第15話 風早 ラルクの休日



 ※(ラルク視点)



「らっくん、らっくん!」


 彼女だけが呼ぶ愛称で俺を呼んで、待ち合わせ場所の小さな公園で、俺の胸に飛び込んできたのは、俺、風早ラルクの幼馴染で恋人の、宇迦野(うかの) 瀬里亜(せりあ)だ。


 小動物のように愛苦しく、いつも元気に陽気に走り回り、飛び跳ねている。


 その頭に狐なケモミミが見えるのは、俺の錯覚なのだろう。


 頭を撫でてもモフモフな感触はないし、フサフサな尻尾が時々見えるお尻を触っても、その見事な尻尾を触れられた事はない。柔らかく小ぶりなお尻の感触がするだけだ。


「らっくんのエッチ!どうしてそうすぐ触りたがるの?!」


 瀬里亜は俺から一旦身体を離して、上目遣いで俺を睨んで膨れる。


 そうした仕草、全部が可愛らしいのでまったくもって俺は困る。


 俺達は、公園の空いているベンチに座って話を始めた。


 あらかじめ買っておいたポップコーンを、自分で頬張ったり、集まって来たハトに蒔いたり、口を明けて自己主張する瀬里亜の口に放り込んだりしながら。


 しかし、今日は6月に入ってから真夏日などあったとはいえ、随分と露出の多い服装だ。


 運動性のいいスニーカーに、ショートパンツ。それに、まるで水着のビキニの様な、緑のスポーツブラか何かか?一応薄い上着を着ているので、ギリギリ健康的な服装、と言えなくもないが、名家のお嬢様がする服装か?


 必然的に、色白な肌のお腹、おへそが見えて、指でつつきたくなる衝動をどうにか抑える。


「それが男の本能なんだから、仕方ないだろ?」


 ケモミミや尻尾の事は、瀬里亜には自覚がないので、取り合えず適当に誤魔化している。


 瀬里亜の家は、昔から代々、宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと)、という日本の神様、五穀豊穣のお稲荷様に連なる?神様を祀っていた家系らしいので、あるいはそのせいなのかもしれない。


 日本の神秘、ってやつなのだろう。


 お狐様が守護神として瀬里亜を見守っているのかも、とか思うラテンな俺はロマンチストだ。


「それより、なんで今日はそんなに煽情的な恰好してるんだ?そんなに暑いのか?それとも俺を悩殺したいのか?」


 すでにイチコロ、悩殺状態な俺はわざとそう注意する。


「月一の外出日なんだから、らっくんにサービスしようかな~、ってしーちゃんが選んでくれたんだよ」


 あの天然天使風悪魔の入れ知恵か!


「おいおい、大丈夫なのかよ。そんな服装で男と会っている所を、寮監の職員にでも見つかったら、その月一の外出日すら禁止になりかねないぞ?」


 俺としては、見る分には眼福で嬉しいのだが、それで数少ない二人で会える機会をこれ以上減らされたらたまったものじゃない。


「大丈夫大丈夫。寮の出入(では)りの時は、この上着のボタンをキッチリと止めてるから」


「……それならいいが、くれぐれも気を付けてくれよ」


「でも~、親同士がもう認め合ってるんだし、そんなに気にする事ない気もするんだけどなぁ~」


「そういう伝統の学園なんだろう?宇迦野の家の女子は全員そこに通わせてる、とか言ってたからな」


 俺達、男二人に女の子三人の幼馴染五人組は、親同士が友達付き合いをしていた事もあって、幼いころから本当に仲良しだった。


 沙理砂の親父さんが巻き込まれた事件がなければ、もっと普通な友達付き合いだったかもしれない、と時々思う。


 その事件のせいで、男嫌いなトラウマを負ってしまった沙理砂を守る形で、俺達幼馴染五人組は、いっそう強固な関係性を築くことになった。


 それが少しづつ変わって来たのは、俺と龍が、瀬里亜、誌愛とつき合う様になってからか、俺達がバスケを本格的にハマり、練習に熱を出すようになったからか。


 だがもっと大きな変化はやはり、高校進学に際して、瀬里亜のみ、家の事情で全寮制のお嬢様学校に進学する事になった事だろう。


 瀬里亜はギリギリまで両親や祖父母に抗議し、どうにか俺達と一緒の学校に行こうと孤軍奮闘していたが、その甲斐はなかった。


 俺達も説得には参加したのだが、名家の伝統とかを持ち出されると、人生経験の足りず、頭も良くない俺達としては、効果的な説得は出来なかった。


 誌愛と沙理砂の方が、今時時代遅れだとか、無意味な古い伝統を盲目的に続ける事には、本当に意味があるのか、とか色々と難しい話をしていた。


 それでも結局は、彼女の祖母や母の、自分の学んだ学校に進学させたい。同じ制服を着てもらいたい、との普通に親心な願いに負けて、瀬里亜は幼馴染の中でただ一人、女子高で全寮制な私立の麗条学園に進学する事になってしまった。


 その事で、沙理砂を守る防衛網の一角が消滅した事を重く見た俺達は、『瀬里亜が俺の浮気を心配するので、俺の見せかけ上の恋人に沙理砂がして欲しい』と沙理砂に依頼し、偽装の恋人関係を周囲に認知させる事にした。


