第28話 ある中学生の思い出



  ※(ある少年視点)



 ボクは、中学生になってすぐにイジメられるようになった。


 理由は簡単だ。


 ボクが、背が低くてメガネでデブで気弱で陰気なアニオタ、だからだ。


 それらのどれかが一つでも、アイツらの気に食わない琴線に触れたのだろう。


 休み時間毎に小突かれ叩かれ蹴られ、給食の終わってからの昼休みには呼び出され、プロレスの練習だのなんだのと意味の分からない理由をつけてボクをイジメるのだ。部活もないのに放課後の居残りは必須だ。


 暇なのか何なのか、何が面白いのかはボクには全然わからないのだけど、とにかくアイツらは、ボクを目にするとすぐに何かしらちょっかいをかけてくる。


 そういう状況になってしまうと、周囲の普通のクラスメイトまでもがボクを避けるようになっていた。


 巻き込まれたくないのだろう。その気持ちはボクにも分かる。でもあんまりだ。


 一度だけ、正義感の強い、クラス委員をしている女子が、見るに見かねたのか担任の先生を呼んできてボクの事を報告したらしいのだが、アイツらは、「僕たち、単に仲良くじゃれあっていただけですから~」、などと適当なごまかしを言い、ボクにもそれに同意しろとわき腹を小突き強制してくる。


 小さく無言で頷くしかなかった。(後ですっごく後悔した……)


 先生は、イジメと誤解されるような派手な真似はするなよ、と形式上だけの注意をアイツらにして、足早に去って行った。


 先生すらも、こういう生徒同士のややこしく難しいいさかいに頭を突っ込みたくないのだろうかとボクは邪推した。


 その、せっかく先生を呼んでくれたクラス委員の女子は、そのすぐ後アイツらに囲まれ、手は出されなかった様だが何か酷い脅し文句でも言われたらしく、青い顔をしてその場を涙目で逃げ出し、二度と同じような事をしてはくれなかった。


 きっと凄く勇気を出してやってくれただろうに、ボクはそのせっかくの善意をほんの少しも生かす事が出来なかったのだ……。



 ボクはもう、学校に行く事自体が嫌で嫌でしょうがなくなってしまい、登校前は決まって胃がキリキリ痛くなった。


 多分ボクはその時、親に相談するか、それとも担任の先生に自分からイジメの現状を訴え、なんとかやめさせてくれと泣きつくべきだったのだろう。


 だけどボクはまだ、自分が思っているほど頭がよくなく、機転もきかないので、その時どうしたら一番いいのか、何が最良の手段なのかその判断がつかずに、ただただオロオロと現状に流されるだけの、中学生の詰襟が似合わない、小学校を卒業したばかりの子供に過ぎなかったのだ。


 だから、その地獄はそれからもそのまま永遠に続くのかと思われた。


 死にたい、生きていたくない、と何度か思った。


 でも、その行為自体も恐ろしいし、その結果両親がどんな想いをするのかを思うととてもではないが、そんな真似は出来なかった。


 でもそれは、突如として終わりの時を迎えた。


 いつものように、放課後の人気のなくなった教室でボクはいつものようにアイツらにイジメられていたその時、突然一人の男の子が教室の引き戸を大きな音をたてて開けて入ってきた。


 確かその子は、隣のクラスの、多分列の一番先頭に立つ、ボクよりも背の低い男の子だった。ボクより低い子は、そうはいないのでよく覚えている。


 何故か暗い目をして、いつも静かに周囲を威圧している、そんな感じの子だった。隣のクラスには小学生の時に仲の良かった友達がいて色々と教えてくれた。


 誰とも話さず仲良くならず、いつも一人で黙々と行動していると。


 それは別に、クラスで村八分にされているとか、ボクみたいな状況になっているとかではなく、好きに一人でいるらしく、群れを好まない孤高の狼王みたいだ、と動物記にハマっていた友達は言っていた。


 その彼が、何故か目つきの悪い獣の様に、ボクらを睨みつけていた。


 アイツらは、教室に入って来たのが先生のような、自分達の邪魔になる存在ではなく、背の低いチビの同級生であると分かるとホっとしたらしく、明らかにここで何が起こっているのか分かっている筈なのに逃げもせず、自分達を生意気にも睨んでいる小さな存在に怒りを覚えたらしい。


 ボクから矛先をそらし、新たな獲物が迷い込んで来たとでも思ったのだろう。


 全員でその子を囲み、恐らくボクにしている以上の乱暴をしようとした。自分達の方が、哀れな“獲物”であるとも知らず……。


 それは、あっという間の出来事だった。


 人に殴られる鈍い音が何発も続けざまに響き、彼を囲んだアイツらが面白いほど見事な感じに吹き飛ばされて来た。


 すぐそばの教室の壁に叩きつけられた奴、教室の中の方に机をなぎ倒しながら吹き飛ばされた奴、ボクの方まで飛ばされて来た奴。彼を囲んでいた位置からそのまま放射線状に吹き飛ばされたのだ。


 彼がその手を嘗低で突き出し、何か空手か拳法なのボクには分からない構えのまま、微動だにせずその場に立っていたので、察しの悪いボクにもようやく、彼が殴るか蹴るかして、アイツらをいとも簡単に吹き飛ばしたのだと理解出来た。


