処方6.お大事にしてください。

第62話 これも彼女の仕事です。


 楽器を体育館の倉庫に移動させ、楽屋である部室に戻ってきました。

 明日の朝は早めに来て、屋外のステージに楽器を運びます。


 ――体育館でのライブは無事成功しました。


 マユちゃんのMCが上手なお陰ですね。

 きっと、わたしやユーキくんでは、ああは出来なかったでしょう。


 結果として、マユちゃんとは少し張り合ってしまいましたが、楽しく歌う事が出来ました。


 また、アドリブにはおどろかされましたが、コサメちゃんは盛り上げるのが得なようです。あれで会場の雰囲気が変わりました。


 皆が一緒だったから、出来た事です。


 ――いいえ、本当の理由はユーキくんですね。


 彼が居てくれるだけで、わたしは何でも出来る気がします。

 欲を言えば、彼と手をつないで文化祭を回りたかったのですが……無理そうですね。


 ――以前は人前に出る事が、物凄ものすごく怖い事だったのに……。


 そんな事も忘れていました。

 思い起こせば……彼はいつも、わたしに必要な言葉をくれていましたね。


 今も――


「二人とも、凄く良かった――今までで一番良かった気がする」


 とユーキくん。わたしとマユちゃんをめてくれました。

 不思議な男の子です。


「ユーキも――歌いやすかったよ……」


 そう言った後、マユちゃんは少し照れたように、


「先輩には悪いけど……ボクはユーキのギターの方が好きかな」


 と付け加えます。それを聞いたユーキくんは満更でもなさそうです。


「センパイにしては、頑張った方っスよね」


「真由、ありがとう――そして、小雨……どうして、お前は上から何だよ」


 ユーキくんはコサメちゃんを捕まえようとしました。

 ですが、疲れていたのでしょう。途中で止めたようです。


「ユーキくんは『変』ですね」


「また、それか?」


 彼は苦笑します。


「マユちゃんやコサメちゃんだけじゃなくて――わたしみたいな面倒な女の子にも優しいです」


 そういうところが、嫌いだけど……大好きなんです。


 マユちゃんとコサメちゃん――二人の気持ちは知っていますので、言葉にするのは、少し罪悪感もありました。


 それでも、わたしはユーキくんを渡したくはありません。

 だからつい――面倒な事を言って、彼を試してしまうのです。


「莉乃……言ってなかった事があるんだ」


「はひ?」


 何でしょうか? いつになく真剣な眼差しです――カッコイイですね。

 いいえ、違いました。今はそういう話でありません。


 でも、強引に求められるのも、嫌いじゃありません。


「実は手を……」


「手を?」


 手を何でしょう? 何だか顔を真っ赤にしています。

 可愛いですが、緊張しているのでしょうか?


「文化祭だから、莉乃と手をつないで歩きたいんだ」


 ユーキくんは珍しく、頭をきます。

 あーっ、もうっ!――といった感じでしょうか?


「ずっと言おうと思っていたけど――なかなか言う機会が無くて……」


 わたしは最初、おどろいてしまい、キョトンとしていたのですが、我慢出来ずに笑ってしまいました。


 ――まさか、同じ事を考えていたなんて。


 ひどいな――とユーキくんが悲しそうな目をします。


 違うんです! ユーキくん――わたしは貴方のその言葉だけで、すべてを許してしまえるんです。


 でも、ユーキくんも……そんな事を言うのが恥ずかしいなんて――気付けないとは、彼女失格かも知れませんね。


 舞い上がっていましたが、北海道に来た時も、相当無理をしていたのでしょう。

 今更ながら、そう思います。


「わたしはユーキくんの彼女なんですから――断らなくても……この手は、いつでも握ってくれていいんですよ」


 わたしがそう言って差し出した手を、ユーキくんは握ってくれました。


「莉乃――」「ユーキくん――」


「あっ、センパイ! センパイの言葉で、あっしの心は傷付きました! デートしてくださいっス! デートを要求するっス!」


 折角いい雰囲気だったのに、コサメちゃんたら、何を言い出すのでしょうか?

 彼女として、容認出来ません!


「じゃあ、ボクもだ! 部長のクセに後輩の指導もちゃんと出来ないなんて問題だよね――つまり、そのカバーをするために頑張ったボクに対して、ユーキは奉仕する必要があると思うんだよね」


 マユちゃんまで? ひ、ひどいです。

 わたしが二人に抗議しようとすると、部室の扉が開いて、


「ヒャッハー! 居た居た、式衛!」「ぐへへ、一年の女子が探してたぞ!」

「告白じゃないのか?」「行ってやれよ」


 植田くんと梅田くんです――いいえ、そんな事より、新手の女子の登場ですか⁉

 何やら、見えない力で攻撃を受けている感じがしますね。


退け! ヒャッハー共――おい、兄さん! あたしがデートしてやる……ありがたく思え!」


 ヒナコちゃんまで乱入してきました。

 まったく、油断もすきもありません。


「もうっ、ユーキくん!」


 いいえ、彼を怒ってもダメですね。モテるのは仕方の無い事です。

 だって、優しくてカッコイイ、わたしの彼氏なのですから――


「莉乃、逃げるぞ!」「はい♥」


 皆ゴメン!――ユーキくんは謝ると、わたしの手を引いて、その場から逃げ出します。


「兄さん!」「ユーキ!」「センパイ!」


 部室を飛び出し、廊下を走りながら、


「畜生っ! アイツらの所為せいで今日は走ってばかりだ……」


 彼はそんな悪態あくたいきましたが、わたしの手を離しませんでした。


 ちょっと、想像していたのとは違いましたが、文化祭で手をつなぐという目的は果たす事が出来ました。


「あ、あのっ……ユーキくん――皆、見てます」


 人気にんきのあったお店は、既に片付けを始めていました。

 逆に、売れ残っているお店は頑張っています。


 そんな中を、イヌ耳のユーキくんとウサ耳メイドのわたし達が駆け抜けているのです――目立たたない訳がありません。


「今更、そんな事を気にするのか?」


 とユーキくんは苦笑しました。

 それもそうですね。ステージの上で、散々さんざん注目されたばかりです。


「ユーキくん」


「何だ?」


「大好きです♥」


「俺もだ」


 そうは言っても、ユーキくんはこちらを向いてはくれませんでした。

 物足りないですが……耳が真っ赤だったで、よしとしましょう。


 アレほど嫌だった他人の視線も、今は心地好ここちよいくらいです。


 ――明日の野外ライブもきっと成功ですね!


 でも、逃げ出したユーキくんは、後で皆に怒られるかも知れません。

 仕方が無いので、なぐさめてあげましょう。


 ――これも彼女の仕事です。

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