第42話 サービス残業
「あの子嫌い!!」
「……………そうですか」
「なんか……なんかもう、………嫌いっ!!」
そんな声荒げんでもいいじゃんか。
本日は例の飲み会から2日経った火曜日、時刻は良い子でも寝ない午後8時。僕らは絶賛労働中である。
一応、研修期間中の璃隠は短めの労働時間で、一緒に入った神宮寺より一足早く帰り、僕が交代として入った途端この有様だ。
溜まりに溜まったストレスを爆発させるように、璃隠の気に入らない点を僕へと吐露する。
「初めて会ったはずなのに、私のこと目の
「どう思うって……、まぁ璃穏は人見知りっつーか、人間嫌いみたいなところはあるからなぁ」
「………………………………」
「んだよ」
「名前呼び……しかも親しげ……」
「地元の元後輩だからな」
「…………そういう事にしといてあげますよ」
何怒ってんだこいつ。僕に白羽の矢を向けられても困るんだが。
「後輩が可愛くなくてもいいんですよ。私より仕事が出来るのも、私にだけ愛想無くてもいいんですよ」
「いいんだ……」
「重要なのはそこじゃないんですよ、そこじゃ…………」
だいぶ重要だし、結構傷つくと思うけどな。
「助けを求めてないといいますか、仕方ないと諦めているところといいますか……」
「………はぁ…………」
「とにかくめちゃくちゃ嫌いです私!あの子とは絶対仲良く出来ません!!」
「そうですか」
人には相性ってもんがあるからな。仕方ない。
てっきり意気投合すると思っていたから、相性が悪いのは意外だった。いくら神宮寺でも人は選ぶらしい。誰でもいいから入団というわけでもないらしい。
そうなると何故、僕が呼ばれたのかが不思議でならない。何が採用基準かわからないけど、他のメンバーを見る限り、明らかに僕より彼女の方があの組織に入りそうだ。
何にせよ、結託して僕をいじめる後輩チームが結成されなかったから、最悪の世界線は回避できて僕は嬉しく思ってたりする。
「まぁ最初の印象は最初だけかも知れないし、これから知っていく事も多いと思うぞ」
「そうですかね………」
「ひょっとしたら気が合うかも知れないし」
個人的にはそうなって欲しくないけど。
「確かに。美彩も最初はそうだったですし」
「そうなんだ」
「ええ。思い返すと、中学時代の美彩と通ずるものがあるかもです」
「美彩が?璃穏と?」
「はい」
言われてみれば似てるかも知れない。刺々しさというか、人当たりの二面性とか。
「ならますます仲良くなれるかも知れないんじゃねーの?」
「いやー。刀祢田ちゃんの歩み寄り次第ですかね……」
「そっか」
一緒に働く人だから促してみたものの、僕も付き合う人は選ぶタイプなので強制はしない。むしろ引き剥がしたいと考えていたから、願ったり叶ったりではある。
「その時は先輩が助けてあげてください」
「何を?」
「色々です」
神宮寺は「私と刀祢田ちゃんが喧嘩した際の仲裁役でもありますが」と、枕言葉のような前置きを言った後、
「助けられるのは、先輩だけかも知れませんので」
そう、僕の目を見ながら言った。
「それは、どういう意味?」
「そのまんまの意味です」
聞き返した僕が馬鹿だった。
その後のバイトは、可もなく不可もなく順調に進み、良い子は寝る午後10時に蒼が入り、神宮寺と交代でレジに並んだ。神宮寺は終始不機嫌というか不満そうな顔のまま、制服に薄手のパーカーを羽織って帰っていった。おそらく補導対策のパーカーであろう。
何が言いたかったのか一切伝わらなかったが、彼女達の相性が悪いことだけはわかった。
敵の敵は味方理論が成立するなら、神宮寺に嫌われてる蒼は仲良くなるのかもしれないが、前回のあの会話から察するに、心を開く気はないのだろう。
「タバコ臭っ」
「ほんま?」
飲み会にでも参加していたのか、タバコの匂いが移った上着を神宮寺に鼻を摘まれ、しっしっと手で払われる様は喫煙者と共にいる
「ほんで、どや?あの子ら」
「あんまり」
「ホンマかいな?」
「僕も自分の耳を疑ったけどね」
廃棄を棚に移す作業中、振られた曖昧な質問に曖昧に返したが、やはり聞きたいのはそこだろう。ここ最近の話題は璃隠で持ちきりだ。
「ここのバイトん
「それ遠回しに僕もディスってる?」
「彰は女ちゃうやろ。まぁ
「………あぁ、
「たぶんそれや。知らんけど」
日本語って難しいね。方言も含めて。
僕は店長ではないから、スタッフ仲なんて正直どうでもいいと思う。でもフレンドリーというか馴れ馴れしい性格の神宮寺と蒼に、あそこまで壁を張るのは思った以上に人見知りだ。
