第16話 神殿と竜の長・後編
先程からウィルはずっと黙ったままユラ様を見ていた。どうやって会話して何を話しているのか全くわからなかったが、ノーファンさんに聞いたところ頭の中で考えて念ずれば話せるのだそうだ。
ラグナ曰く、本来は
しばらくするとウィルは見るからに震えだした。ぼそっと何か言うと、その目は尋常ならざる目をしていた。
邪魔してはいけないと思って黙っていたが、見たことの無いウィルの姿に、つい声をかけてしまった。
「ウィル……大丈夫?」
そう言った瞬間、ウィルは弾かれたようにこっちを見た。一瞬見せたその顔は怯えきっており、長い付き合いで初めて見る表情をしていた。
「メルか……いや、大丈夫だ。大丈夫……」
そう言うとウィルは大きく深呼吸を2度ほどすると、それまでユラ様と話していたことを私とラグナにも話してくれた。
確かに衝撃的な話だった、ラグナも大災厄の詳しい話や狂った竜の恐ろしさの話は初めて聞いたらしい。
そしてこの話が本当だとするならば、きっとシナークもカグルも皇都も、死屍累々の土地となるような"大災厄"の危機が、すぐ目前に迫っているということだ。
しかしウィルはそこまで話すと、再びユラ様と向き合った。まだ聞いてないことがあるらしい。
*
不意に話しかけられて声のした方を見たらメルが心配そうな顔をして見ていた、きっと俺は酷い顔をしていたに違いない。
メルのあんな顔を見たのは何年か前に流行り熱に罹って寝込んでいた時以来だろうか。あの時は育ての親を亡くして日が浅く、慣れない一人暮らしの最中だったのでメルがつきっきりで看病してくれた。それはよく覚えているし、もうあんな顔はさせまいと密かに誓ったつもりだったのだが……
だがユラ様にはまだ聞かなければならないことがある。俺の役割はわかった、しかしメルは?
そう思い直すと、ウィルは再びイルヤンカと会話を始めた。
《私の役割はわかりました。しかしメルには何をさせようと言うのですか?》
《それを言ってなかったな。
実はユラフタスの中でもラグナのように竜と縁を結んでいる者はかなり少ない。ましてその中で、お主らの地について詳しい者などほぼいないなのだ。
今回は専ら捕らえられた竜の奪還が目的ではあるが、再び大災厄を引き起こしかねない場所に我らの仲間がいる以上、事は急を要する。
そこであの土地については、トバル=メルーナにはその先導をしてもらいたいのだ。もちろん動くのはユラフタスの者になるが……》
《待ってください、メルをその場に行かせようと言うのですか?》
《そうだ。もちろん現地までの先導であって、戦えと言うわけではないが》
何を言っているんだと頭で理解するより先に、
「冗談じゃない!」
と大声を出していた。
《落ちつけイルカラよ。メルーナを危険な目に合わせようなどと言う気は我らにも無い。
奪還と言えども、我らの仲間の周りにいる人間を全て魔法で眠らせ、その間に拘束されているようならそれを解き助け出すだけだ。今の彼の地に住まう者どもの魔法では、それを防ぐ術も無かろう》
そう言われてしまうとわからないでもない。
《メルと……メルと話をさせてください》
そう言うとウィルは、再びメルの方に向き合った。辺りはもう暗くなっていたが、16年間見続けた幼馴染の心配そうな顔がいやに目に付いた。
*
ウィルはまた黙り込んでしまった。表情は険しいままなので、あまり楽しい話ではないことはわかる。しかし何を話して何を聞いているのだろうか。
思えば……この数日間は本当に、物語の中の人にでもなってしまったかのようだった。
家は無くなるし両親はいないし、ピンチの時に駆けつけて来たのは白馬の王子様じゃくて竜に乗った女の子。いや、それはいいかな?
正直に言えば、怖かった。ずっとずっと怖かった。あの朝、両親が急に皇都に向かった時から何か良くないことが起きるんじゃないかと怖かった。
夕方、
そうこうして夜になると今度は沢山の兵士が来た。しかも来て早々に「ここは接収されるから出て行け」とか言う、思い出すと今でも腹が立つ。
でもウィルが来て、一緒に戦ってくれたのは嬉しかった。その後に捕まりそうになった時は物凄く怖かったけど、走って関所街に逃げた後もウィルと一緒なら怖くなかった。
なんで? なんでだろう?
