第14話 神無月 全の選択(3)
※(全視点)
顧問の先生から主将まで、みんなが驚いているけど、それはこの際無視して話を進める。
「で、その事について、風早先輩から説明と、後、多分謝罪があると思うので、聞いて下さい」
僕は言ってその場にそのまま腰を下ろした。丸投げっぽく見えるけど、別にそうじゃない。
「へ?あ、あー、そういう事か!うん、ちょっと待ってくれ」
バスケ部二年で、黒河先輩の幼馴染の一人でもある風早(かぜはや)ラルク先輩は、最初戸惑った顔をしていたけれど、告白の話自体は白鳳院先輩を交えて伝えてあったので、すぐに状況が飲み込めた様だ。
明るい茶髪の頭を掻き、まいったな、と呟きながら立ち上がると、どう説明しようか、頭の中で組み立てているのだろう。
ブツブツと口の中でつぶやき、納得がいったのか、一つ頷くと説明を始めた。
「まず、ゼンが告白した事で、俺とサリサの間の仲を心配した者もいるかもしれんが、その点については、何も問題ないんだ。
俺とサリサは、『実は』、幼馴染ではあっても、今まで言っていた様に恋人同士って訳じゃあ、『本当』はない!真実は、偽装の、見せかけだけの恋人だったんだよ」
さっきほどではないにしても、周囲に驚愕の波が、静かに広がっていった。
中には、やっぱり、とか、おかしいと思った、などの呟きがそこかしこから聞こえて来る。
二人とも、登下校と昼食を一緒にする以外、恋人同士らしい演技など、ほとんどしていなかったので、部内では、あれは破局寸前の仲なのか、もうすっかり倦怠期なのか、等と噂されていたからだ。
「騙していてすまないとは思うんだが、俺の本当の恋人は、私立の有名校、麗条学園二年に在学中の、もう一人の幼馴染で、名前は、まあ今はいいか。
とにかく、そいつとの疑似的な遠距離恋愛みたいな形で、別の学校に離れちまった事を気にして、そいつがサリサに、俺の表向きの恋人として成りすましてくれるように頼みこんだって訳だ。
俺も、可愛い恋人の我が侭として、それを受け入れない訳にはいかなくてな。入学から一年以上、この不自然な関係を続けていたんだが、その事を知って、ずっと片思いしてたゼンが、サリサに告白した、って事で、この無理な状況を皆に説明しないといけない、と幼馴染一同で話してはいたんだが、急にこういう場所で、とは聞いてないんだがなぁ」
ラルク先輩は、僕を苦笑しながら睨んで来る。あくまでふざけてだけど。
ラルク先輩も、白鳳院先輩らと合わせて、黒河先輩を言い寄る男共から守る意味合いの偽装である事は、普通に隠し通すつもりの様だ。
ただでさえ、幼馴染に負担をかけていると自責の念が強い、黒河先輩の事を思っての事だし、それが正しいと僕も思う。
そこで僕はまた立ち上がり、ラルク先輩に頭を下げた。
「急な無茶ぶり、すいませんでした!ラルク先輩!」
「いや、いいって事さ。どのみち、遅かれ早かれ説明しなくちゃいけない話だったからな」
ラルク先輩は笑って僕に手を振り、自分の役目が終わったと判断して座った。
「それで、なんですが。皆さん、ある程度知ってると思いますが、黒河先輩は、昔のトラウマがあって、男性が苦手、恐怖症気味な所がありますが、先輩の保護者的立場な白鳳院先輩は、僕の申し込んだ交際を、黒河先輩の苦手を克服する為の、リハビリ行為として、友達からの付き合いなら、認めてもいい、と許可をいただきました」
そろそろ、この話が、野次馬的な立場からなら面白い話かもしれないけれど、バスケ部でする話ではないのでは?と疑問を持つ人も出て来ていて、揶揄する者や関係ない雑談をする人も目立って来ている。
さっさと話を進めて、本題の話を済ませよう。
「ただし、その条件に、僕の、自称ファンクラブと名乗っている集団から、黒河先輩を守る、安全を保証出来ないと認められない、と言われました。
この件が、バスケ部に関わる話です」
一部、意味が分かっている部員が顔をしかめ、あ~、と納得の声を小さく上げている。
分からない人は首をかしげているが、すぐ分かる事になる。
「知っている人もいると思いますが、彼女達は今までにも再三問題行動を起こして、生徒会や学校側から厳重注意を受けています。なのに、その活動は改まっていません。
それに、僕が告白した、問題の今週の月曜日、彼女達は部活中、僕が黒河先輩にバスケのルール説明をした、ただそれだけの事でしかない場面を見て、先輩を体育館脇、校舎との間とフェンスの行き止まりの場所に、大勢で無理に連れ出してしまいました!
