第26話 皇族の名を持つ平民

「まずはお互いに自己紹介しましょう」


 そう言ってミラムは切り出した。


「私はアルフィール=ミラム。アルフィールの名の通り肩書きは皇太子妃だけど、ここではあなた方と同じ平民として見てくれて構わないわよ」

「ミラム、そう言う言い方したら余計に萎縮しちゃうわよ」

「そうね。ごめんなさい、口下手なもので」


 ミラムの自己紹介と女中とのツッコミは、確かに皇族と言った雰囲気では無かった。だがそれ自体が演技である可能性も否めないので、3人とも警戒は崩さない。


「私はファスタ=ルフィア、肩書きはここの口下手な皇太子妃様の女中ね。

 一応宮仕えのそういう身分だけど、私も平民として見てくれて構わないわ」

「失礼ですが、お2人とも皇族という望んで手に入れられるような地位ではないそれを、何と言うか、厭がっているように見えるのですが」


 ウィルが思わず聞いた。


「いきなり核心を突いてくるのね。まぁそれについては後から説明するとして、まずはあなた達の名前を教えてちょうだい」


「失礼しました。エルストス=イルカラと申します、ウィルで構いません。

 長く出勤できてないので籍があるかわかりませんが、ハーグ鉄道公団シナーク支局で貨物専務車掌をしています」

「トバル=メルーナです、同じくメルで構いません。ボルサ氏族領トバル氏族分割領の領主、トバル=クロムスの娘で、今はシナーク魔法学園高等舎に通っています」

「ラグナです。見ての通り、あなた方で言う"霧間の民族"です」


 そう言って3人はそれぞれ挨拶をした。


「ウィルくんとメルさんとラグナさんね、どうぞよろしく。

 まずはそちらの質問に答えましょうか。そもそも私が何故モロス皇子と結婚することになったかは知ってる?」

「いえ……」


 モロス皇子とミラムの結婚の際にはサルタンでは華々しく祝われたらしいが、その理由などについては不思議と誰も語らなかった。誰であれ人の恋路に首を突っ込むものでは無いと言えばそれまでだが、それにしたって何かしらはその辺の理由は詮索されるはずだ。


「今から話す事は他の誰にも言っちゃダメだからね?」


 ミラムはそう前置きした上で話し始めた。


「私は元々はこのカグルに住んでいたのよ、領主とかとも関係の無い全くの平民としてね。このルフィアもそうよ。

 とは言え平民から皇族に嫁いではいけないって決まりは無いみたいだからそこは大丈夫なんだけど、モロス皇子はねぇ、私や親の同意も無しに強引に嫁がせたのよ。

 当時の私も嫌がったんだけど、モロス皇子の取り巻きも何でか"皇子に相応しいお方だ"とか"皇子の求婚を無下にするとは大罪だ"とか言われてね、結局こうなったわけなのよ。

 ルフィアは昔からの友達で私を案じてくれたから、強引に私専属の女中として雇ってもらったのよ。勿論合意の上でね」


 その後も話は続いたが、ミラムの話を聞いた後のモロス皇子への印象は最悪だった。

 しかもミラムを正妻だと言っているらしいがさらに多くの側室を抱えているらしく、要はただの執政能力の無い色狂いが運悪く竜に目を付けてしまったのだ。と言う結論に3人は至った。


「ミラム様も大変なんですね……」


 メルがそう呟いた。


「いいわよミラムさんで、様付けなんていつまで経っても面映ゆいだけだわ。

 会う場所にここを選んだのも、単に地元だからってだけなのよ。この酒場も友達の親がやってるところだしね」

「それでカグルだったんですか!?」


 思わずウィルは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 色々と考えていたのが途端に馬鹿らしくなったが、不思議と徒労感は感じない。むしろ最悪の事態、自らが囮となりメルとラグナに逃げろと言わなくて済んだので安心していた。


