第2話
……コンコンカラン
「いらっしゃいませー!どのようなご要件ですか?」
男性は肩に少しだけ積もった雪を払いながらお店に入って来た。
杖で傘を作ったものを消し、短杖を懐にしまい、顔を上げる。
「ああ、すまないね…ピッ…君は?」
「新しくここで働くことになったティオンですよろしくお願いします」
「はあ、そうかね…では、ティオン。ピッピを呼んできておくれ?」
「わかりました~!少々お待ちくださいませ!」
ティオンが螺旋階段を上がってくる。
螺旋階段から下の様子を覗いていたのだがきちんとしているし、1人で接客しても平気だろう。
螺旋階段から飛び降りて、カウンターに行くとにこりと微笑む。
「新しい子入ったんだね。」
「ええ、いつもの?」
「お願いするよあとこれも治して欲しい。」
魔法の杖を渡されて、撫でると言の葉が伝わってくる。
「大好き」「まだ戦える」「そばに居たい」「大嫌い殺してやりたい、いつか…いつか…」
私はそんな杖を見るとふふふと微笑む。
塔を見渡すと、2つの素材が光っていることがわかった。
光ったふたつの素材を魔法で取ると机に並べる。
「署長に合うものは今はこのふたつですね」
「うむ、両方入れると値段はどのくらいかな?」
「高いですよ?」
「構わん。」
「このふたつの素材は互いに相性が悪いので、活着が難しくなります。お時間も少しだけいただきます。価格は白金貨2枚程です」
「わかった明日までに用意しよう。時間はどのくらいかかるかな?」
「2日以上はかかります。また、素材の相談なんですけど…」
「妖精王の小指は残してくれ。」
「……わかりました。」
私は早速作業に取り掛かる。
杖をばらす為に魔力液に浸す。
この精霊王の小指、この人には絶対合わない素材になる。
相性が最悪だ。
水晶に閉じ込めてしまおうか?と、水晶を棚から出しておく、彼の家はこの精霊王の小指が受け継がれている家になる。
古い名家では魔道具はいい物を代々受け継いで馴染ませていくという伝統のある文化を持つ家も多い。
たしかに、一理ある。
だが、ここまで素材に拒否されていて、使っていていいことなんかひとつもない。
「あれ!ピッピいつの間に…」
「私を探していたの?ごめんなさいね?」
そっとカウンターの下に置いてあった布を素材の上に被せる。
カウンターの下から瓶に入った黒い粒を10粒程紙に出して、畳み、その上に銀と青の蝋そしてホワイトトレントの葉っぱで封蝋する
「ああ、そうか、私が呼んできておくれと頼んだのだ、すまないね」
「いえいえ!これはなんですかー?」
「ティオンにはまだ早いわ、上を掃除しもらってもいいかしら?」
「あ、わかりました~!」
螺旋階段を鼻歌交じりであがっていったのを見て、魔法結界を使う。
布を外し、湾曲した古びたそろばんを弾く、弾き出した結果を紙に転写して魔力を込めると誓約書に早変わりする。
「いいのかい?」
「ここでずっと働くとは限らないのです。彼女。ここには秘密が沢山あるので…」
「ならば雇わない方が良かったのでは?あれでは彼女が可哀想だ。」
「もう少しだけ様子を見ようと思っています。彼女が私の仕事を継げる位の子であれば、その時正式に弟子にしようと思っています」
「それを聞いて納得だよ。」
「はい。」
彼はサラサラっとサインをして黒い粒の入った包を受け取り「明日までに代金をもって来る」と一言を残して、出ていった。
私は彼が出ていくのを頭を下げて待つ。
…コンコンカラン
頭をあげると真ん中にある暖炉に誓約書を入れると結界を消す。
持ってきた素材を鍵のかかった棚にしまい鍵をする。
「ティオン!やっぱりご飯にしようか!降りてきておくれ!」
「はーい!」
扉を開けると庭が拡がっていて、トマトや大きなナス、ズッキーニを収穫し庭の裏口からキッチンに入る。
遅れてティオンが入って来ると、机を拭いたり、お皿を軽く水で流して拭いたり、かなりマメな子である。
私はトマトとナスズッキーニを小さい乱切りにして、冷蔵庫から鶏もも持って来るとこちらも1口より小さいサイズに切り分ける。
鍋に水と塩を入れ沸かすと、ショートパスタを茹でる。
茹でている間にたっぷりのオリーブオイルと潰したニンニクを入れ塩とハーブを振ったお肉を炒める。
「とてもいい香りですね!」
「ええ、もう遅いしお腹ぺこぺこですからね~」
ある程度炒めたら、野菜を全て投入して炒める。
パスタが湯で上がれば、お湯を切り野菜ソースと絡めながら炒め、お皿に直接豪快に盛りつける最後に黒い発酵調味料を少しだけ垂らす。
ブラックペッパーをガリガリと削り机に並べる。
冷蔵庫から赤紫蘇で作ったシロップを持ってきて、コップに1杯づつ入れ片方は水で片方はアルコールで割る。
2人で席に着くと指を絡ませ、目を閉じる。
「今日も飢えることなく夕餉を迎えられました。全ての神々に感謝の意を込めてお祈りを捧げます。」
私は小さく「いただきます」という。
目の前の彼女を見るとすぐにがっついていた。
私は髪を縛って、後れ毛を耳にかけながらひと口食べた。
いつも通りの味、いつも美味しい。
私は珍しく前世の記憶を持って生まれた。
この世界に来てから大変と思ったことが無い。
前世では寝る間を惜しんで勉強して苦労して入った大学。
卒業後は仕事をして、残業をして、過労で道路に倒れてしまい、トラックに引かれて死んでしまった。
前世では働きすぎと仕事からのストレスで味覚がおかしくなっていた。
何を食べてもまずい。
流石に働きすぎだったと自嘲する。
今日もちゃんと美味しい。
「ピッピの料理は天下一品ですね!」
「どうかしら?ティオンが言うならきっと美味しいのでしょう。まあ、不味くはないわね!少しだけ自信がついたわ」
他愛のない話をしていると夜の帳が下りる。
私は少しだけ作業を進めることにした。
私の作業部屋は屋根裏部屋になる。
作業している時は屋根裏部屋に何があっても入ってきては行けないとティオンには釘を指しておいた。
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