う通りだがウィル、何か変わったな」


 ウィルは思わず目をしばたたかせたが、

「まぁ……それこそ小説みたいな冒険をしてみたり死にかけたり、色々ありましたんで」

 と笑った。


 *


 図書館で話せる話ではないので、4人は一旦宿の部屋に戻っていた。連泊のつもりで部屋を取ったので、昼に部屋にいたところで不審ではない。


「ね、"アロの名を引く者"って何度か言ってたけどどういう事?」

「私たちを昔率いていた人の名前がアロって言うみたいでね、それを代々引き継いでいたらしいのよ。今のユラフタスの村にそんな名前の人はいないし、どうなったのかはわからないけど……」


 メルの質問にラグナはそう答えたが、やがて思い出したかのように呟いた。


「そう言えば……竜の地、あそこはアロウ平原って名前だったわ」

「アロウ平原が? 例えばリハルトからユラフタスの祖先がやって来て、最初に降り立った場所を率いていた"アロ"の名前を取って、その場所の名前としたとかか。するとあそこが何かしら関係が……ってちょっと待て、ならアロウ平原にカルァン石があるって事か!?」


 ウィルが思わず声を上げた。


「そう……なるね。しかもクラッツの協力者からの情報では、貨物列車はシナークから来たみたいだし」


 ラグナの言葉を聞きつつ、ウィルは神殿で竜の神イルヤンカから聞いた話を思い出していた。


『捕らえられた竜は"竜の地"のすぐ近くへと運ばれ、そこで調べられているという。痴れ者が、何故よりによってあそこで……!』

『……あの地には、我ら竜を狂わせると言い伝えられる石がある。その石の力は強大で、地の中にありながらその上に立つ者らを蝕むと言う』


 竜の神イルヤンカは確かにそう言った。そうなれば……


「あの時ユラ様に、その石は地中にあっても、その上にいればそれだけで影響が出るって聞いたな」


 ウィルのその言葉に、今度はメルが思い出したかのように言った。


「待って、捕まった竜はあのアロウ平原の近くの、私の家のある丘辺りに居たんだよね? それにあのコルセアって軍人さんが、訓練を近くの平原でやってるって言ってた!」

「そうなると……一番早く盟友が捕まったのは、確かレプイム3月だからもう9か月。早く助けないと……!」


「でもそうして狂った竜を止めたのが、ユラノスって人なんだ……確かに行方知れずになっただけで、絶対に死ぬって決まった訳じゃ無いんだね」


 メルがぽつりと漏らした。メルにとってはウィルがそういう役目を負わなくて済むように、この激動の中に身を投じている。やはり歴史書にも"ユラノスは死ぬ"の文字が無かっただけで、大分安心した様子だった。


「その、何のこっちゃよくわからないんだが」


 ここで、ずっと話に参加できずにいたハーナストが口を開いた。


「石がどうとか竜がどうとか、ユラフタスの事情があるんだろうし、深くは突っ込まないつもりでいたんだがな。つまり最悪どうなるんだ?」


 ハーナストの言葉にウィルが少し驚いたようにハーナストの方を向いたが、確かに何も知らなければ何もかも意味不明な話だ。


「ハーナストさん、竜って知ってますよね?」

「勿論、その口ぶりだとまるで本当に竜がいるかの様な感じだがな」

「はい、実在します。そしてその竜が……」

「発狂して暴れて、街を焦土にするんだな? それで、その原因になるのがカルァン石とか言う石だと」


 そう言葉を継いだハーナストに3人は、特にウィルは驚いた。普段知っているハーナストと言えば、気前はいいけどやたらと大声で、酒を呑むとなったら中々の酒豪で誰よりも呑む。普段見た事の無い先輩の一面を見た気がした。


 しかしよくよく考えれば、古リハルト語が読めるだけで妙なのだ。それに鉄道事故の際の手際も凄く良くて、自身もかなり勉強させてもらった事もある。良い人と出会ったかも知れない、と内心で思った。


「竜がいるって言って驚かないんですか?」

「読売にも載ってたしな。んで、その石の事かどうかはわからねぇけど、何日か前に炭鉱の貯蔵所に鉄道で変な鉱石が送られてきたらしい。確か第5貯蔵所だったと思うが……行ってみるか?」


