簒奪の為に

第31話 動き出す謀

 ヨナク達に占拠されたシナーク現地司令部は翌日には完全に防御陣形が組まれ、容易に攻め入ることのできない要塞へと変貌していた。

 人質のうち何人かは戦闘で死んだがほば無傷と言ってもいい状態で残ったので、イグナス軍が倉庫用として使っていた天幕に放っている。


 そんな中ヨナクとミツオルは、先程もたらされたばかりの報告について頭をもたげていた。


「いやしかし、あの大きい建物の中にまさか竜がいるとは思いませんでしたな」


 ミツオルが口を開いた。竜はノータス王国でも伝説の存在とされている。


「全くだな、竜なんて生き物が実在するとは……それでイグナス軍の連中はその幻とされる生き物を6頭も集めて、ここで何をしようってんだかな」


「失礼します!」


 兵士が1人、会話に割って入ってきた。

「どうした?」

「肉の納入だという者が来ましたが、かなりの量なのですが……如何致しましょうか?」


 ヨナクとミツオルは眉をひそめた。そんな事を勝手にする者がいるはずも無いので、ここには定期的に肉が納められているという事になる。しかもかなりの量だと言う、そうなれば恐らく……


「多分あの竜の食糧用だろう、別に食わせなくても構わないが暴れられても困るな。いいだろう、受け取ってあの竜達に食わせてやれ」

「は、わかりました。ヨナク師」


 そう言って報告に来た兵士は出て行った。


「余計な荷物を背負ってしまいましたな」


 ミツオルが口を開いた。


「まぁな。だが伝説上の生き物とされる竜だ、カネにする方法はいくらでもあるだろう。しかし……」


 応えたヨナクはそこで言葉を切った。


「奴らはなんで、こんなところで竜を飼育していたのだろうな」

「……竜の背に兵士を乗せて、騎馬兵のようにするとか?」


 ミツオルが真剣な表情でヨナクを見た。


「騎馬兵ならぬ騎竜兵とでも言おうか? 空想小説じゃあるまいし!」


 そう言ってヨナクが笑うと、ミツオルも相好を崩した。確かに普通に考えればそんな話があるわけが無いし、まさかイグナス軍がそれを実現するとは夢にも思っていなかった。


 ヨナクとミツオルがそんな話をしていた頃、大量の肉を運んできた街の業者の2人は武装したヨナクの私兵に両脇を固められつつ竜舎に肉を届け、その後は逃げるように立ち去って行った。

 もちろん私兵達にも牧畜を営んでいる者もいれば馬を飼っている者もいるが、竜も同じように接していいのかまではさすがにわからない。


 肉を納入した2人組のうち1人がシナークの中心部の方ではなく関所街の方に降りて行ったとしても、それは私兵達にはどうでもいい話なのだ。


 *


 イグナス連邦で最大の軍港であるルーデンバースには、ソトール海艦隊の半数以上が常駐しており、そこで働く軍人の数も生半可では無い。

 裏を返せば戦争になれば真っ先に狙われるとされる場所なのだが、開戦から1年弱も経つのに動き無しでは士気を保つ方が難しいものだ。

 石造りの立派な監視塔の上にいる兵士は、今日も望遠鏡を持ちつつ来る気配の無い敵を待ち続けていた。


「おぅいチャールゥ! どうせ敵なんか来ないんだから少しぐらい付き合ってくれてもいいだろぅ!?」

「それで本当に来たらどうするんですかハルス曹長! 自分の持ち場の時ぐらいちゃんと見ますよ!」


 梯子の下からいつまで持つかねと笑う声も聞こえてきたが、チャールと呼ばれたその若い兵士は気にしていなかった。お国の為にと志願して入ったイグナス軍、目が良いからと物見になりこうして重要な軍港の目となれるのなら不満は無い。


