堕天じゃない、ただの落下。それとも

この世界の意味と無意味

　天使ってどうやって地上にやってくると思ってた？空から羽根を使って舞い降りる？全然違う。知らない間に部屋に居た？そんなおいしいシチュエーションじゃない。実はいつの間にかこの生者の世界に居た？かもしれないけどこの場合は違う。本当に落下してきてラッキースケベついでに俺が受け止める？ラッキースケベして俺が受け止める以外はその通りだ、災難なことに。

　まさか上空から降ってくるとは思わなかったし頭から落ちてくるなよ、背中の羽根はなんなんだ。どんな生命体でどんな高さでも頭から落ちれば即死だ。というか上空から降ってきたってことはすでにその時点でショック死なり酸欠が死因だったりしてるよな。ところで天使って生命体なんだな。

　服越しにふっくらしてる胸を見るに女性なんだが、もしかしたら俺の想像はちっぽけなもので顔は男なのかも。確かめる手段はないが。

　その顔は確認できない程に砕けており血と骨や肌に歯がそこらじゅうに散らばってる。奇跡的なことに野菜が畑で埋まってるかのように頭から下は逆さに直立してる。ピクピクと羽ばたこうとしてるように動いている背中の羽根がキモさを相乗している。

　ただでさえ身体の一部が形容したくないほどに砕けているのにこういう生々しいところが俺に更なるゲロを吐かせる。自分のゲロでも貰いゲロをする始末。

　なんでこういう時に周りには誰もいない。吐くものを全て吐き終えた俺はとっとと救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出すが、ちょっとした、いやちょっとどころじゃない興味が吐瀉物の源を含んでいる場所から湧いてきた。女体の神秘に耽るのもありだけど、見損なうなよ。死者に敬意を払う最低限のモラルはある。そもそもの問題、なんで羽根の生えてる女性が空から降ってきた？

　俺は自分が今居るこの片田舎に両足突っ込んでるこの町の公園に誰も居ないかを周囲を確認する。そんな片手間しなくても周りには耳の悪いか自分の視界に写ってることにしか興味ない老婆が一人ベンチに座っているだけだ。

　俺は早速この天使を仰向けにし、首から上は見ないように服にポケットかなにかあるか服をまさぐる。下心は半分ない。

　人智の及ばないこの存在にはポケットなんて前時代的な物は付けないそうだ。じゃあ調査は終わり。知らんぷりしてここから逃げよう。足を立たせていたがそういえば天使って頭の上に輪っかが付いているよな？そんなテンプレート通りだったら人智の及ばないとはならないだろ。でもあそこのブランコの下に落ちているじゃないか。

　早速その輪っかを拝借して天使の死体の下へ戻りながら振り回したり輪っかの内側を軸にして指先でクルクル回すだのとまるでペンを暇つぶしにいじるかのみたいに。

　輪っかを死体の四肢、粉々になった頭部の上、中身丸見えの首にかざすと頭が生えてくるんじゃないかと色々試したがなにも効果なし。

　死体になにやってもなにも意味がないとかそれでも天使か。なんのための天の使いだ、笑わせるな。それとも俺が頭に飾したら超能力を授かるのかと試したがやっぱり効果なし。仕方ないので死体の腕にこの輪っかを抱かせながら安らかに眠るよう申し訳程度に手を合わせた。

　この世界のあらゆる事象には色々意味があるのかと思っていたが何かが起きてもなにもないか案外無意味なことが起こることが多い。最悪のウイルスが世界にばら撒かれても世界は車の事故のように止まるがそのあとは全身を使ってその車を押すように世界は続いていく。その事故の後に愚痴を吐くだのこれはなにかの間違いって責任を押し付ける。

　誰かが世界を救うために犠牲になってもこの世界は知られずに進んでいく。誰が救うために犠牲になったなんか受動的なうちじゃ知らないことも知らない。よほど能動的じゃないと、その犠牲を無駄にしないだなんて思うことはない。

　一人が生活の中で苦しんでいても受動的に誰かがその人の人生を変えてくれるわけでもなくただ生活は続いていく。自分から進まない限り。

　転校生が現れても自分に一目惚れするかなんて何億分の一かの確率なだけでそうじゃなければただのクラスメイトか良くて友人として終わる。

　あらゆる性が受け入れられる時代になっても続けて行動を起こさない限りは古い価値観の人間はクソ野郎のまま生きていく。

　人生の中での一つの事件が自分の人生を変えてくれるわけじゃない。天使の死体が降ってきてもこれからどんな事件かに絶対巻き込まれるわけでもなく俺の人生は続いていく。せいぜい妄言めいたこの事件があったんだと他の人に伝えたり自慢するだけか。

　この奇怪な事件は忘れることはなくてもたぶん無意味に終わる。

　でもそれでいいんだ。そういうのがこの世界の意味だから。無意味が散らばってる世界なんだから。それでも俺は今日まで起きたこと、これから起きること、知られずに起きたことを無駄にして生きたくはない。意味があって欲しいからこの世界に対して能動的でありたい。意味を持って生きたいんだ