 まるで、アニメか漫画の中の格闘シーンの様に。常識的には信じられない様な光景だった。


 アイツらは五人もいて、どいつもこいつも背が高く体格も良く体重もある、中学生離れしたイキった不良どもだったのだ。


 それが五人が五人とも、一瞬で殴り倒されてしまったみたいなのだ。


 ボクが余りの事にポカンと口を開けてほうけていると、彼はボクの近くに飛ばされて来た一人以外の四人を片手で軽々とボクの方に放り投げ、五人を一塊の山にまとめた。


「……どいつか殴ってやりたい奴、いるか?」


 とボクに氷のように冷たい冷めた視線を投げかけて言う。


「え?え?」


 ボクは、自分が話しかけられた事にもビックリしたのだけど、その内容の意外さにも驚いてどもってしまった。


 どうやら彼は、この機会に殴りたい程に恨みのある奴には殴れば?と問いかけているらしいのだ。


 勿論、ボクはその五人全員を殴りたい、殺したい程に恨んでいたし、その光景を想像した事なんていくらでもあるし、実際夢にまで見た事もある。


 でもボクは、現実に今それをしてもいいと言われると、コイツらを自分の手を痛めてまで殴りたいと思う気が、不思議と綺麗になくなっていた。


 彼が、ものの見事にボクになり替わってそれをしてくれたからかもしれない。


「……あ、う、うん。殴りたくはあったんだけど、もういいや。ボクが殴るよりもよっぽど痛い目にあったみたいだし」


 ボクは苦笑して、その時の正直な気持ちを彼に伝えた。


 彼はフーン、とつまらなそうに頷くと、


「ま、それはそれとして、こういう輩(やから)は自分で死ぬほど苦しい思いをしないと懲りない生き物だから、駄目押しするけどね」


 と、気絶してノビている五人一人一人の腹に、数発、ボクにはその拳が見えない様なスピードでボディーブローを、いかにも手慣れた所作でかましていた。


 その動作には何の迷いも躊躇もなく、ただ機械的に作業を済ませている感がありありと感じられた。


 これは、後から聞いた話なのだけど、彼はこれと同じように、この中学で行われているイジメの現場に颯爽と現れ、それが同学年でも上級生でも、男で女でも関係なく、その全員をことごとくぶちのめしていると言うのだ。


 それは、いつしか“イジメ狩り”とまで呼ばれ、この学校に密かに蔓延していたイジメをたった一人、力づくで根絶してしまった学園伝説となるお話だ。


「……これで、二、三日はまともに食事も喉を通らないだろう」


 一連の作業を済ますと、恐ろしい一言をサラリとのたまう。


「あ、あの!遅くなったけど、助けてくれてありがとう!」


 ボクはやっと自分がするべき事に気づき、ボクの一生の(大袈裟かもしれないけど、ボクにはそれ位重要な事だった)恩人に深々と頭を下げてお礼を言った。


 でも彼は、ボクの言葉を聞き、顔をしかめて心外な事を言われたみたいに嫌ぁ~な表情をする。


「……僕のこの行為は、単に自分の個人的な憂さ晴らしの為にやってるだけだから、お礼なんて言う必要ないよ」


 プイと顔をそらし言う台詞(セリフ)は、別に照れ隠しでも何でもなく、単なる事実らしいのが彼のその淡々とした声色から伺えた。


 それでもボクが凄く助かったのに変わりはない。あの助けてくれようとしたクラス委員の子にも、こんな風に素直にお礼が言えていたら……。


「……それでも本当にありがとう。ボク、ずっとイジメられてたから、凄く助かったんだ……」


 後半、涙が出そうになったのを何とかギリギリでこらえた。


「……ま、ともかく僕はもう帰るよ。じゃあね」


「え?あ、うん。僕も一緒に帰る……、あ、コイツら、このままにしておいて大丈夫かな?」


「……大丈夫だろ。歩いて家に帰れるぐらいの余力はあるさ。何があったか問い詰められても、イジメしようとした“ドチビ”に返り討ちにあいました、なんて恥ずかしい事は言えないだろ」


 彼は首筋の詰襟が気になるのか、何度か指でその位置を調整しながら言う。


 ボクも、慣れない詰襟で首元がやたら気になるから分かる。特に、親が勝手に成長を見越して少し大きめの制服を注文したせいなんだ。彼の物も同様らしい。


「あ、キミ、その、隣のクラスの子だよね。良ければ名前を教えてくれないかな。


 ボクは“尾田 六五郎”だよ」


「六なんだか五なんだか……」


 彼は小声でボクの名前の感想らしき言葉を口にすると、仕方なさそうに言う。


「“神無月 全”……」


 言うだけ言って、さっさと歩みを進め、昇降口に向かう。


 その顔が少しだけテレ臭そうに見えたのは、ボクの気のせいだろうか?


(なんだか、本当に狼王ロボみたいだな……)


 ボクは急いで彼に並び、一緒に帰る事をアピールした。


 強く、誇り高く、決して人間には慣れず屈せず、最愛の伴侶ブランカの為に罠を顧みずに命がけの行動をした、孤高の狼王。


 そんな賢狼に、彼はなんとなく似ている雰囲気がする。


 でも、多分彼はまだ、最愛の伴侶(ブランカ)には出会っていない様だ。ボク達はまだまだ子供だし、それは仕方のない事だけど。


 ……ボクはフと、いつか彼の前に、そんな女の子が現れたりするのかなぁ、と興味本位に思うのだった……。














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イジメ、いくない!

まあ、自分も多少、似た様な目にあった事がありますので、こんなヒーロー欲しかった……

ぐっすんおよよ

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