第21話 つり合いの天秤
※(沙理砂視点)
ちなみにここの店名は『アクアショップ・ノア』というらしい。
まさかノアの箱舟に乗せた動物達を厳選しておいてあるお店、ではないのだろう。箱舟に乗せたのは地上の動物達の筈だしね。
私達は、3階まで一通り中を見て回った。今回は時間がないので、適当に速足で周って見たけれど、またちゃんと時間がある時にも来たいな、と私は思った。
それだけシッカリと楽しんでしまったからだ。
「それじゃ、飲み物でも飲んで一休みしてから出ましょうか」
と全君が言うので、私は自販機で何か買うのか、喫茶店でも寄るのかな、と思っていると、2階まで階段で戻って、その脇に裏側を通る通路の様な場所があり、そこの突き当りに飲食コーナー、と小さなプレートのついた部屋があった。
「こっち、店員側の場所(ブース)かと思った」
「そういう場所を、一般に解放するように二階だけしたみたいですね」
中に入ると、いくつかの丸テーブルに椅子が配置された意外に広い、明るい部屋だった。
壁側には色々な自販機が設置されている。飲み物だけでなく、パンやお菓子、アイス、それに普通の食事物、丼物やお蕎麦、ハンバーガーにスパゲッティ等結構色々な種類がある。しかもお値段が安めに設定されている。
目立たない場所にあったせいか、埋まっている席はまばらで、余裕で座れそうだ。知る人の少ないお店の、更に見つけにくい隠れスポット?
「食事は多分、フリーズドライされた冷凍物を解凍、暖めて出来る物みたいです。最近のは結構味が美味しいですから」
なるほど。それに、窓際には給湯施設があり、ポットもあるのでカップ麺とかも食べられるみたいだ。(お湯捨てられるので焼きそばも)
物は、ここで買ってもいいし、外のコンビニや他のファーストフード店で買って持ち込みも可能な様だ。学生の一団が、テーブルにコンビニの袋を置き、そこからカップ麺を出して順番でお湯を注いでいる。
他に、このビルの上の会社員なのか、少し年配の人が、買ってきたお弁当に、お茶やカップスープをここで入れて食べていたりもした。
「上の階の人達、休憩室代わりに使ってるみたいですね」
全君が苦笑混じりに言う。
私達は飲み物だけ買って、端っこの方の、他から離れた丸テーブルに向かい合って座った。
全君はペットボトルのスポーツドリンク。私はパックのイチゴ・オーレを(誌愛がからかうので、牛乳そのものは買わない癖がついた)。
「本当に、学生とかの事を考えて作っているのね。普通なら喫茶店とかあってもおかしくないのに」(喫茶店は、普通の学生の懐事情にはお安くないものだ)
「そうですね。オーナーがよほど貧乏学生時代で苦労したのかも」
もしそんな人がこんなビルの持ち主(オーナー)に成れたのなら、人生の巡り合わせの不思議さを感じずにはいられない。
私は、一口イチゴオレ飲んでから、はたと、今が最後のチャンスかもしれない、と思った。なにって、私との付き合いを全君が思いとどまる事の、だ。
「ね、ねぇ、ぜん君……」
「はい、なんでしょうか?」
「そ、その……やっぱり、思い直した方がいいんじゃないかしら……その、私とのお付き合い、を」
全君の動きと表情が、ピタリと止まった。
私は、気まずさと申し訳なさから視線を逸らして、彼の方を見ない様にして続けた。
「だ、だってその……やっぱりつり合い取れてないと思うの。その……部活だって、変な事になってるし……」
私は、つかえつかえなんとか言いきった。コミュ障だけど、私、ちゃんと考えてた意見を言えた、頑張った偉い!
「……あー。僕も、つり合いが取れていないのは重々承知の上だったんですけど、やっぱり駄目でしょうか。美人な先輩と、チビな僕とじゃ……」
全君が、さっきまでと違い、凄く暗い声で呟くように囁いた。
………え?え?あれ?なんかおかしくない?変だよね?あれれ?
