第20話 第三バビレーヨ〔ユラフタスの越夏と対策〕
あれから3ヶ月経った。
なるべく早く救出作戦に向かいたいところらしいが、コルナーとして一人前になるには本来2年ぐらいはかかるらしく、メルも3ヶ月にしてはよく出来ている方らしいがまだまだ厳しいらしい。前に誘導だけならとりあえず飛べればいいんじゃないかとノーファンさんに進言したけど、万が一があった際に困るからと突っぱねられた。それももっともな意見なのでそれ以上は言わなかったが、やはり幼馴染がそういう危険な事をしているのは心中穏やかではない。
そのメルはと言えば時々生傷をこさえて帰って来て、その度に俺が応急処置をしてる気がする。
本来は逆な気もするし変わってやれるなら変わってあげたいが、そもそも魔法が使えないのなら竜に乗ることはおろか話すこともできないので仕方ない。ユラ様とは何故か話せたが、他の竜とは一切話せないのだ。
メルは"私ができる事をするだけだから"と言っているがそれはそれで男の矜持が許さないので、時々行われる作戦会議に出ては疑問点などを挙げている。メルも含めて無駄死には出しなくないのは俺だって同じだ。
だが今日は隣の家に住んでいる5歳下のリタンドとその父親、ガンドルと他数人の男女で森の中にあるという洞窟に向かっていた。
暑くなって来たので氷の運び出しをするのに男手が必要だと聞いたので、それに付いて来たのだ。
「しかし外つ土地の人たちって夏場はどうしてるんだい?」
前を歩くガンドルが尋ねた。
「"冷蔵庫"ってのがあるんですよ、そんな皆が持てるほどのものじゃないんですけどね。木箱じゃなくて鉄製の箱に、何かよくわかんないですけど小さめの箱を入れるんですよ。そうすると、その箱の中は勝手に冷えてくれるという……」
「へぇーそんな便利なものがあるのか。私達はもっぱら氷室の氷で夏を乗り切るからなぁ」
「と言っても高いですよ? 元が10万ロンドぐらいしますし、その小さめの箱は交換式で5日間ぐらいしか持たないので何度も交換しなきゃいけないですし」
ガンドルは感心したように言っているが、イグナス連邦で出回る冷蔵庫は庶民にとっては高嶺の花でほとんどが貴族や大きい宿などに使われる。
より効果の高い電気式もあるが、その電気を発電できる量が少ないのでほとんどは工業都市であるリメルァールに回され、後は皇都に優先して供給される。
そんなわけで市販の冷蔵庫は気化冷却式と呼ばれるものがほとんどで、電気は不要だが維持費が高いのだ。
対してユラフタスは夏場になると、森の中にある天然の洞窟に入って氷を切り出してくるのだそうだ。それで夏を凌げるのかとも思うが、森の中は不思議と涼しく、確かにこれなら氷だけでも良いのかもしれない。
ただその洞窟、稀に卵か何かが腐ったような臭いがすることがあり、その臭いがしたら入れないことになっているらしい。過去にその臭いがある時に中に入った者が、全員亡くなったことがあったからだそうだ。案外おっかない洞窟である。
*
少しすると森の中で一行は立ち止まった。
「ここですか? 何も無いようですけど……」
「外つ土地の人から見てわからないなら、隠すのもうまくいってるって事だな」
そう言いながらガンドルは、その筋骨隆々な腕で地面に転がる無数の枝の中からひときわ太い枝を持ち、それを思い切り引っ張った。すると、まるで地面が蓋を開けたかのように持ち上がった。そして人がやっと通れるかというぐらいの穴が姿を見せた。
「すごいですね、天然の洞窟ですか」
「そうよ、理屈は知らんがこの中は年中寒くてな。特に冷える冬の前に、この中に水を運び込んで氷を作るのさ。それで夏が近づくにつれて少しずつ出していくってわけよ」
そう言いながらガンドルはリタンドと共に、隠すための蓋を開けきって固定した。
「さ、じゃ降りますかね。ウィル、見ての通りお前さんぐらいの年代の若者がちょうどいないからな。悪いが使わせてもらうぞ」
「いえいえ、遠慮無く」
そう言ってウィルは腕を捲った。
森の中は害虫も多いからと長袖を着ていたが、さすがに6月に着てると少し暑い。聞くと洞窟の中はそんな虫もいないというので、涼むがてら遠慮なく役に立とうと言うわけだ。
ガンドルと他数人の男たちと中に入ると、洞窟の中は予想以上に寒くて驚いた。慌てて捲った袖を戻したが、それでも長くいれば底冷えしそうな寒さだった。水が滴っているところでは氷柱ができるほどだ。
中には魔灯と呼ばれる明かりが設置されており、少なくとも真っ暗では無いのが助けだった。ただこれも外から常に誰かが魔力を流していなければならず、力仕事と聞いていたのに女性を連れて来たのはこの魔力を流す為らしい。
少しずつ降りて行くと大きめの空間に出た。特に魔灯が多く設置されており結構明るく、そしてそこには大量の木箱が所狭しと並んでいた。
「これが氷なんですか?」
「そうだ、冬の前にあの木箱の中に水を入れてここに運び込むんだ。この寒い洞窟の中で冬を越せば、今頃になればちゃんとした氷になるってわけよ」
男たちはそう言いつつ、手際よく木箱を運び出す準備をしている。
「ウィルは上へこの木箱を持ち上げてくれ、途中まででいいからな」
そう言われたので入口の近くで待機していると、両手では持てるが結構な重さの木箱を渡された。
途中まで上げるとそこから他の人がもっと上まで上げる、要はリレー方式だが、何せ重い上に足元が滑りやすいので全身を緊張させてないといけない。
