第27話 新しい朝を迎えた日



 ※(沙理砂視点)



 今朝は、いつもよりも三十分以上早くやって来た誌愛に叩き起こされ、私は眠気の残る頭で誌愛の話を聞いた。


「……うぅ~~ん、つまりやっぱり、ぜん君はお母さんの言う通りに、昔に会って遊んだ事のある子だったんだ……」


「そうだよ~」


 何故か私が起きて出たベッドの寝床にくるまり、誌愛は満足気に呟く。


「なんで私を起こしてあんたが寝てるのよ!」


「さりーのヌクモリと匂い付きの寝床が私を誘うから~」


「二度寝の誘惑に負けてるだけでしょ!制服、シワになるわよ!」


 私はせっかく早く起きたから、シャワーを浴びに行って頭をはっきりさせる。


(“レンにぃ”、ねぇ……。なんでちゃんと名前言わなかったんだろう……)


 その呼び方を聞いても、私の記憶には、残念ながらまるで手応えがない。


 “あの時”より前の記憶は、幼馴染達との記憶も朧げで、ずっと仲良く遊んでいた、という事はなんとなく覚えているけれど、その時の細かな記憶、何をどうして何処で遊んでいたか、などは思いだせなくなっている。


 幼い頃の事だし、ある程度仕方のない事だけど、物悲しい気分になってしまう。全君と出会って遊んだ時の記憶自体だって、幼馴染達とも共有出来る楽しい思い出の筈なのになぁ……。


 お風呂場から出て身体を拭いた後、髪の水気は軽くタオルでふき取るだけに留めて、下着は新しいのに変え、寝間着をもう一度着て部屋に戻る。制服は自室にあるから。


 部屋には、ドライヤーの準備をして満面の笑顔を浮かべた誌愛がいた。


「さぁ~、髪をちゃんと乾かしましょうね~」


 昔、一緒に住んでから、私の身の回りの細かな事は誌愛がやってくれる様になった。私も同じようにやるのでお互い様の日常だった。


 今日は私だけシャワーを浴びて来たので、誌愛の方の分をやる必要がない。


 誌愛はご機嫌で鼻歌を歌いながら、私の髪にドライヤーの温風を当てながら髪をとかし、乾かしてくれる。


 誌愛は私の黒髪が、艶が合って綺麗で好きだと言ってくれるけど、彼女の銀髪の方がよほど綺麗で繊細で、思わず溜息が出るくらいだ。


 瀬里亜は髪が肩口ぐらいまででそれ程長くはしない。なので乾かし合いはすぐに済む。本人はそれが不満のようだったが、そもそも面倒くさがりなので髪を伸ばさない彼女のせいだ。


 瀬里亜も、私が誌愛のお屋敷にお世話になっていた時に、頻繁に泊まりに来てくれて、私を気遣ってくれた。


 誌愛がお姉さんとすると、私が次女で、瀬里亜が末っ子な感じだ。


 私達はそうして、ずっと仲良くやって来た。


 でも、私も変わる時が来たのかもしれない。


「しあちゃんも、朝食、軽く食べていく?」


「はい~!」


 お母さんの問いに、すでに食事済みな筈なのに母からご飯を受け取る誌愛は健啖家、つまり大食いだ。それなのに太らない。全部、胸の脂肪にいっているのかもしれない……。


 お父さんは、元々早めに出る人で、出勤にかかる時間が長いせいもあって、私達より少し早く家を出る。


 朝、顔を合わせる事はめったにない。


 私は小食なので、ご飯半分にお味噌汁とお漬物ぐらいで充分。なのにお母さんは、アジの干物とか焼いている。


「……しあ、アジ、半分食べて」


「喜んで~」


 どこかの居酒屋の決め台詞みたいな返事をして、誌愛は私のオカズを半分受け持ってくれる。


「さりさちゃん、朝からちゃんと食べないと、元気でないわよ?」


「……喉を通らないんだから、無理に作らなくていいんだってば……」


 私の為を思って言ってくれているのは分かるけど、それで大食いになれる訳でもないし、食べれば胸が大きくなる訳でもない。


 私は食事をしながら、誌愛が今朝話してくれた、全君の話を脳内で再確認する。


 誌愛が究極的に言いたかった事は、全君の“両親の事”。それは、彼にとって地雷級の禁忌(タブー)であり、普段は触れずに、彼が打ち明けてくれる事を絶対に待つ事、なのだそうだ。


 誌愛曰はく、全君が中学時代に荒れた話の原因は、ほぼ百%、その事に起因する話の筈なだという。


 出会いの過去を思いだしていない私としては、全君の両親の話には踏み込まず、彼が打ち明けてくれる様になるのを、ただ息をひそめて静かに待つのが良策なのだそうだ。


 誌愛は基本賢い。私の為に間違った助言などした事がない。


 だから私も、彼女を全面的に信頼しているけれど、それと自分の好奇心とは別だ。


 全君にも、私に男嫌いのトラウマになったような、辛い過去の様な物があったのだろうか?なにかご両親との間に問題が?


 正直、とても気になるけれど、誌愛の助言を無駄にしたりはしない。大人しく従うまでだ。


 ……それにしても、誌愛は大食いだ。


 それにどれだけ食べても太らない。胃にブラック・ホールでもあるのだろうか?


