第9話

…いや、まさか。

そんなはず、ない。


そんな心の声を洩らしてしまっていたようで、


「どうしたんですかぁ…」


「ちかいぃ…しゅき…」


エールくんはもう駄目だとばかりにハットくんの胸に顔を押し付けたが、ハットくんはわたしの言葉を拾ってくれた。

わたし慣れ、しているということだろうか。


「…そもそも、わたしが人間を知ろうとしたのは、とある人を好きになったからなのだが」


「な、なんだとぅ!?」


「ひえっっ白鷹様の恋バナ!?お、俺それ聞いて大丈夫かなっ!!?」


何故か硬直してしまうふたりに、わたしはひとまずことの経緯を話すことにした。

聞いてほしいのだが、話すのは恥ずかしい、という矛盾する気持ちが生まれているが。


「その人と出会ったのは真なる姿の時が初めてだった。その頃わたしは人のことを知らぬ愚か者であった。その為、ちょっとした興味本位で書架へまいったのだ。そこで、わたしは美しいものをみた」


「…こいばなだ…」


「お、おちゃいれなおすね」


「書架を守護する彼は、無口で真面目で、本当に心の底から己の職務を誇りに思いまっとうしていた。…いや、騎士の皆もそうではあるのだが…魂と彼の資質と職務が調和した…そう、何千年も生きる木樹のような聡明さを彼は持っていて…ずっと傍にいたいとわたしは思ったのだ」


「…どうしよう、誰なのか分かった」


「どんなひと?」


「書架の番人…たしかにむちゃくちゃ真面目で、ちょっととっつきにくい人、かな」


「彼は、わたしを敬ってくれた。けれどわたしは、神と人という関係では嫌だと感じた。そこで我ではなく、アレクとして接触を試みた」


「…うわぁああ…」


「それは…」


「…彼は、アレクが、好きでは、ないようだ」


「…やばいっすからね」


「アレク様が突然現れたら、誰だって平静は保てないと思う」


「彼はアレクが来ると、とても嫌そうな顔をし、落ち着かなくなって、手土産も不要そうな…まともに話してくれず…それでもわたしは必死に彼と、フレイルくんと仲良くなろうと…書架にて色々と学び教えを請うたのに…最後の手として、我とアレクを同一してもらったのに…」


わたしはそこまで話、力尽きソファに倒れた。

話して、すっかり心の整理がついてしまった。

わたしの恋は最初から、終わっていたことに、諦めが、ついてしまった。


「フレイルくんにはそもそも恋人がいるというのにわたしは…『白鷹』であることを笠に…やさしくしてもらって…わたしは…なんてひきょうなおろかもの…ぐずっ…もりに…かえろう…こんなおろかなとりなんてっ」


「アレク様、待って、待って下さいっ!自分をそんなに追い詰めないで下さい!」


「そうです!ちょっとおかしいから!変なトコいっぱいですから!」


「なにがへんだというんだっ!フレイルくんはわたしがっきらいなのだぁああっ」


わたしは自分で決定的な一撃を決めてしまい、涙がぼろぼろ溢れ出た。

泣ける。

それはわたしが人を学んだ結果だ。

かなしいと人は泣く。

感情を学んだわたしは、自分が脆弱になったことを実感した。

そして失恋の痛みは、あらゆる傷の痛みを凌駕する。

これは駄目だ。

神殿で、泣こう。

しばらく時をおこう。

そうすれば時代も変わる。

ああ、なんてかなしいんだ。

こんな愚かなるわたしは、神殿に引きこもってるのがお似合いだ。

そうだ。

引き籠ろう。

私はそう決心した。

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