第18話 竜との縁・前編

 昼餉の後はウィルも訓練を見に来たいと言っていた。どのみち誘うつもりだったし問題無いけども。それに昼餉の後は訓練じゃなくて、メルのパートナーになる盟友探しだ。


 盟友と縁を結ぶというのは実力と運だ。即ちそれだけの魔力量を持ち、いい盟友に見つけてもらえるかだ。あの丘に立って誰かに見染められれば、その盟友がパートナーとなる。

 ノーファン様も言っていたが、盟友達は実に良く私たち人間を見ている。盟友達があの丘に立ったコルナー候補の人を見極め、この人とならと決めた者の前に降り立つのだ。


 これからその丘……竜の丘"レンホイ"に向かうわけだけど、メルは誰かに見染められるかな。

 多分縁を結ばなくても誘導だけなら訓練次第でどうにでもなるけど、あの初めて森を超えて高く飛んだ後のメルの楽しそうな顔! あんな顔ができるのなら、是非とも今だけでも竜と共に空を駆ける喜びを知って欲しいんだよね。


 神殿に向かう途中で見たメルの魔力量はすごかったから大丈夫だとは思うけど……


 *


 ラグナは午後は訓練をしないと言っていたが、ウィルは結局付いていくことにした。ただ村にいても手持ち無沙汰なだけなのだが。

 神殿に行った時とは違う場所から森に入り、またもやユラフタスで無い限り道とすら判別できないようなところを歩いていく。


 少し歩くと不意に森が途切れ、なだらかな丘を持つ草原が現れた。


「「わぁ…」」


 その広々とした草原と丘陵に、思わずウィルとメルは揃って声を上げた。


「ここは竜の丘レンホイって言ってね、コルナーの志願者が竜に見染められるかを試す場所なのよ」

「そう言えば気になったんだけど、コルナーってどうやって選ばれるんだ?」


 ウィルは街の人から色々とユラフタスの生活ぶりを聞いていたが、竜に関わることは部外者が口を挟んではいけない気がして聞かなかったのだ。


「選ばれるんじゃなくて志願するのよ。それで縁を結ばずに盟友に乗って訓練して、慣れてきたところでこの丘に連れてくるの。あとは……盟友が選んでくれるわ」

「盟友が選ぶ?」


 意味がわからずに聞き返すもラグナは続けた。


「そもそも基礎体内魔力が多くないと竜は選んでくれないわね。いつも魔法を使って生活する私たちでも、盟友から選ばれなくてコルナーになれない人もいるわ」


 そういう事かとウィルは納得した。確かに縁だなんだと言っても、相互の信頼が無ければ成り立たないものだ。

 しかしメルは心配そうな顔をしていた。


「それって私大丈夫なの?」

「シナーク一番の魔法馬鹿だから大丈夫だろ」


 ウィルがつい横槍を出すと「それは褒めてんのか馬鹿にしてんのかどっちだー!」と言ってメルが突喊してきた。それを見てラグナは大笑いしてるし、まったく平和そのものだ。


「気を取り直してですね。ラグナ、つまるところ私のパートナー探しってこと?」

「そうね、ウィルの話だとその、魔法馬鹿って言われるぐらいだし?」


 ラグナが面白そうにそう言うとメルはウィルをキッと睨んでから「そうね……魔力量には自信あるもん」と言った。

 おだてられれば悪い気はしないものだ。褒め方はさておき。


「それで、私はどうすればいいの?」


 もうメルは遊ばれたことも忘れてケロッとしている。もっとも、幼い頃からこんな感じなので慣れているだけだが。


「簡単よ。あのレンホイの頂点に立って、天に向けてなんでもいいから魔法で技を放つ。それで盟友達はその技を見て、ある一頭が目の前に降りてくればその盟友がパートナーになるのよ」

「竜が私たちを試してる、みたいな感じ?」

「まさしくそんな感じね」


 竜は人間とは比べ物にならないほどの体内魔力を有しており、かつ誇り高い生き物なので、自分が納得できるほどの器を持つ人間とでなければ易々と縁を結ぶようなことはしない。

