第36話 お互いの情報

「メルーナ! 無事だったか! 良かった……」


 ペイルと呼ばれた男はメルに会えたことが心底嬉しかったらしく、目にうっすらと涙を浮かべている。


「ペイルおじさんも元気そうで良かった。ねぇ、私のお父さんとお母さんを……」

「ああ、俺だ。本当に申し訳ない、守ってやれなくて」


 ペイルは悔しそうに唇を噛んだ。メルを幼い頃から知っているだけに、心底悔しがっているように見えた。


「いいの、この騒ぎが落ち着いたらちゃんと弔うから、それまではね。ところで後の2人はどなた?」


 メルに振られて敬礼を解いた2人は、しかしメルではなく、真っ直ぐにミラムの方を向いて答えた。


「突然で申し訳ございません。私は、ラティール=コルセアであります。訳あって軍服ではありませんが、ロヴェル機甲師団第二聯隊、大尉であります」

「カイル=イースレウスであります。同じく軍服ではありませんが、ロヴェル機甲師団第二聯隊、准尉であります」


 2人のきびきびとした言葉に、真っ先に反応したのはそのミラムの護衛だ。


「ローサナ=レイク、ミラム皇太子妃の護衛だ。何故ここで待ち伏せを?」


 レイクが護衛らしく、鋭い目付きで2人を見る。


「……モロス第一皇子の事について話を伺えればと思い、参上致しました。御無礼をお許しください」


 コルセアと名乗った男は一瞬喋るのを躊躇ったが、その質問に静かに答えた。


 ——————————


 話はシナーク現地司令部が第2の襲撃に見舞われた頃に遡る。その頃には、コルセアとカイルがナックの下で、カグルを中心に秘密裏に捜索を開始していた。


「シナークの港湾労働者にそれとなく聞いてみましたけども、やはり正体不明の軍艦みたいな船は居たが、旗は掲揚してなかったとの声ばかりでした」


 カイルの声に、調査書をまとめていたコルセアは顔を上げて応えた。


「そうか、ご苦労。ナック大佐を通してルーデンバースの方を探ってみたが、モロス皇子からの勅命らしき極秘任務を帯びた隊がいたそうだ。敵の襲撃に紛れて出航し、リハルト軍のものに偽装した船を使って破壊活動を行う。そんな部隊だそうだ」


 それを聞いたカイルの顔が曇る。


「そんな、あたら兵士の命を無駄にしかねない作戦を? 一兵士が口を出すのは僭越ですが、無茶が過ぎると思うのですが」

「全くだ、俺も聞いた時はリメルァールの二の舞だなと思ったさ。

 だが、恐らくシナーク現地司令部の第2の襲撃はこの部隊じゃないかと睨んでる」


 コルセアの言葉にカイルがハッと顔を上げた。


「もしそうなら……それを証明できれば、少なくとも第2の襲撃に関してはモロス皇子の関与で詰められる……!

 その船は、船はどうなったかわかりましたか?」

「ルーデンバースの後に現地司令部に近い港に行ってそれとなく聞いてみたが、船はいつの間にか消えていたそうだ。上手くどこかに隠蔽したか、あるいは船底弁を抜いて自沈したんだろう」

「そうですか……」


 乗り込む気だったのか、カイルは見るからに落ち込んでいる。


「まぁそう気落ちするな。大方船内捜索でもやろうとしたんだろうが、そんなこと1人でどうにかなる問題じゃないだろう。それより明日はどうするんだ?」


 カイルはバレたかと言うような表情を一瞬浮かべたが、すぐに真面目な顔に戻って答えた。


「出入りしていた業者を当たってみようと思います。特に竜たちの餌になる肉の納入業者は、誰があそこを支配しようと、竜の餌は必要不可欠なはずですから」


 成る程とコルセアは得心した。と同時に、それに思い至らなかった自分を恥じた。どうやったら基地内に潜入出来るかばかりを考えていたのだ。確かに契約業者に聞くのが手っ取り早い。


