第15話 神殿と竜の長・前編
結局昼餉はラグナの家でお世話になることになった。
シナークの関所街の隠れ家のような家をイメージしていたウィルは、ラグナの家にお邪魔してみて驚いた。
ウィルの家があの隠れ家と同じような間取りだったのに対して、ラグナの家は居間の中心に火を熾せる炉があり、天井からは鉤縄が吊り下がっている。なかなかシナークでは、と言うよりイグナス連邦では見ない形の部屋だった。
ラグナの家は5人家族で、父と母とラグナの下に弟が2人いる。そんなわけで一人暮らしのウィルにとってはかなり賑やかな昼餉だった。
ラグナの父親は山で採れた山菜などを街に売りに行くこともあるそうなので、皆が好奇の目こそ向けても厳しい目を向けてくることが無かったのがウィルとメルには幸いだった。それどころか、客人とはいえ娘と親しげに話す様子を見てか、早くもラグナの両親から友達と認定されて大いに歓待されたので、逆に驚いてしまったほどだ。
そんな父親の元に生まれた子供なので、ラグナの弟であるオレスとラスァも興味津々と言った表情だ。
「君たちがノーファン様の言っていた外つ土地の客人か。狭い家だけど歓迎するよ」
そう言ってラグナの父親でナッカ家の大黒柱、グロース-ナッカは魔法で炉に火を入れながら2人を迎え入れてくれた。ユラフタスの家では大黒柱たる父親のみ家名を名乗り、他の家族は名乗らないらしい。
そのナッカ家では客人が来るとのことで昼餉を遅らせていたらしく、次男のラスァは早く食べたいと騒いでいる。
グロースに勧められて炉の周りを囲むように置いてあった布団に座るとちょうど部屋の奥からラグナの母親、トゥミが大鍋を持ってきた。
「これはなんのお肉なんですか?」
持って来られた大鍋を覗き込むなり、メルが聞いた。確かにあまり見ない肉が鍋の中を転がっている。
「あぁ、それは鹿肉ね」
事も無げにラグナは答えたが、聞いたメルも隣でその肉を不思議そうに見ていたウィルも驚いてしまった。
「鹿肉!? 高いんじゃないの?」
「自分は鹿肉なんて初めて食べますね……」
イグナス連邦での食用に供される肉といえば牛、豚、鶏が主であり、鹿の肉はそこまで美味という訳でもないのに高級品の部類に入る。肉を腐らせてはいけない以上、生け捕りにして山から街に運ぶのが手間で、かつちゃんと処理しなければにおいが残ってしまったりと面倒だからだ。
その点、牛、豚、鶏は飼育も楽で手間も少ない。鹿より暴れないし、家畜車と呼ばれる貨物車に乗せれば鉄道で国のどこにでも運べて、行った先で屠畜すればよい。それだけに色々と面倒な鹿肉はあまり出回らないのだ。
「そうなの? まぁこんな山の中だから鹿には困らないのよねぇ。逆に手に入らないのは魚ね、特に海の魚なんて見たことない人も多いぐらいじゃないかしら」
そう言いながらトゥミは料理刀で手際よく鍋に菜っ葉と香辛料を落として行く。
「お、鹿肉とは言っても今日はレムン種の肉か。贅沢だな」
「えぇ、ノーファン様からはるばる来た客人に失礼の無いようにって頂いたの」
グロースは嬉しそうに鍋から鹿肉を拾っているし、見るとラグナも2人の弟も我先にと食べている。
仕事柄、色々な肉の名前を聞くこともあるウィルだったが、レムン種というのは知らない名前だった。
「レムン種ってなんですか?」
「あぁ、外つ土地では違う言い方をするんだったな。確か……サルタンの
メルはそれを聞くとここぞとばかりに食べていたが、ウィルの方は絶句してしまった。
ウィルの俸給は月に20万ロンドほどだ。それだけのものを食べていると言うのが信じられなかった。
――案外ユラフタスっていい暮らししてるのかな……? いや、やはり山の中だからあまり希少価値が高くないのか。
そう納得すると、ウィルも鍋に手を伸ばした。そうとわかれば食わねば損だ。
一口頬張ると、それこそ頬が落ちそうなぐらい美味しかった。ラグナの家族がこぞって鍋に殺到する気持ちもわかるほどだ。鹿肉は高級品ながら食べる人によって意見が分かれるが、この肉は口に合った。