「ち、違う違うっ!逆!逆よ!」
「はあ?逆?なにがですか?」
「だから、つり合いが逆!わ、私は、しあ達とは違って、中身平平凡凡でそこらのモブで、でもってコミュ症の引き籠り、陰キャなオタだから、スポーツマンで明るいぜん君とつり合いが取れてないって言ってるのっ!」
全君は、ポカンとした顔をして必死で説明する私を見ていたと思ったら、大きく溜息ついてうつむいてしまった。
「あ~、シア先輩から聞いてはいたんですが、こう言う事でしたか……」
また一回大きなため息をついた後、なんでか私をじっと睨んで来る。
「先輩は、色々考え違いをしている様なので、一般との認識の違いを正したいと思います」
「はい?」
「シア先輩は、美人ですよね?後、宇迦野……セリアさん、でしたっけ、も美人。可愛いい系ですが、美人と言えますね」
「そ、そうね。自慢の幼馴染達よ」
「でも、二人とも、中身ちょっと変ですよね?特にシア先輩。後、宇迦野先輩はドジっ子みたいですし」
全君は厳しい表情でビシビシ指摘する。
「ま、まぁ、そうかもね。でも、それを補って有り余る美少女、じゃないかしら?それにしあは頭いいし、せりあは、愛嬌溢れてるし……」
誰でも、欠点の一つや二つあるものよ。
「で、三人は中学の頃は一緒の学校で、“三女神”とか呼ばれてましたね」
「……知らない。なにそれ。私の学校の外だとそんな風に言われてたの?私の中身を知らないからよね」
まあ、他の二人はどう祭り上げられていても不思議はない。
「……学校内でも言われてた筈ですよ。サリサ先輩の耳に入らなかっただけでしょ。
で、今はバスケ部を応援する“二大女神”って言われてます。学校内で、ですよ?」
私、目をパチクリ。
「……誰が?」
「シア先輩とサリサ先輩が、です」
全君が、頭痛が痛い、とか変な事言って頭を押さえている。
そんな話、私は聞いた事もないんだけれど……。
ニコニコ意味深に笑う誌愛の顔が、頭の中に浮かぶ。
「た、たとえそれが本当だとしても、単に私はしあのオマケ、ついでで言われているだけでしょ?私の内面知らないから、そんな風に良く言ってくれるだけで……」
「……つまり、サリサ先輩は、自分の外見、容姿がいい事の自覚はあるんですね?」
「そ、それはまあ……。母親似って言われてるし、お母さんは確かに美人だし……」
また全君は大きく溜息をつく。
「で、それでも自分は中身が普通、もしくはそれ以下だから、一般人以下と。でも、僕に言わせれば、シア先輩も相当に中身が変で、普通よりかなり下な気がしますよ?頭がいい分変さも増量増しで」
「……」
何か、私の親友に結構酷い事言われているけれど、付き合いが長いからこそ誌愛の奇妙奇天烈な変さを知る私は、上手く言い返せない。
「そもそも、外見からそういうのは解りませんから、僕と美人で年上の先輩が、逆でつり合いが取れない、とか断言するのはおかしいですよ!」
「そ、そんな事は、ないわよ?」
何故か自信が無くなって来て疑問形になってしまった……。
「後、僕の方の話ですが。正直言って、僕は高校入ってから、ずっと巨大なネコを被ってます。勉強もそこそこやってますし、部活は特に、張り切って無理して頑張ってましたし」
「巨大猫?」
独特の表現で一瞬全君が猫又にでも取り憑かれているのか、とか変な考えが浮かんでしまったけど、つまり猫被りでいい子を演じている、と言いたいみたいだ。
「そ、そうなの?でも、部活では何で無理をして……?」
「……意中の人に自分をアピールする時間が、そこ以外に見当たらなかったからですよ」
全君は少し紅い顔をして、フイと横を向いて私と目を合わさない。
………あー、そういう、事……なんだ……コマリマシタネ……
「それに、僕は元々先輩が言う様な、スポーツマンでもなんでもなかったですし。中学は、ここのバスケ部目指して、受験勉強と平行して、3年から1年だけ、素人だからルールやら何やら覚える為にバスケ部に中途から入部させてもらって、新入生に混ざって基礎練習からやってましたけど、それ以前に部活は何もやってません。
それに、その前、一年から二年の中学時代は、心がすさんでいて、荒れて常にイライラしてて、結構な乱暴者でした」
行儀のいい目の前の少年が荒れて不良だった?とてもそんな面影は微塵もない。
「あ、それでも、両親を悲しませたくはなかったので、目立たない様に裏でやってましたから。
イジメ……」
え!全君がイジメとか、嘘でしょ!
「狩りとか……」
……へ?なに?イジメ狩り?よく聞くオヤジ狩りとかの一種なのかしら?
「え、と。私、そういう用語って、詳しくないのだけれど、イジメ狩りって何?初耳の言葉よ?」
「あ、はい。自分が勝手に作った言葉で、つまりイジメやっている馬鹿を見つけては、問答無用でボコっていた、と……」
全君にとってそれは、中学時代の黒歴史なのか、さも言い辛そうに、暗い表情で言葉をもらす。
「えーと?でも、イジメをやっていた悪(ワル)を見つけてやっつけていたのなら、それは褒められる様な話じゃないの?」
「表面的な上っ面だけ見たらそうかもしれませんが、僕の場合は違います。僕は、自分の苛つく気持をぶつけていただけ。イジメをしている様な奴等なら何をしてもいい、されてもいいと、勝手な大義名分を得たつもりになって、自分のストレス発散の的にしていただけなんです」
……ふむ?つまり彼は、私的な理由で暴力を使っていたから、それが彼の引け目になっている、って事かな?