 少し経って、チャールは遠くに小さな黒い点がいくつか見えてきた。

 着任して間もない一兵卒で実戦経験の無いチャールは報告すべきか一瞬迷ったが、すぐに座学で物見のあれこれを教えてくれた上官の言葉を思い出した。


 ――物見の一報こそが勝敗の分かれ目、怪しいと思ったらすぐに報告せよだ。


 改めてその黒い点を見ると、明らかに先程より増えている。


「ハルス曹長! 敵らしき影を発見!」


 梯子の下にいる上官に怒鳴った。


「なにぃ!? 今更か? お前の見間違いじゃないのか!」

「見間違いじゃありません! 敵……飛行機らしき影がおよそ50、艦影はおよそ15!」


 その報告を聞くなり、ハルス曹長は梯子を登り自らの望遠鏡に取り付いた。


「本当だ、よく気付いたな……いよいよおいでなすった――!」

「曹長、よろしいですか?」


 チャールがそう聞くと、ハルスは片手で耳を塞ぎながら言った。


「いいぞ、やれ」


 チャールは頷くと片手で耳を塞ぎもう片手で槌を持った。そして監視塔に設置されている鐘に近付くと、それを強く早く打ち始めた。


「敵襲ー! 敵襲ー!」


 半鐘が鳴るとそれに即応して、監視塔に据え付けられた有線電話が鳴り出した。


「リハルトか!?」


 半鐘を鳴らす手を止めて電話に出ると、上官の焦った声が耳に飛び込んできた。


「そう思われます!」

「規模を知らせ!」

「飛行機がおよそ50、艦影は……20ほどです!」


 艦影はおよそ15と言おうとして、ハルスが手で20だと示したので20と答えた。改めて望遠鏡で見てみると、確かに先程より艦影が増えている。


 ――これがリハルト軍……周辺国家を次々と飲み込んでいった軍事大国リハルトの……


 チャールは肝が縮むのを感じたが、物見以外のもう一つの役職を思い出して慌てて監視塔を降りた。チャールはここの最初の迎撃機能、ルーデンバース軍港高射砲群の中の1人なのだ。