あの路地裏、怖くて寒くて、全身が緊張してこわばって、不安で不安で仕方無かったのにそれでも私は寝ていた。
ウィルと一緒だったから? それなら……これから何があっても、ウィルとなら乗り越えられるはず。きっと、きっと乗り越えられるはず……
「冗談じゃない!」
えっ? 何?
いや、ウィルはユラ様を見ている。私に向けてじゃないのか、驚いた……
でも突然どうしたのだろう、激昂するウィルなんて滅多に見ないけどその顔は明らかに怒っているように見える。ユラ様に何を言われたのだろう?
それから少しするとウィルがこっちを向いて、さっきの話していたことを教えてくれた。私がここに呼ばれたのは、あの私やウィルの家の方へ竜を飛ばす先導役になってほしいからだそうだ。
ウィルは「それはメルじゃなくてもいい」と言ってくれたが、私には私でなければならない思い当たる理由がある。魔法学園で教わった"魔力乱流"だ。
気流によって大気が循環するように、海流によって海水が循環するように、地上にある魔力も循環しているのだそうだ。だがこのシナークの上空には乱気流や渦潮のようにその魔力が不可解な動きをする場所があり、それを魔力乱流と言うのだという。
渡り鳥の中にはその魔力の流れを頼りに様々な場所へ飛ぶ鳥がいるらしく、そういう鳥は魔力乱流が発生しやすいところは何故か知っていて、避けて飛ぶらしい。
そしてシナークの上空、特に家の方やアロウ平原はその魔力乱流が発生し易いのだそうだ。竜も魔力の流れを感知できるのであれば、シナークに飛ぶ以上は先導が必要なのも理解できる。
私が呼ばれた理由はなんとなくわかったけれど、それならそれで他の疑問が湧いてくる。しかしこればかりはユラ様に聞いてみないと分からなそうだ。
*
メルはウィルに、
「私もユラ様と話したい」
と言った。
イルヤンカ曰く、"メルーナからの声はわかるが私の声を伝える手段が無い。フォスチアの口を通してであればできる。"とのことなので、それで話すこととなった。
「ユラ様、私を呼んだ理由はなんとなくわかりました。でも私からも聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
メルがそう言うとイルヤンカは返答をノーファンに伝える。
「よいそうじゃ」
「ありがとうございます。まず、私が竜を率いなければならないのは魔力乱流が関係しているのですか?」
メルは真っ直ぐとイルヤンカを見つめる。
「魔力乱流……"揺らぎ"のことかの。であればそうじゃ。お主に先導を頼まなければならないのは、そのお主らで言う魔力乱流が関係しておる」
やや間を置いて、ノーファンが返答する。
「やっぱり……ウィルから話を聞いた時に多分そうではないかと思いました。
ユラフタスの人たちやあなた方竜の言いたいことや迫っている危機を考えれば、私が先導を引き受けるのは吝かではありません。しかしこれだけは一つ、どうしても聞きたいことがあります」
「なんじゃ?言ってみよ」
イルヤンカは一切目線を変えずメルを見ていた。自分より遥かに大きい竜に見下ろされて、それでもなおメルは恐れてなどいなかった。
「もし、もしも捕らえられてしまったという竜が狂ってしまったら、それを止められるのはウィルだけだと聞きました。
かつてその"大災厄"の時は、狂ってしまった竜はどうなったのでしょうか?」
そう聞くと、ノーファンの口からは先程より長い間を置いて答えが帰ってきた。
「……その盟友は死んだそうじゃ。そしてユラの名を継ぐ者やユラフタスの口伝では、狂った竜を止めた者もその後見た者はいないと言われている」
「つまり……」
メルはこれから自分が言おうとする事を口にしようとして、一瞬言い淀んだ。
「私が先導を引き受けなければ、もし先導を引き受けたとしても遅れてしまえば、捕らえられた竜もウィルも死ぬという事ですか」
「……些か早合点ではあるが、そういう事だ」
一瞬周りの音が全て無くなったような気がした。そして同時に一つの決意を固めた。
ウィルが死ぬぐらいなら……
私が死を賭してでも守ってみせる。
「ならば……私やります。それが大勢の人と竜と救って、何よりウィルをそんな危険な目に遭わせずに済むのなら」
ラグナは悲痛な面持ちで目線を下げていたが、ウィルが驚いた顔をしてこちらを見ていた。
*
今度はメルがノーファンさんを通してユラ様と話している。ふと気が付けばあたりはもう真っ暗で、陽が落ちた方角の空がほのかに橙色をしているだけだ。しかしこの神殿の中だけは少し明るく、少し離れているノーファンの顔も見えるほどであった。
よくよく見れば神殿の石が仄かに光っている気がする、これも魔法の一つだろうか?
