第5章 幼なじみの異変
第21話
十二月に入り、秋が駆け去ろうとしていた。
肌寒い日が増えて来たけれども、今日は秋晴れともいえる爽やかな天気で、空気が美味しい。
落ち葉の絨毯が敷かれ、秋色に染まった街路樹の間を、涼やかな風が吹き抜けていく
そんな中、外勤の帰りに良い雰囲気のカフェを見つけた。
会社まで間も無くな距離なこともあり、いっそ編集部まで帰って食事をすることも考えた。
(でも、今日はお弁当も持ってきてないし、まだお昼ご飯も買ってないし……こんな日に外を堪能しないのももったいない気がするわね)
入店するとアンティーク調の家具が配置された、グリーンに溢れたナチュラル感たっぷりな空間だった。
屋外と屋内、どちらの席にするか選べるという。せっかくなのでオープンテラスを選んだ。
抜けるような空の開放感が、この季節には気持ちよい。
運ばれてきたポットの中の紅茶から漂う深みのある栗の香りに、ほっこりとした気分になった。
ランチは鮭とキノコのクリームパスタを頼み、デザートにはザッハトルテを付ける。栗の香りの紅茶とチョコレートはきっと相性がいいはずだ。
そんなことを考えながら料理を心待ちにしていると、なんとなく視線を感じて、ふとそちらを見た。
すると、車道を挟んだ向かい側の歩道に蔵王が立っていて、じっとこちらを見ていた。
目が合った瞬間、蔵王は相好を崩して、車道を渡ってから「やあ」と手を上げてこちらに近づいてきた。
「奇遇だね。葛葉ちゃんもここでご飯?」
「たまたま外回りからの帰りに見つけたのよ」
そっけなく返すと、蔵王は「へえ」と大して返事を期待した様子もない。そのまま、店員に「この席いいかな?」と勝手に許可を取っている。
「ちょ、ちょっと! 私は許可してないんですけど?」
顔を引きつらせるが、蔵王は意に介さず笑顔のまま、葛葉の目の前に座ってしまった。
そのまま店員がオーダーを取りに来てしまい、葛葉も笑顔で応対せざるをえなかった。
「……あのね、蔵王。確かにたまに夕飯を一緒にすることは了解したけど、お昼……しかも会社近辺でのご飯までOKしたわけじゃないのよ?」
先日倒れ、偶発的に蔵王の部屋に行ったことをきっかけに、よく蔵王とは互いの部屋を行き来する間柄になっていた。
決して互いに下心があるわけではなく、あくまで幼馴染として、夕飯のあまり物を持って行ったり、時に一緒に食べたり。自宅のことで何かトラブルが起きた時に、手伝ってもらったことも何度かあった。
気が付けば、まるで小さい頃のように、葛葉にとって蔵王は心許せる相手になっていた。
でも、それとこれとは話が別だ。
「会社の人に見られて、二人で出かける関係なんて思われたらどうするのよ」
少し顔を寄せて、そう愚痴る。
「まあまあ、そう言わずに。僕ももうここに来てしばらくになるし、今度の企画の打ち合わせだって言えば、特に誰にも何も言われないんじゃない? 実際、この間仕上がったデザインについての意見も聞きたいし」
にっこりと微笑まれて、葛葉は言葉に詰まった。
蔵王は紫陽社全体のウェブページを手掛けている。それぞれの部門のニーズを聞きながらページを作成していくことが、彼の仕事だ。
そして、雑誌『大人の暮らし手帖』の中でも、葛葉が担当している旅行部門のページが、年末の冬季休業に合わせてピックアップされる予定なのだ。
確かに、部門のチームリーダーを任されている葛葉とウェブ担当の蔵王が打ち合わせをしていても、誰も不審に思わないだろう。
(まあ、いつまでも変に距離を取り続けるのも、逆に勘繰られそうだし)
葛葉は一つため息をついて、作り笑顔を蔵王に向けた。
「そうね。それじゃあ、仕事の関係らしく、ビジネスライクに行きましょうね。郁島さん」
「うわあ。なんだかすごく距離がある話し方だね」
「仕事での関りなら普通でしょう。特に、あなたは外部の人なんだから」
蔵王はそれにくすりと笑って、「まあね」と肩をすくめた。
すると、そこに新たな声がかかった。
「あれ? 葛葉じゃない。ここでご飯とか珍しいね。おまけに郁島さんも一緒とか、どういう組み合わせ?」
ふと目をやると、同じくランチに出ていたのだろう。香織と憲太の姿があった。
一瞬「げっ」という顔をしそうになった葛葉よりも先に、蔵王がにこやかな笑顔をそちらに向けた。
「たまたま入ったここで彼女を見かけてね。打ち合わせもかねて、せっかくだからご一緒させてもらったんだ」
「なんだ。随分いい雰囲気だったから、もしかして付き合ってるのかって思っちゃった」
葛葉は思わずひっくり返った声を上げそうになった。けれども、
「つ、付き合ってるんすか!?」
憲太の方が先に目を見開いて大きな声をあげた。
「バカ小西。冗談よ。郁島さんが打ち合わせだって言ってるでしょう」
香織が憲太を小突く。憲太は「あ、そうか。打ち合わせかあ」とどことなくほっとした様子だった。
「打ち合わせなら、せっかくだし、私たちも一緒していい?」
香織や憲太は旅行部門で、同じチームだ。断る理由がない。
「ええ。香織たちも一緒にお話ししてくれると心強いわ」
言い出した蔵王は言わずもがな、葛葉も笑顔で頷いた。
四人で丸テーブルを囲むと、若干手狭にはなる。秋の穏やかな空気を楽しもうというそもそもの思惑からは、程遠くなってしまった。
(でもまあ、こういうのもいいわよね)
葛葉はくすりと小さく微笑んだ。
すると妙な視線を感じて、慌ててそちらの方を向くと、香織と目が合った。
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