番外・同人誌即売会イベントデート(1)
※
その会場の広いホール内には、ズラっと交互に並んだ長テーブルの列がある。
テーブルの上には、綺麗にディスプレイ(飾り付け)され、中央に平積みされた同人誌の数々。
キャラや漫画タイトルのノボリを配置して目立たせて、売る気満々で張り切って賑やかなブースもある。
そしてテーブルには、大小さまざまな同人誌と、それ以外にも、レターセットやシール、缶バッチ等々、種々様々なキャラクター商品を置いている所もある。
逆に、そういうのは全くせず、ただ売る本のみを簡素に配置し、我関せずとずっとスマホをいじっている、売る気なんてまるでないっぽく見える売り子さんのいる所もあったりする。
その、売り場となる長テーブルの間の通路を、楽しそうな顔をして行き交う大勢の色とりどりな女の子達。中には、お気に入りのキャラのコスプレをして、満面の笑顔を浮かべている子達がブースを覗き込みながら賑やかに歩いている。
「ふわぁぁ……」
私は、感動に打ち震えながらその、絶対自分は来る事ないだろうなぁ、と長年思っていた光景を前に、棒立ちで眺めているしかなかった。
そう!ここは、私も撮影許可のあるイベントでの動画等で、羨望と憧憬のまなこでヨダレを流しながら(嘘嘘w)見た事のある、『同人誌即売会』のイベント会場なのだ!
ちなみに、このイベントは数年前、大人気で連載がめでたく完結し、その後もTVアニメ、映画、実写ドラマ、そしてミュージカル等で今でも大人気な少年漫画『自転車・王子(バイ・プリ)』(バイシクル・プリンセスの略)のオンリー・イベントだ!しかも完全女子限定イベント!サークルも一般参加もスタッフさんまで女子のみ!
(バイ・プリの略称は、響きがちょっと卑猥だと、腐った女子に密かに喜ばれている……)
※オンリーイベントとは、アニメ、漫画など、様々な同人誌を取り扱うのが普通の同人誌即売会だが、その中で人気のあるジャンル、もしくはタイトルのみの同人誌サークルだけでのみのイベントがある。それが、オンリーイベントと言われる即売会だ。
この漫画、アニメは好きだけど、他のものには何の興味もない、なんて無駄が嫌いな人には好都合で嬉しいイベントだろう。
(実際に売られている同人誌は、複数のジャンルを描いているサークルもあるので、前の売れ残りの在庫も一緒に持ってきていて、それらを一緒に売っているサークルもあるが、基本、イベントの主旨の同人誌があるのなら、それ以外は絶対禁止、なんてそこまでうるさい事は言われないのが普通だ。余程の大手売れっ子サークルでもなければ、どこでも多少は在庫を抱え、少しでも売れる機会を逃したくないサークルばかりだから)
私、黒川沙理砂は、自分の厄介な症状の為に、直接イベントにおもむき、気軽に同人誌を買いに行ったりは出来ないので、今まではずっとネット・ショップで同人誌を取り扱っている所で、お気に入りのジャンルの評判のいい同人誌をほそぼそと買っているだけだった。
同人誌は、基本は素人(しろうと)のファンが自費出版で出す本なので、普通の漫画に比べたら、ページ数が圧倒的に少ない割に、それなりなお値段で販売している(だから薄い本と呼称される。違う意味もあるけれど……)。それらに、通販で間にお店を挟むと、余分な仲介料を取られるので、更に値段は上がるのです。
だから、お小遣いの少ない女子は、バイト頑張ったり、お年玉貯金を内緒で崩したりして同人誌を頑張って買うのですが、当然少しでも安く済ませたいから、直接イベントに参加して買いに行った方がいいのはモチノロン。
それに、イベント会場限定の本やグッズを出すサークルもあり、それがお目当ての人もいる。
他にも、会場内では人気のアニメや漫画のコスプレをするのが許可されている事が通常で、同人誌の即売会というのは、ファンのお祭り的なイベントとして楽しまれていて、現地に行って参加し、ただ本を買うだけでなく、同じファン同士の、それと読み手と描き手との交流が実現出来る、めったにないお祭り騒ぎを楽しむ、もしかしたら日本特有のイベント?なのかもしれない。(他の国だと版権がうるさいから?)
今日のイベントの『バイ・プリ』は、大人気の少年誌で連載していた、自転車競技の部活の漫画で、当然内容は熱血スポーツ物。登場人物は部活の少年達がメインで、ライバル役の他校の少年達との大会で競い合い、敵対、和解なんかもある青春ドラマで王道の熱い物語でした。
女子の登場人物は、可愛いマネージャー役が数人出ていて、登場人物と恋人同士だったりする子もいますが、そんなのは女性ファンは当然ハナからガン無視です。
こういう原作物の同人誌は、本筋の内容を重視して、本当にその物語のファンのパロディ漫画として描かれる物もありますが、大部分がやおい……、登場人物の少年同士の熱く行き過ぎた、“友情”を描かれた物が多いのが実情ナノデス。
私も、まぁ、そんなに腐っているとは思いませんが、普通にそういう同人誌も読んでいますし、流行りの人気漫画やアニメの勝手なカップリングを考えたりもします。男x男も、女x女でも。時代は差別を排除するジェンダーですから(笑)。
「なるほど。荷物を置くスペースが広くて、通路に列が出来ても並ばせやすい端の場所が大手の“壁サークル”で、中の方は“島”と」
私の隣で感心した風の、でもいつも少し違った可愛い響きの声がする。
「ぜんく……ちゃん、同人誌即売会は初めてだって言ってたよね。どうしてそんな専門用語を?」
「いや、一応ネットで大体の事、下調べしましたから。僕から誘ったんですし」
「……デスヨネー」
私が、なんとなく棒読みな相槌で隣をそっと様子見する。
そこには私と同じ、このイベントの参加サークルの一覧の載った、参加料を兼ねたカタログを持つ、薄い水色の各所にフリルのついたブラウスに、少し沈んだ暗い感じの赤のキュロットスカートをはいた、一見普通の女の子がいる。
いつもと違い、焦げ茶色した綺麗な髪。肩より下まであるセミロングのウィッグを被り、目元をメカクレって言うんだったけかな。前髪で目が完全に隠れて見えない、実際そんな髪形だと前が見えないし、髪が目に刺さるでしょ、っとツッコミを入れたくなる様な髪形に、端にリボンのついた黒のカチュ-シャをした女の子。
“全”ちゃんだった……。
つづく!
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