魔法といえば魔力乱流がどうとか言っていたが、どのみち魔法に関してはからっきしの俺にわかる話ではない。だが話を聞くに、地上に広がる魔力にも時々嵐みたいなところがあって、そこに突っ込むには先導がいるらしい。人混みの中を友達を連れて歩くようなものだと思えば、なんとなく納得できた。
話を聞いていると、本当にメルのように現地の地理を理解している人ではないと難しいようだ。メル自身もやるのは吝かではないと言っているが、やはりどうしても幼馴染を戦地に送るのは抵抗がある。
だがそのうちに、自分にも関わってくるらしい話が始まった。かつての大災厄の際に、狂ってしまった竜はそのまま死んでしまったらしい。そして……
"狂った竜を止めた者もその後見た者はいないと言われている"
ユラ様は、ノーファンさんはそう言った。
つまり、最悪の事態になった時には俺も狂った竜と共に死ぬというわけか。
自分が死ぬかもしれないということを理解するより早く、トントンと話は進んでいく。
早合点と言ってはいたがそんな風に言われたら意識せざるを得ないではないか。とは言えもちろん自ら死にたいとなんて思わないし、そもそもメルを残して死ねない。
なんて小っ恥ずかしくて言えないけども。
しかしメルがその後に言ったことはしっかりと耳に入った、その先導をやると言う。しかも俺が危険な目に遭うぐらいなら、と言った。
「メルは……それでいいのか?」
思わずメルに聞いた。メルは今にも泣きそうな表情をしている。
「だって……だって! 私がやらなきゃウィルが……ウィルが死んじゃうんでしょ? そんなのイヤだよ! 絶対に!
それに私は多分生きて帰って来られるような役目だし、なら他の竜とユラフタスをさっと案内して魔法で捕らえてる人たちを眠らせるだけの方が簡単よ。だから……大丈夫。私は大丈夫だから、ウィルも心配しないで。ね?」
内心の恐怖を押し殺してることがありありとわかるような、そんな作り笑顔でそう言うメルにこれ以上何も言えず、ただただ頷くしかなかった。
*
「話は決まったようじゃの。では村に戻るとしよう、もう暗くなってしまったしな。他に何かあれば夕餉の時にでも聞こうぞ」
ノーファンはそう言うと、台座から離れた。
確かにもう真っ暗でそうでなくても迷いそうなほど深い森は、足元さえも見えないほどだった。夜鳴き鳥の鳴き声が時折聞こえる程度だ。
帰りは行きと同じく、ユラフタスの2人が先導してウィルとメルがその後を付いて行った。あたりが暗いのもあって、ウィルとメルはラグナの後ろでそれぞれ手を繋いで後を付いていった。ユラフタスは暗いところでも魔法である程度は歩けるらしい。
暗い森を歩いている恐怖なのかそれとも自らに課せられた責任の重大さなのか、メルは仄かに汗ばんだ手で強くウィルの手を握っていたが、ウィルは何も言わなかった。ウィルも強くメルの手を握っていたからだ。怖かったのだ。
2人とも行きは期待と不安がないまぜになったような気分だったが、帰りは恐怖と責任が心を支配していて、誰も一言も話す事なく村まで帰ってきてしまった。
「あの、一つお願いがあるんですが」
別れ際にメルがノーファンに尋ねた。
「なんじゃ?」
「私の親を探して欲しいのです」
「親を? どこにいるのかわからないのか」
「はい。実は……」
そう言ってメルは親を探して欲しい経緯を伝えた。
「なるほど……本当は親御さんにも説明した上でってつもりだったんだけど、だからだったのね」
ラグナがぽつりと呟いた。やはり最初はしっかりと説明の上でというつもりだったらしい、確かにあれでは人攫いだ。
「事情はわかった。次に皇都に行商に行く者に探らせよう」
そう言ってノーファンは家へと帰って行った。
「ゴメンね、私たちの勝手につき合わせちゃって」
当座の生活の場としてラグナの家の隣の空き家を使うことになったので、3人で歩いていた時に不意にラグナが言った。
「本当は私たちだけで解決する問題なのに、あなた方を巻き込んじゃって……」
