第13話

短く深呼吸。

人間の身体で在る時に有効な己の鎮め方。

教えてくれたのはフレイルくん。

そんな君に、今夜、お別れする。


「わたしは、君が好きだった。とても好きだった。けれど、諦めよう。君の想いが誰に向かっているか知っていたにも関わらず、君を好きですまなかった。君とイクサバくんとの愛を、祝福するよ。…さよなら、フレイルくん」


「え」


フレイルくんが素早く立ち上がり振り返った。

なかなかの身のこなしが流石騎士と言う所。


眼鏡はしていなかった。

黒い瞳がわたしを移す。

曇りなき眼、お酒の所為で赤い頬。

驚愕したまま、硬直している。

それでも久しぶりに目が合って、わたしは自然と微笑んでしまった。

ああ、やはり、わたしはフレイルくんが好きだ。


「あ、れく…さま…?」


「すまない。イクサバくんは何処かへ出かけてしまった。わたしはこれでも去る故に、しっかりと施錠をしておくれ」


「どうして…」


「勝手に上がってしまった非礼を詫びよう…すまない…ただイクサバくんが」


「イックの話はもういいですっ…今のっ俺にっ今っなんてっ!?」


よろよろと、フレイルくんが近寄って来る。

こんなに近いのは久しぶりだ。

おぼつかない足取りなのは、お酒の所為だろう。


「君に、告白をしようと思い訊ねさせてもらったのだが…すまない恋人同士の時間を」


「イックの話はもういい!」


力強く怒鳴られ、わたしは慄いてしまった。

なんと恐ろしい迫力でせまって来るのか。

フレイルくんの新たな魅力再発見に胸がときめいてしまった。

さよならするのに、わたしはどうしようもない。


「っ…すまない…わたしは…ただ君に…想いを…伝えたくて…」


「…アレク様は…」


「わたしは、君が…」


いつの間にか目の前にフレイルくんが居た。

さきほどは簡単に言えたのに、どうしてか言葉が詰まった。

言わないと、いけない。

なのに、身体が熱くて言えない。


「あれくさまぁ…」


フレイルくんがわたしの胸に手の平を添える。

全身が燃えるように熱くなる。

気付いたら、抱き締めていた。


「あっ…あぁ…」


呻き声に似たなにかが、フレイルくんが漏らす。

けれどわたしは、両腕の力を調整することが出来なかった。


「愛してる」


自然とでた言葉だった。

形はない。

なのに、わかる。


騎士を民を国を愛しいと想うものと、違うもの。


「愛している…フレイル…」


わたしはわたしの胸の中に押し込めるように、フレイルくんを抱き締め続けた。

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