第32話 高望み

「えー……俺連勤やん……」

「そこを何とか……」

「ま、この前代わってもろたからええけど」

「どっちだよ……」


 文句言いつつも代わってくれた年上後輩に、9割減の悪態をつく。


 あれから数日が経って、梅雨も本番に差し掛かってきた6月下旬、平日深夜のコンビニは暇で暇で仕方ない大学生2人が、特にやる事も無いので無駄話に興じていた。


 僕はよく神宮寺と一緒のシフトになるが、本来、大学生と高校生のスケジュールは基本噛み合わず、頻繁に合う事はないのだ。


 そして同じ大学生とは言え、時間割は人それぞれだから、大学生同士であっても、基本的に噛み合う事はない。


 しかしシフト表には、大まかに昼と夜の区切りがあり、アルバイトとパートさんが入る時間は自ずと決まっている。朝や昼はパートさん。夕方頃や夜はアルバイト。深夜は入れるパートさんか、高校生じゃないアルバイト、つまり大学生。そして空いてしまう時間は基本店長。


 特に店長はアルバイトやパートさんのシフトに振り回されるから、ほぼ穴埋め要員と化している。そして勤務経験が長くて、融通が効く僕も何故か。


「…………暇だ……」

「せやなー」


 僕ら2人を除いて無人の店内では、流行りの曲だけが流れ続け、外はポツポツと小雨が降る。


 時刻は午前2時。


 暇で暇で仕方ない。


「腹減らん?」

「それ僕に聞いてる?」

「他におったら怖いわ」


 幽霊かドッペルゲンガーか。いや、ドッペルゲンガーも幽霊か?


「このチキン食ってええと思う?」


 彼は曇ったガラスケースを指差しながら言う。


あがりまでに売れなかったらな」

「よっしゃ全力で守ったる」

「信用ならんボディーガードだ」


 食うために愛情たっぷり育てる農家と同じ発言だ。


 以前ちょっと話したかと思うが、年齢としては彼の方が年上で、勤務経歴としては僕の方が上だから、互いに敬語になりそうだが、そうはならないのが彼の人柄のおかげ。


 彼の名は夕焼ゆうやきあおい、今年で22歳。コテコテの関西弁に、薄い金髪という派手な髪色と同じ色のカラーコンタクトが特徴的な彼は、女と間違われることも多々。声高いし肌白いもんな。


 幼さが残る童顔に対抗するかの如く、バチバチに開けられたピアスは圧迫感があり、近寄り難さを感じる。もし同じ大学で同じバイト先じゃ無かったら、僕の人生で関わらない人間だっただろう。それは神宮寺も同じか。


