第39話 第六バビレーヨ〔アレイファンへの旅路〕
竜を狂わせる石、カルァン石がアレイファンに運び込まれたかもしれないとの報せを受けたウィル達は、結局途中までサルタンに帰るミラム達と一緒に山を下り、今は3人で白露山脈の麓の森沿いに設けられた街道を進んでいる。
ミラムからは一度サルタンに戻りしっかりとした護衛を付けていくように打診されたが、白露山脈の麓の森沿いのこの街道なら、往来は少ないもののいざとなればすぐにフレイヤかリッシュが来てくれるとのことで選んだのだ。
イグナス連邦ではどんなに悪路であろうと、町と町を結ぶ道であればそれはすべからく街道とみなされる。とは言えサルタンから放射状に延びた道の末端に位置する村を繋ぎ、かつ禁忌の森とさえ言われる森の近くの街道など、当然路盤整備など殆どされていない。道はガタガタ、草生す道はもはや廃道寸前といった雰囲気だった。それでも休憩兼宿泊ができる駅逓だけは小綺麗にされているのは、国としての努力の賜物という他無い。
ユラフタスの村を出て2日目の夜、人通りの少ない街道の駅逓は予想通りウィル達の貸切だった。馬場に馬を繋ぎ馬車の車輪に鍵をかけると、我先にと駅逓に駆け上がったメルが休憩スペースに倒れこんだ。
「疲れたぁぁぁ」
そうしてあーとかうーとか声を上げているメルを苦笑しながら見つつも、ウィルも実際は結構疲れていた。田舎の路線に乗務するときだってあんなには揺れない。ろくに整備されていない街道を丸一日、しかもこれがあと数日続くと思えば尚更疲れる。
気が付くとメルはそのまま寝息を立てていた。うつ伏せでよくまぁ器用に寝れるものだとウィルもラグナも笑ったが、メルにとっては慣れない旅路だ。仕方あるまいと納得もしながら、寝具の掛け布団をかけてやった。
*
夕寝(?)からメルを起こして夕餉を食べれば、もう他にやることも無いので寝るのみだ。
こういう旅に慣れているというラグナは、起きている時間と寝る時間をまるで自在に切り替えられるかのようにパタッと寝てしまう。たまに物思いに耽りたい時は夜遅くまで起きていることもあるらしいが。ウィルは仕事が仕事なので、早朝から深夜まで起きようと思えばいつでも起きていられる。その分不規則なので、時々眠れないこともある。まさしく今がそうで、寝床に入ったはいいが妙に目が冴えていた。メルは……中度半端な時間に寝たからか、やはり寝れないらしい。
そうなれば必然、2人で夜の会話と相成った。
「ねぇウィル、起きてる?」
「ん……起きてるよ。どうした?」
いや…と言ってメルは押し黙った。何の気なしに話しかけてはみたが、話題が見つからない。
「私達、なんか物凄い深いところに足を突っ込んでる気がしない?」
「んー、確かにな、この騒ぎで何度思い返したか。竜が目の前にいてメルは竜に乗ってるし、俺も竜と話せたし。そうかと思えば皇子様から襲われて殺されかけて……あ、ちょっと図書館は面白かった」
「本がってこと?」
「そうそう」
「ウィルらしいね」
本が好きなウィルのことをよくわかっているメルはからかうように笑う。
「しかしよくよく考えると、なんで皇太子妃様と喋ってるんだろうな俺ら」
ウィルが天井を仰ぎ見ながらそう言うとメルがフフッと笑った。
「どうした?」
「いや、ユラフタスの村でのミラムさん達を思い出してさ」
メルの言葉に思わずウィルも顔をほころばせた。確かに「竜が見たい」と言ってついてきたミラムだ、村についてからはそれはもうおもしろ……もとい、すごかった。
余程本物の竜を見れたことが嬉しかったのか、コルナー達の竜の訓練を見たいと申し出て、数時間にも及ぶ訓練の最初から最後まで付きっきりだったという。まるで子供のように目をキラキラさせていたとラグナから聞いた時には、ウィルもメルも思わず噴き出してしまった。その後もラグナとメルに頼んでは、フレイヤとリッシュに触りまくっていたらしい。
最初はユラフタスの人達はイグナスの要人であるミラムやルフィアを警戒していたが、そのあまりの"盟友"への関心の強さとそもそもの人当たりの良さも相まって、僅かな滞在期間ですっかり心を通わせていた。
「いや凄かったねミラムさんは特に。皇太子妃なんて嫌って言ってたし、もし平民に戻れたらユラフタスの村にでも住み着きそうな勢いだもん」
「確かに! なんなら私も住んでもいいかなぁ、リッシュとも離れたくないし……」
そう言われるとウィルは、何故か不思議な焦りを感じた。
「俺はなぁ、やっぱりシナークに住み続けるのかな。戻れるならハーグ鉄道に戻りたいし」
「そっか、そうだよね……」
メルはそう言うなり黙ってしまった。
「……メル?」
「あっ、ごめん。ただ、ウィルと離れて暮らすのは嫌だなって思って……」
そう言うとメルは背を向けてしまった。ウィルも自分の顔が紅くなるのがハッキリとわかるような気がした。
「ねぇ、私たち、またあの普段通りの生活に戻れるのかな」
ややあって、再びメルが口を開いた。
「普段通りなぁ……」
そう言ってしばしウィルは考えた。メルの両親はもういない。領地や家だってどうなるかわからない。果たしてそれで、あの穏やかな日々は帰ってくるのかと。
「なぁメル、この騒ぎが終わったらどうするんだ?」
「どうって……ユラフタスの村に住むのも魅力的だけど、でもあの家が取り返せたらやっぱりあの家に住むよ。思い出の家だしね。
でも、それができなかったらわかんない。領地だってどうなるかわかんないし、もし無くなっちゃったら仕事探しからしないといけないし……」
メルはどこか悲しげな声でそう語った。領主と言えどその立場は安定しているとは言い難い。領民から税金を取って領主はその税金で生活するというのは、前近代的だとして今ではもう完全に廃れている。不当に高い税を納めさせる悪徳領主もいたからだ。
その代わり今では、税は国内で基本的には一律であり所得や職に応じて変動する。領主は治める領地の大小に関わらず一定の賃金を国から約束され、そこに家庭や領地の都合を勘案された手当が毎月支給されるという方式に変わった。
なので領地がもし無くなるという事になれば、即ち領主の失職を意味する。
まさしくウィルも失職の危機ではあったが、丁稚の頃から仕込まれた鉄道員としての所作は、たとえ他の業種に就いてもやっていけるだけの自信となっていた。しかしメルは違う。もう卒業を間近に控えていたとはいえ身分は学生。卒業してからは本格的に領主としての勉強をすると言っていたメルには、領主以外の仕事にすぐ就けるかというのは重大な問題だった。これも何かの縁だとミラムさん達に職探しを口伝しようとも考えたが、流石に皇太子妃相手にそれは畏れ多いのでやめにした。
夜遅くというのは自分の感情を吐露しやすい時間なのだろうか。ウィルは今なら言っていい気がして、ぼそりと呟いた。
「もし、もし領地が無くなったら……俺のところに来いよ。俺だってどうなるかわかったもんじゃないけど……それでもメルの食い扶持ぐらいなら、何とかするさ」
メルは驚いてウィルの方を見たが、今度はウィルが背を向ける番だった。
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