第三章 1人の女性を愛するということ

体育祭当日

第36話 貴方の意思は必ず継ぎます

美幸が好きとはどういう事なのか。

俺はいつから.....美幸に傾いていたのだろう。

気持ちが、だ。

顎に手を添える。

そんな顎の髭の跡を撫でてみる。


「.....そうなんだな。俺は。美幸が.....好きなんだな」


あれだけ美里を好いていたのに。

その気持ちがいつの間にか。

それは.....まるで傾く様に。

水が其方に行く様に。

俺は.....美幸に気持ちが傾いていた。


今俺は額に手を添えている。

それから歩き出していた。

心臓の高鳴りを抑えながら、だ。

まるで太鼓を叩く様な高鳴りがある。

俺はその気持ちを噛み締めながら.....目の前を見つめる。


「達也」


「達也さん」


「.....」


美里と美幸がジュースを飲みながら待っていた。

俺は田中さんに呼ばれていたので.....みんな外に居たのだ。

そんな2人を見ながら特に美幸を見る。

美幸は.....柔和な笑みを浮かべている。

母性が見れる様な、だ。


「.....どうしたんですか?達也さん」


「.....すまん。何でもない」


「.....変な達也さん。アハハ」


俺はその笑顔をもう一度だが確認する。

その優しげな笑顔に赤くなる俺。

拳を握り締めた。

俺はやはり.....美幸が好きなんだな。


そう.....考えてしまう。

まるで頭の中が掻き乱される様な。

そんな錯覚に陥った。

何だろうな。


「.....達也」


「.....何だ。美里」


「.....気持ちに素直になったら?」


「.....え.....」


俺は?を浮かべながら.....美里を見る。

美里は真剣な顔をしながらも.....柔和なそんな顔をしていた。

それから俺を見てくる。

もう察している様な.....そんな顔だ。

俺は.....もう一度だが拳を握り締める。


それから何も分かってない様な顔をしている美幸に向く。

美幸は???を浮かべながら俺達を交互に見ている。

もう良いかもな。


この時点でも、だ。

伝えないといけない気がした。

この場で、だ。

まるで喉が渇く感覚だ。


喉が砂漠の様な.....そんな砂嵐の感覚に呑まれていく。

だが俺は気を取り戻しながら美幸を見る。

真剣な顔で、だ。


「.....美幸。大切な話がある」


「.....え?」


「.....俺な。.....美幸。お前が好きなんだ」


「.....え.....」


俺は気持ちを引っ掛かりながらも全て伝えた。

喉に言葉の塊がつっかえる様な。

そんな感覚だったが.....何とか吐き出せた。


まるで感情を吐露する様な、だ。

美幸は.....数秒間固まってから。

ボッとアルコールランプにでも火が点いた様に真っ赤になった。

それから困惑する様に頬に触れる。


「.....え、え?え.....」


「.....美幸」


「.....な、何?お姉ちゃん.....」


「.....達也を大切にしてあげて。お願いね」


「.....え?これドッキリじゃなくて.....本当に?」


わ。私で良いんですか?