 3人は力強く頷いた。


 *


 数刻後、4人は貯蔵所の近くまで来ていた。ハーナスト曰く、怪しい石が運び込まれたという第5貯蔵所は臨時の貯蔵所なのだそうだ。すぐ近くまで山肌が迫っていて、その山に登れば近寄らなくても遠目に何があるかはわかるらしい。


「しかしこういう山って気軽に入って良いんですか?」


 人目のつかない所から山に入り、木や枝を掻き分けながら斜面を登る途中、ウィルがふとハーナストに尋ねた。


「バカ、良いわけ無いだろ。一応ここはイグナスでも重要な炭鉱だぞ? じゃなきゃあんな所から山に入らずに、もっとちゃんとした道から行くさ」

「じゃつまりこれは……」

「見つかったらヤバイな、ハッハッハ!」

「無許可なんですか……」


 そう笑うハーナストを、ウィル達は呆れたような諦めたような目で見ていた。


「まぁ気にすんな、ここいらの山なんざ俺からすれば庭みたいなもんさ」

「そう言えばハーナストさん、ここの出身ですもんね」

「そう言うこった。よく親父や兄貴の目を盗んでな、この辺りの山に登ったモンよ」


 笑いながら喋りつつも、慣れた手つきで枝を脇に寄せながら斜面をどんどんと上っていく。慣れないメルは、ちょっと息を切らしているほどだ。


「ここにいれば領主とは言わずとも、まぁその辺の炭鉱の管理者ぐらいにはなれたんだろうけどな。親もその気だったのか、リハルト語も含めて周辺の国の言葉は叩き込まれたさ。だがちょうど鉄道が出来た頃でな、広い世界を見たくてアレイファンを飛び出して、ハーグ鉄道公団に身を埋めたってわけよ。

 お……ほら、管理用の道に出たぞ」


 ハーナストの独白にも似た呟きが終わる頃、人一人がやっと通れるぐらいの道に出た。


「また随分と分かりやすい……」


 ラグナがちょっと呆れた様子で呟いた。


「いや、ユラフタスの村の道と一緒にしちゃいけない」

「ほんとね」


 ウィルとメルが同時に否定した。2人の脳裏には、迷ったら二度と出てこれなさそうなあの鬱蒼とした森が浮かんでいた。


 管理用の道を少し歩くと下が見下ろせる場所に出た。眼下には確かに貯蔵所が広がっている。


「あれが第5貯蔵所だ。——確かに見慣れない鉱石だな、あれがカルァン石か?」


 ハーナスト達が見下ろす先には、確かに鈍く黄色い石が山と積まれている。

 あれがカルァン石と皆が見下ろす中、ウィルは体を苛む妙な感覚に耐えていた。


「確かに黄色いね、見張ってるのは3人か。ここにいるだけで何か変な感じがするというか」

「本当ね。それ程に力の強い鉱石が……ってウィル、どうしたの?」


 ラグナがウィルの変調に気づいて声を掛けた。ウィルはこめかみを抑えて、妙な感覚に耐えていた。


「あぁ、多分あの石のせいか体の中で何かがのたうち回ってる感じがする。ちょっと長居したくは無いな」


 *


 ウィルの言葉にすぐに下山した一行は、昼餉を済ませると今度は第5貯蔵所への正規の道へと向かった。何とかしてあの石をいくつか手に入れられないか、とのラグナの発案からだった。


「あー、検問やってるな。ありゃ軍の連中か、何でまたこんな予備の貯蔵所なんかを……」


 そう言うハーナストの目線の先には、第5貯蔵所へ向かう道に急拵えで作られたと思しき検問所があった。そこには、確かに普通の人炭鉱の貯蔵には似つかわしくない、軍人2人が立って警戒している。


「どう考えてもカルァン石でしょうね。他に理由が無い。ハーナストさんはアレについて何か聞いてたりしますか?」

「いや、何もだ。俺がこっちに戻って来た時に乗ってきた列車のすぐ後ろに、あの妙な石を乗せた列車が来たらしいんだがな。俺も気になったから兄貴に聞いたら、警備の兵士が"モロス皇子から賜った資源だ。予備の貯蔵所を使い管理し、それには兵士を送りその任に就かせる"とか言ってきたらしい。兄貴はやめてくれと言ったみたいだがな。まさに有無も言わさずって感じだな」