 その栄養は何処に……やっぱり、その無駄に大きな胸に行くのだろうか?なら、やっぱり私はもっと食べなきゃ駄目なんだろうか……。


 お菓子とかスィーツなら多少は食べられるのだけど、そういうのばっかり食べてると、お母さんや誌愛に、栄養が偏ってるって怒られるのよね。Wオカン。


 私の為を思っての事だと解っていても、その手の話は余計なお世話というか、ちょっとわずらわしい。特に誌愛は、私の世話を焼き過ぎ。心配してくれるのは有り難いけど、親友としてもちょっと行き過ぎなのよね。親友プラス姉、的な感じで効果が倍増し……もしくは累乗になってたりして……なんて、ね。


 埒もない事を考えている内に、誌愛は出された朝食を完食。私はほんの少し残しそうになったけど、胸の事を考えて無理に残りを詰め込んでお茶で飲み干した。


「さりさちゃん、お弁当忘れないでね」


「うん、ありがと。じゃあ、行って来ます」


 とお弁当を受け取って玄関を出たけど、お母さんはエプロン姿のまま、私や誌愛と一緒に外に出て来た。


 全君が来る最初の日だから、自転車を置く場所の説明とかするつもりかな?私でも出来るのに~。妙に気に入ってたみたいだから、挨拶して顔を見たいのかも。


 大体いつもの時間通りに龍とラルクがスポーツバッグを背負ってやって来る。


「よお!今日からゼンと一緒なんだろ?」


 龍が早朝から無駄にでかい声をかけてくる。


「そうよ。まだ来てないけど」


 全君なら、時間前に来るかと予想してたのだけど、何かあったのか遅れているようだ。


 私の母がいるのを見て、龍とラルクが鯱張(しゃちほこば)って挨拶している。


 誌愛も二人と、あっけらかんと、おはようを言い合う。ここまではいつもの日常だ。


「お?あの影、多分ゼンじゃね?」


 目のいいラルクが、遠くの人影に気付いて指摘した。


 その次の瞬間には、猛スピードで私達の横を通り過ぎた影が、自転車を横倒し、スキーで止まる時の様な感じで、タイヤを横滑りにきしませ、スリップ音を響かせてようやく止まった。


「す、すみません!昨夜寝つけなくて、少し寝坊してしまいました!」


 自転車を降り、それを引いて戻って来た全君が、この世の終わりでも見たかのように、凄い悲壮な顔で謝って来た。


「いや、ほぼ時間通りだろ。2分も待ってないぞ」


「だな。このぐらいは俺等が遅れる時と比べたら、ないに等しい」


 バスケ部の先輩である二人は、和やかに笑い、朝の同行者が増えるのを単純に喜んでいる。


「うんうんそうだよ~。それより、おはようだね~」


「お、おはよう……。私達もいま集まったばかりだから、気にしないで。それより、自転車の置き場だけど」


 言いかける横から、母が出てきて全君に声をかけ、うちの庭に案内する。何処でも大丈夫だけど、今は高い自転車を盗む話をよく聞く。高いパーツとかだけ取ってバラバラにしたりとか、嫌なご時世だ。


 なので母は門からは影になる場所に案内している。うちの1万ちょっとなママチャリとは違うので、ちゃんとお母さんも考えているみたいだ。


 自転車を所定の場所に置いた全君が、こちらに戻って来た。去り際に、なにか母に渡していたのは、自転車を置かせてもらうお礼みたいな物だろうか?どこまでも気遣いの出来る、優秀な良い子だ。


 そんな子が、私を好きになってくれたなんて、まだ余り実感が薄い。自分に都合のいい夢だったりしないかと、時々頬つねるのが最近の癖になっていた。


 ともかくこうして、私のそれまでの日常とは大きく変化した、新しい朝が来たのだった。










***************************

【キャラ紹介】



女主人公:黒河 沙理砂



自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。




男主人公:神無月 全



高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。



バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。



物語冒頭で沙理砂に告白している。




白鳳院 誌愛



沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。



本人は輝く様な銀髪で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。



心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。



沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。




宇迦野 瀬里亜



全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。



可愛く愛くるしく小動物チック。



こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。


デート回入れました。




滝沢 龍



誌愛の恋人。母はモンゴル。


長身、体格もいい。ゴリラ・ダンク。


爽やか好青年、じゃない、まだ少年か。




風早ラルク(ランドルフォ)



瀬里亜の恋人。ラルクは愛称で、ランドルフォが本名。


3ポイントシューター。狙い撃つぜ!



母はイタリア系。ラテンの血が騒ぐ?


ガブリエラ・黒河(旧姓リオ・ロルカ)


波打つ黒髪、涙ボクロが特徴の陽気なゴージャス美人。沙理砂の母。

スペイン出身。昔、競技ダンスの選手だった。怪我を理由に引退。

スペインでは名前や姓が二つのケースが多いそうです。父方性母方性で、結婚しても夫婦別姓が普通だそうです。

ガブ・ママは、日本に帰化したので黒河の姓にしてます。






苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。



後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ

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