「わかった。ではそれで頼む」


 そう言ってコルセアは茶を啜った。


 * 


 翌日の夕方、帰ってきたカイルの報告は、コルセアを驚かせるには十分なものだった。


「肉の納入業者はここ数日行ってないだと?」

「はい。我々があそこにいた頃に肉を卸していた業者に聞いたところ、前に一方的に契約打ち切りの通達があって、それ以来現地司令部には行ってないそうです。日付を聞いたところ、ちょうど第2の襲撃のすぐ後からだそうです」

「するとあいつらは餌を食えてないのか……? 2回目の襲撃からは結構日が経っているが……」


 コルセアの脳裏には、アロウ平原で戦闘訓練に明け暮れる竜の姿が映し出されていた。

 強く猛々しく、それでいて美しい。そんな竜だっただけに、腹を空かせていると思うと居た堪れない気持ちになった。


「それとその業者に聞いたのですが、日付的には1回目の襲撃の後に、付いて行きたいと頼み込まれて一緒に現地司令部まで行った男がいたとか」


 それを聞いたコルセアの目が俄かに変わった。


「何…?! それは何処のどいつだ」

「シナークの関所街にある馬車屋の男だと聞きました」

「わかった、明日はそちらに行ってみよう。念の為だ、カイルも付いて来い」


 その言葉にカイルは微かな期待を抱きつつ、敬礼で返した。


 *


 翌朝、コルセアとカイルの2人はシナーク関所街の貸し馬車屋へと向かっていた。

 隠密に動かねばならない身なので2人は軍服は着ていなかったが、その身のこなしは見る人が見ればまさに軍人のそれだ。


 貸し馬車屋の戸を開くと「いらっしゃい!」と威勢のいい声が聞こえてくる。だが生憎馬車を用立てて欲しいわけではない。


「突然すまない、私はイグナス軍の者だ。ここの馬車屋の者で丘の上の軍の基地に行った者が居ると聞いて来た。その者から話を伺いたいのだが」


 そう言いながら2人は軍人の証明たる、軍人手帳を見せた。

 突然軍関係者が店に来たとなれば少しは慌てそうなものだが、受付に出た男は臆する事も無く値踏みするように見返してくる。


「……わかりました。呼んで参りますのでしばらくお待ちください」


 そう言って受付の男は店の奥へと引っ込んだ。


「軍属であることを笠に着る気はありませんが、軍の人が突然来たとなったら少しは驚きそうなものですけど、妙に手慣れた雰囲気でしたね」

「曰く付きってことだろう、油断できないな」


 少し待つと、店の奥から別の男が出てきた。見たところ30代後半ぐらいだが、油断なくこちらを観察している。


「私ですが、軍の人が何か御用ですか? って……コルセアか?」

「ペイルさん? 何故ここに」

「お知り合いですか?」


 突然親しげに話し始めたコルセアだが、勿論カイルには訳がわからない。


「ああ、俺が最初に入隊した時は第一聯隊で入ったんだが、この方はその時の最初の船でお世話になった上官だ」

「そういうことでしたか。私はロヴェル機甲師団第二聯隊、カイル=イースレウス准尉であります」

「ペイル=サルーン、元ロヴェル機甲師団第一聯隊の中尉だ。怪我して退役してからは、ここの馬車屋で働いてるってわけだ」


 カイルがよろしくお願いします、と頭を下げた。


「それで、俺に何の用だ?」

「ペイルさん、余計な話は無しで直に聞きますが、何日か前に丘の上のイグナス軍の基地に行きませんでしたか?」


 コルセアがそう言った瞬間、ペイルは目を細めた。


「ああ……行ったな。それがどうかしたか?」

「何をされに?」

「貸し馬車の御用命ならってことで、ウチを宣伝しに行っただけさ」


 部下の追及するような問い掛けにも、ペイルは淡々と答える。


「本当に、ですか?」

「――何が言いたい」

「この関所街はあの基地からは近い。貸し馬車が要るなら間違いなくここに頼むでしょう。ペイルさんならわかるとは思いますが、どのみち公費で借りるんですから安さを求めて中心街の馬車屋に頼む必要は無いのですから。それならわざわざ売り込みに行く必要も無い筈です。

