第10話
途中で護衛を頼まれた家族とはカンパニュラの街の入り口で依頼料を貰って別れた。此処に住んでいる一家と、一晩立ち寄るだけの二人では通る門が違うからだ。
門の衛兵がしっかりと身分証を確認するため、進みがゆっくりな列に並んだ二人の前方には、馬車が4台。徒歩で移動している人も含めると20人くらいが待っている。
「冒険者が馬車で移動するのは珍しそうだな」
「ですね……」
道中でも思ったが、やはり体力のある冒険者は効率よく足で移動するらしい。
先ほどまで護衛していた一家にも「珍しい」と言われ、元々用意していた「王都で世話になった人に借りた馬車を返しに行く途中だ」という設定で納得してもらったばかりだ。
「ま、門の衛兵に怪しまれたら同じ理由で」
「ですね」
そうしてしばらく雑談しながら待っていると、衛兵から「次!」と声が掛かる。二人は近付いて来た男に冒険者証を提示した。
「スイレンの街の冒険者か。ショウとアズライトだな、てっきり商人が乗っているかと思ったよ」
これは例の理由を伝えるタイミングかと思った、が。
「まぁ成長途中の子には結構な道のりだし、馬車の方が楽だよな」
「え?」
「ふはっ」
思わず高い声が出たアズライトと、瞬時に顔を背けて口元を押さえた正一郎。
「俺も息子が成長したら一緒に旅したいと思ってんだ。――荷台の中も確認させてもらっていいか?」
「ええ、もちろん」
冒険者証を返却しながら掛けられた言葉に、アズライトは口をぱくぱくさせている。
正一郎は笑いを堪えながら何でもないふうを装う。
「お、魔獣の皮か」
「移動中に魔獣に襲われるなんて滅多に聞かなかったんで驚きました」
「そうそう、最近になって急にだ。何にせよ遭遇したのが戦える冒険者で良かったよ」
道中で聞いた話を適当に混ぜながら話を振ると、衛兵はうんうんと本心から頷きながら話題に乗ってくる。
親子に間違われたアズライトにしてみれば腹立たしいだろうが、正一郎はこの衛兵を気に入った。
「街に入って大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ馬を預けられる宿屋でおすすめがあったら教えてくれ。ついでに、後ろの素材も売りたいんで冒険者ギルドの場所も」
「それなら金のガチョウだ、大通りを挟んだ向かい側にギルドがある。隣の空き地が荷台用だ。きっともう数台止まっているだろうから、すぐに判ると思うぞ。看板にガチョウの絵もついているしな」
「評判の飯屋は?」
「あー、子ども連れならその宿屋の1階で食ったら良い、美味いぞ。夜に遊びにいくならギルド横の酒場だな」
「すぐに行かないと部屋がなくなりそうだな。良い情報、感謝する」
言いながら後ろの荷台に手を伸ばし、旅の途中に商人が「礼だ」と言ってくれた2本の酒の内、1本を衛兵に手渡した。
正一郎は酒は飲めるが、2人旅の途中に飲酒する気はない。酒瓶の様子からも長期間の保存は利かなそうだし美味しい内に消費してもらった方が酒も喜ぶだろう。
ちなみに何の礼かと言えば、猪退治だ。共闘した冒険者全員に、守られた商人が配ってくれたのである。
「仕事終わりに皆さんでどうぞ」
「ハハッ、遠慮なくもらおう! じゃあとっておきの情報だ、この街には大浴場ってのがあってな」
「大浴場!?」
「お、知ってんのか。そういやあ勇者様とおんなじ黒髪黒眼だな」
黒髪黒眼は勇者の色だと言われるが、その子孫が黒髪黒眼で生まれてくる事も少なくないようで、最初の『勇者召喚』から700年も経っていれば珍しい色ではなくなっている。
ただ、やはり勇者というのはこの世界の英雄であり、黒髪黒眼に会えると縁起が良いとか、偶像崇拝的に髪を黒色に染めるという冒険者も多いため、衛兵は正一郎の色もそういうものだと判断したのだろう。
「此処は王都からスイレンの街に向かう際のちょうど中間地点だからよ、昔の勇者様の希望で大浴場が作られたんだと」
「へぇ! 旅人も利用出来るのか?」
「もちろんだ、思った以上に食いついたな。朝方の4時くらいだと空いてるんだ。利用したかったらその時間帯を狙ってみろ」
「おうっ、そりゃあ是が非でもだ! もう1本もらってくれ!」
「ガハハッ、気前のいい父ちゃんだな!」
アズライト達の後ろに誰もいなかったのが良かったのだろう。その場にいた他の衛兵達も「ごちそうさま」と笑顔になり、和気藹々と見送られたのだが、その中でアズライトだけが不貞腐れていた。
子ども扱いされたのが非常に不服らしい。
「あんま気にすんなよ、問題なく検問も抜けたんだし結果オーライだろ」
