第19話 竜との縁・後編

 数刻後、ノーファンを加えて4人で再び神殿へと向かっていた。


 前日も行ったが今回は心持ちが違う。それが証拠にウィルもメルも前日の不安そうな顔ではなく、好奇心いっぱいと言った顔をしていた。

 ラグナもノーファンも昨日の今日なので心配していたが、むしろ笑って森を歩く2人を見てやはりユラ様が選んだ人だとその胆力の強さを感じていた。


 神殿に着くとノーファンはメルからペンダントを借りて、中に入っている竜魂石を取ると神殿の台座に据え付ける。


「さて、メルーナよ。この台座に手を置き、お主を認めた竜を呼ぶがよい」

「呼ぶってどうやってですか……?」

「なに、手を置いて魔力を流しながらここに来て欲しいと願うだけじゃ」


 ノーファンにそう言われてメルは言われるがままに台座に手を置き、心の中で昨日の竜に語りかけた。

 少しすると遠くから大きい翼が羽ばたくような音が聞こえてきて、先程も見た赤い竜が音もなく神殿へと舞い降りる。


 《早かったな》


 その竜は台座の近くに立つメルを見下ろすなり、そう言った。勿論降りてきた竜と話せるのはメルだけなので、他の3人には聞こえていない。


 《今上のフォスチアも焦っているのか、まさか先程会ったばかりでもう儀を執り行うとはな》


 そう語る竜をメルは、ただただ緊張しながら見上げることしか出来なかった。


 《どうした? 儀を執り行うのであれば早く行おうでは……む、お主は外つ土地の者か。先程は陽の下だったので分かりづらかったが黒目なのだな、久々に見た》


 尚も竜はメルに向かって話し続けるが、メルはすっかり肩に力が入ってしまっている。


「メルーナよ、大丈夫か?」


 それを見かねたのかノーファンが助け舟を出した。


「あっ、いえ、大丈夫です。それより早く儀を行おうって言ってるんですが……」

「そうじゃな、この儀を行う外つ土地の者などいないからさぞあの盟友も不思議がってるじゃろうて。

 まず縁とは、お互いの血を持って成り立つ。双方の絆は血によって確固たるものとなるのじゃ」


 そう言ってノーファンは懐から小刀を取り出した。


「これでお主の指を切り、その血をこの竜魂石の隣のくぼみに垂らすのじゃ。その後にこの小刀をあの竜に渡すのじゃ。竜も同じように自らの血をそのくぼみに垂らすじゃろう」


 ノーファンが説明を終えると竜もその通りだと言うように頷く、妙に人間くさいと思ったのはウィルだけではないはずだ。


 いよいよ"縁の儀"だ。

 メルは手渡された小刀を持った。柄のところが太くなっており、丸く穴が空いている変わった小刀だ。そしてそれを左手に持つと、右手の親指の腹に当ててわずかに力を入れる。


 やがて刃と指の接点から赤い玉が噴き出すと、そのままメルは指を竜魂石の隣のくぼみの上に持っていき血を一滴垂らした。

 小刀を竜に渡すと、竜も器用なもので、その穴に自らの鉤爪を通して少し勢いをつけて自らの足の先端を刺した。

 その程度では僅かな痛痒も感じないのだろう。竜はその足を台座に持って行き、メルが垂らした反対側のくぼみに血を垂らした。


 やがて2つの血は自然と中心にある竜魂石へと動き、二つの血が触れたその刹那、台座に載せた竜魂石が直視できないほど強く輝き出した。


 *


 その竜が目の前に降りてくると、先程とは違って神々しさと威圧感をいっぺんに感じた。大きさはフレイヤと同じかそれ以上だろうか、全身が宝石のように赤くキラキラしている。


 すると、すぐに頭の中に響くかのように声が聞こえた。

 《早かったな》と。

 その後も竜は淡々と語っているが、何故か上手く声が出せなかった。よろしくの一言ぐらい言おうと思ったのに。


 ノーファンさんから声をかけられて我に帰った。そうだ、儀式を行うんだったよね。


「あっ、いえ、大丈夫です。それより早く儀を行おうって言ってるんですが……」


 そう言うとノーファンさんは儀式のやり方を説明してくれた。

 お互いの血をもって縁を結ぶと聞いて、お父さんが何か重要な書類に血で判を押すのを思い出した。なのでノーファンさんから小刀を受け取ったら、自然と血判を押すように左手で右手の親指を少し切った。


「血はあらゆる種」とか言う諺があったな、とふと中等舎の先生が語っていたのを思い出した。


『血はあらゆる種、と言う諺がある。使い方や捉え方次第でどうにでもなると言うことだ。その中でも大きい3つを教えよう。

 まず血は絆だ。家族は血の繋がりと言うだろう? 流血沙汰の喧嘩をした人達がいつの間にか長年の親友のようにしていることもあるだろう。

 次に血は約束だ。例えば本当に重要な約束ではそれを書面に残して、お互いに自らの血で血判を押すんだ。これで何があってもこの約束は、自分の命に掛けて守るという意思表示になる。

