第35話 メルの決意
ユラフタスの協力者の店は、サルタンにはアルビス馬車の他にもう一つある。"呑場 あおや"と言う酒場だ。酒場なら商人やその他の平民、兵士がいてもおかしくない。無論、行商のユラフタスもだ。
そういう盛り場には自然と市井の噂が集まり、大半は法螺や誇張した話ではあるが、中には聞き捨てならない事もある。街での情報を欲しているユラフタスにとっては絶好の場所と言うわけだ。
ちなみに2階と3階には、街に降りてきたユラフタス専用の宿がある。
そんなわけで普段通り酒場の前に着くと、戸には「貸切」と書かれた札が掛かっている。
「今日は貸切だって、入って大丈夫?」
「いいのいいの。たとえ貸切でも私達は別よ」
メルの心配をよそにラグナは戸を開けた。
中からは揚げ物の匂いがむわっと漂ってきて、同時に男達の豪快な笑い声が聞こえてきた。それだけなら普段通りだが、今日は違った。
「おっ、来たかラグナ!」
「姉ちゃん!」
突然男達の中の2人が立ち上がると、ウィル達の方を見て叫んだ。
「え? あっ! お父さん! オレスも!」
そう言うとラグナは一目散に父親である、グロースのもとに向かっていった。
(彼らは?)
(ラグナの父親と弟ですので大丈夫です。それにしてもなんでいるんだか……)
ウィルは反射的に剣の柄に手を掛けていたレイクを小声で宥めると、メルと共にグロースとオレスのいる卓へと向かった。
「イルカラです。ご無沙汰しております」
「メルーナです。お久しぶりです」
2人で挨拶をするとグロースはまるで我が子のように再会を喜び、店員に「この二人と護衛の方の分も」と言って飲み物を頼んでくれた。
「いや、みんな元気そうで安心したよ」
「私達は大丈夫よ。お父さんとオレスは商い?」
「そうそう。本当は違う街に行こうと思ってたんだけど、こっちにラグナがいるから急遽変えたんだよ。今日は普段取引してる卸の人達との会でね」
ラグナとグロースの親子水入らずの会話が続いていると、店員の1人が封書を携えてラグナに近づいた。
「今日の分ね、ありがとう。これがこちらからのね」
ラグナはそう言って持っていた封書をその店員に渡し、同じく封書を受け取る。いつもの情報のやり取りだ。
「ラグナ、恐らく今回のそれにも書いてあるがちょっと問題がある。3階に泊まってる部屋があるからそっちに来てくれないか?」
グロースが見たことない程の深刻な顔をしてラグナを見た。
「良いけど……ウィルとメルは?」
「大丈夫……ではないな。申し訳ないが2人はここでオレスと待っていてくれ」
そう言われて目を向けられたウィルは、その眼力に一瞬気圧されつつも、知らずのうちに嫌な想像が全身を駆け巡っていた。
*
数十分後に帰ってきたラグナの表情は物凄く強張っていた。それを見れば、確かに何か尋常じゃない事が起きた事だけはわかる。
「どうしたの……?」
メルが思わず話しかけるとラグナは一瞬身体を震わせ、無理に作り笑いをした。
「いや、ちょっとね……ここで話せる内容じゃないから、ミラムさんの家に帰ってから話しましょう」
ラグナはそう言って、一緒に戻ってきたグロースと卓で夕餉の途中だったオレスに「すぐそっちに戻る事になりそう」とだけ言って別れを告げると、ウィルとメルとを連れて酒場を出た。
ミラムの邸宅に戻ってくるなり、3人はウィルの部屋に直行した。
「どうしたのラグナ?」
「ごめん、ちょっとこれは戻らないと話できない内容なの」
そう言ってラグナは、酒場で貰った封書を開けた。それは先日の襲撃を知らせる手紙の時よりもさらに1枚多く、ウィルの不吉な予感は弥増すに増長していった。メルを見てみればその時を思い出したのか、同じく畳まれたその手紙を凝視している。
「まず、あのシナークの竜のいる基地が、再び襲撃されたらしいの」
そうラグナが告げると、メルはびくっと身体を震わせた。
「――今度はどこの誰が……?」
それでもメルはしっかりと聞き返すと、ラグナも覚悟を決めたかのようにメルに語りかけた。
「メル、これから話すことは貴女にとって重要な事だわ。でも悪い知らせよ。聞きたくなければ私も今は話さないけど、それでもメルは聞きたい?」