そしてそこで、大型のカッターナイフを出して、黒河先輩を脅し――いえ、もし俺が止めなかったら、顔に傷でもつけていたかもしれないんです!」
僕は、ここぞとばかりに大声を上げ、本気で荒げた声になった。
顧問の鬼瓦先生も、これにはかなり青い顔をして、オロオロしている。
先生は、苗字やいかつい顔からは想像がつかない程の、繊細で小心者な人なのだ。
他の部員他、その場にいた関係者からも、さっきまでのざわつきとはかなり意味合いの違うざわめきが起こっていた。
「前々から、あの集団の行動には、部としては単に応援してもらっている、とは言えない、度を越したものがある事は、皆さんご承知の通りでしょう。
今回の事も、もし明るみに出れば、この部が関連した不祥事として、大会出場辞退や、部活の自粛、もしくは解体等の厳しい処罰に繋がりかねません。
それに、僕は黒河先輩を助ける時に、つい、その、余りに腹が立ったので、首筋に、軽く当身を全員にくらわしてしまって、その……あの、全員が失神して、“謎の集団貧血事件”、とか騒がれたあの件は、つまり僕がしてしまったんです!申し訳ありません!」
ここは、神妙に大きく頭を下げた。
あれはやり過ぎだった。それ程痛みが残る様な、痕が残る様な打撃ではないけれど、いくら軽くても、暴力行為をこちらが働いてしまった事に変わりはない。
「一応、彼女達の方にも負い目があるからか、僕の事は明かしていませんが、この事が明るみに出て、僕を訴える人が出たとしたら、それでも致命的な不祥事になるでしょう。僕の側に正当性がいくらあったとしても……」
ざわつきが静まり、まるでお通夜の式場の様に、シーンと全員が静まり返ってしまっている。
今のところそうはならないと思うけど、可能性の話としては充分あってもおかしくない話だ。
「……なので僕は、この事と、バスケ部の今後の部活動の事も考えあわせた結果、責任を取って、バスケ部を退部しようと思います!」
―――
ここでも一瞬の間と静寂、無音状態に少しだけなった。それから、言葉の意味が浸透したのか、一転して激しいざわめきが、あちこちから湧いて止まらなくなった。
「ちょ、ちょっと待て、ゼン!お前が責任って、何の責任だ?自称ファンクラブの事か?それは、あいつらの自業自得だろうが!」
白鳳院先輩の恋人、幼馴染でバスケ部二年の滝沢(たきざわ) 龍(りゅう)先輩が、我慢しきれなくなったのか、焦った顔で立ち上がって僕に大声で主張する。
「それはそうなんですが、僕の為に集まって行動している集団です。僕以外に責任を取る人はいないでしょう。僕が彼女達に暴力行為をしてしまった事もまた、確かな事ですし」
龍先輩に頭を下げて僕は説明する。
「……それはおかしいだろう。部活外の集団の責任を、一生徒に過ぎないお前が、全て背負うう義務はない筈だ。
それにあの件は、暴力行為と言っても、何の外傷もなく、貧血で済んでいるくらいに軽傷な話だ。そう大袈裟に責任、謝罪とか言い出さなくてもいいんじゃないか?」
五利主将も、滝沢先輩におおむね同意のようだ。三島副主将も大きく何度も頷いている。
しかし僕は、彼女達に謝罪をするつもりだけは、これっぽっちもなかったりする。
「それでも、もしこの件が穏便に過ぎ去ったとしても、その後、僕と黒河先輩が交際する事になった時、彼女達が何をしでかすのか、僕には正直分かりません」
多分先輩達は、そちらの話を失念していたのだろう。僕にとって、肝心要の話は、そちらの方なのに。
先輩達は、しばらく絶句していた後、話し出す言葉に力がなくなっていた。
「そ、それは、そうかもしれないんだが、なぁ……」
困惑した顔で部員達の顔を見比べる主将と、腕を組みし、沈思する副主将。
「今話してもらった様に、風早先輩と黒河先輩との事は、あくまで嘘の、みせかけだけの話だと、彼女達が理解し、納得してくれたとしても……。
納得してくれるかどうかも怪しいのですが、それでも、僕との交際が始まった後、黒河先輩に、なにがしかの嫌がらせをして来る可能性があります。部に入っていると、僕がそれを見逃し、今回の様に助けに行けない事態が起こり得るかもしれません。
それだけは、絶対に嫌なんです!それに、白鳳院先輩の条件にも違反していますし……」
授業中や休み時間は、白鳳院先輩達、同学年の先輩達に任せるしかないけれど、他の時間ではそうしないつもりだ。
僕の心はもう決まっていた。白鳳院先輩の条件と、これからバスケ部が、あの集団からの面倒事に巻き込まれなくなる事も合わせて考えると、僕一人がいなくなる事で、万事丸く納まると思うのだ。
「……それじゃあ、つまり、お前は部活よりも何よりも、女を―――彼女を取る、と?」
五利主将は珍しく意気消沈として、随分と乱暴な表現をする。
「そう取って貰って構いません」
二者択一の覚悟を決めていた僕としては、そう答えるしかなかった。
「……きゅう~」
真っ赤になって、オロオロおたおたしていた黒河先輩が、急に変な声を出して、その場で倒れてしまった。すかさず白鳳院先輩がその身体を支え、大事には至らなかったみたいだ。
「わあ、さりーがおーばろーどして、ダウンした~」
何故か白鳳院先輩は楽しそうに言って、支えた黒河先輩をゆっくりと床に寝かせてあげている。のんびりにこやかに、先輩に付き添っている彼女の真意が僕には読めない……。
(オーバーヒート、じゃないのかな……?)