結局お腹いっぱい食べた後はユラフタスの人たちが”外つ土地”と呼ぶイグナスでの暮らしを聞きたがるラグナの弟2人の質問攻めに答えながら、ウィルは密かに海の魚をユラフタスの人たちにご馳走できないかと考えていた。
*
数刻後、ウィルとメルはノーファンとラグナに連れられて、村を出て森の中を歩いていた。"神殿"に向かうのだという。
もう陽は徐々に傾き始め、もう少しすれば陽は橙色の光となるような時間ではあったが、ノーファン曰く"夕方は森に最も神気の満ちる時"なのだそうで、この時間でなければダメなのだと言う。
「さて、そろそろお前さん達を連れてきた理由を話さなければならないね」
しばらく無言でついて行っていたが、ノーファンがそう口を開いた。
――そうだ、それを聞かなきゃいけない。鹿肉を食べに来たわけじゃないんだから。
ノーファンはゆっくりと森の中の道を歩いて行く。もっともユラフタスにしかわからない道のようで、ウィルもメルも何を頼りに歩いているのか全くわからない。まだ森は明るかったが、逸れたらそのまま帰れそうにないような場所である。
「ウィルは知ってるようじゃがの、ユラフタスと言うのは"盟友の民族"という意味が正しいのじゃ。では盟友とは何か、これこそが竜じゃ」
あぁ、とウィルは合点した。色々なことがありすぎて遠い昔のように感じてしまうが、つい数日前のあのシナークの関所街の隠れ家での会話を思い出したからだ。
あの時確かにラグナは「私たちの盟友である竜」と言った。その時は何が何だかさっぱりわからなかったが、本物の竜を見てあの歴史を知ってしまったらその意味も理解できる。
「まぁこの辺はラグナから聞いてるかの。とにかくあの後、我々の祖先はこのマレス山の麓に逃げ込んだのじゃ。そしてあの土地は"彼ら"のものとなった。
彼らは我らの祖先が切り拓いた地を奪い取ったのじゃ。
山に逃げ込んだ祖先達はその土地を奪い返すより、戦を起こし沢山の民や竜を殺してしまった自らの過ちを悔いたのだそうじゃ。そしてユラフタスに厳しい戒律を設けた」
そこまで滔々と話すと、ノーファンは一度言葉を切った。そしてもう一度息を吸って続きを話し始めた。
「"ユラフタスである者らは彼らを監視し、大災厄の兆候ある時はこれを阻むべし"
これがユラフタスに伝わる掟の一つ、何にも変えて守らねばならない戒律じゃ」
そこまで言うと4人とも押し黙ってしまい、森の中には風が葉を揺らす音と草を踏みしめる音だけが響いた。
「その……大災厄とは何なのですか? ユラフタスの皆さんが悪い訳ではないのに、シナークの人たちに気味悪がられるのに耐えてまで森の中にいなければいけない理由になるのですか?」
ウィルが口を開いてノーファンに尋ねた、メルもノーファンを見て答えを待っている。
「それが……わからないのじゃ」
思わず肩すかしを食ってしまった。
「わからないって……」
「そうじゃ。なんでも竜も我らも、そして侵略せる彼らさえも死に絶えるような凄惨な出来事があったと聞くのじゃが……
あの歴史書があった書架にそれを記したとされる本はあるのじゃ。しかしな、我らの読めぬ字で書かれていて誰にも読めぬ。あの書架にあると言うことは祖先が書き記した物なのじゃろうが、長い年月の間で使う言葉が変わってしまったのかもしれぬな」
確かにそれはあるかもしれない、とウィルは考えた。イグナス連邦の古い本も、所々で今では使わない言い回しがあったり文字があったりする。
とは言え読めないわけではない。今喋っている言葉の原型なのだから、所々読めなくても大筋の意味はわかるものだ。
それが全く読めないとはどういうことなのだろう? と考えはしたが、ユラフタスなりの事情が何かあったのだろうと口には出さないでおいた。
「そういうわけで祖先たちは竜を再び戦いの道具にはするまいと、盟友たちと共に山の奥へと隠れたのだそうじゃ。そして彼らの土地には斥候を出し、ユラフタスを追撃しようとする者はおらぬか、そして竜を我が物として戦をしようという者がおらぬかを調べ出したのじゃ」