「あら、そんなに驚くこと? まぁウィルくんは頭が切れそうだから色々考えてたんでしょうけど、今の話は全て本当よ。

 私は竜が見たくてあそこにいただけだし、モロス皇子は竜を使って何か企んでるわ。間違いなく」

「でもモロス皇子は、どこで竜の力について知ったのですか? それを広めないがために、私たちは森の奥で暮らしているのに」


 ラグナが言った。少し怒っているようにも聞こえる。


「それがわからないのよね。ただモロス皇子が時々文献がどうとか、あの本に書かれているのがとか言ってるのを聞いたことがあるわ」


 今度はルフィアが答えた。


「文献……すると何かの本に竜について書かれていたとか?」

「それは無いよ、無いはず」


 ウィルの考えをラグナは慌てて訂正するが、そのラグナも少し考え込んでいる。


「いや……或いは……」

「何かあてがあるの?」


 ぽつりと呟いたラグナにすかさずミラムが聞いた。


「あまり口外して良い話では無いのですが……私たちユラフタスが"大災厄"と呼んでいる事があります。それについてそちらで何か書物として残していればあるかもしれません」

「大災厄? それは私たちにも関係あること?」


 その問いにラグナは一瞬その事について話していいものか迷ったが、やがて吹っ切ったように話し始めた。


「――あります。もしそれが再び起きたならば、イグナスという国が滅びかねません」

「滅多なことを言うものじゃないと思うけど……その目は本気ね。教えられる内容なら教えてちょうだい」

「はい、大災厄とは……」


 そう言ってラグナはユラフタスの間に伝わる話をミラムとルフィアにも話した。それは、ウィルとメルがノーファンの家で見た歴史書の内容と寸分違わぬものであった。


 話し終わった後、ミラムとルフィアは大きく息を吐く。


「成る程ね、竜は国を滅ぼす力があるか……

 いくつか腑に落ちない点もあるけど、わかったわ。何故ユラフタスの人達がそうまでして竜の存在そのものを隠したがるのか、何故イグナスの軍を敵に回してまであそこの竜を助けたい……いや、元の場所に返したいか……」

「いやミラム、今の話はもっと根本的な話よ。それが本当なら皇族の祖先はユラフタスの土地を乗っ取った事になるわ」


 そう言いながらルフィアもミラムも、体が僅かに震えた気がした。話の真偽はわからないにしろ、何故かこの3人の言うことは信用してもいい気がした。


「私とルフィアなんかは元々皇族の人間じゃないからいいけど、この話は皇族の耳に知れたら大変なのはわかってる?」


 ミラムが聞いた。


「勿論です。ただ私達にしてもそんな国を巻き込む大騒動にするつもりは無くて、ただシナークにいる竜をユラフタスのいる森に返したいだけなのです。それも早くしなければ、あの大災厄と同じ事がまた起きかねないので……」


 ラグナは出されたものの、冷めてしまったお茶を飲みながら答える。


「そうね、でもそう簡単にはいかないわよ?

 一番簡単なのはこの計画自体を無しにすることだけど、それは出来ないわね。あそこにいるのは紛れもなくイグナス軍だわ、それも皇子からの勅命を受けて任務に当たっている。追い出せる理由が無いのよ」

「うーん……」


 ラグナは押し黙ってしまった。ミラムの言い分は尤もであり、むしろイグナスの方からすれば自分勝手なのはむしろユラフタスの方なのだと気付いたからだ。


「そう言えばミラムさんは結託した方がお互いにとっていいと言ってましたが、あれはどういう意味ですか?」


 今度はメルが尋ねた。確かにシナークでの別れ際に言っていたがよく覚えていたなと、ウィルはちょっと感心していた。


「計画自体を無しに出来ないのなら、メルちゃんはどうすればいいと思う?」

「自分だけ逃げるって風にも出来ないし……その計画を考えた人に文句を言うとか?」

「半分あたりね。つまり計画を考えた人はモロス皇子なわけだけど、やめろって言ってもやめるわけがない。ならどうするか? 失脚させるのよ」

「皇子を失脚ですか……?」


 どうやって、とウィルは呟いた。より良い地位を得るための足の引っ張り合いなんてどこにでもあるが、それを皇子相手にやろうと言うのか。あるいはその皇子の妻であるミラムさんには何か策があるのか。