 コルナー候補も5人に1人ぐらいしか竜に選ばれないので、ユラフタス全体でもコルナーと呼ばれる人は15人程しかいない。そしてラグナは数少ないその1人というわけだ。


「ちなみにラグナは何の魔法を使ったの?」

「私はちょっと特別だったのよ、本当はコルナーになる気は無かったんだけどね。

 いつだったかな、まだ小さい頃にお母さんにせがんで森に連れて行ってもらったの。それで山菜を採ってた時に親とはぐれちゃってね。村へ戻ろうにもあんな森だし、その時は私も右も左もわからなくて……

 まぁ幼子ならそうなれば泣くわよね、わんわん泣いてそうしてるうちにいつのまにか目の前に盟友が、フレイヤがいたの。


 あまりに衝撃的だったからよく覚えてるわ。ジッと私のことを見下ろしたと思ったら、急に翼の先の鉤爪で私の着てた服の襟を引っ掛けて持ち上げるんだもの、もう驚いて泣き止むどころか言葉も出なかった気がするなぁ。

 そのまま背中に乗せられて空を飛んだと思ったら、あっという間に村の広場に降りて私を下ろしてこう言ったの

『名は知らぬが少女よ、お前は見込みがある。己の力を鍛え抜いて再び竜の丘レンホイに来るがよい』ってね」


 ラグナの昔語りはそこで一旦区切ったが、ウィルには気になるところがいくつか浮かんでいた。


「待ってくれ、町の人に聞いたが竜なんてそうそう野で合うものではないって聞いたのに、そんなに運良く会えるものなのか? それにフレイヤがそう言ったって、その時縁を結んでないはずなのにどうやって……」

「そうね、まず魔法はわからないって言ってたウィルの為に説明すると、外つ土地の人も私たちも体内に固有の魔力量があるのよ。魔法を使える使えないに関わらずね。

 私の場合はその固有の魔力量が普通よりかなり多いらしくて、後からフレイヤに聞いた話だけど泣きながら魔力を全力で放出してたみたい。それで気付いたんだって。

 フレイヤの声が聞こえたのは……ノーファン様でもわからないみたい。フレイヤに聞いたら、逆に聞こえたのかって驚かれたわよ」


 ラグナはそれもそうかと言った表情で解説した。


「それでね、その時はよくわからなかったけど前々から村の人にも見込みがあるって言うから魔法も鍛えたのよ。それで何年か後にあの丘に立ったら、魔法を使う前にすぐにフレイヤが降りてきてね。あの時の見に来た親やノーファン様の驚いた顔は忘れられないなぁ」


 何はともあれ、メルはレンホイの頂点に立った。あとはなんでもいいから適当な魔法を空に……との事なので、一番得意だと自負している水魔法を使うようだ。

 丘の下から見守る2人にはメルが何をやっているのかはよく見えないが、ジッと立ち止まって突然手を振り上げたかと思うと、何もない平原から突然水が噴き上がった。しかもまた別の魔法を同時に発動させているのか、噴き上がった水はその頂点で霧散し少しすれば空に綺麗な虹を作っていた。


 森に囲まれた緑の平原の丘の上、少女の創り出した噴水は空に美しい虹を掛け……と言えば綺麗だが、魔法に疎いウィルからすれば、水場の無い平原から水が天高く吹き出してるのはなかなかに異様な光景である。いくら慣れているとはいえ。


 そうしてしばらく魔法で高い噴水を出し続けていると、だんだんラグナの顔が驚愕に見開かれてきた。なんとなく見かねてウィルが声をかけると、

「いや、これだけの水量の魔法をこれだけ長く維持できる人って初めて見たわ」

 と呟いている。


 ウィルは良くも悪くもメルが魔法を使っているところを知っているし、他に身近に魔法を使う人もいなかったのでこれが普通だと思っていたが、どうやら普通じゃないらしい。


 ――シナーク魔法学園主席は伊達じゃないってことか


 そうウィルは独り言ちた。どうも幼馴染様は天才らしい。


 *


 少し経ったがメルは相変わらず噴水を上げ続けている。実はメルはシナーク魔法学園の中では神童と評されるほどの実力の持ち主だったのだが、本人がそれを嫌っているのだ。お調子者な一面もあるが、領主の娘として分相応を弁えることを幼い頃に躾けられたからか、そういった過大評価は嫌っている。何より調子に乗りすぎるとロクなことが無いと言うのは、本人が一番自覚している。