「彰も食うやろ?」

「余ってたらな」

「最近の若い男は消極的やな。がっつかへんと婚期逃すで?かんけー無いけど、草食系男子と消極的男子って似てへん?」

「似てへんし、ほっとけ」

「相変わらずノリ悪いな〜」


 僕と違ってノリが軽いところは誰かさんにとても似ているけどね貴方は。


「そういえばあの子食ったん?」

「………………………………………」

「そなん怖い顔せんでもええやろ。彰女の子かいな」


 あの子というのは恐らく妹の事だろう。それぐらい彼にはビックニュースで、イジるネタが降ってきたのだ。


「だから神宮寺に嫌われるんじゃねぇの?」

「今優ちゃん関係あらへんやろ」


 最近避けてシフト入れてるくせに。


「前も言ったけど、あいつは妹だって」

「前も聞いた。ほんでほんまは誰やねん聞いてんねや」

「……………………………」

「……………………………」

「……………………………」

「口割らへんなら俺の方で勝手に解釈するで?」

「好きにしろ」

「おおきに〜」


 何でこうも僕の周りはウザイ人が多いのか。物理的にもちょい上から目線なのも腹立つ。


「んで今カノは誰?まさか優ちゃんとか?」

「もう肉食っていいからちょっと黙ってくんね?」

「かまへんで?あと3時間の辛抱やし」

「うぜー……」


 つい心の声が漏れてしまった。


 気兼ねなく話せるのは年が近い利点ではあるものの、親しき仲にも礼儀あり、年上だろうと同性だろうと、聞かれたくない事があるのだ。


 彼女達程ではないにしろ、僕にだって。


「逆に葵は?彼女と上手くやってんの?」

「それが聞いてや!あいつ浮気しとってな、聞いたら『元カレの方がやっぱ好き』とけ言いよるんよ!なぁ、どない思う!?」


 上手い事路線変更成功して、嬉しい限りで。


「惚れっぽい人なんじゃないの?葵と同じで」


 ある意味お似合いかと。


「頭きて別れよったら、次の日ウチ空っぽになっててな?服とか食いもん全部取られて…」

「そうかそうか」

「ほんま腹立つわ〜あの女!今度会ったらしばいたる」


 顔が良いのも大変だなぁ。良かった僕の顔面偏差値高くなくて。


 誰かさんと同じように同性に告白された事がある彼は、会う度に惚気話が恋愛絡みの愚痴しか吐かないから、勝手に同種としてカテゴライズしているけど、意外と仲が悪い。


 神宮寺が入りたての頃、指導担当として任命されたのは葵だった。何故なら彼の仕事の復習にもなるから。しかし教え方が悪いのか性格の相性か、「あの先輩嫌いです」と「ほんま愛想ない子やで」のダブル愚痴セットで、もれなく僕が指導担当になった。


「思い出したら腹立ってきたわ。やけ食いしてもええか?」

「ガムでも噛んでろ」

「妙案、ほな取ってくる」

「いってらっしゃい」


 スタッフルームに一瞬だけ入って、すぐに出て来て、ガムを噛み始める。


 くちゃくちゃくちゃ。


「彰も食う?」

「食べない。客来たら噛むのやめろよ?」

「当たり前やん」


 仕事中ずっとガム噛んでるのは、勤務態度的にいかがなものかと思うが、これで静かになるなら安いだろう。


「……………………………」


 でも、客が来たらちゃんとするのが彼だ。


 裏表が激しいと言うか、プライベートと仕事はきっちり分けて、接客態度は人が変わったかのように、多重人格者のように言葉遣いや表情が変わる。


 人によって態度を変えるといえばネガティブな表現になってしまうけど、相手との関係性や距離感を図る能力が、彼は人並外れているという裏付けでもある。


 僕より断然面白味があって、波長が合いそうな彼が、神宮寺と不仲なのはにわかには信じがたい。それはそれで互いに仕事を真面目にしてくれるから、僕としては濡れ手に粟だが。


「なぁなぁ。そーいや彰、優ちゃんや無かったとしても、彼女はおるんやろ?まさか野宿しはったん?」

「友達の家に泊まったんですぅ」

「女か?」

「ただの友達ですぅ」

「女なんや」


 面倒くさい後輩しかできない呪いでも掛かってるんですかね?ニヤニヤすんなこっち見んな。


 その後も無駄話、つまり中身の無い話をガムを噛みながら続け、客が来たら適当に接客するだけの暇な時間を3時間程過ごした。


 朝シフトの店長と入れ替わる前、蒼が振った最後の雑談が、


「せや彰、また新人入るらしいで?」

「へー」

「なんや反応薄いな。お前さんの元カノと同じくらいの別嬪さんっつー噂やで?」

「聞いてない」

「じゃ何が不満なん?」

「不満は無いけど、神宮寺が先輩になるのがちょっと……」

「あー……」


 不満というより不安だ。不安しかない。


「優ちゃんの前の子は、俺と別れて気まずーなって辞めたなもんな」

「……お前食うんじゃねぇぞ」

「今はチキンだけにしときます」


 ガムを吐き捨てた後、誰かさんにとても似たウザイ顔をして、大口開けてチキンを食べる先輩がいた。


 ちなみに、コンビニの廃棄を持ち帰ったり食べたりするのは、普通に違法だったりする。賞味期限切れの食べ物で食中毒を起こされても、責任が負えないからだそうで。


 食品ロス問題と矛盾しているような気がするが、僕の知った事ではない。


 店長はあまり口煩く言わない人だけど、せめて裏で食べてくれ。僕が怒られる。


「…………面倒じゃない子がいいな〜」


 可愛くなくていい。可愛げがなくてもいい。常識があって、節度を弁える人が、僕は来て欲しい。

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