第22話 電車の中で(1)
※(沙理砂視点)
私達は、予定通り電車に乗って私の自宅へと向かう。
私はスイカな定期。全君はまだ定期を買ってないので今日は切符で。
まだ通勤の帰宅時間には早いので電車は程々に空いていて、私はホっと胸を撫で下ろす。
一人の時はこの程度でも、周囲の視線や男性の存在に精神的な圧迫感を覚えて気分が悪くなる。
でも今日は、全君がいるので誌愛達と一緒の時と同じでほとんど平気だ。
正直、なんでなのか不思議で仕方がない。
誌愛は年下で背の低い全君に、“男”を感じられない、もしくは、感じ方が薄いからではないか、とか言っていたが、それだけで説明のつく話だろうか?
仮に、行儀のいい全君を“怖い”と感じないのはそれでいいとしても、一緒に行動して他の男性の存在に対しての恐怖感、嫌悪感が大幅に軽減されるのは、よくよく考えると凄く不思議だ。
私がこういう安心した状態でいられるのは、幼馴染達や両親と一緒、私が心を許した絶対信頼出来る存在といる時ぐらいだけだ。
全君とは、そもそも告白される前は、今年入学して来て、バスケ部に入部した新入生の一団、としか意識していなかったのだ。
それでも、妙に女性の見学者が多く増えて来て、それが新入生の中に一人、背は低いけれど、素早い動きでコートを縦横無尽に動き回る異色の新人の為だった。と知り、現実のバスケにまるで興味がなかった私でも分かるくらい上手い男の子がいる、と改めて意識したのがあ《・》の《・》
信用とか信頼とか築く時間などないに等しい。
(どうしてなんだろう……?)
「……昔、小学生の時、クラスでメダカを飼っていた事があったんです」
私の疑問とはまるでお構いなしに、全君は流れる外の光景を見ながら言った。さっきまでいたアクアショップ関連の思い出話のようだ。
「メダカだけだと可哀想だからって、男子の一グループが、手長エビを何匹か取って来て、一緒の水槽に入れたんです」
手長エビとは、川や池なんかでも取れる、透明な感じの小さめのエビだとの事。アメリカザリガニみたいに赤く派手で狂暴な感じとは違うらしい。
「ふむふむ」
「……そうしたら、いつのまにか、メダカが一匹もいなくなっていたんです」
「えっ!それって……」
全君が昔の無知な思い出を懐かしんでいるのか、薄く笑う。
「僕も含め、みんなまだ子供だったから、何が起こったか分からず、ともかくメダカを追加で買って来て、また水槽に入れたんです。
それで、みんなどうしてそうなったのか気になっていたので、しばらく水槽を見張ってたんですが、その手長エビが、長い手のハサミで器用にメダカを捕まえて、パクパクと貪欲に食べてたんです……」
「うわぁ……」
「エビの方にも餌は充分にあげていたんですが、どうも生きのいい餌の方が良かったのか、目の前で無防備に泳ぐメダカに捕食の本能でも刺激されるのか、一匹残らず綺麗に食べられてしまって、驚かされました。
まだ食物連鎖とかよく分かってない幼い時だったので、生き物が他の生き物を捕まえてむさぼり喰らう光景に、クラスのみんな、一様にショックを受けて、結局生き物を飼うのは取りやめになりました。エビは取って来た川に戻されて」
「小さい頃だとショッキング映像だったのね。男の子とかは、そういうの喜びそうな気がするけど」
「そうですね。一部の男子は面白がってました。僕もまあ、そういうものなんだなぁ、と思う位で。
でも大多数が落ち込んでいたので、それをまぜっかえすのも躊躇(ためら)わられたんでしょう」
「なるほど。あのお店の水槽も、色んな種類の生き物が一緒に入っている水槽もあったけど、そういう食物連鎖が起きる様な事がないように考えられているのね」
私は、なんとなく全君の言いたい事が分かったので先回りして言った。
「ですね。藻や水草を食べる生き物だったら、他に害はないですし、そういう色んな事を考えて、水槽の中の世界のあれこれを管理、調整、維持するのがアクアリストだ、と。
小学生が雑にそこらの生き物を適当に入れても、当り前に駄目だったんだなぁ、と今になってみると分かりますね」
「そうね。ああいう、色とりどりの綺麗な魚とかがただ泳いでいて、見る私達はそういうものだとしか受け取れないけど、実際は目には見えない工夫とか苦労とかがあるんでしょうね。それを小学生がいきなりしようとするには、難易度が高かったのかも」
話に結論が出て、少しの沈黙の後、全君が私を伺うように恐る恐る見て聞いて来た。
「……それで、今日のお店、楽しめましたか?」
