第42話
会議を終わらせ、デスクに戻って作業をしていると、あっという間に昼になった。
蔵王に誘われたけれども、外に出る時間は惜しい。結果、今日のお昼は社内食堂でとることにした。
「何とか期日までにはウェブページも公開できそうだね」
「そうね。まあ、ウェブページについては閲覧数を上げるためにも定期的な更新が重要だから、スタートしてからも気は抜けないんだけどね」
「確かにね。僕はスタートするまでの仕事メインっていう感じだけど、何か問題とか困った事があれば、遠慮なく相談して」
「ありがとう。心強いわ」
そんな会話を交わしながら歩いていると、
「お疲れ様です」
背後からかかった声に、二人して立ち止まった。
鈴の音のように澄んだ、それでいて、どこか鋭利な刃物のような冷たさも感じる、その声の主は――
「……後藤、稟」
これまで、社内の受付で幾度か事務的な会話を交わしたことはあった。
けれど、先日のお見合いの前に自宅に釣書を持ってきた時、初めて彼女の本来の姿を見た。
以来、「雅世の手下」「お目付け役」として、警戒せざるをえなかった。しかし、
「そう、警戒なさらなくて大丈夫ですよ。もう、何もするつもりはありませんから」
稟の方からそう言われてしまい、思わず「え?」と、首を傾げてしまった。
目を白黒させている葛葉に、稟は口元だけふっと笑みを浮かべた。
「この度東京での任務を終了し、京都に帰ることになりました。そのご挨拶にと」
「それは、雅世様からの『僕の御目付役』としての仕事が終わった、ということなのかな?」
蔵王が探るような口調で言うと、稟は首を縦にも横にも振ることなく、「そう思っていただいて構いません」とだけ答えた。
「おばあさまはもう、私達には特に干渉しないってこと?」
「私はあくまで指示に従っているだけですので、雅世様の真意については計りかねます。ですが、その可能性は大きいのではないかと」
葛葉は訝しげに眉をひそめた。
(急にどうしたっていうの?)
蔵王や稟を派遣してきたことから始まり、電話攻撃、急な見合いセッティングと、これまで様々な強硬手段をとってきた。その雅世が、突然ここにきて本当に手を引くのだろうか。
「納得できなくて当然だと思います」
葛葉の表情を読んだのか、稟が淡々と言った。
「ですが、私の東京での役目が終わったことは事実です。これまで、お二人の間に何かと介入し、失礼いたしました」
頭を下げた稟は、手にしていた紙袋を差し出した。
「お詫びの品になるかはわかりませんが、今朝、京都で買ってきた、和久傳の鯛ちらし弁当です」
「えっ!? 鯛ちらし!?」
葛葉は思わず声を上げてしまった。
和久傳といえば、京都の街中にある老舗料亭の一つだ。
鍋や菓子といったおもたせをたくさん販売もしているが、鯛ちらしなどの弁当は、賞味期限的にもお取り寄せできるものではない。
そして和久傳の鯛ちらしは、まろやかな醤油味のご飯の上に乗った適度な酸味の鯛が絶妙なバランスで、過去に京都の弁当特集のために取材で食べた際に、とても美味であったことを覚えている。
緊迫した場面だというのに心弾んでしまう自分に、葛葉は内心呆れながらも、「お昼ご飯としていただくわね」とありがたく受け取った。
「それでは、これにて失礼します」
稟は深々と一礼し、踵を返して去っていこうとした。しかし、
「ちょっと待って」
それを制止したのは蔵王だった。
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