 その上でもう一度お伺いします。何をしにあの基地へ?」


 僅かな間コルセアとペイルの睨み合いが続いたが、最初に口を開いたのはペイルだった。


「成る程、お前も成長したな。

 質問に答えるのはいいが、その前に聞きたいことがある。お前とカイル准尉と言ったか、今の所属とこの聞き込みの目的は?」

「私もカイルも竜騎隊という所に所属しています。あの丘の上に竜騎兵育成の為の基地を作り育てていたのですが、その基地が二度にわたり襲撃を受け我々は止む無く遁走、今は襲撃した者らの捜査の途中なのです。

 ペイルさんがあの基地に入られたのであれば、中の様子を教えてもらおうかと思い聞きに来た次第であります」


 カイルが「教えていいのですか?」と言いたげな目線を向けていたが、コルセアは構わず話した。コルセアにとってはペイルは信頼できる上官なのだ。


軍機軍事機密をペラペラと喋るもんじゃないぞ、まぁその心意気に応えてやるがな。

 確かに俺はあの基地へ行った。ただ卸の業者と行った後にもう一度行っている。理由は、お前らと同じく誰があの基地を襲ったかを突き止める為だ」

「差し支えなければ、それはどなたからの指示で?」

「ユラフタスさ」

「は?」


 突然山の奥に住む民族の名前を出されて、コルセアとカイルは思わず聞き返してしまった。


「ユラフタスだよ、霧間の民族さ。さて、ここからは他言無用だが、ユラフタスは竜を操る事が出来る。だがその強大な力を俺たちイグナス国民や軍が悪用しないように、常日頃から見張っているんだ。

 今回もユラフタスからの依頼で、竜が捕らえられている基地を誰が襲撃したのかを探る為に行ったのさ」


 コルセアは背筋に悪寒が走った気がした。自身も時折街に行商に降りて来てあとは山奥に暮らしている程度の知識しか無い、あの霧間の民族があの竜を操る事が出来るというのにも驚きだが、何よりこういう形で見張られているとは思わなかったからだ。


「さて、こちらからも聞きたいことがある。その竜騎兵がどうのと言うのは、誰の指示だ?」

「第一皇子、モロス皇子からの勅命であります」

「やはりか、襲撃の手際の良さからもしやとは思ったが……」

「ペイルさんも裏にはモロス皇子がいるとお考えですか?」

「その通りだ。もしお前らもそう思っているなら運がいい。実は近日中に、ここにミラム皇太子妃が来るらしい」

「皇太子妃が!?」


 次から次へと繰り出される意外な言葉に、再びコルセアとカイルは驚いた。何故こんな街外れの馬車屋に皇太子妃が来るのか。しかも第一皇子の妃だ。


「色々あってな、ただ皇太子妃もどうも何やら探っているらしい。第一皇子の事なら、ミラム皇太子妃やその周りの人から聞くのが手っ取り早かろう」


 その言葉に疑問を抱いたが、コルセアより早くカイルが口を開いた。


「何故……ミラム皇太子妃がモロス皇子の事を?」

「さあわからんな。隠し立てしているわけではなく本当にわからん。あくまで想像だが、モロス皇子は色々と疑惑が多いそうじゃないか。ミラム皇太子妃は元は平民だからな、色々と思うところがあるのだろうよ」


 せっかく来たのだからと出された茶を飲み干すと、コルセアは席を立った。聞くべき事は聞いた、あとは行動あるのみだ。


「ありがとうございます。ではあまり長居しても申し訳ないので、その時にもう一度来ます」

「帰る前に、ちょっと連れ帰って欲しい人がいるんだ」


 そう言ってペイルは奥に消えた。軍に戻るのに誰を連れ帰るのかと考えていると、意外な男が出てきた。


「コウル……! 生きていたのか!」

「ラティール大尉! それにカイル准尉も……御心配をお掛けして申し訳ございませんでした!」


 結局その日はコウルを連れてカグルへ戻った。死んだと思った部下が生きていたのは喜ばしい事だが、話を聞くにどうやら余計にイグナス軍憲章を素足で踏みにじることになりそうだと内心で思いながら。


