第41話 再会
前期中間試験の結果が返ってきた。結果は予想通りで、今期も単位落第は免れそうだ。
同じコマを受講しテストを終え、浮かれた様子の霜を含んだ数人で飲み会を企画していたらしく、それに僕も誘われ、あれよあれよと人数は増え、小さな居酒屋の貸し切りまで進んだ。酔っ払った同級生の話は聞くに堪えない話ばかりで、薄いハイボールでは誤魔化せず、二次会のカラオケには参加しないで、僕は明日のバイトを免罪符に帰った。
どこから話が広がったのか知らないけど1、2年生も居た。明らかに未成年な子もちらほら。
その中に璃穏も居たが、声は掛けなかった。友達に誘われて来たようで、絡んできた酔っ払いの上級生に冷めた目を注ぎながら、終始つまらなそうにオレンジジュースを飲み、いつの間にか帰っていた。
そこそこ手痛い出費で、しばらく夕飯のクオリティが下がるだろうと覚悟を決めながら、灰色の雲と眩い街灯の下、駅へと足を運んでいると、
「いやーきしょかったっスよ脳みそちんぽ男」
「独特な挨拶だな」
「毎回ヤってるんスか?あれ」
「知らん。僕もそんな参加しないわ」
「センパイは人間嫌いっスもんね」
人を勝手に人間嫌いにするなと、人見知り娘への苦言を飲み込んで。
「てか、飲み直しませんっスか?」
「未成年連れてくバカいるか」
「自分はジュースでもサワーでもいいっスよ。あそこでも飲まされましたし」
「さっさと帰れ。親御さん心配してるだろ」
「一人暮らしなんで心配ご無用っス。そもそも実家暮らしでも心配されないと思うんで」
「それでもだ」
こんなところを霜に見られたらなんて冷やかされるかわかったもんじゃない。知人に会うのだけはご勘弁。
居酒屋のバイトで大体の男性客にだる絡みされるぐらいには美人だし、バチバチのピアスもメイクも当時は薄かった。さっきも数名の男子学生に絡まれていたし、顔面偏差値はめちゃくちゃ高い。
「大学生ってS○Xの事しか頭ないんスかね」
「半分正解」
僕はそんなにいいものではないと思っているが、世の中には性欲を発散させないと狂ってしまう人間が一定数いるものだ。
駅のホームには同じような飲み屋帰りの若者がちらほらいる。周りの人などお構いなしに大声で話す男子大学生らしき人や缶ビール片手にケタケタと笑うサラリーマン。小太りで高そうなスーツを着る中年おじさんの横を歩く、肩が露出している服を着た夜職っぽい女性の、短めのスカートで惜しげもなく剥き出された足に、蚊に食われそうだなと思いながら改札を抜ける。
どんなに酔ってもああはなりたくないものだ。どんな理由があってもああはなりたくないものだ。
「帰れって」
「自分のアパートもこっちっス」
「そうですか」
さらっと後ろをついて来た璃穏。このままずっとついて来そうではあるが。
電車は後数分で来る。ど田舎とまでは言わないが、1時間に1、2本の電車で育った僕からしたら、こんな待ち時間、屁でもない。それは同じ街出身の璃穏も同じで、出発時刻が表示された掲示板に「早いっスね」と、彼女は独り言を呟く。
降りる駅まで一緒だと恐怖を覚えそうだと思いながら、それを拭うように僕は世間話を始める。
「てか、薄々思ってたけど大学も一緒なんだな」
「センパイに会いに来たんだから当然っス」
こわ。
「こっちの暮らしにはもう慣れたか?」
「慣れてはいないっスけど、だいぶ落ち着きましたっスね。引っ越しやら授業やらで忙しかったっスから」
「それは良かった」
「早速N○K来たっスけど追い返したっス」
「それは良かった」
そもそも僕の家のテレビはテレビとしての機能を果たしてないから契約もクソも無い。アレではもうでかいモニターだ。
「料理はするん?」
「もちろんっス。刃物の扱いにはなれてるっスよー」
「得意料理は?」
「ローストビーフは上手く作れたっス」
「自炊の枠超えてるな」
「恐縮っス」
それが続けば良いけど、一人暮らしだと中々ねなんて、野暮な事は言わないに限る。
「センパイも料理するんスか?」
「ローストビーフは作った事ないな」
「手料理食べてみたいっス」
「生憎、ヤバい人は問答無用でウチにあげないのが我が家のルールでね」
神宮寺さんを入れてしまった僕ではあるけど。
「明日あたりどうっスか?」
「話聞いてた?」
「バイト後楽しみにしてるっス」
「明日も飲む約束してるから無理だな」
「もうちょいマシな嘘ついた方がいいっスよ。自分の方が悲しくなるっス」
「ほっとけ」
人に腹を立たせる後輩は1人で十分だ。あいつより知性がある分厄介ではあるが。てか1人もいらん、さっさと巣立て。
そんな世間話をしている間に電車は到着して、エアコンの掛かった電車に乗り込む。
午後9時半過ぎの電車は人が少なく、とはいえ空いてる座席は隣の人と間隔を空けたお一人様席のみ。僕は大人しく吊革を掴む。
背の小さい璃穏はどんなに背伸びをしても吊革を掴めないので、二本足で耐えるか、扉を背もたれにして耐えるの2択。
「……………何やってんの?」
「センパイの二の腕を吊革代わりにしてるっス」
「バカップルみたいだから辞めろ」
「え、カップルみたいに見えるっスか?自意識過剰っスねセンパイ」
「……………………………」
んじゃ服伸びるからやめてくれ。
以前よりも明るくなったから良いけど、鋭い目が多少柔らかくなったから良いけど、神宮寺みたいなうざ絡みはやめてくれ。腹立ってくる。
全く知らない新しい環境で心細いのはよくわかる。唯一の知人として頼ってくれるのは大変ありがたい。しかしその程度である。
大学の友達もそろっと親友にクラスアップする頃合いだろう。バイトも慣れてしまえば、僕と絡む必要もない。もう少しの辛抱だ、頑張れ僕。
プライベートを侵害されるという点では、あの謎組織の方が侵害されてる。しかしどちらとも、何かしら惹きつけられる物があるのは確か。でなければここまで長続きしない。
「センパイ、聞いてました」
「後輩、聞いてませんでした」
中途半端に酔った僕は、自分が酔っているのか正常なのかわからない。それでも僕は考える。
あの組織、世界征服を掲げるイカれた組織、蓋を開けたら常識人揃いながら、ドス黒い過去を抱えていた少女たちの組織。
同じ匂いがする。
「類は友を呼ぶ」と言うのなら、僕が璃穏を呼んだのか。否、神宮寺が呼んだ方が頷ける。だって僕は普通だもの。彼女達や目の前の少女とは違う。
現実は起きた出来事に全て辻褄が合う様な、推理小説の様にはいかない。所詮は偶然の積み重ね。でも。何も無いにしては出来過ぎている様にも思う。
答え合わせは明後日に行われる。神宮寺と璃穏の初対面だ。
鬼が出るか蛇が出るか、何にせよ、意気投合して僕をいじめない事を、僕は心から願う。
「…………………………………………」
後輩の話を聞き流し、僕の二の腕を掴む手の少し下、袖口からチラッと見える、新しくも3年前に一度見た切り傷を、見て見ぬ振りをして、電車を降りる。
同じ駅だったオチには頭を抱えた。
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