第26話 六番目の幼馴染
※(誌愛視点)
私は、その時ちょっと不機嫌だったのだ。
護衛の黒服の隊長さんにいつもの様に調査を頼んだ時、奇妙な応対をされたからかなぁ~。
夕食はいつも通り料理長(シェフ)の文句ない味付けで美味しかったのだけど、いつもの様に手放しで褒める気にはなれなかったの。何か物足りない、と漠然とした言葉にならない感覚……。
いえ、そんな事は実はまるで関係ないわ!最初から分かっていたの!
さりーと一緒に帰れなかったから、さりー純生成分の補充が、まるで不足しているんだから!
今までだって、さりーと別行動の時はそれなりにあった。けどでも、こんなに明確な理由があっての事ではなかったし、それがこれからもっと増えるかもしれないなんて~!
云い知れない不安と恐怖、最初は小さな形にすらない物だったのに、今ではモクモクと心の中で育ち、大きくなってきてる~。
でも、それを口にしてはいけないの。全部これは、さりーのこれから為なんだから!
……
はぁ~、と大きく溜息をついて心を落ち着かせる。へーきへーき、大丈夫じょぶじょぶ、なんてことない~……。
何度も心の中で言い聞かせるけど、自分でも大して効果がないのはわかってるの。だけど、そうでもして自己暗示じみた真似でもしないと、これからも平静を保っていられなくなっちゃう……。
気が付くと、ベッドの上に雑に投げ出したスマホから着信の音がしていた。
(あれ?さりーからRainだ。今日の、全君の事かな?)
……《今、電話いい?》との文字が見えた。
応えを打ち込む前にサっと秒でスマホを取って、さりーの登録ナンバーを呼び出していた。
【あ、もしもし、しあ?今、時間大丈夫だった?】
いつも聞いているのに、まるで何万年も会ってなくて久しぶりな気がしてしまう、サリーの柔らかく綺麗な声。さりー成分補充だよ~♪
「うん。だから電話かけたんだよ~。何々?今日のぜん君とガブ・ママとの対面が上手く行かなかったりしたの~?」
そんな訳はないと思うけど、一応確認を取る。
【ガブ・ママって……。人んちの母をそんな風に略さないでよ。ガブリエラ小母様、とかじゃないの?……ま、それはどうでもいいか。そっちは普通に滞(とどこお)りなく済みましたよ。(私が何かした訳じゃないけど)
それよりも、その……しあ、私達が昔に全君と会っていたのって、覚えている?】
さりーが言う話の内容が意味不明で読めない。
「え、と?……中学のバスケット大会で顔合わせでもしてたっけ~?」
【違うのそうじゃないの。今日、お母さんと全君が会った後に、お母さんが、私達みんなずっと昔に、全君と会った事があるわよ、って言い出して……】
なんとなく、さりーの声は狼狽(うろた)え震えていて、戸惑いも感じられる。
「え?そうなの?いつぐらい?あんな特徴的な子、私が忘れてるなんて、なんかショック~」
と言いつつ本気でショックだよ。私は記憶力には自信があり、歴史年表、数学の公式、物理の元素記号なんか、一目で暗記出来る特技の持ち主だ。人の顔も、一度見れば忘れた事はないのだ。
【それがその、私のお父さんの“あの事”が起きる前で、私はそれで忘れたんだろう、って言われて……】
「あ~~……。それを言われると、私もあの頃、ちゃんとさりーの苦境に気付けなくて、その頃の記憶を曖昧にして、忘れ去る様にしてた……」
つい本気で声が暗くなってしまった。さりーがそれを見逃す筈はない。
【あれはしあに何の責任もないでしょ!それを気にする事ないって何度も言ったじゃない!