「ん~。でも、どんな理由であれ、イジメされていた人にとっては救いの手が伸ばされて、喜ばれたんじゃないの?」
「……そういう人もいましたから、僕は人助けがしたくてやったんじゃなく、気にくわない奴をボコすのが目的で、あんたらの事自体には興味はないから、恩にきる必要はない、と言い含めてあります。
だから、中学時代はよっぽどの物好きや、不運なクラスメイトでもなければ、僕に近づく人はいませんでしたよ」
……新手のツンデレ?ちょっと違う?
「……その、なんで中学時代に、全君がそんなに荒れていたかを、聞いてもいい?」
「……ごめんなさい。それらを含め、先輩達には打ち明けなきゃいけない事がありますが、今はまだ、心の準備とか、覚悟とか出来ていないので、勘弁して下さい……」
今度は正面を向いて、私にペコリと頭を下げて来る。
「……なので、僕もまた、先輩が過大評価する様な人間じゃないんです。高校から更生してる、と言えなくもない程度でしかない、ヤンチャしてた不良、のような?」
なんか自嘲的な笑みとか浮かべて虚ろな顔をしてらっしゃる。
でも私には、その内容が彼が思う程ひどい話でもない気がするのだけれど。イジメから助けられた子は、男女問わず、彼にその事を凄く感謝しているだろうし、それでも彼に近づかなかったのは、全君の『自分を一人にしてくれ、構わないでくれ』オーラみたいな雰囲気を読んでの事だったじゃなかろうか。
「……後、陰キャ陽キャと区分けするなら、僕は間違いなく陰キャな方でしたよ。部活にも入らず、暇な時間は図書室や図書館で、小難しい小説……SFだったりミステリだったり、を読んで、自分はこんなのを読めるから頭がいいんだ、アピールを、誰か相手がいる訳でもないのにしてましたし」
あ、それ私も解かるかも。難しい本を読んでると、ちゃんと理解出来てなくても、それを読む自分偉い、かっこいい、頭いい、とか思いたくなるのよね……。
「……でも、武術の稽古はしてたんでしょ?」
「あれは幼い頃からの、もう習慣みたいなもので、続けてるのも、いつか厳しい鍛錬ばかり課して来る師匠に、少しでも強くなって仕返し、一矢報いたいからの一心なだけで、つまり“復讐”、が主な理由ですから」
とか、なんか悪ぶってる全君なのだけれど、私には生真面目な彼が、自分の悪い面ばかりを強調して自分を戒(いまし)めているだけの様な気がした。
「って、自分の良さをアピールするべき人に、自分がどれだけ駄目だったかを話すのは、矛盾してますが、その内話したいとも思っていたので、仕方ないですね」
全君は、ペットボトルの残りを全部飲み干す。
「つり合いの天秤、逆に傾き過ぎたかもしれないですが、こんな僕でも先輩の恐怖症克服のきっかけや慣れる為の練習台にはなれると思いますので、その先の事はその時に考える、じゃ駄目ですか?」
なんだか、頭のいい捨てられかけた子犬が、捨てようとしている飼い主を見るみたいな、不安気な瞳、それを感じさせない様に出来るだけ口調は平静な装っている全君を見ると、
「う、うん……」
もう私には、付き合いを断る気もなくなり、つり合いを気にして周囲の反応ばかりを伺っていた自分の狭量さが今は恥ずかしいのでした……。
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【キャラ紹介】
女主人公:黒河 沙理砂
自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。
男主人公:神無月 全
高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。
バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。
物語冒頭で沙理砂に告白している。
白鳳院 誌愛
沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。
本人は輝く様な銀髪で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。
心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。
沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。
宇迦野 瀬里亜
全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。
可愛く愛くるしく小動物チック。
こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。
デート回入れました。
滝沢 龍
誌愛の恋人。母はモンゴル。
長身、体格もいい。ゴリラ・ダンク。
爽やか好青年、じゃない、まだ少年か。
風早ラルク(ランドルフォ)
瀬里亜の恋人。ラルクは愛称で、ランドルフォが本名。
3ポイントシューター。狙い撃つぜ!
母はイタリア系。ラテンの血が騒ぐ?
※
苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。
後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ
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