ラグナの言い方にメルは一瞬気圧されたが、それでも頷いた。
「わかった……まず襲撃したのは"イグナス語を喋るリハルトの軍服を着た者達"だそうよ。私はみんなに会う前の戦況とかはあまり分からないけど、リハルトとの戦争で目立ったものは無かったはずよね?」
「ああ、最近になって海戦がぼちぼち起きてるらしいけど、それまでは戦いらしい戦いは殆ど無かったらしい」
質問にウィルが答えると、ラグナは手紙の続きを語った。
「シナークの港の方の人からは、リハルトらしき旗を掲げた船が近海を航行していた、との目撃情報もあるようね。でも敵国の船がそんな易々と近寄れるもの?」
「それは無いですね」
突然3人とは違う声が聞こえてきて顔を上げれば、部屋の入り口にはミラムとルフィアが立っていた。
「ミラムさんにルフィアさん……」
「なんか帰ってきたラグナちゃんが尋常じゃない顔をしてたから、ちょっと気になってね。
それより、リハルト軍の艦船がこんな近海まで侵入してきたって可能性はまず無いわ。私たちの方にも襲撃の報せは来てるけど、どうもその襲撃の前にルーデンバースの辺りでリハルト軍と大規模な海戦があったみたいなのよ」
「そのリハルト軍の艦船がシナークに向かって、それで襲撃をしたのでは?」
ウィルの疑問はもっともだとばかりに、メルとラグナが頷く。
「それは無いわね。私も軍の事はあまり詳しく無いけど、もしそうならシナークの沿岸警備隊が侵入を許さない、第一聯隊はそこまでヤワじゃないって、話を聞いた軍の人は鼻息荒げて言ってたわ」
「でも現にリハルトの旗を掲げた船を見たって情報もあるって……」
「一つ、その軍の人から聞いた気になる事があるんだけどね。どうもルーデンバースの軍港から迎撃のために出た船の中に、1隻だけ極秘の任務を帯びた艦がいたらしくて、その艦だけルーデンバースに戻ってないんだって」
「極秘の任務?」
「まぁ極秘と言っても、ルーデンバースの港では公然と話されてたみたいよ。曰く、モロス皇子お抱えの作戦部隊だとかなんとか……」
ウィルは少し考えて呟いた。
「怪しさしか無いですね……」
その言葉にその場にいた全員が同意した。この騒ぎの黒幕候補筆頭がここで関わってくるとなれば、そうなるのも仕方ない。
「もしその極秘任務がこの襲撃なら、モロス皇子はいよいよ竜を手に入れた事になるわね」
「しかしそれで何をしようと言うのでしょうか。交戦中のリハルトに勝つのが目的なら、何も武力行使で奪い取る必要は無いのに……」
「そうなのよね。だからそれも含めてもう少し探ってみるわ」
そう言うとミラムとルフィアは腰を下ろした。
「邪魔してごめんなさい。ラグナちゃんの様子を見るに、まだ続きがあるんでしょう?」
「はい」
ラグナは答えると、もう一度メルに向き合った。
「メル、よく聞いて。あなたの両親が見つかったわ」
それを聞くなりメルは喜びをあらわにしたが、ラグナの沈鬱な顔を見てすぐに押し黙った。
「――どこにいたの?」
「あの、あのシナークの竜が捕らわれていたところよ」
「それってつまり……お父さんとお母さんはその襲撃を……」
そこまで言うと、メルは唇を真一文字に結んだ。まるでこれから言われることを覚悟しているかのように。
「ええ。私たちの協力者がちょっとした隙に基地に侵入して、中の状況を調べたみたいなの。それで……その、身罷られた人の名前の中に、あったのよ。トバルの名が……」
*
その後のメルの動揺と嗚咽を、俺は一生忘れる事は無いだろう。
人間はあんな風に泣く事が出来るのか。聞いているだけでこちらの胸も締め付けられるような、そんな泣き方が。
メルはルフィアさんに付き添われて自室にいる。どのみち生まれからして境遇の違う俺が慰められるとは思えないし、ルフィアさんに任せておくしか無い。
そんなわけで部屋には俺とラグナとミラムさんが残ってるけど、誰も何も言おうとしない。
それにしても、結局、結局俺はメルーナの大切なものを何も守ってやれなかったのだ。家も、家族も。全く情けないったらありゃしない。
しかし皇都に行ったと言うメルの親が、何故家の真ん前のあの場所で見つかったんだ? 一体いつから? 何の為に?