この木箱をとりあえずは50箱ほど上げるそうだ。そこから約3時間程、ウィルを含めた男たちは、木箱と寒さと足元の滑りに格闘することとなった。
「はぁー疲れた、毎年の事とは言いながら疲れるなこりゃ。ウィルは大丈夫か?」
木箱を地上まで持ち上げたら、当然それを今度は村まで運ばなければならない。
一番大変なのは持ち上げるところなので、落とさないように持ちつつ村の氷室まで持って行くのは楽だが、それでも結構な重労働だ。
氷室に入れて扉を閉じるなり、特に洞窟に潜った人はその場で大の字になるのも無理はない。
「いやいや、これはなかなか大変ですね……あの運んだ氷が無くなったらまたやるんですか?」
ウィルが億劫そうに尋ねると、隣で大の字になっていたガンドルも億劫そうに答える。
「おうよ、50箱なら1ヶ月は保つがな。来月になればまたこれさ」
そう聞いて思わず唸ってしまった。ユラフタスの村に来てから何にもしてないので手伝うことに異存は無いが、もう少し楽にできないものかと考えるのは当然だろう。
「みんなお疲れ様ー! レジンタ持って来たわよー!」
そう言いながら建物に女性が何人か入ってきた。それを聞くなり男たちは有り難いだのこれが楽しみだだの言っている。
「ガンドルさん、"レジンタ"ってなんですか?」
「あぁ、氷を細かく砕いて旬の果物を絞った果汁に砂糖を加えたものをかけた食い物さ。甘くて冷たくて美味いぞ?」
そう言うガンドルや息子のリタンドも顔が緩んでいる。
お疲れ様と労われながらそのレジンタを受け取ると、その冷たさにまず驚いた。桃色の果汁がかけられた氷は、疲れた体にはたまらなく美味しそうに見えた。
食べてみて、なるほどもっと暑い時期にはたまらない贅沢だろうとウィルは思った。
イグナスでも氷をそのまま食べられるなんて機会は滅多に無い。と言うかこのレジンタ、皇都のサルタンで買えば1500ロンドか2000ロンドぐらいはするんじゃないか? とも思えるほどだ。
ちなみに村の中でもレジンタはあまり食べられるものでは無いらしく、これを食べたいがあまりにこの重労働に参加する人もいるとかなんとか。
甘い氷の余韻に浸りつつ、ウィルはあの氷の搬出をもう少し簡単にできないかと考えていた。
1回に50個と言うのはそれ以上やるともっと人手が要るので大変だかららしいが、洞窟はもっと奥まで続いており作ろうと思えばもっと氷を作れるのだそうだ。即ち運び出す手段さえあれば、もっと氷を作れるというわけである。
*
結局のところウィルは鉄道屋なのだ、真っ先にレールを敷いてトロッコを作ることを思いついた。もっとも本物のように鉄のレールは手に入らないので、何もかもを木で代用することになるが。
そんなわけでまずウィルはラグナを通してノーファンに相談してみることとした。
身振り手振りを交えて説明すると、ノーファンは村の男を集めて提案してくれた。
結果的には概ね好感触と言ったところだ。あんまり余所者が口を出すべきでは無いのですが……とおずおずと口を開いたウィルは、なんとなく村の皆に認められた気がして嬉しかった。
「しかし外つ土地の者は面白いことを考えるな、ついでだから簡単に狩りができる道具でも考えてくれねぇかな」
そう言いながらガンドルは仲間の狩人と共にトロッコの躯体を作っていた。
狩人とは言え、ある程度の者なら治したりもするので工作の心得がある者も多い。なのでトロッコやそのレールは、そう言った者たちの狩りの合間に作っているのだ。
もちろんウィルもその輪に加わって一緒に作っている。メルもやるべき事を見つけてそれに励んでいるウィルを見て、安心して訓練に打ち込めるとラグナと話していた。
*
とりあえず洞窟の入り口付近から氷を保管している場所までの短い間を目的に作ったので、
丸太から車輪を切り出すのに、正円が作れなかったりフランジ(脱線を防止する車輪の出っ張り)を説明したりするのに苦労したが、何とか形にすることが出来たのでウィルはご満悦だ。
使い方としてはトロッコに頑丈な紐を括り付け、レールに乗ったトロッコを地上から紐を使って引き上げたり下ろしたりするようにした。引き上げるところには、どこかの街でみた"勾配鉄道"なるモノを応用して滑車を設けた。こうすることで、ただ引っ張るより簡単に引き上げられるのだそうだ。理屈は知らないが。
試しに空荷で上げて下ろしてをやってみたが、空荷であれば1人でもできると見るやユラフタスの人たちの期待も自ずと高まっていった。
結論から言えば、
とりあえず代表してウィルとガンドルが洞窟内に降りて、中で氷の入った木箱をトロッコに積むと鈴を鳴らして引き上げるように促す。すると洞窟の外にいる3人ほどが紐を引っ張り、氷を積んだトロッコを引き上げるのだ。
相変わらず魔灯を点ける為の人は必要だし洞窟から村の氷室までは人力だが、最も大変なところが随分楽になったとウィルは村の人からとても感謝された。
作り方は皆が理解したはずなので、そのうち洞窟から村まで軌道を敷くのかもしれないが、その頃には元の生活に戻りたいと密かに思うウィルだった。
もちろん上手いこと言って、レジンタを真っ先にありつく権利だけは守られたのは言うまでも無い。
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