「あ、うんすっごく!生き物を身近に見ると、動画で見るとのは全然違うのね。水槽越しと画面越しって、同じ様でまるで違う。私が自分で考えていた以上に楽しかった!蛇やヤモリとかが手や足を這い登りでもしたら、さすがに悲鳴をあげるけど、ただ見る分には大丈夫だから」
私は、単なるお愛想で言ってない事が分かる様に、力を込めて言った。
「良かったです。時々、見るのも全然ダメ、って女子もいるらしいので」
明らかに全君はホっと安堵している。私如きにそんな気遣いをしなくても、とかつい思ってしまうのだけど、彼は気配り屋なのだろう。
「……私、水族館に行った事がなかったから、余計に物珍しくて。確か、中学の遠足だかで行く予定があったけど、私はその時、熱を出して寝込んでいて……」
私はこの症状のせいで、よく熱を出す。それに、人ごみとか苦手なので、そういう人が多そうな社会科見学や遠足などは、時々ズル休みをしたりもしていた。
例え幼馴染達が一緒でも、それは万能の盾ではない。人が押し合い込み合うイベントは駄目だ。だから、同〇誌とかも通販でしか買った事がない。
「凄く良かったから、しあ達にも教えたいのだけど、いいかしら?」
「ええ、勿論。僕もあそこが経営不振で潰れて欲しくはないので、いくらでもどうぞ」
「そう?良かった。とっておきの場所だから、秘密で、とか言われなくて」
「……いい場所を見つけたから、一番に教えて喜んでもらえたら、と思っていた人にはもう教えられたので、それ以降の事は考えてませんから」
「……(///)」
ニコニコと返事する全君は言葉に、余りにも自然(ナチュラル)に自分の好意を示す言葉を織り交ぜて来る。
でも、それは決して押しつけがましい感じではないので、全然悪い気はしない。私は聞き流すフリで、「ふ~ん」と呟き、なんとかその場をしのいだ。
どうして全君は、私なんかをそんなに好きになれたのだろうか?私は、こんな風に友達づき合いをしている間に、彼の事が同じ様に好きになれるのだろうか……?
正直言って、全然分からない。そんな風に、誰かを好きになって恋愛関係を築く、恋人持ちに自分がなる、なんて想像もした事がない。
そりゃ、私はオタで、どんな作品、物語にも恋愛要素は溢れている。私はそれに一喜一憂して来たけれど、自分の事となるとまるで話が違う。
私の両親は、旅行先の異国で出会い、大恋愛の末、母は日本にやって来た。私が産まれた頃にはもう、ほとんど日本語がペラペラだったので、言われないと母がスペイン人である事を忘れてしまう位に。頑張って日本語を猛勉強して覚えてくれたのだろう。
そんな母だからこそ、“あんな事”があっても父の事を信じ、疑う事すらしなかったのだろう。無知な私と違い……。
……なんだか、色々考えている内に、私の中に、何か黒い靄のような、良くない感じの物がある事に気付いた。
私はそれが何か、触れて確かめようと……。
―――
「―――先輩?サリサ先輩?どうしたんですか?顔色が凄く悪いですよ!」
全君の心配そうな、私を気遣う声に、私はフと我に返った。
今何か、触れてはいけないものに……?
「あ、だ、大丈夫。考え事をいていて、ちょっと気分が悪くなっただけだから」
どうも、私の顔色は、はた目で見ると、相当に悪いみたいだ。
全君が、普段からは想像出来ないくらいに慌てふためいている。
「椅子、座りますか?」
私はいつも、こういう普通の電車では空いていても座らない。誌愛や瀬里亜が両隣をかためてくれないと、いつ見知らぬ男性が座るのか分からないからだ。
「……え、と。一応大丈夫だから。もう少し、次の次で降りるし……」
私は全君を心配させないように、精一杯のつくり笑顔で答える。
「あっれ~~~。ナニナニ彼女、気分が悪いの~~~?」
その時、何とも場違いな軽い声で、変にチャラい男の人が声をかけて来たのだった……。
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名前の法則。
会話文で、女性は名前を平仮名でいってます。「ぜん君」とか。
男性はカタカナで言ってます。「サリサ先輩」とかですね。
(どこかでうっかり間違ってる所、あるかもですが)
名前の漢字にルビふるのが面倒なので、会話で読みが分る風にしてるのです。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。m(_ _)m
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