「ラグナの父親も街に行くことがあると言ってましたけど、じゃグロースさんもそうやって偵察をするんですか? とてもそんな風には見えませんでしたけど」
黙って話を聞いていたメルが口を開いた。
「いいや、みんながみんなそういうわけじゃない。幸いその戦以降は竜を戦に使おうなんて愚か者はいなかったようでな、斥候もそんなに多くないんじゃ」
「ならなんで私たちがその、竜を助けるなんて話になるんですか?」
ウィルはいよいよ本題だと気を引き締めた。こんな平時であれば人攫い紛いのことをしてまでユラフタスがウィルとメルを必要としたからには、それだけの理由があるはずだった。
「一つのきっかけは、竜がお主らの国の王様。要は皇族に捕らえられたことじゃ」
「えっ……」
「彼らの地ではもう幻の生き物ぐらいの認識であったはずなんじゃが……どこでどう目を付けられたのか、20日ほど前に2頭捕まったとの報せが入ったのじゃ」
ウィルはあのサルタンの貨物駅近くの放牧場を思い出していた。あの空襲を受ける前、確かに新しい生き物がどうとか言っていた。あれはもしかして竜だったのではないか?
「そして捕まってしまった竜はお主らが住んでいるという町へと運ばれたらしい。海の向こう側の国と戦争だと言うから、軍事目的での研究じゃないかと踏んだわけじゃ」
「でもそれなら、それこそユラフタスだけで奪還できないんですか?」
「それも当然考えたわい、じゃがあの町、シナークと言ったな。あそこは場所が悪いのじゃ、急いでかからねばならぬ。お主らを巻き込んでしまうのは心苦しいが、ユラ様にお伺いを立てて協力を得ることにしたのじゃ」
場所が悪いというのにも引っかかったが、また知らない名前が出てきたぞ、とウィルは思った。ユラ様って誰だ?
「あの、ノーファン様? 恐らく2人ともユラ様については何にも聞いてないかと……」
ラグナが恐る恐るノーファンにそう言った。
「そうだったかの? てっきり説明した気でいたわい。ユラ様とはな、
お、そろそろ見えてきたぞ。あそこが"神殿"じゃ、我々はユラ神殿と呼んでおるがの」
そう言ってノーファンは森の先を指差した。
指差す先を見てみると、確かに石造りの建物のようなものが見える。ただ天井と壁が無いように見えるのが目に付いた。
「久しぶりに来たわ……フレイヤと
ラグナがそう感嘆しながら呟く。
「縁を? ここであのフレイヤと逢ったの?」
ラグナの前を歩いていたメルが振り返った。
「いやいや、そういうわけじゃなくてね、ユラフタスの中でも竜と心を通わせられる人って少ないのよ。体内に宿している魔力量が多くないとああやって竜に乗ったりなんてできないし、意思疎通もできないわ。メル、ちょっと手を出してみて?」
「手? はい」
ラグナはメルの出した手を取ると、立ち止まって目を閉じた。
「ん? 何やってるのかと思ったら測定じゃな? 村に戻ったらやろうと思ってたんじゃがまぁいいかの」
ノーファンは分かっているようだが魔法は門外漢なウィルには何が何だかわからない。
「メル、何やってるんだ?」
「ああ、魔力の測定よ。魔法学校なんかじゃ成績にも関わってくるからよくやるわね」
そこまで言うと、ラグナがメルの手を離した。
「はぁーーーーすごいねメル、私より魔力量多いよ……それだけあれば竜にも乗れるよ」
「本当に!?」
感嘆しているラグナをよそにいつになくメルのテンションが高いが、ノーファンが早く来いと目で言っているので慌てて神殿の方へ向かった。
神殿の入口にはよくわからない文字が彫ってある石が置いてあったが、これも歴史書と同じ種類の文字らしく読めないのだという。
神殿は長方形の石造りの土台の上に、石柱が周りを取り囲むように立っていた。土を盛って周りより少し高く作ってあり屋根も無ければ壁も無い、吹きさらしの状態である。
階段を上がって石の床に上がると、石柱に見下ろされているかの如く台座が一つあった。
ノーファンはおもむろにその台座に近付くと、懐から小さな何かを取り出した。