その辺りはもっと詳しく調べなきゃいけないか……とは言え、誰に頼めばいいのやら。
「ウィル、ちょっといい?」
そう言ってラグナが隣に来た。茶色い髪が近くで揺れる。
「そろそろ村に帰ろうかと思って……」
どうして? と聞くより早く、ラグナは滔々と語り出した。
「結構長いことこっちにいるしそろそろノーファン様とかから心配されてそうなのと、今後の動き方について村のみんなと話しておきたいのよ。
あくまで私達ユラフタスにとって重要なのは、あの地に捕らわれている盟友達を解放する事だわ。ミラムさんとルフィアさんには申し訳ないけれど、私達にとってはイグナスの内政に干渉する理由が無いの」
でも……と言うより早く、ミラムさんがムッとした表情で口を開いた。
「確かにそうかもしれないけど、でももはや貴女達の竜を救いたいのであれば、内政に足を踏み入れるしか無いところにまで来ているのよ?」
わかってる? とでも言いたげな目でミラムさんはラグナを見ていた。
確かにミラムさんの言う通りだ。あの色々と怪しいモロス皇子の息のかかっている連中があそこを占拠しているとなれば、当然ユラフタスが奪還を強行すればそれは皇子の耳に入るだろう。
こんな回りくどい方法をしてまで竜を手に入れた皇子ならば、そうなったところで大規模な山狩りをしてでも再び竜を捕らえようとするに違いない。しかも占拠している誰かにユラフタスである事がバレれば、その山狩りの中には恐らく"ユラフタスの討伐"も含まれる筈だ。
ミラムさんとルフィアさんに会って、すぐにもう一度竜の奪還作戦を行えれば良かったのだと思う。
だがそれはもう叶わない。結局のところ竜を救いたくば、モロス皇子の企みを暴き、失脚させなければならない所にまで来てしまったのだ。
「承知しています」
ラグナはそう返した。
「だからこそ、私達の村長と話して、今後の動きを慎重に決めなければなりません。それに私達にも気になる事があるので」
「成る程ね、ユラフタスにはユラフタスの事情もあるわよね。一つ聞きたいんだけども、貴女達の村には竜はいるの?」
「え? それは勿論居ますけども……」
ラグナがぽかんとした表情で答えた。そりゃそうだ。
「じゃ決まりね、私とルフィアも連れてってね。宮殿には適当なこと言っとくから」
……おっとこのお妃様、随分と活動的だぞ?
*
「私まだ竜をちゃんと見ていないのよね」
ミラムが唖然としているウィルとラグナを見て、口を尖らせて言った。
「あ、ああ。確かに言ってましたね。
ただ村長に許可を貰わなければならないので、数日先になってしまいますが……」
「そのぐらい大丈夫よ! むしろ私も、口実作りに時間が要るからね!」
そう言ってミラムは笑った。きっとこんな感じで奔放な人なのだろうと、ウィルは納得しておいた。恐らく部屋の外でこの話を聞いた護衛は大慌てだろう。
「ラグナ、メルはどうする?」
あっ……というような顔をしてラグナはウィルを見た。
「俺は少なくとも、メルにはもうこの問題には関わって欲しくないんだ。
メルの気持ちをわかろうなんて方がおこがましいとは思うけど、でも親をあんな風に亡くすのが辛いって事だけはよくわかる。
それにもう、村からシナークへの先導は要らないだろ? 一度飛んだんだし。なら、もうせめてメルーナだけでも解放してやってくれないか」
それはウィルの偽らざる本音だった。最初から命の危険の及ぶ所に幼馴染を行かせるのに反対だったこともあったし、何よりウィルはもうメルにこれ以上の心労をかけたくなかったのだ。
だが、ウィルのその言葉にメルと、あと何故かミラムまでゆるゆると首を振ると、
「でもきっと……いや、それはメルが決める事よ。隣の部屋に居るはずだから、ウィル自身で聞いてみて」
と言った。
ラグナの有無を言わさぬ口調に気圧され隣のメルとルフィアの居る部屋に向かうと、メルは多少は落ち着いたのかルフィアと話していた。
「どうしたの? ウィル」
そう話しかけたメルの目は赤く充血しており、はっきりと涙の跡が残っていた。余程泣いたのだろう。