 やがてラグナが何かに気付いたかのように空を見上げた。


「メル! 魔法を止めて! 来たわよ……」


 そう言うと同時に遠くに竜が見えた。見えたのだが……


「なぁラグナ、3頭ぐらい来てないか?」

「来てるわね、そんな事あるんだ……」


 ラグナにとっても意外なようで、見るとメルも竜を見て固まってる。


 ラグナ曰く、普通はこういう時は1頭しか来ないという。余程魔力が強い人がコルナー候補としてあの丘に立っても、そこは竜同士で認められた者が縁を結ぶのだそうだ。


「じゃあれはどういう状況なんだ?」


 ウィルが困惑した目を竜の方に向けているが、それはラグナも同じだ。


「わからない……けどあの盟友達はみんな成竜ね。その成竜が3頭も来たってことは、盟友達にとってメルは余程縁を結びたい相手だってことよ」

「そうなのか……」


 ウィルは何となくあの竜を一発殴りたい気持ちがしたが、その気持ちが何かを知るのはまだ先の話である。


 結局一番早く来た竜を残して後の2頭は森へ帰ってしまった。

 残った赤い竜はメルのすぐ目の前に降りてくると、値踏みをするかのようにメルをジッと見下ろした。


 メルも負けじと竜を見ていたが、やがて竜の方から翼の先端の鉤爪に引っ掛けていた何かをメルに差し出した。

 受け取れと言わんばかりに差し出したそれをメルは不思議そうな顔をして受け取る。するとその竜はメルに向かって何か語るように啼くと、再びその大きな翼を広げて森へと帰っていった。


 *


 ラグナの声が聴こえて魔法を止めると、じきに奥の森から3頭もの竜がこっちに向かってくるのが見えた。

 なんで3頭もと思ったのも束の間、2頭は森へと帰って行って、残った1頭は目の前に降りて来た。


 降りてくるなりその竜は私のことを見つめたので、私も反射的に見つめ返した。この後どうすればいいとか全くわからないのでとりあえずそうしてしまったのだ。

 そうして竜のことを探るかのように見ているうちに、魔法学園に入ってすぐの頃を思い出した。


 あれは魔法学園に入ってすぐの頃だった。入ってすぐの試験で魔法を全力で使ったら、同じ教室の人も先生もみんな唖然としてたっけ。小さい頃から魔法は好きだったし親に頼んで魔法の本とか買ってもらって勉強してるうちに、他の人より遥かに魔法が上手くなってたみたいで……

 しかも体内に保有してる魔力量も他の人より多いみたいだからいつの間にか"神童"とか呼ばれるようになったっけ。


 そうしたらだんだん取り巻きが増えて行ったのよね……

 持ち上げられるのが嫌で親に相談したら「そういう輩は無視しておけ」って言われたから無視してたけど、今思えば取り入ろうとしてたのかな。値踏みするような目で見てたし。


 なんか勧誘された事もあったけど、あれは政略結婚を見据えてってことなのかな。「小氏族の娘が私と結婚できることを誉と思え」とか言ってきた馬鹿もいたな。どのみち家を継ぐつもりだったし、腹が立った相手には魔法で吹っ飛ばしたりして……よく先生に怒られたっけ。


 見つめていた竜がふと動いた。おもむろに翼を動かすと、その先端を私の目の前に持ってきた。見ると何か首にかける紐と、その先端にペンダントのようなものか付いている。


「受け取れってこと?」


 そう小声で呟いても竜は何も言わなかった。ただ早く取れと言わんばかりに翼を動かしたので、素直に受け取る。

 受け取るとすぐにその竜は翼を大きく広げ、私を見据えたまま一言啼いた。


 その時、確かに竜の声を聞いた気がする。『神殿で待つ』と。

 すぐに竜は飛んで行ってしまって、再び森の奥へと消えた。手元には竜から渡されたペンダントだけが残されていた。


 *


「メルー! どうだったんだ!?」


 メルが竜が飛び去った後も呆けて立っていたのでウィルが思わず声をかけると、メルが我に返ってウィルとラグナの方を向いて丘を駆け下りてきた。そして2人の前に来るなり、先程まで持っていなかったはずのものを見せた。