……で、一応その時の事じゃなくて、その前、山の方の河原で、お父さん達、サークル仲間が揃って、子供も連れてバーベキューとかをしたらしい、初夏の時の事だそうなんだけど、記憶力のいいしあなら、もしかしたら覚えているかなぁ、って思って……】
「バーベキュー……。私、親族の集いみたいなので、結構その手のイベントは多いんだけど、私達の父親関係のみで、この県内での事なのね~」
【そうみたい。……で、お母さんが言うには、私が、その、全君のその、幼い時の子供に凄く懐いてて、他の幼馴染達とも仲良く遊んでいたって言ってた……】
(懐いて?幼い頃の一歳なんて差はないも同然だから、年上にでも見えたのかな……)
「ほうほう。それはそれは、新発見な情報だね~~」
【またそういうからかいはいいから。だから、こういう事を相談したくなくなるのに……】
げんなりとした感じのさりーの声。ごめんね、さりーってからかい甲斐のあるリアクションしてくれるから、ついついからかってしまうのだ。
「あ、そうじゃなくて~、色々と合点がいくと思って~」
【え?】
「さりーに、私達や家族以外で、男性のアレルギー反応が起きなかった事。私達と同じに、一緒にいれば男性嫌悪の感覚が軽減される事。さりーも少しはおかしいと思っていたんでしょ?」
【……うん。それは、確かに】
あれには、全君の背が低くて童顔だからじゃないかって納得させていたけど、実はそれもおかしな話だ。さりーの拒否反応は、中学生くらいの男の子にも、普通よりも若干弱めでも出ていたから。
「その、昔の短い時間かもしれないけど、その時それだけさりーが懐いていて、信頼出来る子だって思えていたのなら、表面的に忘れていても、さりーの無意識の深層心理下では覚えていて、それが如実に現れていた、と考えると、納得がいくかなぁ~、って。
つまりぜん君は、“六番目の幼馴染”だったんだね~!」
そう考えると、今まで不自然に思えていた謎の個所に、ピタリとピースが埋まる感触がある。
【“六番目の幼馴染”……。そう、なのかしら?】
「そうとしか考えられないでしょ!ただいきなり告白されただけの下級生に一目惚れしたから、なんて話よりもよっぽど説得力あるよ!」
私は、思わず声を強めて力説していた。
(あ、やばい、駄目駄目。言わないって言い聞かせてたのは何の為なの~)
【そ、それはそうかもだけど。私、別に一目惚れなんかしてないし……。でもなんで今、しあが急に怒ってるの?】(汗)
「だってだってやっぱり、ずっとみんなで大事に守って来た親友(さりー)が、ポッと出の下級生に、急に奪われると考えるよりも、よっぽっどマシでしょ~~がっ!」
(……あ~、なのにハッキリきっぱり言ってしまった……。私ってば、馬鹿馬鹿カバ!)
【え?そんな風に思ってた?面白がってる風に見えたんだけど……】
「それは!さりーの将来の事を真面目に考えると、どこかでこの問題を克服しなきゃいけないし!さりーとやっと恋愛話を出来るのも楽しかったし!
でも、一人になってよくよく考えてみると、やっぱりまるで部外者な子にさりーを横から急にかっさらわれるのもかなり業腹(ごうはら)だなぁ、って、幼い頃からの親友としては、色々複雑微妙なのですよ……」
(あー、言わないでおこうと思ってたのに、つい全部ポロっと言っちゃった~。
対面で直に会ってる時と違う、声だけの通話のせいだよ~……)
【……】
さりーのしばしの沈黙。わ~ん、引かれたら嫌だなぁ、どうしよう~……。
【しあ、そんな事考えてたんだ。いつもふざけて、変な事ばかり言うから全然気付かなかったよ】
「うぅ、それは……」
【あ、うん、分かってる。そのこと自体は、私を笑わせたり、喜ばせようとしてくれてたんだって事は。でも、しあは普段本心を余り見せてくれないから……。
あのね。私も、せりあとしあ、二人が中学になって、りゅうやラルクとつき合う事になったって言われた時はね、それが自然で当り前の事だったから、素直に祝福出来たけど、心の中では少しだけ寂しかったの。だから、今しあが言った事、何となく分かるよ】
さりーは優しく、噛んで含める様に私に言ってくれる。
【私ももし二人が、幼馴染以外の知らない男の子連れて来て、この人とつき合う事になったから、とか言われたら、表面上は普通に出来ても、心の中では怒りとか悲しみとかで一杯になるんじゃないかなぁ、って、共感出来る……】
「ざ、ざりぃ~ぃ、やざぢぃよぉ~……」
両の目から涙が溢れ出して、止まらないよぉ~~……。やっぱりさりーは、私の大事な幼馴染兼妹同然の、護らなきゃいけない大切な、脆くて壊れやすい至宝!