「ラグナちゃんは知らないかもしれないけど、何年か前のリメルァール攻撃のことは知ってる?」


 ミラムがそう言った瞬間ルフィアの顔が曇ったが、ミラムは少しだけ話させてと言って続けた。


「えぇ、読売にも書かれていましたので」

「あの時の戦いでイグナス軍にも大勢亡くなられた人が出たけど、そもそもはモロス皇子の失敗なのよあれ」

「……つまりどういうことですか?」

「あれはね」


 そう切り出してミラムはリメルァール攻撃のあらましを説明した。


「死ななくていい人まで死んでしまった戦いだったんですね……」


 メルがそう言うとルフィアが頷く。


「ええ、私には兄がいたんだけどもその時に亡くなったのよ。

 私はその事から、ミラムはあの人に国を任せておけないと思ったから、それで私たちはどうにかして失脚させようと思っているわけ」


 そこまで言ったところで部屋の戸の外から声が聞こえた。ルフィアが慌てた様子で出て何か言うと、すぐに戻ってきた。


「すっかり忘れてたけど昼餉だったわね。すぐに来るわ」


 そう言われてると不思議なもので、一気に腹が減ってきた。

 "先ず札より飯を持て"と言うじゃないか。賭け事の時には賭札を持つ前に飯を食べて頭を冴えさせてから、という喩えだが。


 *


「仮にも皇族の人がこんな食べ方してるのが知れたら、もう大騒ぎよね」


 そう言いながらミラムは皮まで焼いた鶏肉の骨の部分を素手で持って、肉汁を滴らせながら派手にかぶりついている。


「あれはああしろこれはこうしろって、作法がうるさすぎるのよね宮殿は。このぐらい大らかになれば良いのに」


 ルフィアも食べ終わった料理に残っていたタレをパンで掬って食べている。

 その食事風景は、確かに平民そのものと言ったような雰囲気であった。


「失礼ですけども、お2人とも本当に豪快に食べますね……」


 ウィルが思わずそう言うと、2人は屈託なく笑った。


「そりゃそうよ。演技でも何でもなく、私とルフィアはカグルで生まれ育ったただの平民だもの。ただそうね、ウィルくんから見て、私のことどう思う?」

「どう、とは?」


 質問の意味がわからず、ウィルは思わず聞き返した。


「顔や体つきのことよ。もっとありていに言えば、可愛いとか綺麗とか」


 妙なことを聞かれたな、とウィルは困ってしまった。ちらりと横を見やれば、メルが何とも複雑そうな表情をしている。


 同僚は誰それが可愛いとか可愛くないとか、言の葉一つ取れば失礼なんじゃないかみたいなことを言っている時もあるが、ウィルは特に女性がどうのと興味が無かったのだ。


「いや……そりゃまぁ他の人と比べれば、かなり綺麗だとは思いますけども」

「随分控えめなのね。でも私がモロス皇子に強引に結婚を迫られたのって、どうもこの顔や体つきをいたく気に入られたみたいでね。

 だから宮殿内でも私のこと疎ましく思ってる人と、同情してくれる人と分かれるのよ」

「ミラムさんも大変なんですねぇ……」


 そんな話をしながら昼餉を平らげると、今度は作戦会議が始まった。


 *


 同じ卓で同じ飯をつつくとなんとなく仲良くなった気がするのか、昼餉の後は最初のようなぎこちなさは無かった。


「しかし失脚させると言っても、自分たちは何をすればいいのですか?」

「前にシナークのあの基地を襲ったのはユラフタスの人たちでしょう? ならこちらは弱点を掴んだり間諜を忍ばせて支援するから、あそこをもう一度襲いなさい。

 成功させればきっとモロス皇子は"あの計画の肝である竜が、何処とも知れない人たちに奪われた"と見るでしょうね。でもそれ以上に軍や皇室からすれば、無能の烙印がリメルァールに続いてもう一つ押される事になるのよ。大事な竜をまんまと奪われた作戦総責任者としてね」


 ミラムがそう言い切ると、すかさずルフィアが横やりを出してきた。


「まぁこれ私達を助けてくれる軍の偉い人が考えたんだけどね」

「そういうことは言わなくていいの!」


 そのやり取りには思わずウィル達も笑ってしまった。


「しかしそうなると、準備が整うまではこちらは待機ということですか?」


 気を取り直してウィルが尋ねた。


「そうなるわね。貴方達はもう何日かいられる?」

「ええ、それは大丈夫です。いつまでに戻るというわけでもないので」


 今度はラグナが答える。


「わかったわ。3日後の正午、またここに来てちょうだい。貴方達の言う大災厄に関する書物がもしあるならば、それは多分サルタンにあるわ。そのサルタンの皇立図書館に入る許可状を手配してくるわ」