と涙を浮かべてから滝の様にポロポロ大粒の涙を流す美幸。

俺はその姿を見ながら強く頷く。

それから頭を撫でて抱き締めていく。

強く強く離さない様に、だ。


「.....何で私なんですか.....駄目ですよ.....こんなの.....」


「.....でも達也は美幸。貴方を好きになった。.....だから貴方は.....達也の想いに応える必要があるよ」


「.....バカァ.....」


「.....美里。.....御免な」


「.....薄々気付いていたからね。アハハ」


私じゃ勝てないかなって。

強くそう思い始めていたから、と.....悲しげな顔をして美幸を見る美里。

それから.....泣きじゃくる美幸の頭を撫でる美里。

これで良いんだよ、と笑顔を浮かべた。

それはまるで.....優しげな母親の様に、だ。


「美幸。お願い。.....達也の想いに応えて」


「.....私で良いの。本当に良いの?これで.....」


「.....俺はお前が好きだからな。.....これで良いんだ」


「.....幸せになりすぎています。私.....良いのかな.....良いのかな.....」


「美幸。大丈夫。貴方は幸せになる権利があるから」


涙が拭いても拭いても止まらない美幸。

まるで.....涙を生み出しているかの様に、だ。

俺に縋ってくる。

それも俺の服に、だ。


俺はその姿を見ながら.....涙をハンカチで拭ってあげた。

それから俺は美里を見る。

美里は笑みを浮かべている。

そうしてから、さて!、と切り返す様に缶をゴミ箱に捨ててから。

美里は前を見た。


「.....泣いているのか。美里」


「.....泣いてないよ。負けたって思ってないから」


「.....お姉ちゃん.....有難う」


「.....謝らない事が大切だよ。美幸」


「.....でも.....」


謝らないの。

と涙を拭う様な仕草を見せてから。

前を見たまま歩き出した。

それから.....田中さんの病室に戻る事になり田中さんに全てを話した。


俺が告白した事。

そして受諾した事を、だ。

田中さんは心底喜ぶ様な.....そんな感じで涙を流して号泣した。


まるで.....結婚式場で喜んでいる.....花嫁の。

婿の。

母親の。父親の様に、だ。

俺達は顔を見合わせて歯を食いしばって涙を浮かべて流した。

まるで水の様にスッと流れる。


「.....涙が.....止まらないな」


「.....ですね。.....達也さん」


「.....だね」


俺達は3人で手を重ね合わせた。

それは.....全てへの、田中さんへの誓いの意味で、だ。

そして俺達は顔を上げてから顔を見合わせる。

全て.....平穏になるまで。

そして幸せになろう。


その様な一心で、だ。

心のピースのパーツが集まっていって一つになる。

一心になっていく。

それから.....俺は笑顔を浮かべた。

みんな、だ。


「私は幸せ者ですね。最後の最後まで」


「そんな不吉な事を言わないで下さい。.....田中さん」


「私もそう思います」


「私もです」


そんな言葉を田中さんは口角を上げて穏やかに聞いてはくれた。

だけど私はもう持たない。

その様な感じの匂いを漂わせていた。


俺は.....その一瞬の悟りは勘違いであってほしいと。

勘違いで済ませてほしいと。

敢えて何も言わなかった。



体力があまり持たなかった様だった。

それか心から安心してしまったのか.....。

田中さんは2日後に亡くなってしまった。

余命は2か月とされていたが持たなかったのだ。

俺は天に登っていく田中さんの煙を見ながら制服姿で意を決していた。


体育祭を成功させたり。

青春を謳歌しよう。

それがきっと田中さんが心から望んでいた事だと思う。


流れ星が流れ願いを託す様な。

そんな感じだっただろう。

その様に考えながら.....俺は目の前のベンチに腰掛けている2人を見る。


そして参列してくれたみんなを見る。

例え.....俺が美幸と付き合い始めたとしても.....変わらないものがある。

美幸と美里を守るという点は、だ。


「.....大丈夫か。達也」


「.....仁.....」


「.....まあ正直言って.....俺はあまり田中さんと関わり合いは無かったけど.....田中さんの噂は予々だ。.....悲しいよな」


「.....でも田中さんとは最後に約束したんだ」


「.....?.....何をだ?」


「.....最後にな。.....美里と美幸を必ず幸せにするって。.....だからこれで終わりじゃないんだ」


制服姿の仁は俺の言葉を聞いてから同じ様に青い空を見上げる。

それから、そうか、と笑みを浮かべた。

そして俺の肩を掴んでからそのまま仲間達の元に戻る。


お前ならやれると。

そう耳に言い聞かせてくるみたいな感じで、だ。

優しげな風が吹く。

俺はそんな風を受けながら髪を靡かせつつ。

そのまま草木を踏んで歩き出した。


「.....田中さんの意思を継がないとな。見守ってくれているだろうし。.....頑張ろう」


そう言いながら俺は.....仲間達の元に戻る。

それから楽しくとはいかないがそれなりに会話をし始めた。

俺を優しく見守ってくれた田中さん。


貴方に出会えてとても幸せでした、と考えながら。

人生で経験になりました、と思いながら。

美里と美幸を改めて見てから。

心という心をダイヤの硬さの様に硬く決心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る