「あれは何?」
「あれは"竜魂石"って言って、竜と
「ノーファンさん、てっきり竜とは縁を結んでるのかと……」
「普通は1人1頭の竜としか縁は結べないからね。それにイルヤンカ様は特別よ、誰も縁は結べないの。でももしかしたら……」
メルとラグナの会話を傍目に、ウィルの目はノーファンの手元を見ていた。
――あれは石? 透明な石か? どこかで見た気がするな……どこかで……
ラグナが会話の最後にウィルを見ており、メルが不思議そうな顔をしていたがウィルは気にしていなかった。
その間にもノーファンは竜魂石を台座のくぼみにはめて、手をかざしながら押し黙って何かを待っているような体勢になっている。
「そういえば……」
メルが小声でウィルに囁きかけた。
「イルヤンカ様だっけ? ウィルに名前似てるね」
「俺の名前はイルカラだもんな、まぁ偶然だろ」
「偶然じゃなかったりして?」
「まさか」
そんな他愛も無い会話をしていると、徐々に何かが羽ばたくような音が聞こえた。
「イルヤンカ様よ……」
ラグナはぼそっと呟くと、呆けたようにその音をする方を見ていた。
石の床にふわりと降りてきたその竜は、とても大きかった。
フレイヤも大きかったが、もうひと回り大きい。
元の色は白銀色なのだろうか、その翼は既にだいぶ傾いた橙色の陽を浴びて美しく光っている。
見るとノーファンもラグナも片膝をついて跪いているので、慌ててウィルとメルも同じ体勢をとった。
フレイヤを見て慣れたのか、それとも竜の神と呼ばれるだけの何かがあるのか、見下ろされると自分が小さくなってしまったかのような気分になるほどだ。
《ユラ様、彼の土地より選ばれし2人をお連れいたしました》
《今上のフォスチアよ、ご苦労であった》
ノーファンは跪いたままイルヤンカと対話している。
「なぁラグナ、結局のところイルヤンカ様なのかユラ様なのかどっちなんだ?」
ウィルが小声でラグナに話しかけた。
「どっちも正しいわね。イルヤンカという名前は"竜の神"という意味、ユラという名前はその竜に名付けられた名前だから」
「なるほどな……しかしなんだな、ユラ様は頭に響くような話し方をするな。耳で聞いてるというか頭の中に響いてくるような……」
ウィルが何気無しにそう言った瞬間、ラグナの目が驚愕に見開かれた。
「ウィルはユラ様の声が聞こえるの……?」
「え? ラグナは聞こえないの?」
「普通は聞こえないよ!?」
そう言われて半信半疑でメルの方を見ると、同じく驚いた顔をしながら私も聞こえないという風にメルも静かに首を振った。
「ユラ様の声が聞こえるという事は、やっぱりウィルはユラノスなのね……」
「結局聞けてないんだけどその"ユラノス"ってのはなんなんだ?」
信じられないと言った顔をしているラグナとヒソヒソ話していると、いつのまにか立っていたノーファンと話していたイルヤンカが、不意に首をもたげてウィルも見つめた。
ウィルはその巨躯の緑色の瞳にジッと見下ろされて、自然と背筋を伸ばして立っていた。
《我の声が聞こえるということは、お前が彼の土地に住まうユラノス、エルストス=イルカラだな?》
「え、は、はい。イルカラは私です」
《声に出さずとも良い。念じて、伝えようと思えば会話はできる》
――そう言えば確かに、ノーファンさんの声も響いてくるような感じだったな。あれは念じて話していたのか。
それはそれでちょっと興味が湧いたので、口には出さず念じて話してみることにした。
《ユラ様……と呼べばいいのですか? ユラ様は何故、私とメルをこの山の中への呼んだのでしょうか》
《それで良い。今上のフォスチアから聞いているとは思うが、我らの同胞がお主らの国の者に捕らえられた。聞けばお主らの国は、遠い南の国と戦争だと言うではないか。現に捕らえられた同胞は色々と研究されていると、彼の地へ送り込んだ者から聞いている》
《その話は確かに聞きました。しかし、それと私達と関係があるのでしょうか?》