「いや、問題が問題だから仕方ない。それよりこれからどうするか具体的な話は決まってるのか?」
ウィルは幼馴染が利用され、最悪は自分が死ぬとわかってもあくまで冷静だった。働いてる時の経験として、事故が起きても、その場で感情的になったところでどうにもならない事を身をもって知っているのだ。
「メルには明日から早速騎乗訓練に参加してもらうことになるわね。ウィルは……実はあんまりやる事無いのよ」
メルは忙しくなりそうだが、ウィルは手持ち無沙汰らしい。
「わかった。それじゃ束の間の休息を楽しませていただこうかな」
"死ぬ前の"とはあえて言わなかった。
そもそも一旦落ち着いて、そして楽観的に考えれば、大災厄の後に見た者がいないだけだ。必ず死ぬわけでは無いのだろう。そうとでも思っていなければ、責任感と恐怖で押しつぶされてしまいそうだった。
ウィルもメルも気丈に振る舞ってはいたが、齢16歳と17歳にして多くの人の運命を背負うのは本人たちの思った以上に心の負担となる。
夕餉もラグナの家でご馳走になったが、正直何を食べたのかよく分からなかったほどだ。ラグナの両親、特にトゥミからはかなり心配された。何を言っても2人とも生返事しか返さず、夕餉も少しだけしか食べなかったのだから当たり前だろう。
だが現実的な話は悪い想像を断ち切る、それが目先の話であるほどに。それはトゥミがラグナを含めた3人に言った言葉だった。
「そういやラグナとウィルくん、メルちゃん。あんた達その服何日か着たまんまじゃないの?」
――あ、そう言えば……かれこれ3日ぐらい着っぱなしか?
「そうだった! 色々あって忘れてた!」
先ほどまでの憂鬱なんてどこへやらで、メルが素っ頓狂な声をあげてた。
季節は
ウィルにとっては1枚の服を着回すのは割とあることなので平然としていたが、16歳の女の子には割と一大事らしく「臭くなかったかな」とか「汚れてないかな」とか大騒ぎしている。
「やっぱりねぇ。ほら、今日と明日はこれ着て寝ればいいさ。ウィルくんのは旦那のだけど多分着れるでしょ、明日になったら洗濯するからさ」
そう言ってトゥミから服を借り、ウィルとメルは貸してくれた家へと向かった。
家の戸は開いていたが、鍵は特に無いらしい。一応聞いたが、そんな誰かの家に押し入って物盗りをしようなんて人はいないと言っていた。
家族で住むことが前提といった家だったので2人で寝るには広かった。それなら別々の場所で寝ても問題無いのだが、どちらから言うとも無しに2人で並んで布団を敷いていた。
メルが待望の湯浴みを済ませて寝床に滑り込んだ頃には話すことは話し尽くしてしまったので、すっかり無言になっていた。だが寝ようとする前にメルがぽつりと呟いた言葉でウィルは目が冴えてしまった。
確かに聞いた。手繋いでもいい? と言った。寝言かもしれないが言った。
竜や大災厄がどうとか言う以前にウィルも17歳だ、その辺りは多感な時期。幼馴染とは言え急にそんなことを言われたら驚くに決まっている。
でもお望み通り手を繋いで寝ることにした。掛け布団から出してる手と腕は冷えたが、突如降りかかった重大な責任と自らの運命を慰めるのに、人肌のぬくもり以上に心地いいものが無いのは確かだった。それが見知った人のものであれば尚更だ。
気がつくとメルも安心するところがあったのか静かに寝息を立てて寝ていた。繋ぎっぱなしというのもなんとなく面映ゆかったが、でも手を離したくなくてもう片方の手で掛け布団を繋いだ手の上からかけて寝ることにした。
もはや2人揃っていつ死んでもおかしくない状況に置かれたのだ。幼馴染の手を繋いで寝たって罰は当たるまい。
そう考えながら、ウィルも夢の世界へと滑り込んで行った。
ふと目を覚ましたメルが、想い人としっかり手を繋いで寝てたのに気付いて声にならない声をあげたのは、夜も白み始めた頃だった。
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