それを気に、一気にガヤガヤと皆がそれぞれ勝手に話し始め、収拾がつかない程のうるささで賑やかになり、僕としてはどうにもしようがない。
「~~~静かにしろ!」
五利主将の一喝で、その場はシンと静まり返った。
「これから部の緊急会議をする。三年と二年のレギュラー候補、それとゼンは残ってくれ!
他はこれで解散。着替えて帰宅して欲しいんだが、その前に、今話し合った話の内容は、くれぐれも他言しないでくれ!うちの部の進退問題に発展しかねない話だからな!」
部員達と、関係者一同は当然大きく頷く。この場に、バスケ部が大会に出れなくなったりして欲しい人は一人もいないのだから当然だ。
「それじゃあ、マネージャー達は体育館の鍵を閉めて、それを職員室の方に返してくれ。
俺達は部室のミーティングルームの方で会議するから、そっちの鍵の管理はこっちでする。
以上っ!お疲れさまっ!」
全員が、『お疲れ様でした!』と大声で唱和し、今日の部活動は終わった。
僕の方は、まだ残らないといけないようだけど。
僕と龍先輩とラルク先輩が、体育館の床に寝かされた黒河先輩と白鳳院先輩の方に歩み寄る。
「シア、今日、帰りはどうするんだ?こっちはもしかしたら、少し遅くなりそうなんだが」
滝沢先輩は、黒河先輩の様子を見て、取り合えず大丈夫そうだと思ってからか。今日の帰宅までの話をする。
「あ、お父さまに車の手配を頼んだから、もう少ししたら来ると思うよ~」
白鳳院先輩は、スマホを振って連絡を取った事を知らせてくる。
「ああ、今日はその方がいいな。サリサも、これじゃあは普通に帰れそうにないからな」
ラルク先輩は、紅い顔をしてウンウンと唸っている黒河先輩を苦笑しながら眺めている。
僕としては、ちゃんと前もって相談してから話すべきだっただろうか、と今更悩む。
でも相談した場合、退部の事で反対、もしくは何か言われそうだと思ったので、強硬手段を取ってしまった訳なのだけれども……。
「て事で、こっちは心配ない。俺達は会議だぞ、ゼン」
龍先輩が、僕の背中を叩いてどやしつけて来る。
これ以上話す事なんて、僕にはないんだけどな……。
白鳳院先輩が、ニヤニヤ笑って、僕に向かって親指を立て、サムズアップしている。
(……合格、って事で、いいのかなぁ……)
――――――
――――
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【キャラ紹介】
女主人公:黒河 沙理砂
自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。
男主人公:神無月 全
高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。
バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。
物語冒頭で沙理砂に告白している。
白鳳院 誌愛
沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。
本人は輝く様な銀髪で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。
心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。
沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。
宇迦野 瀬里亜
全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。
可愛く愛くるしく小動物チック。
こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。
滝沢 龍
誌愛の恋人。母はモンゴル。
長身、体格もいい。ゴリラ・ダンク。
爽やか好青年、じゃない、まだ少年か。
風早ラルク(ランドルフォ)
瀬里亜の恋人。ラルクは愛称で、ランドルフォが本名。
3ポイントシューター。狙い撃つぜ!
母はイタリア系。ラテンの血が騒ぐ?
※
苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。
後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ
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