【や、やだ、そんな事で泣かないでよ、もう……。
しあが、私の将来の事を色々考えてくれていて、それでぜん君の事とかも考えてくれているのは分かっているから。お母さんなんか、私に関しては、自分よりもしあの事を信頼してるから、しあちゃんが了解出したなら、まるで問題ないわねって言ってるくらいよ】
「う”ん、う”ん……、ぞんなごど、ないげども……」
それから私達は、今日あった、裏道にあるアクアショップでのミニデートの話や、電車でさりーがナンパされかかった話等を事細かに楽しく話し合ったのでした……。
※
通話が終わり、私が場に涙と鼻水をティッシュで拭いていると、小さく控え目なノックがした。
「はい、どうぞ~」
「お嬢様、頼まれていた資料をお持ちいたしました」
頼み事をした黒服護衛の隊長さんだ。
「え?頼み事、帰ってからしたのにもう?」
普通の調査なら二、三日はかかるのが通常だ。
「ええ。情報を、整理してプリントアウトしただけですから。それよりも、目が赤いようですが、何かありましたか?」
隊長さんは暗に私が泣いた事を察して、異常事態か、と警戒しているみたい。
「あ、これはその、悲恋ものの小説を読んで感情移入し過ぎただけだから、大丈夫~~」
取り合えず、普通にありそうな誤魔化しで、警戒してもらうのを止めた。
「そうですか。何か少しでも異常事態があれば、私共か、メイドにでもご相談下さい。それでは……」
隊長さんは私に頭を下げ、資料の入った茶封筒を渡して音もなく退室して行った。
そうだ、これは私が頼んだ、全君本人や家族の調査資料……。
そこで思いだした。
《今更、調査、ですか?》
頼まれ事に不可解な表情を浮かべながら受けた隊長さんの返事。
そっか!全君のご両親が、お父さま達の関係者なら、当然ある程度の資料があるのは当り前で、だから“今更”だったのだ。さりーや龍君の家の調査を、と頼めば同じ様な反応が帰って来るだろう。
私は、その資料を見る前に、ベッドに横になり自分の過去の記憶を精査する事にした。
時期や場所が分かっているのなら、それ程難しくない話だ。
家族と一緒で、でもいつものメンバー以外が加わっている、レクリエーション。初夏の河原。多分その時、初めて見る人達が、全君の関係者……。
―――
―――
河原……いつもよりラフな恰好をした両親と、それに幼馴染の親たち。
それ以外の人物……。
何か、長身で妙に体格のいい、何となく熊を思わせる風貌の、剣呑な空気をまとった人が、ガハガハ大口を開けて笑っている。これが、全君の父親?ボロボロの道着姿。柔道なのか空手なのか、それすらもよく分からない。どうにも、違う様な気がするのだけど……。
山で、猪や鹿を取ってきたから、それも焼こう、とか言って~……。
……もしかして、この人、全君が武術を幼い頃から習っていると言っていた“お師匠”さん?お父さま達とも知り合い……?
そうだ!お父さま達の世界旅行に、護衛(ボディガード)として旅慣れた、強い人。武術サークルに指南役のバイトに来ていた恐ろしく強いと評判の人を誘って、旅に同行してもらったと言っていた。それが、“この人”?