 ——————————


 そんなわけで、貸し馬車屋ではウィルやミラム達5人とペイル、そしてコルセアとカイルが一堂に会していた。


 最初こそレイクは突然現れた軍人を訝しんだり、コルセア達は平民と同じ服を着て平民と親しげに話すミラム皇太子妃を本物なのかと怪しんだりしたものの、お互いの目的を話すと「ああやっぱりか」とでも言うような空気になっていた。


 コルセアとカイルが身分と所属を明かした時には今にも食ってかかりそうな顔をしていたラグナも、それがモロス皇子の勅命だったと知るや黙ってしまった。竜を軍事転用せんとする軍の、それも育成に関わってた一番偉い人が目の前にいるのだから文句の一つぐらい言おうとしたのだが、それすらも怪しいと踏んでいたモロス皇子からの命令とあれば仕方ない。


「あの家は君の家だったのか……私も命令で来た身とはいえ、本当に申し訳ない」


 話し合いがひと段落したところで、コルセアがメルに頭を下げた。仮にも大尉が民間人に対して取る態度ではないのだが、コルセアはそうせずにはいられなかったのだ。


「そしてイルカラ君と言ったか。本来軍の規定では家や土地を接収したり取り壊したりする際には、事前にそれを通達して了承を得なければならない筈なのだが……そんな事はあったか?」

「いえ、仕事から帰ってきたら家が無くなってたと言った感じです。家財道具とか貯金もあったはずなんですけど……」


 ウィルの言葉を、コルセアは哀しそうな顔で聞いていた。


「やはりな……恥ずかしい話だが、軍の中にも国軍であることの意味を履き違えて、そういう横暴を働く者も少なくない。その件に関しては、この騒動が終わったら必ず補償させよう」


 仮にも軍の、しかも大尉という立場の人に苦々しい表情でそう言われてしまっては、ウィルもメルも毒気を抜かれてしまった。更にミラムにも「それでいい?」と言われてしまえば、2人は頷くほかない。


「さて、話題を変えましょうか。

 まとめると、あの基地の1回目の襲撃は、恐らくノータス人。2回目はリハルト公国の仕業に見せかけた、モロス皇子からの刺客と見ていい訳ね?」

「ええ、ミラム様の方で調べられた情報を元にすれば、ほぼ間違いないと思います。非常に回りくどい方法ではありましたが、最終的には戦える竜を手に入れるのが目的だったと見ていいかと」


 ミラムとコルセアがお互いの情報をまとめると、ラグナが口を開いた。


「――本当に竜を軍事利用する気なのですか?」

「少なくとも軍の高官はする気だろうな。一度見に来たが『これならリハルトにも周辺諸国にも負けない』とか、『我が国が最強になれますな』とか、まぁ色々好き放題言っていたよ」


 コルセアの言葉にラグナは唇を噛む。


「では……コルセアさん自身は、あの竜についてどうお考えですか?」


 ラグナの問いに、少し考えてコルセアは口を開いた。


「俺らが扱っていい生き物じゃない、一言で言えばこうだな。先程、ユラフタスは我々が竜を使わないように監視していると聞いた時には驚いたものだが……よく考えればその意味も分かる気がする」


 そこまで言うとコルセアは、何かを思い出すように少し上を向いた。


「100もの騎兵隊をたった2頭の竜がものの数分で無力化する様は、確かに職業軍人の目から見れば非常に魅力的な光景だったさ。

 だがあれは戦争に使っていいものじゃない。軍用馬や軍用犬が逆らったってどうにでもなるが、竜に歯を向けられたらとてもじゃないが叶わないし、竜騎兵同士で戦争なんて始まったらもっと悲惨になるだろう。

 このまま竜を武器として投入するのならば、間違いなく世界の武力均衡は崩れる。そうなれば破滅だ。だがしかしな、そうせよと命じられたらそうしなければならないのが我々軍人だ。そこはどうかわかって欲しい」