「だからって子どもって! もう21なのにっ」
「可愛がられるのは得だぞ」
「もう大人です!」
本人はそう言うが、正一郎からしてみてもアズライトの見た目は14~5の少年だ。まだ甘えたい年頃の子が背伸びして、無理に大人ぶっているようにしか見えない事が多々ある。
一番最初に、17歳の妹より年下だと感じた印象は今も変わっていないのだ。
馬車が通る前提なのだろう広い通りを見て、やはり大きな街だと実感しつつ車上から見つけた宿屋「金のガチョウ」。
「ほら、宿屋に着いたから機嫌直せ。……またカレー作ってやるから」
「!」
怒った顔でそっぽを向いていたくせに、カレーと聞いて肩が震えた。
「何なら宿で一度あちらに戻って、アイスってのを仕入れてきてやろうか? 風呂上りに食べるアイスは格別だぞ」
「……それは、美味しい甘味、ですか」
「美味しい。間違いない」
「……それじゃあ仕方ないですね」
つんとしつつも素直に御者台から下りるアズライト。正一郎はここで吹き出しては元も子もないと思い、必死に耐えるけれど、カレーと甘味で釣られるなんてやはり子どもじゃないかと思った。
宿の受付に行き、泊まれるか確認すると一部屋なら用意出来ると言う返答だった。
「夕飯と、明日の朝食もここで取りたいんだが、一泊2名で幾らになる?」
「お一人3000モルなので、二名ですと6000モルになります」
「じゃあそれで。馬車は隣の空き地に止めておいていいか? 一応、端の方に寄せてはいるが」
「ええ、大丈夫です。馬は馬小屋に移動させますが、ご自身でされますか?」
「どうするアディ」
「俺がやります。水やご飯もあげたいし」
「承知致しました。では息子が馬小屋までご案内しますので少々お待ちください。お部屋は3階の4番です」
「どうも。あ、あと大浴場ってのは何処にある?」
「大通りを南に真っ直ぐ進むと、大きな看板が出ているのですぐにお判りになるかと。こちらには大浴場を目当てに?」
「そういうわけじゃないんだが、せっかくだから利用しようと思ってな」
「この街の名物ですからね。タオルや桶をお忘れなく。こちらで貸し出しもしていますよ」
新しい情報に感謝し、馬小屋まで案内してくれると言う息子が来るのをその場で待つ。
アズライトは不思議そうに正一郎を見上げた。
「大浴場って、大きい共用のお風呂場ですよね? お風呂文化を広めたのは大賢者アオイトーカだと聞いてますけど、ショウさんも好きなんですか?」
「風呂は大事だ。贅沢を言えば毎日入りたい」
「……毎日入りに戻っても大丈夫ですよ?」
小声で言うと、正一郎は一瞬だけ虚を突かれたような顔で固まったけれど、すぐに呆れたような息を吐き出す。
「おまえが入れないのに俺だけ入るとか、そんなズルはしない」
「ズルだなんて思いませんけど」
「良いんだよ。おまえと異世界旅を楽しんでるんだから、郷に入っては郷に従えだ。こういう機会は逃さないけどな」
どや顔で言う割には、お風呂にそわそわしているのが判る。朝方の4時まで我慢出来るのだろうかと、アズライトは苦笑した。
数分後、アズライトは宿屋の息子に案内されてロロの世話をしにいった。
正一郎は彼の荷物も預かり、先に部屋に上がる。
宿と言っても、ベッドが二台と、洗面器が置かれたサイドテーブル、荷物置きにも使えるベンチが置かれているくらいで、寝るためだけの部屋といって差し支えない内装だ。貴重品以外の、一泊に必要なものが入った二人分のカバンをベンチに置き、窓を開けると、初夏のじめっとした風が室内に吹き込んで来たが、日が落ちて来た分だけ熱は引いている。
三階の窓から見下ろすカンパニュラの街はとても賑わいでいた。
「さて、まずはギルドに売るものを売って来るか」
そう声に出し、正一郎も外に戻った。
アズライトに、素材の換金に行く旨を伝えると「手伝います」と返してくる。
「ロロの世話はいいのか?」
「もう水もご飯も出し終えたので大丈夫です。馬小屋には他の子もいたので寂しくはないでしょうし。えっと、皮と肉はお願いしていいですか?」
「ああ。細かいのを頼む」
「はい」
それぞれに分担して荷物を抱え、大通りを挟んだ向かい側――先ほどの衛兵が言った通りの場所に建っている頑強な造りの冒険者ギルドに向かった。窓や、壁のあちらこちらに鉄製の格子や装飾がされているのが、何となく物々しい。
ギルドの中は、時間帯もあって依頼を終えた冒険者達の達成報告で混みあっていたが、素材買い取り専用の受付には5人しか並んでいない。
二人は素早くそこに加わった。
