第40話 期待の新人
恋愛に対して興味がないと言えば嘘になる。
これでも現役男子大学生、ぴちぴちの20歳で、社会の汚れも知らない青二才。恋心という皮を被った性欲が存在しないと言えば嘘になる。人間の三代欲求である欲がない訳じゃない。
ただそれに割くエネルギーがそんなに無いのと、そこまでして恋人が欲しいとは思わないだけだ。こんな男が多分、独身として生涯を終える筆頭なのだろうけど。
人を好きになった事は何度かあるし、想いを伝えた事も伝えられた事も何度かある。ただどれも長続きせず、あるいは進展も無く、そんなことを繰り返していたら、いつの間にか執着しなくなっていた。
愛されるより愛した方が幸せとはよく言ったもので、自分一人で完結する恋愛ほど安上がりでコスパの良いものはない。愛おしく思うだけなら己の感情を無闇矢鱈にぶん投げて、結果はどうであれ欲望は吐き出せるのだ。だが好意も何もない人に愛されても億劫なだけだからな。
だから何で恋人を作らないかと問われれば、恋愛というものに願望を持てず、幻想を抱けず、執着心がなくなった、と言うのが僕の答えだ。
別に恋愛がクソであると説教をしたい訳ではない。あくまで僕個人の偏見だから、クリスマスに高いプレゼントを用意しようが、バレンタインに
だから僕も好きにさせてもらう。何度も言うが、これは個人の自由で、他人に強要されたり無理強いされたりする様な物ではない。
「はじめましてっス。今日からお世話になる
「…………聞きたい事は山ほどあるが、まず」
リオもとい刀祢田璃穏に、
「大学入学おめでとう。何でここにいる」
「センパイに会いに来たっス。また一緒に働きましょーね」
「……………………名前見た時から嫌な予感はしてたけどさ……」
そして嫌な予感は的中する物だ。
「夜な夜な汗水流して親睦を深めあった仲じゃないっスか」
「居酒屋バイトを含みのある言い方にするな」
「今回もよろしくお願いするっス」
「…………………………………」
残念ながら、彼女は仕事ができる。指示も素直に聞くし自主的にも行動する。接客態度は僕より丁寧で手先も器用だ。おまけに美人で制服の上からでもわかるほど胸がでかい。多少目つきが悪いのとピアスがバチバチに空いてることに目を瞑れば、採用しない理由がない。常に人手不足のコンビニだ、猫の手も借りたい。
誰だってそう思う。僕もそう思う。
彼女の内面を知らなかったら、誰だってそう思う。
「ビシバシしごいて大丈夫っスよ。自分、虐められるの好きなんで」
つむじ周辺だけ黒い地毛が残る金髪はプリンみたいで、クマみたいな目尻のメイクが特徴的な彼女は、コンプレックスの八重歯を隠す様な黒マスク越しに、にんまりと笑った。
「いやー、覚える事多いっスけど楽しっスねセンパイ。前とは大違い」
「そりゃ良かった」
流石に初日から変な客が来たら、コンビニ業界の闇が浮上し過ぎて日本の治安が心配になるが、璃穏はなんとか初日を乗り越えた。居酒屋で鍛えたメンタルなら大丈夫そうではあるが。
レジ打ちは元から出来ていたし、接客も目立った粗相はなかった。品出しも初めてにしては上々で、ATMの使い方が分からないお爺さんに「何言ってるのかわからん」と、崩れた口調を指摘された以外は完璧と言って差し支えなかった。
神宮寺の立場が危うい。優秀な後輩ほど立場を脅かす存在はいないからな。年齢差もあって、いつの間にか上下関係が逆転してる事は多い。
「初日に全部は教えてないから、わからない事あれぱすぐ聞け。新人の特権だ」
「センパイ以外の先輩とも仲良く出来るっスかね?」
「さぁ。何考えてるかわからん宇宙人と、あの女好きの関西兄さんには気をつけた方がいいな。平気で嘘教えそう」
「彰が冗談通じひんのがあかんねん」
「んじゃセンパイの言う事以外、疑心暗鬼になっとくっス」
「それがいいかもな」
「璃穏ちゃんも冗談キツいて」
とりあえずは馴染めそうで一安心。
交代で入った蒼とパートおばさんに見送られて、僕はいつものように炭酸飲料を買って外に出る。
「それ前から好きっスよね」
「仕事後のビール代わりよ」
「センパイお酒飲めなさそうっスもんね」
「周りが酒豪なだけで僕は普通だ」
あと飲めないわけじゃない。ほろ酔いで酔わんわ。
璃穏も初回限定ボーナスとして飲み物を奢ったが、迷い迷った挙句、僕と同じ炭酸飲料を買った。レジを通す蒼のにやけ顔が気に食わなかったが、この炭酸飲料の良さがわかる信者が増えて嬉しく思う。
「そろそろ聞いてもいいか?」
「何をっスか?」
「こっち来た本当の理由」
「…………………………」
少し突き放すように、僕は言った。
2、3秒の沈黙が訪れ、靴の踵が擦れ、歩く音だけが響くと、
「本当も嘘も無いっスよ。センパイに会いに来ただけっス」
顎マスクのまま、僕の目を見て言った。
この目。3年前にも見たこの目。カラーコンタクトの上からもわかる、どこか虚な目。
「……………………そっか」
それ以上の詮索は辞めた。
刀祢田璃穏と初めて出会った時の印象は、「危なっかしい子だな」と思った。脆さを取り繕っている印象を受けた。
可愛げがないのに可哀想だ。何が彼女をそこまでさせたのか、何が彼女をそこまで追いやったのか、僕には知る由もなかった。
ただ、当時彼女は高校1年生にも関わらず、深夜の居酒屋でバイトを始めた時は驚いた。僕も高校3年生で、深夜バイトがバレたら大学受験は危うかったのだが。
もう既に、そんな境遇に立たされているのかと、僕は哀憐の情を抱くと同時に親近感も湧いた。
その印象は今も変わらない。脆く危うく、可愛げが無く可哀想だ。
そんな彼女を、見当違いも甚だしいが、現状に揉まれ不覚にも、僕は救いたいと思ってしまった。自惚れてしまった。
それが今の感想だった。
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