 ハーナストも兄の意向を無視して、と言う辺りには腹を立てているようだった。とは言えウィル達はミラムからもっと凄まじい話を聞いているので、変な耐性が付いていたりするが。


 どうやって侵入するか、と言う事に関しては、検問所から離れた森の中から侵入すれば良いのではないかと言うラグナの意見が採用された。

 普通はこう言った侵入方法を防ぐ為に、森の中にまで何らかの柵を作り哨戒に当たらせるか、検問所そのものを施設の入口に作ってしまうのが普通だ。しかし手が回らなかったのか、あるいは頭が回らなかったのか、森の中に柵や罠の類は無く、あっさりと貯蔵所のすぐ近くまで侵入してこれた。


「詰所が一つと立哨が2名か……普段は1つの貯蔵所に何人ぐらい居るんですか?」


 ウィルがそう尋ねると、ややあってハーナストが答えた。


「俺もたまにしか帰ってなかったからうろ覚えだけどな、確か3人ってとこだ。2人が立番で1人が詰所に居るはずだ」


 そう言われて詰所の方を見れば、確かに人影らしき影がチラチラと動いている。


「どうする? いずれにしても話し合ってどうにかなるような雰囲気じゃないし、いっそ私とメルが魔法で足止めしてその間に少し取ってくるとか?」

「それだとさっさと3人を無力化しなきゃダメだな。詰所には有線電話があるはずだ、異常があったらすぐに公務官が飛んでくるさ」


 ハーナストの言葉に、やる気満々だったメルとラグナが落胆した。


「ん? ハーナストさん、あれは?」


 ウィルが見つけたのは線路と、その先に止められた貨車だった。


「あぁ、あれは石炭運搬用の貨車だな」

「どこに繋がってるんですか?」

「アレイファン貨物駅の少し山寄りにある、炭鉱からの専用線が伸びてきた操車場さ。ウィルも知ってるだろ?」


 そう言われてウィルはその操車場を思い出した。仕事で何度か来ていて色んなところに線路が伸びてるなとは思ったものだが、その一つがこれだとは……


 その時、ウィルの脳裏には一つの可能性が思い浮かんだ。


「この線路って……操車場に向けて下りになるはずですよね?」


 即座にウィルの意図を察したハーナストの顔が一瞬驚き、すぐに悪戯っ子のような笑みとなった。


 *


「おい! 貴様ら何者だ!」


 その兵士が突如現れた不審者を発見したのは、ロム・ネゴイム午後1時を過ぎて少しした頃だった。50代ぐらいの男が一心に"あの鉱石"の方へ走っていく。もう1人も気付いて詰所にいる仲間を呼びに行こうとして……その場につんのめって倒れた。


 その兵士は何かに蹴躓いて転んだものと思い内心で馬鹿にしつつも、派手に転んでくれたおかげで詰所にいる仲間も出てきてくれるだろうと考えていた。安心して銃を侵入してきた男に向ければ、その男は大事なカルァン石を盗もうとしてる。


 慌てて引き金を引いた。ろくに照準も合わせていないのに当たるはずも無いが、その男は体をびくっと震わせたたらを踏んだ。これでいずれにしても検問所の仲間も音に気付いてくるはずだ。そう思いその兵士はもう一度、今度は照準を合わせ……


 その兵士の目の前で信じられないことが起きた、構えていた銃の銃身がぐにゃりと変形したのだ。同時に純粋な熱波が襲ってきた。咄嗟にその場を離れて詰所の方を見やれば、慌てて出てきた仲間が水球をぶつけられて昏倒させられていた。


 ――魔法か!


 そうその兵士が思うと同時に、目の前が真っ暗になってその場に倒れこんだ。何が起きたと感じる間もなく、意識がするりと抜け落ちていく。


 *


「成功だ! 早く貨車へ!」


 ハーナストがそう叫びつつ、カルァン石を数個掴んで貨車の方へ駆けた。メルとラグナはその声を聞くや、魔法の手を止め同じく貨車の方へ走る。その貨車の後ろでは手ブレーキを解除させたウィルが、力いっぱい貨車を押していた。


 4人の考えた作戦は実に単純明快だった。ハーナストが貯蔵所の石のある所に突っ込み、それをメルとラグナが魔法で援護する。その間にウィルは止めてあった貨車を1両切り離し、下り坂になっている専用線の方へと押していく。車輪が付いているので、転がり始めたら1人でも手押しで動かせることぐらい鉄道会社勤めのウィルとハーナストにとっては常識だった。