「スイレンの街以外はほとんど行ったことがなくて、あそこはレガーテ平原の関係で冒険者が多いと思っていたんですが、他の街のギルドもこんなに賑わってるんですね」
順番を待ちながら正一郎に声を掛けたアズライトだったが、応えたのはすぐ前に並んでいた男性冒険者だ。
その肩に獣の皮を10枚以上担いで平然としている屈強な体格に、傷だらけの厳つい顔。年齢は40代くらいだろうか。
「おう、おまえさんたちはスイレンから来たのか。あそこはいいよな、悪魔との戦争の最前線なんて言われちゃいるが、穏やかで良い街だ」
「ぁ、ありがとうございます」
アズライトが生まれ育った土地を褒められて嬉しくなっていると、厳つい男は「おう」と人好きのする笑顔で応じ、話を続けた。
「カンパニュラは帝都とスイレンの街の、ちょうど真ん中ぐらいにあるからな。何かあった時に移動距離が変わらんってんで冒険者が集まりやすいんだ。最近はちょっと物騒だが……」
「街道に魔獣が出ている件か」
正一郎が話に入ると、男は大きく頷く。
「そうだ。あんた達が担いでるそれも、その戦利品だろ? スイレンって事は北門から今日着いたばかりか?」
「そうだ」
「ってことは、とうとう北もか……。俺のこれは、南門の向こう側だ。あっちは1週間くらい前から護衛なしじゃ通れなくなってるぜ」
「そんなに出るのか」
「ああ。しかも狂暴なのが多い。四日前は熊の魔獣に4人殺された」
「……っ」
アズライトが息を呑むと、男は「あぁスマン」と詫びる。
「おまえの親父さんは強い剣士なんだろ? 注意しておけば大丈夫だ」
「親……」
「ふはっ。いや、違う、強いのはこいつの方だよ。優秀な魔術師だ」
「ほう! そりゃすごいな坊主!」
肩を震わせて笑いを堪えている正一郎を、アズライトは睨みつけた。もうカレーとアイスだけでは許されない気がする。
とはいえ、親子に見えるなら、そう思わせておいた方が変な疑いを掛けられずに済むとも言える。年齢差は事実だし、勘繰られるのは面倒だ。
「いっそのこと、父さんって呼ぶか?」
「絶っっ対にお断りします!」
換金を終えて宿に戻る途中、そんな提案をしてみたが、すげなく却下された。
当然と言えば当然か。
正一郎は笑ってしまう。
「しかし髪の色が黒と白金で正反対なのに、よく親子だと思えるよな」
「勇者と同じ黒髪は染めたものって認識が強いせいだと。白金は珍しい色じゃありませんし」
「へぇ」
「それより! カレーとアイスですよ、あと他にも何か加えてください。俺は傷つきました。みんなに子ども、子どもって……皆さん目が悪いんじゃないでしょうかっ?」
「いやぁ、それは同意しかねるっつーか……まぁ甘味を追加するのは構わんけどな。
何が良い? 洋菓子、和菓子、駄菓子、手作り菓子。いろいろあるぞ」
「手作りもあるんですか?」
「クッキーとかホットケーキくらいなら俺でも作れるかな。まぁ、その前にあっちに戻ってホットケーキミックスを買って来る必要があるが」
「ほっとけーきみっくす……」
今にも涎を垂らしそうな緩んだ表情のアズライト。
その腕を、不意に誰かに捕まれた。
「シェイラ……!?」
「え……」
驚いて振り返ると、黒髪黒眼の、50代半ばと思しき男が目を見開いてアズライトを凝視している。
背中に大剣。
使い込まれているのが見ただけでも判る鎧。
正一郎は、咄嗟に二人の間に割って入った。
「なんですか、あなたは」
「しょ、ショウさん待ってください! この人っ、黒髪黒眼です! ショウさんと一緒です! それに」
「「一緒?」」
アズライトの言葉を遮って、男と正一郎の声が重なる。
それから二人は互いに疑惑の目を向け、次第に驚きの表情に変わっていく。
「……染めた色じゃねぇな」
男が言う。
「……あんたもな。予想していた元勇者は70近いじいさんだったんだが」
「はっ。まだ引退したつもりはねぇぞ?」
その反応が、答え。
「アディ、シェイラって名前に覚えは?」
「アディ、だと?」
正一郎の質問し、しかし先に反応して見せたのは男の方だった。
「アディって、まさかアズライトか? 本物か?」
「待て、なんであんたがこの子を知っているんだ」
「そりゃあこっちの台詞だ! 貴様どこでアズライトを」
「ま、待ってください!!」
一触即発と言わんばかりに怒気が膨らんだ二人に、アズライトは慌てて声を張り上げた。
「話をっ、しましょう! ショウさん、お願いです。話を。シェイラ、は……シェイラは、たぶんですけどっ、母の名前です」
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