「戦闘配置! 各艦は直ちに出航し……」

「第四聯隊に連絡、迎撃の飛行機を……」


 サイレンのけたたましい音と共に、軍港内の沢山の兵士が次々と自分の持ち場へ付いていく。開戦以来、恐らく初めての実戦と言うこともあって皆の士気は高い。


「高度1300!」

「弾込め!」

「装弾良し!」

「仰角40度!」

「角度良し!」

「発射時期近付く……撃てぇ!」


 チャールが担当する高射砲群が火を噴き出した頃、軍港内を奇妙な一団が移動していた。


「あの人達は?」


 チャールが高射砲の角度を調整するハンドルを回していると、視界の端に奇妙な軍服を着た一団走っていくのが目に入った。


「知らないのか、モロス第一皇子のお抱えの作戦を行う極秘任務部隊なんだって。何をする部隊なのかは知らないけど」


 同じ高射砲の担当で仲良くなった先輩の兵士がそう答える。何故かその先輩は耳が早く、よくそうして色々な事を教えてもらっていた。


「そこの2人! 手を動かせ手を! 敵機はまだいるぞ!」


 上官からの喝が飛ぶと、2人は慌てて作業に戻った。


 そのモロス皇子お抱えの兵士達は、敵が本格的な攻撃を仕掛けてきたらその隙に敵陣に直接乗り込み破壊工作を行う極秘任務を行う部隊として、シナーク駐屯地に駐留していた。


 勿論そんな事は建前に過ぎないし、そもそも冷静に考えればかなり荒唐無稽であることは明らかだったが、そこはモロス皇子が強引に押し通した。

 兵士達は皆、イグナス軍の制服ではない違う服を着ていた。襟のところにはリハルトの国旗が縫い込んであり、一見すればリハルト軍の者にも見えた。


 シナーク駐屯地の士官はこの嘘の計画については勿論知っており、リハルト軍の服を着ているのも"敵の目を欺く為"と説明を受けている。


「しかし、モロス皇子が立案した作戦だろう? 粗が多すぎて話にならない気もするし、またリメルァールのようにならなければいいが……」


 沢山の迎撃の艦艇に混ざって出撃する極秘任務の部隊を乗せた船を見ながら、士官の1人がそう呟いた。


 *


 早鐘の音と共に「敵襲」の声が聞こえた時には、極秘任務部隊を率いる隊長であるシュエルの心臓の鼓動は一段と跳ね上がった。

 これからの作戦に失敗は許されない、速やかに指定の服を着て部下を連れて割り当てられた船へと向かう。


 用意された服は敵国であるリハルトの軍服と聞いている、確かに襟にはリハルトの国旗が縫い付けられている。

 敵方に侵入して破壊作戦を行うのが我々に与えられた筋書きなので仕方ないが、敵国の軍服に袖を通すというのはあまり良い気分はしない。

 だが、モロス皇子への大恩に報いることが出来るのならばそんな事はどうでもいい。


 この作戦の為に下賜された巡洋艦に乗り艦橋へ上がると、部下達が出港の準備に追われている。


「艦長、上がられます」

「総員、乗船完了しました」


 シュエルはそれに頷くと次々と指示を飛ばす。


「機関部に動力を回せ、すぐ出航する」


 足元から伝わってくる振動で、推進軸が回り始めたのがわかる。石炭の燃焼とそれを補助する魔法とを組み合わせた動力炉と蒸気機関が唸りを上げ始めた。


「動力炉、圧力良し」

「各員配置良し」

「舫解け、出航!」


 シュエルの発令と共に汽笛を一声、船は他のリハルト軍迎撃の為の船と共に港を離れていく。


「航海長、進路を東へ。海岸線沿いに進め」

「了解。カスタァ取舵25度、進路1-4-5、微速」


 航海長の号令はつつがなく復唱され、船は進路を東へ向けた。リハルトはルーデンバースから見て南にあるので、迎撃の艦艇とは徐々に離れていく。


 少し離れると、やがて遠くから大砲を打つ音が聞こえてきた。本格的な戦闘が始まったのだろう。この作戦を指示したモロス皇子からは、これはあくまで交戦中であることを示す為の模擬戦闘のようなものだと聞いている。

 とは言え聞こえるだけでも結構派手に撃ち合っているし、それなら死傷者も出るだろう。シュエルはそれによって船が失われる事などはどうでも良かったが、同じ仲間の兵士達が死ぬかもしれないことに関しては少し心が痛んだ。


 そもそもシュエルを始め、この船に乗っているのは不当な扱いを受けたり正しい評価がされなかったりで軍を恨む者達だ。勿論ただの私怨だったり、自意識過剰で「俺はもっとすごい、それを見抜けない軍が悪い」と言う人もいるが、それはそれだ。モロスの計画には支障無いとの事で無視されている。

 つまり、軍に対して離反するような行為を取っても何も思わない人間を集めたのだ。


 シュエルが時計と外を見やりながら、伝声管の前に立った。


「艦長より全乗員へ。間も無く作戦開始だ。各員持ち場を点検し、特に武器は今のうちに整備を完全にしておく事。

 艦長より達する。甲板要員はイグナス連邦旗と聯隊旗を収納し、リハルト軍旗を掲揚せよ」


 いよいよ、この軍の逸れ者達に与えられた作戦が始まった。


 *


 海と陸の境目に沈む夕陽を見送ると、辺りは一気に暗くなっていく。フィソウム11月にここに来てもう半月以上、マルヴァム12月に入り、その夕陽の橙は益々美しさを増しているように見えた。


「この美しさだけは、世界のどこに行こうと変わらないのだろうな」


 沢山の天幕が立てられている小高い丘にある館の2階から、ヨナク=ナールファルトはありふれているのに心揺さぶられずにはいられないその光景を眺めていた。


 部屋に戻ろうとして振り向くと、一瞬海上に船がいるのが見えた。商船にしても軍船にしてもそれ自体が珍しいわけでは無いし先程から見えていた船ではあったが、その距離が陸地にあまりに近い事と船の砲塔が火を噴いたように見えたのがヨナクを立ち止まらせた。


 ――こんな近海で海戦? あの船はどこの……


 そう思って目を凝らし、掲揚されている旗がリハルトのものであるのを見て取ったのと、少し離れたところにあった天幕が吹き飛んだのはちょうど同じだった。


 何が起きたのかと把握するより早く階下が俄かに騒がしくなり、外も慌ただしくなる。


「何事だ!」

「わかりません! ただ天幕の1つが突然吹き飛んで……」


 2回目の轟音がしたのはその時だった。


 ――あの艦だ!


 直感的にそう悟ったヨナクは、しかしどうすることも出来ないことに気付いた。

 持ち込んだのは近接武器のみ。イグナス軍が奪還に来ることを予想して最新の機関銃などは持ち込んだが、まさか海から攻撃してくるとは思いもしていなかった。しかも来たのはイグナス軍ではなくリハルト軍だ。


 もう一度その艦の方を見やると、先程は気付かなかったが小型の船が何隻かこちらに向かってきているのが見えた。海岸線を見れば、数隻はもう接岸しており人が降りてくるのが見える。


「ミツオル! 海の方からも来るぞ! 迎撃しろ!」


 そう階下にいるミツオルに叫ぶと、ヨナク自身も愛用の剣を腰に提げて館の外に飛び出した。


 外に飛び出すと、流石にまだ敵は来ていないようだ。

 新型の機関銃は転がして移動するものだった為に持ってくるのに時間がかかるが、しかし持って来れればこちらのモノだ。洋上の艦はどうしようもないが白兵戦なら勝てる。その自身がヨナクにはあった。

 しかし上陸してきた敵は一向に襲って来ず、むしろ艦からの砲撃が一段と激しくなってきたかのように思えた。


「ミツオル、撤退だ! 採掘場の方へ皆を誘導しろ!」

「わかりました! あの人質はどうしますか?」

「捨て置け!」


 反撃できないのなら逃げるしかない。そう考えたヨナクは、とりあえず黄色い石を採掘している採掘場の方へ逃げるように誘導した。人質など荷物だ、死のうが何しようがとりあえず自分達が生き残ることが優先だ。