 ルフィアがいいの? とでも言いたげな顔をミラムに向けていたが、ミラムは続けた。


「私だって皇族である前にイグナス国民だわ。この国の真の成り立ちが歴史書以外にあるのなら、それを知りたいのよ。ただ立場上どうしてもそれは出来ないから、貴方達にお願いするわ。それで良い?」

「はい、お心遣い感謝します」


 そう言って3人は頭を下げた。


 *


 ミラムとルフィアと会った翌日、カグルで他に何をする用事があるわけでもないので、3人は街を散策していた。

 ラグナは会うまではユラフタスと悟られないために目深い帽子を被っていたが、もうその必要は無いとばかりに先日買った服を着ている。


 そうして夕暮れを迎え、夜になった。街灯もあるが薄暗い道を、3人はあれやこれやと話しながら浴場から宿へと戻って行く。同じ隠れ家に連泊するのはあまりよろしくないという事情をミラムに説明したら、同じくミラムとルフィアの友達がいるという宿を提供してくれたのだ。


「あそこ本当にいいお湯だね!」

「本当にね! 肌が若返ったみたい」


 はしゃぐ女性陣2人と並んでウィルもついて行く。16歳で肌の心配かと独り言ちながら。


 ふと目線を感じた気がした。それこそ勘でしかないものかもしれないが、妙に気になったので後ろを振り向いた。すると物陰にサッと隠れる2人の影が見えた。


 ――尾けられてる……?


 そう思い談笑しているメルとラグナをよそに、もう一度前触れもなく振り返ると、やはり人影が見えた気がした。


(ちょっといいか)


 ウィルが2人の会話を遮った。


「どうした……」

(静かに)


 普通に喋ろうとするメルを制して、どうも尾けられているかもしれないことを伝えた。


(とりあえず2人とも、俺たちの後ろに防御魔法は展開できるか?)

(フレイヤといるほど時じゃないけど大丈夫)

(私も1人でも出来るよ、あまり長い時間じゃなければ)

(わかった、とりあえず防御魔法を張っておいてくれ。ラグナはいつでも剣を抜けるように頼む)

(わかった)


 また逃避行かと正直うんざりしていると、向こうも気付かれたと悟ったのか静かに仕掛けてきた。


 カン……と防御魔法に何かが当たった音がした。反射的に振り向くと、吹き矢を構えた男が1人、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「敵だ!」


 そうウィルは叫び逃げようとしたところ、すぐ横にあった脇道からもう1人が飛び出してきてメルを羽交い締めにした。見るとその手には小刀が握られており、その刃先はぴったりとメルの首筋に当たっている。


「こいつを死なせたくなかったら大人しく付いてこい……!」


 羽交い締めにした男がそう叫び、最初に吹き矢を吹いた男は勝ち誇ったかのような笑みで近付いてきた。


「勝負あったな、さて付いてきてもらおうか。おっとそこのユラフタスの女、腰の短刀をこっちに投げな」


 メルが人質に取られてしまった以上従う他無い。ラグナも悔しげな表情を浮かべながら、抜きかけた短刀を納めて男の方に投げた。


 ――不覚だった……あの時見えた影は2人、吹き矢を持っていたのは1人だ。確かに1人が先回りしてこうなる可能性もあったのに……


 そうウィルが唇を噛んだ瞬間、メルが動いた。


「そう簡単に捕まって……たまるもんですか!」


 メルは思いっきり身体を沈めて羽交い締めから抜け出した。いささか無理な状態で首に当てられていた刃が、抜け出す際に顔を薄く切り裂いていったが、そんな事に構っていられない。


「クソッ、こうなりゃ力づくだ!」


 そう言って羽交い締めにしていた男がメルに殴りかかってきた。それと同時にもう1人の男も武器を持っていないウィルに襲いかかってくる。

 その瞬間、メルに殴りかかってきた男が突如地面に突っ伏した。その背中には矢が突き刺さっている。


「なっ!」


 もう1人の男は咄嗟に懐から銃を取り出したが、それを見たラグナが反射的に投げた短刀を拾い、銃を持った腕を抜き様に斬りつけた。

 その一撃は男を完全に無力化することは出来なかったが、戦意を喪失させるには十分だった。事実男は切られた腕に力が入らないのか、銃を取り落として血を滴らせながらぶらぶらとさせている。