ウィルはゆっくりと、メルの隣に腰掛けた。それと同時にルフィアが部屋から出ていく。2人できちんと話せという事だ。
「なぁメル。正直に言ってメルは、もうここかユラフタスの村でゆっくりしていた方がいいと思うんだ」
「どういう事?」
メルはウィルの突然の言葉に、驚きつつも聞き返した。
「こういう事になって、それでもなおこの問題に関わるのはメルにとってどうなのかと思って」
真剣な表情でそう語ったウィルを少しの間目をぱちくりさせて見ていたメルだったが、やがて小さな溜息と共にウィルの脇腹を小突いた。
「ねぇウィル。あのユラフタスの森の神殿で私が話したこと、覚えてる?」
「神殿で?」
落ち着かせるためにルフィアがそうしたのだろう。灯を絞って薄暗い部屋の中で、メルは俯きながら語る。
「そう。あの時、ウィルが死ぬぐらいだったら私がやるって言ったよね。その気持ちは今も変わらないよ?」
「ああ、その気持ちはすごく嬉しいよ。けど一度行ったならユラフタスの人達だけで行けるだろうし、もうメルが先導をする必要は……」
「そういうことじゃないの!」
メルは急にウィルの方を向いてそう言った。その目はまるで何かを訴えるように……
「もし……もしウィルが"大災厄"を止めるために死んじゃったら、私はその後何を頼りに生きていけばいいの!? お父さんもお母さんも突然いなくなっちゃって、もう二度と会えなくて……それでウィルまで居なくなっちゃったら……」
そう言いながら再び涙を流すメルを見てウィルはようやく気付いた。自分にとってのメルの存在がそうであるように、メルにとって自分という存在がどれだけ大きい存在なのかを。
「私はね」
少し泣いて落ち着いたメルが再び語り出した。
「そもそもはあの家を取り戻したくて、ユラフタスに協力しようと思ったのよ。そりゃ伝説の生き物の"竜"への興味もあったけど、家を取り戻してまたお父さんとお母さんと3人で暮らして、時々ウィルが泊まりに来たりして、そんな普段の生活を取り戻したかっただけなのよ」
独白にも似たその呟きを、ウィルは押し黙って聞いている。
「でも今は違うの。ラグナもユラフタスの皆さんも、ミラムさんもルフィアさんも良い人だけど、いつまでも頼っていられないもん。
私は、私の出来る事をするだけ。ウィルが出てこなくても、大災厄ぐらい防いでみせる。その為なら皇子を敵に回しても構わない」
「……ありがとう、メルーナ」
毅然とした表情で真っ直ぐ見つめてくるメルに、ウィルはそう答える他無かった。
そしてウィルは意を決したように、手を、腕をメルに伸ばした。そうして静かにメルの身体を掻き抱くと、静かに耳元で囁いた。
「ありがとう、俺なんかの為にそこまで言ってくれて……だけど、俺もメルが居なくなっちゃ困るんだ。メルーナに何かあったら、俺は何が何でも助けに行く。絶対に死なせはしない。いいな」
メルは何も言わずに、腕をウィルの背中に回した。
ウィルの服にはメルの涙が、それも先程とは違う感情に突き動かされた涙による染みが広がっていく。
*
数日後、旅装を整えた一行はミラムの邸宅を出てサルタンからシナークへと向かう汽車に揺られていた。勿論約束通りミラムとルフィアも一緒だ。
「レイクさんも一緒なんですね」
メルが目を向けた先には混雑している車内で、必死に流されまいと踏ん張っている護衛のレイクの姿があった。
「専属だからね、ミラムが行くところに付いて行くのが仕事なのよ。かく言う私もミラムの専属だから同じようなものだけどね」
そう言うルフィアは、ミラムと一緒に座席に収まっている。旅客列車の減便のあおりを受けて大混雑ではあったが、いくらお忍びとはいえ皇太子妃を立たせるわけにはいかないと、レイクが出発の何時間も前から並んで座席を確保してくれていたのだ。
客車の中は、2人掛けの座席が向かい合わせになっているものが並んでいる。ウィル達3人はと言うと、ミラムとルフィアの向かい側の席に詰めて座っていた。