 そして血は諍いだ。これが不思議なことに絆も約束も無視して襲いかかってくる。血で深めた絆は血によって恨みへと変わり、血で交わした約束は血によって破られるんだ。

 今はまだわからなくてもいい。しかし大人になって物事がわかるようになってきたら、この言葉の意味をもう一度考えて欲しい』


 確かそんな事を言っていた気がする。


 では今から私がしようとしていることは、血で深める絆と言うものだろうか? そう考えながら血を垂らし、独特な形をした小刀を向き合った竜に渡した。竜も器用にその小刀を受け取ると、足を刺して血を垂らす。


「わっ」


 思わず声を上げてしまった、それほど強い光が目の前を覆ったからだ。

 慌てて腕で目を塞いでその光が収まるのを待っていると、不意に頭の中に響くように声がした。


 《顔を上げよ》


 その声にハッとして顔を上げると、辺り一面真っ白な空間に立っていることに気付いた。そして目の前には、あの赤い竜がいる。だが先程までの恐怖心はもう感じなかった。


 《まさか外つ土地の者と縁を結ぶことになるとは思わなかったな》

「やっぱり普通はユラフタスの人とするものなんですか?」


 挨拶しなきゃ、なんて気持ちは吹っ飛んでいた。もう色々と不思議すぎて頭がついていかない。


 《そう畏まらなくてもいい。私もユラ様から聞いている、恒久的か一時的かはわからぬがよろしく頼むぞ》


 挨拶は竜に先を越されてしまった、ならこちらも一番丁寧な挨拶をしよう。


「ボルサ氏族トバル氏族分割領、領主トバル=クロムスが娘、トバル=メルーナと申します。以後、よろしくお願い致します」


 そう言って深々とお辞儀をした、親仕込みの挨拶だけどまさか伝説の生き物相手にやる日が来るなんて思わないじゃない?


 《なんかすごい丁寧な挨拶ね、なんか毒気抜かれた気がするわ。私はリッシュ、ウォルトの竜ってやつよ。気軽に呼んでくれて構わないわ》


 すごく砕けた話し方で接してきたのでなんとなく安心したので、私のことも気軽に呼んで欲しいと伝えたらわかったと頷いてくれた。みんなあんな話し方をするんじゃ疲れちゃうしね。


 《そして、あの攫われた竜の親なのよ。外つ土地のあなたを巻き込んでしまって申し訳ないけど、あのレンホイで見せてもらった魔法は見事だったわ。人間より遥かに魔力を持ってる私たちから見ても惚れ惚れしちゃうぐらい。

 だからお願い、あの子を助けるのに手を貸して欲しいの》


 えっ……? あなたが捕らえられた竜のお母さん?

 それなら……それならなおさら助けてあげなくちゃ。今の私が親から離れて寂しいんだもの、その捕らえられたっていう竜だって寂しいに決まってる。


「わかりました、私で良ければ協力します。

 ……親と子が引き剥がされる痛みはわかります。今の私もそうなので」


 そう言ったらその竜……リッシュも驚いた顔をしていたので、ここまでに至った経緯を簡単に話したら大層驚いてた。


 《あなた達も大変なのね……それに"ユラノス"がいるとは聞いてたけど、あの男の子がそうなの……。それならますます私たち竜も失敗できないわね》


 そう言うとリッシュはちょっと笑った気がした。


 《ああ、それとね。もうこれで縁の儀は終わりだから、この森にいるうちは願えば私はいつでも飛んで貴女の前に現れるわよ。これからよろしくね》

「よろしくお願いします!」


 そう言って握手するかのように差し出された翼の先端を握ると、また周りが白く強く輝き出した。私はまたその光に包まれていって……


 *


 メルとあの赤い竜を覆っていた眩いばかりの光が消えると、メルの姿を見るなりラグナが駆け出して抱きついていた。


「おめでとうメル! ユラフタスじゃない人で本当にコルナーになる人なんて初めて見たよ!」


 メルがコルナーになったことが余程嬉しかったのか、ラグナは全身で喜んでいた。メルも突然ラグナが抱きついてきたので驚いていたが、あまりの喜びっぷりに一緒になって喜んでいた。

 そして新たにメルのパートナーとなった竜、リッシュは静かに2人を見下ろしている。しかしその顔は、心なしか優しく微笑んでいるように見えた。


 *


 ちょっと前までは竜なんているわけないと思ってたのに、なんだか竜が近くにいるのが急に当たり前みたいになってきた。メルも最初は怖がってたくせに、今じゃ竜の足元で飛び跳ねてる。メルも剛いな。


 後からラグナとノーファンさんに聞いた話だが、あの光に包まれている間は"竜の試し"と呼ばれているらしい。竜が実際に相棒となる人間を見極めるのだそうだ。

 時々その竜の試しを突破できない人もいるのだそうだ。胆力が無かったりいざという時に二の足を踏んでしまったりと理由は様々で、中には竜を従僕にするつもりのユラフタスも極稀におり、そう言う者はその後二度と竜に触る事を禁じられるのだとか。


 竜の試しを終えた後にメルに竜と何を話したのか聞いたが、秘密だと言われてしまった。何を話したんだか。

 気がついたらメルも感極まったのか竜の下の方に抱きついてる。ちょっと羨ましいな、俺にも触らしてくれよその柔らかそうな体毛……


 なんて言えないよなぁ。

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