夢のまた夢へ

終業式。



今日は三年生の一学期の終業式だ。



だが私は、この日とある覚悟を決めていた。




みんなが体育館に向かっている中、私は別の方向に向かっていた。



私は美術室の扉を開ける。


千川先生はよく鍵を閉め忘れる。


でも今ではとてもラッキーだ。



私は千川先生の机の引き出しを漁る。



「あった。」



パレットナイフだ。


先生がこの間使っているところを見たのだ。


管理が雑な先生なら絶対にここにしまっていると思った。


私はそれを手に取る。



覚悟を、決意をこのナイフに。




『放課後、学校の裏庭に来てください』




もうこれで終わりにしよう。




長かった悪夢はこれで終わりなのだ。









裏庭の草むらに隠れる。


予想通り蓮巳は来た。



私はその背後に立つ。


彼女が振り返った。




彼女は私の右手に握られたナイフに目を奪われている。



「怪物め!蓮巳を返せ!!!」




私は彼女に向けてナイフを振り回す。



もうやけくそだった。



だが一撃も当たらなかった。



「くそっ!」



このままでは私が殺される!



やばい!と思った矢先だった。




ガシャン




目の前にいる蓮巳の頭上から突然花瓶が落ちてくる。


ーーーそれは千川先生が飾っているコスモスの花を入れた花瓶だ。




反射的に上を見る。



窓が開いている。



間違いない、美術部の窓だ。



蓮巳は衝撃と痛みに頭を抱えている。



ーーー今がチャンスだ。




私はパレットナイフを蓮巳に振り下ろした




「怪物!しね!消えろ!蓮巳を返せ!!!!!!!!!」








海の音がする。


気がつけば私はあの夢の中にいた。


砂浜に立っている。




さっきまでの出来事は全て幻だったのだろうか?



突如私の手から何かが落ちる。


ーパレットナイフだ。



血に濡れた。


ああ、夢でも幻でもない。


私は…私は、


私は殺したんだ。



もう何も考えたくない



私は海に身を投げた。



私の体は吸い込まれるように沈んでいく。



蓮巳、蓮巳、蓮巳…





「蓮巳と類コスモス描けた?」




これは…、


一年生の春の記憶だ。


私たちは千川先生に言われて裏庭の花壇に咲くコスモスを描きに来ていた。



澄華が私たちのスケッチブックをのぞき込む。



私たちは話に夢中だったのでまだ花びらの部分しかかけていなかった。



「澄華は、描けたの?」



私がそう聞くと、澄華は私達も喋りに夢中でまだ描けてない、と笑った。



穏やかな時間が流れている。



「おっ!やっぱり成宮は絵が上手いなぁ」


千川先生の声が聞こえた。


蛍は少し恥ずかしそうにスケッチブックを隠した。

私達もその声に釣られて覗き込む。


蛍らしい優しい絵のタッチだった。


「それに比べて九栗は…」



「あたしは蛍みたいに絵が上手くないからパス。だいたいコスモス見てるだけでも偉いだろ」


「あはは…!」


いつもどおりの返しをする火憐、

それを見て笑う蛍。



ーああ、こんなにも平和だったのか、



その平和を壊したのは私…?


いや、違うのかもしれない


私たちがこんなふうに何も知らずに笑い合ってる中で裏では恐ろしい何かが蠢いていたのかもしれない。



「蓮巳、コスモス綺麗だね」



「うん」





私がそう言うと、蓮巳はコスモスを見つめながら少し頬を緩ませている。




ーーああ、かみさま、なぜこんな日々が続かなかったの?



目を閉じる。



優しい記憶に浸りながら



二度と覚めないように、そう強く願い





意識は夢の中へと落ちていった。





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