 立哨の兵士の1人は、ラグナの土系の魔法で躓かせて転ばせた。追い打ちするつもりではあったが、当たり所が悪かったのか地面に転がったまま呻っていたので放っておいた。詰所から出てきた兵士にはメルの水魔法だ。と言っても質量のある水をまともに顔に食らわせただけだが、結構な衝撃なので一撃で昏倒させた。


 最後の1人はハーナストの方に銃口を向け、2発目を撃とうとしたところでラグナがその銃身を焼いた。続けてメルがその背中に同じく水の塊をぶつけて、同じく沈黙させた。


「誰だ貴様らは! 止まらんと撃つぞ!」


 音を聞きつけたのか、検問所にいたらしい兵士が発砲しながら走ってきた。


「もう撃ってるし。ところがそんな弾をまともに喰らう私じゃないんだな」


 そう言いながら自分たちの目の前に障壁を張り、銃弾を受け流すメルとラグナの機転は見事と言う他無いほどだ。


「2人とも、そろそろ喋らない方がいいぞ」

「え?」


 ハーナストのその言葉と同時に、貨車がおもむろに加速を始めた。


「えっ? えっ? これ大丈夫?」

「多分な!」


 そう言いながら手ブレーキのハンドルを操りつつ急勾配を下るウィルは、それはもう楽しそうな顔をしていた。

 そんなウィルの顔を見ながら「久々に見たな、こんな笑ってる顔」と思ったメルだったが、直後の左急カーブで危うく振り落とされそうになって絶叫していた。


 *


 操車場の手前で貨車を止め、再び森の中を歩いて街に出た。乗り心地の良いわけの無い貨車での無茶な逃避行で、少し気分の悪そうにしていた女性陣に比べ、男性陣はそれはもう楽しそうにしていた。

「ホント馬鹿なんだから……」というメルの呟きは、ウィルとハーナストの笑い声に掻き消された。


 その後はハーナストの招きでユルグ家の邸宅にお邪魔することとなった。「宿に泊まってるんだよな。金が勿体無いからウチに泊まれよ」とのハーナストの言葉があっての事だが。


 家にいたハーナストの兄にしてユルグ領の領主、ユルグ=アーロックとその長男のユルグ=ロムレスに挨拶をすると、アーロックが意外な言葉を口にした。


「そこのユラフタスの子はラグナと言ったね。実は君宛に手紙が来てるんだ」

「私に?」


 アーロックから手紙の入った封書を受け取るとそれは、クラッツの協力者の店からだった。どうもラグナ宛に火急の用があったのだが、アレイファンに協力者がいないので領主宛に送ってもらい、後は領主の方で届けてもらおうという算段らしい。

 これは手紙や荷物を送りたい相手の詳しい住所がわからない時に使われる方法で、安全の為に送り主の名前の記載と本人確認、そして一定の高めな手数料の納付が義務付けられている。その為、余程のことが無い限り使われない方法だった。


「わかりました。知り合いなので大丈夫です、ありがとうございます」

「いやいや、こちらとしても探す手間が省けて大助かりだ。特にこの忙しい時にはな。全く、弟が帰ってきてから変わった事ばかりだ」

「俺のせいにするなよ」


 なんだかんだで仲のいいらしい兄弟の話を聴くと、ここ最近になって急にリハルトの攻撃が激化してきたらしく、石炭需要が激増しているという。その為か国より炭鉱の全稼働を求められ、それらの管理に大忙しらしい。


「すみません、どこか部屋を貸していただけますか?」


 受け取った封書の封を破ったラグナがそう尋ねた。その表情を見たウィルとメルは察した、人には話せない内容だと言うことを。


「部屋……か、応接室があるからそこを使うと良い」

「ありがとうございます。ウィルとメルもちょっと……」


 そう言われてアーロックに案内された応接室に入ると、ラグナはおもむろに封書の中身を取り出した。すると中からはもう一つ小ぶりの封書が滑り出てきた。


「封蝋付き? しかもその印は……宮殿から!?」


 その封書にはイグナス皇家の印の封蝋が押されており、裏を見ると送り主としてアルフィール=ミラムの文字があった。

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