……今はこの人の事はどうでもいいや。全君の事、自分達の記憶を思いだそう。
あの時……そうだ、無口で不愛想で、目元を前髪で隠していた、自分達と同じ年頃の男の子を紹介された。山や河での遊びに詳しいから、と。
なんだか随分今と印象が違うけど、多分これが全君だ。
でも、小さな声の自己紹介は聞き取りにくく、最初、えん(円、もしくは縁)に聞こえたので聞き直すと、面倒くさそうにまたモゴモゴ言い、結局『レン』君と私達は呼んでいた。否定や直すのが面倒だったのか、彼は名前をそれで最初から最後まで通した。
そっかそうだ、レン君だ。
彼は不愛想だったけれど、決して悪い子ではなかった。
河で遊べるから、とビーチサンダルを履いてきた私達、特に女の子は足元がおぼつかず、すぐに転びかけるのを、彼はすぐに手を掴み、転ばないように態勢を立て直してくれた。
そのお陰で、龍君は私を、ラルクは瀬里亜を、そしてレン君がさりーと手を繋ぎ、自然とコンビになって行動した。(よくよく思いだすと、私達が自分達それぞれの相手を意識する様になったのはこの時からだった気がする)
それから、色々な事をして遊んだ。
その場所は、河の曲がりカーブを描く外側、水がたまり、流れが緩やかで水温も少しだけ主流れよりも高く遊びやすい場所だった。大人達も流れの強い方には出ない様に注意していた。
河で何か生き物、魚とか取れるかも、とアミや海で使うモリなんかを男の子達は持って来ていたけれど、そんな物で幼児が生き物を捕まえられる訳もなく、ガッカリしていた私達を見て、彼は自分の頭ぐらいもある岩を持ち上げ、河の中にポツンとある岩めがけ軽く放り投げた。
それがガッと大きな音を立てて当たった後、河にはプカプカと、岩が当たった衝撃で一時的に気絶した魚が、白いお腹を見せてプカプカと浮かんで来た。
多分、岩魚かなにかだったのだろう。私達は喜んでそれをバケツに入れ、バーベキューで食べる食材の一つにしたのだった。親たちも大喜びだった。
河に平べったい石を投げて何回反射するか競う定番の水切りもやった。
当然ようにレン君が一番で、彼が選んだ石だと女の子でも何回も石が跳ねるので、大はしゃぎだった。
それから林に行って虫取りもした。
虫の集まる蜜を出す、クヌギの木などをレン君は知っていたらしく、そこに案内し、余りいない様ならその木の根元を軽く掘ると、カブトムシやクワガタムシがすぐに出て来て、男の子達は歓声をあげていた。
女の子達はそれを控え目に、良かったね、と見守るだけだったけど。
彼は、最初の無口で不愛想というマイナスな印象があったにも関わらず、私達の面倒を色々と見てくれて、特に遊びに夢中になって暴走しがちな男子の幼馴染達とは違い、彼は女子の方にも注意を向けていて、なにくれとなく気を遣ってくれていた。
だから、それを喜んで、さりーは確かに彼にすっかり懐いていた。いつのまにか、レンにぃ、と呼ぶくらいに。
成程、確かにこれは、“全君”の幼い頃なのだ。
そして、遊び疲れた私達が大人達の所に戻ってからが、BBQの本番、食事タイムだった。
そこでレン君が、驚くくらいの笑顔で駆け寄った、二人の男女。両方とも長身だ。それが、彼の両親なのだろう。
それに―――
―――
え?なん、で……?
私は、その人達を“知って”いた。
それは、この時会った事があるからじゃない。
多分、普通に世間一般の人で、その人達を、いえ、その人を知らない人の方が多いと思えるような、そんな有名人だったからだ。
でも、問題なのは、“そんな”事じゃないよ!
(どうしよう……)
今日聞いた、さりーからの話、全君が、中学時代に荒れていた、とかの話。
多分、その話の原因は、ほぼ間違いなくこのせいだ。
つまり、全君にとって、両親の話は、彼の“地雷”、最大級の“爆弾”なのだ。
この話を、どうしたらいいんだろうか?
さりーはまだ、“レン君”“レンにぃ”の事を思いだしていない。それは同時に、彼の両親の事も思いだしていないという事だよね。
そして多分、この先も思いだせない様な気がする。
それでも、さりーには、全君の両親の事を問い詰めたりしない様に言い聞かせる必要がある。
彼は恐らく、時期を見て自分で打ち明ける気だと思うから。
隠し通せるような話ではないし、彼の性格からもそれはしない筈だ……。
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【キャラ紹介】
女主人公:黒河 沙理砂
自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。
男主人公:神無月 全
高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。
バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。
物語冒頭で沙理砂に告白している。
白鳳院 誌愛
沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。
本人は輝く様な銀髪で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。
心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。
沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。
宇迦野 瀬里亜
全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。
可愛く愛くるしく小動物チック。
こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。
デート回入れました。
滝沢 龍
誌愛の恋人。母はモンゴル。
長身、体格もいい。ゴリラ・ダンク。
爽やか好青年、じゃない、まだ少年か。
風早ラルク(ランドルフォ)
瀬里亜の恋人。ラルクは愛称で、ランドルフォが本名。
3ポイントシューター。狙い撃つぜ!
母はイタリア系。ラテンの血が騒ぐ?
ガブリエラ・黒河(旧姓リオ・ロルカ)
波打つ黒髪、涙ボクロが特徴の陽気なゴージャス美人。沙理砂の母。
スペイン出身。昔、競技ダンスの選手だった。怪我を理由に引退。
※
苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。
後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ
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