覚えてた以上に人見知りだ。
居酒屋バイトの経験か、はたまた歳を重ねた成長か知らないけど、無表情や無視は無くなったけど、根本的な性格は変わっていない。これ以上踏み込むなという防衛反応。
「話変わるけど蒼ってさ、今でも地元の友達と交流ある?」
「何言ってんねん当たり前やろ」
「当たり前なんだ……」
「ごっつ遠いからほな帰るわ言うて帰れへんけど、2日にいっぺん電話するし会うたら明日授業でも飲んどる」
「すげぇな……」
僕は実家に帰るのも年末年始とお盆だけで、シフト次第では帰れないこともしばしば。地元の友達となんて何年も会っていない。これが関西人特有のフレンドリースキルか。
「地元のダチやないんやけど、こっちで会うたナニワん子とはよう飲むしむちゃくちゃ話すで」
「人と仲良くなるのは上手いよな蒼」
「関西人舐めてもろたら困るで?その気になれば言葉通じひん外国人とも仲良うなれる」
ならあの宇宙人と人見知りもコンタクトとって欲しいと思う僕だ。関係ないけど、目に入れるレンズもコンタクトって言うよね。どういう意味なんだろう。
「関西人を代表するような発言だな。この時代叩かれるぞ」
「そら関西人も人間や、人と話すの苦手な子もおるやろ。冗談通じひん時代やでほんま」
「字面じゃテンションわかんないからな」
「だから電話の方が好きやねん俺」
そんな飲みの席のような下らない、しょうもない雑談を紡ぎ、脱線に続く脱線を繰り返し、その日の労働時間を終えた。日は跨いでいたけど。
蒼の入りは違ったが僕と一緒に上がり、タイムカードを切って外に出た。少しでも労働時間を稼ごうと考えていた蒼の「先着替えてええで?俺後からカード切るさかい」という言葉を無視して同時刻に、僕と蒼のカードを切った。
店から駅へ向かい、1番線と2番線に分かれる時、別れの挨拶である「じゃっ」の後、付け足すように、
「ま、仲裁は頼むで?俺が止めても火に油や」
蒼は捨て台詞のように呟いて階段を下って行った。
教育担当だからって、どいつもこいつも僕に擦り付けやがって、人見知りの相手は人見知りですかそうですかと、新人に対する期待の裏切りを、僕に八つ当たった同僚に対する愚痴を抱えながら、数分で来る電車を待った。
反対ホーム。何が面白いのか手を振る蒼を無視して、スマホを確認する。
半強制的に入れらされた璃隠のラインに適当な返事をしつつ、明日の予定と課題を確認して、登校時間に間に合うようアラームをセットする。
アナウンスが流れて顔を上げた先、反対ホームの奥側、蒼から一車両分の間隔を開けた先に、見覚えのある人影があった。
美彩だ。
なんでこんな所に、なんでこの時間に、なんで彼女がいるのか、わからなかった。見間違いだとも思った。
あまり離れてない僕でも、これを逃したら終電である。以前の事を考えると、彼女の終電はとっくに過ぎている筈だ。間に合う訳が無い。
「……………美彩……?」
空いた車内で、小さな独り言を呟く。
恐らく美彩だろう少女は、僕の存在に気付く事なく、終始スマホを見ていた。
他の客もいたし、直接声をかけるつもりはさらさら無かったが、彼女が美彩なのか、確認したかった。
とは言え本人にLINEで聞いても、誤魔化されるか無視されるかで、真相など明らかになるはずも無いから、僕は素直に電車に揺られる事を選択した。
それでも気になって、神宮寺にLINEを飛ばし、針ヶ谷家に美彩が居るかどうか聞いた。
「今日は明日の朝練があるみたいで不在です(よくわからん顔文字)」
そんな返事が帰っきて来た。
一度気になってしまうと答えが出るまで注意を引かれてしまう人間が僕のように、失言をしないと問いに答えられない神宮寺のような人間は、僕の問いかけに「美彩が気になってるんですか!?そんな素振りなかったじゃないですか!!未成年に手出しちゃダメですよ!!」と、下らない事を聞いてから質問に答えた。
不快感を覚えた僕は、その発言のみ削除して、次トークルームを開いた時に不快な気持ちにならないよう整理整頓し、「ん」という曖昧な返事をした。
出発した電車の窓、僕の気怠そうな顔が反射するガラスの向こうには、いつぞやと同じ顔をした美彩らしき少女が、神宮寺と同じ学校の制服を着た少女が、帰りの便ではない電車へと乗っていた。
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