《我らは盟友たる、お主らで言うユラフタスと共に、捕らえられた竜を奪還せねばなるまいと決意した。たとえ、昔のように彼らと我々が再び戦火を交えることになっても、同胞を戦に利用されることだけは何としても防がねばならない。ここまではわかるか?》
ウィルは頷きつつ、ユラフタスの村で見た歴史書を思い出していた。
あの歴史書は散文的ではあったが、かつて住んでいたユラフタスが戦った末にこの森に逃げてきたことは確かに記されてあった。そしてその理由が竜にあったことも。
あの歴史書を読んで感じたのは、イグナス連邦で正しいものとして教えられる歴史の偏りだ。これまでは何の疑いも無かったが、いざこうして"蛮人"とさえ呼ばれているユラフタスと話してみると、悪意を感じるほどにイグナスの歴史には偏見がある。逆にユラフタスの村で見た"真の歴史"とされるものは、むしろ自分達の過ちを受け継ごうとしたものであった。
どちらが本当に正しいかなど分かりようも無いが、印象だけで言えばユラフタスの歴史書の方を信用したくなる。そんな内容だ。
《あの……》
ウィルが静かに問うた。
《あの歴史書に書かれていることは本当なのでしょうか? 竜が"大災厄"を起こしたような書き方でしたが…》
《無論、真実だ。私も先代のユラの名を継ぐ者から聞いただけだからあまり詳しいことはわからぬが、それだけは間違いない》
そこまで話すとイルヤンカが苦虫を噛み潰したような顔をした。竜の顔とはこんなに喜怒哀楽が出るのかと思えるほど、はっきりとこれから話すことに嫌悪感を示しているようだった。
《捕らえられた竜は"竜の地"のすぐ近くへと運ばれ、そこで調べられているという。痴れ者が、何故よりによってあそこで……!》
――竜の地、よく親が言っていた名前だ。俺は竜の地の力を持っていると……
――ならなぜ俺の両親はその名前を知っていたんだ、アロウ平原はアロウ平原でしかないはずなのに……
《"竜の地"とはアロウ平原の事だと思いますが、無人の原野に何があると言うのですか?》
《……あの地には、我ら竜を狂わせると言い伝えられる石がある。その石の力は強大で、地の中にありながらその上に立つ者らを蝕むと言う。フォスチアから"大災厄"の話は聞いたか?》
《聞きました。人も竜も誰も彼もが死に絶えるような出来事であったにも関わらず、詳しい記録が残ってないとか》
《そうなのだ、我も不自然だとは思うがこればかりは仕方ない》
そこまで話し、一度イルヤンカは息を吐く。そして再び話し出した。
《"その石持てば、地に禍起こる"と、先代のユラの名を継ぐ者から代々受け継がれている。この禍こそが大災厄なのだが、それがわからない。だが竜の地にあると言う石こそが大災厄の引き金と言われている。
そして狂ってしまった竜は、常人であれば誰にも制御できない。いくら縁を結んでいようと、我を忘れて大暴れするそうだ。そしてその吹く炎は青白く、土をも硝子のように変えてしまう。その吹く氷の息吹は鋭く、人馬を、川をも一瞬で凍らせるという。
そして、狂ってしまった竜をそれでもなお操れるのは、竜の地の力を持った者"ユラノス"だけだ。と、言われている。
つまりイルカラよ、お前は大災厄を止められる唯一の人間なのだ》
《……大災厄が起こるとどうなるのですか?》
《それが問題なのだ。恐らくは、ユラフタスの村にあると言う古い歴史書に書いてある。
ただ言い伝えでは、当時のユラフタスは彼の地に遍く広がり万を超える人がいたらしい。しかし、その大災厄の後で残ったのは僅か20人程だったそうだ》
「20人って…」
ウィルは思わず声を出して呟いた。
どのくらいの規模でユラフタスの人たちが住んでいたのかはわからないが、万を超える人が僅か20人……? それだけの大災厄を止められるのが俺だけ…?
話を聞いているうちに鳥肌が立っていたが、それは気がつけば震えとなっていた。
陽はほとんど沈みかけていたが、決して寒かったわけではない。怖かったのだ。
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