 コルセアのその告白も、しかしラグナにとっては到底納得できるものではなかった。


「でも……だからと言って、私たちの盟友がこれ以上良いように利用されるのを見過ごせません!」

「勿論それは分かっている。だが私の力も微々たるものだ、積極的に竜を保護する立場には回れない」

「それならやっぱり私たちが無理矢理にでも……!」

「落ち着いてくれ、ラグナさん。

 私にせめて出来る事があるとすれば、一連の襲撃の裏を探り、何故あそこで大量の民間人が亡くなっていたのかを暴く事だ。

 本当にモロス皇子が手を引いているかはわからないが、いずれにしても民間人まで亡くなっているとなると不祥事だ。それを盾にして竜騎兵計画自体を瓦解させればいい。それにもし軍が絡んでいるとすれば、それこそ我々の方が調べやすい。顔も効くしな」

「……わかりました。ですがもしどうしようも無くなったら、無理矢理にでも助けに行きますからね」


 ラグナはそう呟いたが、寧ろコルセアに言ってもどうしようもない事をわかった上で自分自身に言い聞かせているようだった。


 結局コルセアとカイルとは、その後いくつかの打ち合わせをして別れた。長々と話し込んでしまったので関所街で夜を明かし、翌日にユラフタスの村へ向かう事となった。


 *


「じゃ、またねペイルおじさん」

「おう、このゴタゴタが終わったら飯でも食いに行こうや」


 メルとペイルが別れの挨拶をしている頃、レイクとラグナは馬車と馬の準備をしていた。ここからは整備されてない道と山道を通ることになるので、馬車の点検整備は欠かせない。


「やっぱりこういう馬車がいいわね。皇族用のはキラキラしすぎてて合わないわ」

「しかもモロス皇子贈呈の物は趣味が悪いよねぇ。ま、あの皇子にしてあの馬車ありって感じだけど」

「そんなに凄いんですか?」


 ミラムとルフィアの会話にウィルが首を突っ込む。


「全体的にピカピカしてると言うか……」

「金をかければ良いだろみたいな感じかな」

「はぁ……」


 なんとなく想像できたウィルは、それ以上聞くのをやめた。どうせいい趣味はしていなさそうだ。


 貸し馬車屋を出て整備のされていない道をガタガタと行き、何時ぞやに泊まった駅逓を過ぎ、最後の杣人の暮らす村を過ぎ、一行は順調に村へと向かう。

 だが平穏な旅路は長くは続かない。最後の杣人の村を過ぎて少し行ったところで、異変は起こった。


 突如森の中から破裂音と共に、一発の弾丸が飛んできた。それは御者台に座っていたラグナの頭部目掛けて真っ直ぐ飛んできたが、僅かに狙いが逸れたのか、髪の毛を掠って馬車の木枠を穿ち穴を開けた。


「何者か!」


 異変に気付いたレイクの誰何の声と共に、ラグナがすぐに防御魔法を展開する。


「メル! 防御を!」

「えっ!? うん!」


 突然の出来事にどうすればいいかと言った表情だったメルは、ラグナの叫び声に我に帰り、慌てて馬車の外に出て一緒に魔法を展開した。


 その後も立て続けに弾丸が飛んでくるが、それらは展開された防御魔法により跳ね返されていく。1人馬車の外に躍り出たレイクが腰に提げた小銃を抜いて、矢の飛んできた方向に向けて2、3発発射したが、木に当たり乾いた音を立てるのみだ。


 魔法も使えず武器も持っていないウィルは、とりあえずルフィアと一緒にミラムの近くに動いて守れる態勢を取った。もっとも敵は銃で攻撃してくるので、ミラムを守るという事は即ち自分が銃撃を受けるという事なのだが。


 森の奥から微かに話し声が聞こえて来る。襲撃した何者かが、放った弾がことごとく弾かれる事に気付いたのだろう。


「ラグナさん、この辺りの森に賊は出るか?」


 レイクが森を注意深く見つめながら、ラグナに問うた。


「いえ、この辺りは居ないはずです。私達の仲間というのもあり得ないので、それ以外の誰かです」


 ラグナの言葉に頷いて返したレイクは森の方に向き直ると、もう一度大声で誰何した。


「何者か! 我々を何用で襲うか!」


「……モロス第一皇子が奥方様、ミラム皇太子妃が何者かに拉致されたと聞き、そのような不埒な輩を退治しに来たのだ。素直に引き渡せば悪いようにはしない、皇太子妃をこちらに引き渡せ」