 これは、沙理砂にそう言って引き受けさせた意味以上に、男性恐怖症な沙理砂に不埒な男を近づけさせない、最大限の防御壁と言う重要な意味合いで機能した。


 彼女を任せるに足る、“真の恋人候補”が現れるまで―――。


 そしてそれはついに、意外なところから現れた。


「セリアはもう何度か、シアやサリサとその事で話してるんだろ?」


「うん!女性なら、1週間前から予約を入れておけば、寮内に入れるからね!」


「羨ましいこった」


 男子はそんな事、一切関係なく寮内や学校の敷地内にも入れない。


「フフフ。完全男子禁制ですから。らっくんが女装でも出来ればねぇ~」


「こんな体格のいい女子高生は……いなくもないが、喉仏とかでバレるからな。ゼンなら行けそうだが……」


「あ~、あたしもスマホで写真見せてもらったよ!本当に、ちょっと可愛い子だよね!文化祭の劇とかでお姫様役やらされそうな位に~」


「……本人は断固として断ると思うがな」


 俺は苦笑するしかない。


 背の低さや童顔な事に超巨大なコンプレックスを持っているゼンでは、遊び心でもそんな事はしない様に思えた。


「でも、ぜん君って子、顔に似合わずやる事は凄く男らしいよね!しーちゃんベタ誉めだったよ!」


「あ~、そうだな。悪質ファンクラブから沙理砂を助け、あいつがフリーと分かって即告白。即断即決、判断が速い!」


「さーちゃんをヤンキーな集団を蹴散らして助け出す、なんてまるで現代のお姫様救出劇!


 それに、部活後のミーティングで色々説明して、自分が悪いから、バスケ部に類が及ばない様に退部する!なんて、普通そうそう出来る人っていないんじゃないかなぁ?」


「蹴散らして、はいないらしいが、そうだな。普通は他から追及されて、退部に追い込まれるってのがパターンだろう」


「うんうん。その上、部活と彼女、選ぶなら彼女の方、なんて正々堂々男らしく宣言出来ちゃう、なんて、憧れますなぁ~。


 らっくんはその点どうですかな?バスケとあたし、選ぶならどっち?」


「え?あ、いや、勿論……セリアを選ぶさ。二者択一で、どっちかを諦めなきゃいけない状況ならな」


「の割に、変な間があったぁ~~」


 不満そうにブーたれる瀬里亜。そんな仕草も愛らしい……。


「いや、急に聞かれてそんなすぐ答えられねぇよ。ゼンだって、そのミーティングまで何日か間があったんだからな!」


「そうかも、しれないけどぉ~、女の子は常に、自分が愛されている、その証(あかし)を証明して欲しがっているのですよぉ~」


「……言いたい事はわかるけどな」


 恋人の求める言葉を、ポンポンと出せればいいのかもしれんが、別に俺は百戦錬磨な恋愛の達人じゃない。初めての恋愛を手探りで進めている少年に、余り高望みをしないで欲しい。


「あ、そう言えば、結局その“退部”って話、どうなったの?ぜん君、バスケ部辞めちゃったの?」


「あ~、シア達にまだ聞いてないのか。面倒な話だし、電話やラインだと出来ないか。


 ……結論から言うと、ゼンはバスケ部を辞めてはいない。休部扱いだな」


「休部?お休み?」


「うん。まだ、夏の県大会まで間があるからな。


 例のファンクラブには、その間に先生達、学校側で、その集団への指導とカウセリング、かな?一応、ゼンは責任取って辞めた事にして、そいつらに、自分が応援したアイドルをここまで追い込んだんだぞ、悪いとは思わないのか?みたいな感じで、どうにかその熱狂を覚まさせて、時間を置いて冷静にさせようって事らしい」


「ふむ~。そう上手く行くのかな?」


 瀬里亜は上を向いて考え、小首をかしげて俺に疑問を問いかける。いちいちもう……。


「上手くいかなきゃそれこそ停学処分とかするかもな。そもそもその集団は、大部分が三年生。受験生なんだよ。全員が受験する訳じゃないかもだが、そんな学年で今、部活の応援に精を出す、とかその方が異常なんだよ。


 あるいは、受験のストレスから逃げてるはけ口として、ゼンへの応援に熱を出していたのかも、とか先生達が言ってたな」


「あ~~、そういうのもあるかもなんだ。なる程複雑。受験や就職を控えた、現代社会の学生のストレスが、歪んだ形として現れたのかも、なんて話なんだね」


「ん。そうかもだな」


 俺は、袋の中に残っていた最後のポップコーンをハト達にばら撒いてから立ち上がった。


「そろそろ何処か行こうぜ。映画なり買物なり。一カ月に一度の逢瀬なんだ。話だけで済ませたくないぞ」


「そうだね、らっくん!」


 瀬里亜もピョンとベンチから軽快に立ち上がり、輝くような大輪の笑顔で同意してくれた。











***********************

【キャラ紹介】


女主人公:黒河 沙理砂


自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。



男主人公:神無月 全


高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。


バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。


物語冒頭で沙理砂に告白している。



白鳳院 誌愛


沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。


本人は輝く様な銀髪で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。


心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。


沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。



宇迦野 瀬里亜


全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。


可愛く愛くるしく小動物チック。


こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。

今回デート回入れました。



滝沢 龍


誌愛の恋人。母はモンゴル。

長身、体格もいい。ゴリラ・ダンク。

爽やか好青年、じゃない、まだ少年か。



風早ラルク(ランドルフォ)


瀬里亜の恋人。ラルクは愛称で、ランドルフォが本名。

3ポイントシューター。狙い撃つぜ!


母はイタリア系。ラテンの血が騒ぐ?




苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。


後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ

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