第三章
第31話 後ろ髪
お泊まり初回から2泊3日は流石にキツいので、夕食後、僕は帰宅した。
夕食は僕と神宮寺と針ヶ谷と美彩の4人で食べた。折坂さんは残業、望月はやはり食べれる状態じゃなかったらしく、LINEすら既読にならなかった。
「…………………………」
何となく居づらくって、風呂に入ってから帰ると言った高校生組より、一足先に帰る事にした。玄関で靴を履いていると、見送りに来てくれた針ヶ谷が、
「一週間後、今日と同じ時間にもう一度、穂乃佳の家に行きたいのだ。出来ればお兄さんも来て欲しいのだが、予定はどうかな?」
と聞いてきた。
来週、僕はバイトが入っていたから、
「………あぁ、何とかする」
とだけ言って別れた。
何をするのか、想像できるけど、考えないようにした。
エレベーターを降り、マンションのエントランスを抜け、街灯に照らされるアスファルトを踏み、薄い雲が所々星を隠す夜空には目も暮れず、スマホの画面を見て時間を確認する。
終電には、まだまだ時間がある。それもそうだ。時刻は、良い子は大人しく寝る22時、終電で帰らずとも、その幾つも前の電車で帰れる。そしてわざわざ終電まで時間を潰す必要など無い。
「………………………………」
イヤホンという名の耳栓を、耳にぶっ刺しながら、電車に揺られる。
午前は肉体的に、午後は精神的に疲れ、前日も前々日も疲れていた僕の体は、等間隔で不規則な揺れ方をする電車の揺り籠に抗うのは難しく、無意識のうちに瞼を閉じていた。
それを何とかこじ開け、疲れた脳に疲れない程度の刺激を送るため、ハイテンポの曲を流し、ニュースアプリを開く。乗り過ごすと面倒だから、眠気覚ましになりそうな曲をバックに、滅多に開かないニュースアプリをタップし、衝撃的なニュースを探す。
「……………………………」
指がピタリと止まる。
御所望の衝撃的なニュースを見つけたからだ。
飛び込んできた文字をもう認識して、インプットし直す。残念ながら、読み間違いでは無い。
詳細を開いてその小さな文字を追っていた。僕はスマホを食い入るように見つめていた。眠気はすっかり忘れて、淡々とその文字を読んでいた。
「……………………………」
読み切って、LINEを開き、メッセージを飛ばす。
「……………………………」
すぐに既読がついてホッとする。
ウザがられただろう。それでもいい。
独り胸を撫で下ろし、目線を上げ、理由もなく車内広告を見る。
「……………………………」
果たして、彼女らを置いてきて良かったのだろうか。一緒に帰るべきだったのではないか。いくら成人男性より力が強いとはいえ、運動能力に長けてるとはいえ、ケツの青い女子高生を2人、こんな時間に帰らせて。
ここら辺の治安は悪くない。しかし、良いとは言い切れない。
中学生はもちろん高校生も補導される時間帯だ。折坂さんと一緒ならまだしも。
「……………………………」
電車が止まった。僕の降りる駅だ。
今更心配になった。
重い腰を上げて、扉の前でスマホをいじる男子大学生の横を通り、電車を降りて改札口へ向かう。
そもそもあのグループは、あの組織は、何を目的に集まっているのだろう。
まさか全員が全員、本当に世界征服を目論んでるわけではあるまい。おそらく神宮寺の戯言だろう。
では何故集まるのか。何故集まってしまうのか。
僕も、どうしてこうも、足繁く通っているのか。
「……………………………」
改札を抜けると、電子マネーの残高が表示される。バカにならん交通費だ。
最初はテロリストの集まりかと思った。メンバーに入ると、それが思い違いだと知った。
でもそれが、最近あながち間違いとも言えない気が、薄々してきているのも、事実だ。
あの傷。
あの眼。
あの部屋。
どれをとっても、世界征服とまでは言わずとも、世の中を恨む『芽』には、十分だと感じた。
僕は彼女達じゃないから、その痛みや苦しみの味など、わからない。男性が生理痛を経験できないように。
でも、理解は出来る。知識として覚えることは出来る。寄り添う事なら出来る。
そして彼女達じゃないからこそ、客観的な視点も持てる。
「……………ただいま」
朝に一度帰った筈なのに、久方振りに感じる我が家。もう6月だというのに、冷たい空気が漂う。
手を洗い、戸を開ける。湿っぽい風が、頬を撫でる。
手荷物を漁り、ノートパソコンを充電する。ついでにスマホも。
アプリを閉じていない事を思い出し、ロックを解除してニュースアプリを閉じ、電源を落とす。
一瞬、目に映った大見出しの濃い太文字は、「行方不明」と「女子高生」の文字。
既読無視されたLINEも一緒に閉じる。
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