小さい子供3人ならそれでもいいかもしれないが、16歳と17歳では体格がもう大人のそれなので、端っこのウィルは半分ぐらい通路にはみ出している。混雑対策とか言って手すりが取っ払われているのが幸いなのか何なのか。
「なんか友達同士でのお出かけみたいだね」
メルがそう言いながら、用意していた昼餉を頬張った。ミラム達も見るからに平民といった服を着ているので、知り合いにでも会わない限りバレないだろうと言っている。
「ホントね。でもこんな事でじゃなくて、遊びに行くので鉄道に乗りたかったなぁ」
ラグナが感慨深げに呟く。
ラグナが鉄道を使ったのはカグルでミラム達と会って、その後にサルタンに移動する時に初めて使ったそうなのだが、その際に速さと力強さに感動していたのだ。
「この騒動が終わったらまた招待するわよ! 山奥の方だけどね、そういう息抜きにイイ場所があるから連れてってあげるわ」
ミラムが楽しげに言っているのは、恐らく竜に会えるという高揚からだろう。こうして見るとウィルの目には皇族らしさが感じられないので、やはり向いてないんだろうなと独り言ちた。
カグルからでもユラフタスの村には行けるが、メルの希望で少し遠回りだがシナーク廻りで行くことになっていた。
カグルから行けば早朝にサルタンを立てばその日中には着くのだが、そんなわけなので昼過ぎに出てシナークか駅逓で一晩を明かすつもりで来ている。
列車が終点のシナーク中心部の駅に着くと、中に乗っていた沢山の人が一気に吐き出された。レイク以外は座っていたこともあって最後の方に降りたが、一行をチラっと見てから降りた男2人がレイクの頭に警鐘を響かせていた。
――あの男、今こちらを見てから降りるそぶりを見せたな。気のせいだといいが。
そんな護衛たるレイクの心配をよそに、ウィル達5人はほとんど遠足気分だ。
「あら、かわいい駅員さんね。切符を集めるのってみんな丁稚がやるの?」
そういうミラムの言葉でウィルが目を向ければ、確かに丁稚と思しき若い駅員が客の切符を集める集札係をやっていた。
「いや、私は貨物の方ばかりだったので詳しくは知りませんけども、集札係は精算とかお金の絡むこともやるので普通は丁稚にはやらせない筈です。恐らく正規の駅員の人出が足りてないか、あるいは戦時中なので徴用されたか……」
ウィルの説明に他の皆は微妙な顔をして納得の声を漏らした。静かにではあるが、戦争はひたひたと忍び寄ってきているのだ。
*
駅から出ると、予めラグナが手配していたという馬車が止まっていた。レイクも含めれば6人も乗るのだからと言うことで大きめの馬車を借りているが、それでも乗ればやや狭い。関所街の貸し馬車屋からはラグナが御者席に座るので、それまでの辛抱というわけだ。
しばし馬車に揺られてシナークの関所街に入ると、ウィルは不思議な感慨に耽った。
「ここから、始まったんだよなぁ……」
「そうだね……あの夜にウィルと逃げてきて、そこをラグナに助けてもらって……」
関所街は開戦当時の沈鬱さは薄まっていた。夜間外出禁止の立札も見当たらなかったので、流石に解除されているらしい。
駅からここまで馬を御していた御者によれば、貸し馬車屋に着くと馬を替えたりで少し時間が要るとのことで、貸し馬車屋の応接間でお茶ぐらい出してくれるとのことだ。そのお言葉に甘えて、窮屈にしていた身体を伸ばすように6人とも貸し馬車屋の中に入った。
中に入ると、据え付けられていた椅子から3人の男が一斉に立ち上がった。それを見てレイクが反射的にミラムの前に出て脇に提げた小銃に手を伸ばしたが、うち2人の男がこちらの姿を認めるなり綺麗な敬礼をしたことで抜こうとした小銃を再び納めた。
「――ペイルおじさん!」
メルが敬礼をしていない男にそう言うと、ペイルと呼ばれた男もパッと顔を明るくさせた。レイクがウィルに「誰だ?」と言いたげな目線を向けたが、ウィルが知る訳もない。
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