 森の中から濃い緑色の服を着て現れた男は、静かにそう言った。


「拒否する……と言ったら?」


 レイクがそう言うと、その男はニヤッと笑った。


「貴様らにその選択肢は無い。その馬車は既に包囲している、逃げ道は無いぞ?」


 油断なく辺りを見回すと、いつの間にか喋っている男の他に5名の同じような服を着て、かつ銃を構えた男に周りを包囲されていた。


 ――手練れだな……ミラム様だけでもせめて逃がしたいが、しかしこいつらは何者だ……?


「ミラム皇太子妃が拉致されたという事実は無い。御自らのご希望で、こちらまで来られているのだ。貴様らが誰の差し金で来たかは知らぬが、引き渡す道理は無い!」


 そう言ったレイクを、その男はまたも笑った。


「成る程、貴様が護衛だな? しかしそこの奇妙な魔法を使うお嬢さん2人は誰だ、馬車の中には男もいるな。それだけ居れば"事実はどうとでもなる"だろう」


 男はそれだけ言うと、包囲していた男達に目で合図を送った。


 それと共に包囲していた男達が斉射を始めた。閑静な森に突如として耳を塞ぎたくなる程の猛烈な銃撃音が響いたが、それでもなおメルとラグナの防御魔法は持ち堪えていた。


 しかし2人は徐々に苦悶の表情を浮かべて来た。魔法を展開し、高速で飛んでくる銃弾を弾くのは結構な魔力を消費する。いくら魔法学園の首席になる程の実力を持つメルや、基礎魔力量が多いユラフタスであるラグナが踏ん張っても限界はある。


 このユラフタスの村へ行く事自体を伏せていた為、まさか本格的な攻撃に見舞われるとは思っていなかったレイクも、重火器は自らの分しか携行しておらず1対1でしか敵に対応できなかった。それでも至近弾を放つのだが、敵も魔法を使えるらしく、ことごとく防御魔法により弾かれていく。


 当たらないが当てられない。そんな永劫に続くかと思うほどの拮抗状態が続き、やはり数に劣るメルとラグナが押され始めた。見ると弾の幾つかは、魔法の壁を超えて中に落ちてくる。弾の勢いを減殺するのが精一杯になって来て、弾き返すことが出来なくなってきたのだ。

 敵もそれを見て包囲を縮めてくる。レイクが持ち出した銃も弾が底を尽きたものもあり、このままでは時間の問題だった。


「目的は私でしょう!? ならば連れて行けばいいわ。その代わり他の人達には手を出さないって約束して!」


 堪え切れなくなったのか、ミラムが馬車から飛び出してそう叫んだ。するとそれに気付いたからか銃撃が止み、メルとラグナの肩で息をしている音だけがいやに耳につくほどの静寂が訪れた。


「これはこれはミラム皇太子妃。困りますな、勝手に宮殿を出てこんな所に来ては。しかしモロス皇子は貴女さえ戻って来れば、女中や護衛は変わっても問題無いと仰っておりましたよ?」


 そう言うと男はミラムと一緒に馬車から降りたルフィアに向けて、躊躇いも無く銃を放った。それは防御魔法により減殺されルフィアの目の前に落ちたが、ミラム以外は全員処分するとの、敵の明確な意思表示でもあった。


「そこの厄介な魔法を使うお嬢さんも邪魔ですね、まずはそちらから……」


 そう言いながら包囲する男たちは銃を構え直し、メルとラグナに直接銃を向けた。2人が覚悟を決めたように目を瞑り、男たちが銃把を握り引き金に指を掛けたその時……


 ピィーーという甲高く鋭い音が聞こえた。

 同時に強い風が吹き降ろしてきて、辺りの森を葉を強く揺らす。


 何の音だ? と空を見上げた男たちの目線の先には、鳥のような影が2つ、そこにあった。

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