 だがヨナク達の誰も、採掘場へ辿り着くことは出来なかった。

 上陸してきた敵はヨナク達が気付かないうちに周りをすっかり取り囲んでおり、1人たりともその包囲網から抜け出すことは出来なかった。


 最初に逃げたヨナクの私兵が上陸してきた敵に接敵すると、その敵兵は信号弾を打ち上げた。

 ほとんど暗闇に近くなってきた中で信号弾の灯りはよく目立つ。他の場所にいた敵も基地内を蹂躙しながら合流し、やがてヨナク達を取り囲んだ。


 そうなればあとはほとんど一方的な展開だ。小火器しか持たないヨナク達と、準備万端整えて上陸してきた敵では火力差がありすぎる。私兵達は次々と倒され、その数をみるみる減らしていった。


 吶喊してきた敵の脚を左手に持った小銃で撃ち抜きつつ、右手に持った剣を振りながらヨナクは半ば絶叫するように言った。


「貴様らは誰だ! 誰の差し金で我々を襲うか!」


 すると向かい合った敵の1人が動きを止めた。


「ほう、その言葉は聞いてた通りノータス人か」


 相手は流暢なイグナス語で答えた。


「まぁ答える義理は無い、と言っても良いが死出の手向けに答えてやろう。我々にこれを依頼したのとお前らをここに来るよう仕向けたのは、同じ人物だ」

「何っ!? つまり……イグナスのモロス皇子か!」

「そうだ。さぁ言うべき事は言った、貴様には死んでもらうぞ」


 ヨナクは、自分は利用されただけだとこの時初めて悟った。あの皇子が何を企んでいるのかは知らないが、この地を恐らく竜ごとリハルトの手に……


 ここまで考えたところで疑問が湧いた。


「おい、お前らは一体どこの人間……」


 そこまで言ったと同時に胸に衝撃を感じ、そのあとは言葉にならなかった。

 下を向くと体の中心から剣が飛び出しており、すぐさま2本3本と同じように飛び出してきた。


「ガハッ……貴様……」


 腹に複数の穴を開け口から血を吹きながら、尚もヨナクは呪詛の目を相手に向けていた。


「それがわかってどうする。お前は死ぬのだ」


 もはやリハルト人なのかイグナス人なのかわからないその敵はヨナクに銃を向け、躊躇いもなくその引き金を引いた。


 *


「シナーク現地司令部の占領の第2段階も上手く行ったようです」


 ラミスが報告書を携えて、そうモロスに報告した。


「ヨナクの連中は?」

「ヨナク=ナールファルトと枢機卿とミツオル=リッスラント、両名とも死亡が確認されています」


 それを聞くなり、ヨナクは笑い出した。聞きようによっては狂気でしかない笑い方で。


「フハハハ! そうか! 死んだか! あのヨナクめ!」


 そうしてヨナクはしばらく笑っていたが、落ち着くともう一つのラミスに尋ねた。


「世論はどうなっている?」

「シナークの人間は色めきだっていますが、他は全然です。シナークは仕方ないでしょう、本気でリハルトが攻めてきたと思って街から逃げ出す者もおります」

「まぁ良いだろう。そのリハルトの方はどうだ、ルーデンバースはきっちり追い返したのか?」


 最初に密書にてリハルトの大公に指示した艦船より、遥かに多い数を寄越してきたのがモロスの懸念であった。


「えぇ、抜かりなく。ただやはり、艦船や飛行機が予定の数より遥かに多かったと聞いています。本気でルーデンバースを落としに来るには足りませんでしたが、こちら方も死傷者が多数出ています」

「ふん、あの大公め。やはりこの国に野心があるのか。いつもの通り脅しておけ、少しは静かになるだろう」

「畏まりました」


 話が一区切りすると、モロスは茶をひと啜り飲んだ。


「さて、後はどのくらいかかる?」

「元々の現地司令部の出来から見れば、早くて3ヶ月はかかるかと」


 ヨナクが即答する。モロス達が拾い上げ、リハルト軍に扮してヨナク達を全滅させた部隊は、シナーク現地司令部の報告書を元に特殊な訓練を積ませていた。


「すると来年のグラシム2月ぐらいには、全てが終わると言う事だな?」

「左様でございます」

「わかった。後はシュエル達に立派な竜騎隊になってもらわないとな」


 そう言ってモロスは、自らがこの国の神となった後の事を思い巡らせていった。

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