「おい! 大丈夫か! 今公務官を呼んだからな!」


 後ろから誰かの叫び声が聞こえた、この騒ぎを聞きつけたのだろう。1人残ったその男は、流石に不利と悟ったのか暗い路地裏へと逃げて行った。


「君たち大丈夫か?」


 先程叫んだ男が近寄ってきて離しかけてきた。手には弓矢を持っている。


「貴方は?」

「説明は後だ、とりあえず付いてきてくれ。私はミラム様の従者だ。君達に万が一があった時には、安全な所に連れて行くように命を受けている」


 その弓矢を持った男について行って、暗い路地を進んだ先にあったのは、どこにでもあるような普通の民家だった。

 その男は戸を叩き、少し間を置いてからトトントントトという風に不規則に叩いた。


 それが符丁になっていたのかややあって戸が開き、中からルフィアが出てきた。


「ウィルくん…! それにメルちゃんとラグナちゃんも、詳しい事は中で聞くわ。とりあえず入って……メルちゃん怪我してるの!? 手当てもしなきゃ」


 *


 少しのち、3人は再びミラムとルフィアの前に座っていた。


「やっぱり仕掛けてきたのね。メルちゃん、顔の傷は大丈夫?」


 今になって怖くなってきたのだろう、メルはウィルの腕にしがみつくようにしていたが静かに「はい、大丈夫です」とだけ答えた。薄く斬られただけで消毒して薬を塗ってもらったとはいえ、顔の傷は赤く盛り上がっており生々しい。


「もしかしたらモロス皇子が何かちょっかいを出してくるかもとは思ったけど、まさか誘拐未遂とはね……」

「あれはモロス皇子からの刺客だったんですか?」


 ミラムの言葉にウィルが尋ねた。


「ええ、私も詳しくはないけど……説明して」


 そう言うと、先程3人を助けてくれた男が口を開いた。


「私はレイクと申します。ミラム様に仕えているものです。

 逃げた男が銃を落としていったでしょう? あの銃は現在イグナス軍で制式採用しているものでした。

 街のゴロツキにも銃が出回ってはいますが、基本的には軍の型落ちです。それが最新式を持っていたと言う事は、軍の中で手引きした者がいたと言う事です。この状況を鑑みるに、モロス皇子が何らかの手を打ってきたと見るのが自然でしょう」


 普通に生活していれば全く関わらない世界の話を、レイクは滔々と語った。


「つまりカグルで貴方達の身柄の安全を保障することができなくなってきたのよ、だから私の信頼できる者も多いサルタンに行こうと思うんだけど……皆はどうかしら?」


 ミラムの言う事はもっともだとウィルは考えた。今回は偶然助けられたが、次もそうだとは限らない。


「私は異存はありませんが……メルとラグナは?」

「それは敵の懐に飛び込むことにもなりませんか?」


 ラグナが尋ねた。確かにサルタンに行くと言う事はそういうことだ。


「大丈夫なはずです。サルタンだからこそ皇子は動けないはずです、ミラム様の派閥をはじめとした周りの目がありますから」


 レイクが答えたが、ラグナには意味がわからないようで首をかしげている。


「もしサルタンで、皇子が貴方達を何らかの方法で危害を加えたとしましょう。誰の指示かを辿って、それが皇子だったと分かったら大騒ぎです。皇子が自分の妻と親しくしている平民に危害を加えた事になりますからね。

 そうなればミラム様はそうだと発表すれば良い、それだけで皇子の不人気はさらに加速するでしょうね」

「でもそれはカグルでも同じじゃないですか?」


 ラグナがさらに尋ねた。


「いえ、離れていれば証拠隠滅がしやすいですし、私たちの警護も手が届きません。そういう意味でもサルタンの方が逆に安全でしょう」


 結局、翌日には3人を連れてミラムの一行はサルタンに戻った。

 帰りの道中で今後の事を話したが、やはりミラムの方で手筈が整うまではシナークの攻撃は控えた方がいいと言うので、ラグナはその事を手紙にしたためてユラフタスの村へと送った。長期にわたって村を離れてしまうので皆には心配をかけるだろうが、こればかりは仕方ない。


 しかし事態は、シナークを中心に急速に動き始めていた。

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