第48話
店を出ると、蔵王が待っていた。
「収穫はあった?」
「ええ、まあ」
蔵王は葛葉の手にした紙袋を見て微笑んだ。
「それはよかった。でも、どうして虎月堂の店舗に行きたいなんて思ったの?」
覗き込むようにして問われて、葛葉は苦笑した。
「ここに来るまでずっと考えてたの。京都に戻って、私は何をするつもりなんだろうって」
虎月との関係は断つと決めたはずなのに、どうして放っておけなかったのか。
正直なところ、先が見えないままここに来てしまった。
過去は思い出として心の奥底に収め、今は今の人生を生きると決めた。
けれども、事あるごとに虎月堂のことを耳にしては、いつも胸の奥がざわついた。
そのざわめきの大きさに、今回の件でいよいよ耐えられなくなったのかもしれない。
(でも、だからって、部外者の私に何を口だしする権利があるの?)
新幹線の中でも、ずっとそんなことを考えていた。
「そもそも今の虎月堂のことを何も知らない私が、いきなりしゃしゃり出てきていいようなことではない気がして」
「だから、虎月堂の様子を見たかったのかな?」
葛葉はこくりと頷いた。
「それで、どうだった?」
「やっとわかったわ。『虎月堂』は、あなたにとってもそうであるように、私にとっても、とても大好きで大事な場所なんだって。その気持ちは、昔も今も変わらないんだってことが」
どんなに離れていても、やっぱり自分は虎月の人間だった。虎月堂に関わる人々や場所に、慈しみ育ててきてもらって、今の自分がある。
思い出の詰まったこの場所を、今更切り離すことなんて出来ない。
そのことを、今改めて痛感した。
「おばあさまにとっては跡取りでもなく、政略結婚にも使えない。何の役にも立たない孫かもしれない。でも、虎月堂に危機が迫ってるなら、やっぱり部外者ではいられない。自分勝手かもしれないけど、私は私なりに虎月堂に思い入れがあるから。今の私にできることを考えて、それをおばあさまに伝えたいと思ってる」
「そっか」
蔵王はにこりと微笑んでくれた。
「嬉しいよ。それじゃあ、一緒に雅世様を説得しないとね」
葛葉もしっかりと頷きを返した。
とはいえ、雅世を説得するにはあまりにも材料がない。
このままでは、経営難を乗り切るための案に対して、ただ批判をするだけの人間になってしまう。合併に反対するのであれば、それなりに根拠と代替案を作る必要がある。
「どんな要素があれば、おばあさまは納得して、この計画を中止してくれるのかしら」
一連の騒動の発端は、虎月堂の資金繰りだ。けれども、資金が確保できれば何とかなるという、単純な問題ではない気もする。経営計画に限界が来ているのだとすれば、一時的に難をしのいだところで、いずれまた破綻してしまうだろう。
(急場をしのいだとしても、その時こそ、龍木に乗っ取られてしまうかもしれない)
雅世の思惑をまず知るところから始める必要があるが、素直に教えてくれるわけもない。
葛葉がまだ幼い頃は、跡継ぎとして勉強するために、雅世と行動を共にすることも多かった。常に厳しかった雅世に応えようと、必死になっていたこともあった。
けれども、正樹が跡取りになってからは、雅世はそちらの教育に力を入れるようになり、葛葉とは言葉を交わすことも必要最低限になっていった。
二十年ほど同じ屋根の下で暮らしていたとはいえ、こんな希薄な関係性では、雅世が何を考えているのかなど分かりようもない。
その証拠に、さっき店員が語ってくれたエピソードですら、葛葉は初耳だったのだ。
葛葉は大きなため息をついた。
「説得するためには、まずはおばあさまが何を考えているのか理解しないと。でも私、おばあさまのことを何も知らないのね」
「まあ、雅世様も多くを語る方ではないからね」
わずかに目を伏せた蔵王は、何かを思いついたかのように顔を上げた。
「それはそうと、そろそろお昼にしようか。近くに知り合いの店があるんだけど、そことかどう?」
にこりと表情を一変させた蔵王に促されるように、きゅるると葛葉の胃の腑が声を上げた。そういえば、今朝はどうにも気持ちが落ち着かず、食欲がわかなくて朝食もとっていなかった。
腹が減っては、戦は出来ぬ。お腹が空いていて、きっと思考もまとまらないのだろう。
「いいわね。是非行きましょう」
蔵王に連れられて、場所を変えることにした。
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