第17話 挑まなければ勝ちはない。

「これはどうしようもない。鬼はさっきまでの覇気が無くなり震えるばかりだ。これでは賭けにもならないぞ。」

 ミスター・Mの実況に観覧席からも同情の声が響く。

 それは試合場にいるカズマには届かないものだが、それでもカズマには伝わった。


「あればかりには勝てない。」


 そうだ。

 カズマはそう言われた気がしている。

 下町の皆から。

 観客席の観戦者から。

 実況のミスター・Mから。

 そしてほかならぬ自分自身から。


「戦ったところで無駄だ。」


「今日はもう終わったな。」


「いやいや、一方的な蹂躙劇が見られるって。」


 そんな言葉がカズマの頭の中にこだまする。


「ハハハ、――――分かっているよ、そんなこと。」


 うなだれるカズマは勝てるはずのない戦いに挑むのが好きだ。

 強いやつを弱者として倒して、そいつの悔しがる顔を見るのが好きだ。

 相貌失認症で人の表情を読むのが出来ないカズマだが、それだけは分かる。だからこそ、その表情を見るために弱者となって強者に挑んでいるのだ。

 対等の戦いなど屁を食らえ。

 自分は常に弱者の側に立ちたいのだ。


 それでも挑むのが馬鹿らしい戦力差というモノがある。

 それが今だ。

 多分今の自分は悔しい顔をしているだろう。

 もしくは諦めきった無表情になっているだろうか。

 分からない。ただ、今のままでは勝てない相手に挑む気力はないというだけだ。


 カズマはコンソールを出して操作する。

 ゲーム内ではこれでリタイア宣言が行えるのだ。

 ただし、それをするとペナルティーでファイトマネーが減額されることもある。

 勝ち逃げは許されないアーケードゲームだった。

 カズマはそのリタイア宣言を―――――無視して、制限解除を行う。

 カズマは弱者として強者に挑みたかったから自身のポテンシャルに制限をかけていたのだ。

 最初に戦ったサイクロプスが言ったように舐めてかかっていたのだ。

 その制限を解除する。

 自分の持つ最大のポテンシャルでこの強者に挑んでやることをカズマは選んだのだ。


「そうだ、それでいいんだ。」


 カズマの耳にディアナの声が聞こえた。

「ああそうだ。あいつがここで逃げるのを許すはずがない。どんな無様でもいい。あがき挑み傷のひとつも付けてやろうじゃないか。」

 鬼の体が軋む。

 ミキミキミキと筋肉と骨が軋む音が響く。


「これはどうしたことか、鬼の体が軋み血を吹き出しているぞ。何が起きているんだ。」

 ミスター・Mの叫びに解説のミス・Xが答える。

「これは降魔だね。」

「知っているのかミス・X!」

「ごく一部の悪魔憑きが可能とする自身に憑いている悪魔とのリンクを高める行為だ。」

「なるほど、あの鬼はその切り札を隠していたのか。」

「ただ、その行為は寿命を削るとも言われてるけどね。あくまで予測だけど。」

「それだけの覚悟で挑むのか~~~~~~!これは見ものになりそうです。」

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