「竜からこんなもの貰ったんだけど……ペンダント?」

「あら、これを盟友から授かったと言うことは……」

「あっ」


 ウィルがそのペンダントを見て、何かを思い出したかのように呟いた。


「そのペンダント……」

「どうしたの?」


 ラグナがウィルに尋ねた。


「俺……このペンダント持ってるな」

「えーっ!?」


 ウィルの予想外の言葉に女性陣が揃って驚きの声をあげた。


「運送屋から貰った?」


 ウィルは皆で村に戻りながら、そのペンダントを貰った経緯を話していた。


「そうなんだよ。あの日の昼にサルタンで発車待ちしてる時にな、仕事を取って申し訳ないとか言って」


 ウィルが神殿で感じた違和感はこれだったのだ。あの透明な石、竜魂石はどこかで見たことあると思っていたが、あの怪しい運送屋から貰ったペンダントの中に入っている石こそ竜魂石だったのだ。


「ってことはこのペンダントにも……」


 そう言ってメルが先程竜から貰ったペンダントを開けると、そこには全く同じような透明な竜魂石が取り付けてあった。


 そもそもこのペンダントは竜1頭1頭にあるらしく、新しい竜が生まれた事がわかるとすぐにユラフタスの人が駆けつけて作るのだそうだ。


 竜は卵から生まれるが、その卵の中にどういうわけか一緒に入っている石こそ"竜魂石"というものらしく、どれも形や大きさは一緒なのだという。

 そしてその石をユラフタスは作ったペンダント型の容れ物にはめて、産まれたばかりの竜の翼に括るのだそうだ。

 やがて仔竜は親からそのペンダントの意味を知り、将来人間とパートナーになる竜のみがそれを大事に体のどこかに付けているのだと言う。


 ちなみに竜魂石があれば、縁を結んだ者であれば例え離れた場所にいても石を通してパートナーの竜を呼ぶことが出来て、縁を結んでいなくても石を通して会話することができるのだという。


 と、ラグナが饒舌に語っているのを聞きつつ、だからノーファンさんは石を触りながらユラ様と会話してたのかと1人納得したウィルだった。


「ラグナはそのペンダントは付けないの?」

「あなた達と会った時には付けてたんだけどね、村にいる時はいつでも呼べるし付けてないのよ。それでウィルはなんでそのペンダント大事に持ってたの? 何も知らなければただのペンダントの筈だけど」


 まさかメルへのプレゼントのつもり……と今から言えるわけがない。ウィルは適当にはぐらかしたが、ラグナも何かを察したのかそれ以上は聞かなかった。


「しかしあのペンダントの中身が竜魂石なら、もしかすると捕らえられた竜のものかもしれないな」


 そう言うとラグナは訝しげな目線をウィルに向けた。


「いや、俺があの日にサルタンからシナークまで運んだ列車に一際目立つ木箱が乗ってたんだ。魔法で封印されてたし封印の紙には"ロヴェル機甲師団第二聯隊"の文字があった。そうなれば、おそらくあれは連れ去られた竜だと思う。

 俺もその時の相方も、荷物については何も知らされずに運んだから確証は無いけど」

「なるほど、いずれにしてもそのペンダントは私たちが持ってた方が良さそうね」

「そうだな、俺が持ってるよりその方がいいと思う」


 そう言いながら3人は村へと戻って行った。


 *


 一度村に戻ったのは、メルが竜に認められたと言うことを村長であるノーファンに伝える為だった。ものすごく不思議な体験をした気がして長い時間が経ったと思っていたが、実際にはまだロム・グラシム午後2時ロム・レプイム午後3時と言ったところだろうか。

 一度家に戻ってウィルが持っていたペンダントをラグナに預けると、そのままノーファンの家に向かった。


「メルーナも盟友に認められたか、目出度い事じゃ。それで、縁の儀はいつ執り行うつもりじゃ?」


 ノーファンに報告すると、第一声がこれであった。

 縁の儀とはその名の通り竜と縁を結ぶための儀式で、神殿にある台座でなければ執り行うことができないのだという。


「ノーファン様さえ良ければこれからでも行いたいと思います。こればかりは一刻を争いますし、メルには早く竜に慣れてもらいたいので」


 ラグナがそう返事すると、ノーファンはわかったと言って家へと引き返していった。


「縁の儀って?」


 当事者であるメルはどこか不安げでラグナに聞いた。


「その名の通り、竜と縁を結ぶ為の儀式でね。詳しいことは……まぁ行ってみればわかるよ!」


 言いづらい内容なのか言葉にしづらいのか、適当にはぐらかしている。


 ――行ってみればわかるか、まぁそれもそうなんだろうな。


 そうウィルは納得した。まだ知り合って数日なのだ、知らない方が多くて当然だろう。

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