第61話 これで俺の役目も終わる。


 ステージの幕が上がる。

 照明の落とされた体育館で、俺達にライトの明かりが集中する。


 オーディエンスの影は見えるが、その表情までは分からない。

 期待と興奮の気配があれば、ただの興味と侮蔑ぶべつの感情もある。


 ――さて、どうやって彼らのハートつかもうか?


 まずは一曲、軽く流す予定だったが……時雨が派手に始めてしまった。


 ――リズムが早い。ハシっている。


 オーディエンスも無視――グルーヴ感のある曲で行くんじゃなかったのか?

 だが、時雨は俺よりも場の空気に敏感だ。


 目と目が合う。

 センパイなら、ついて来てくれるっスよね!――そう言っている。


 ――思えば、いつも振り回されている気がする。


 中学からの付き合いだ。多分、時雨の判断は正しい。

 合わせる方は面倒だが――いや、今日は俺が引っ張るんだったな。


 夏休みが終わってからは、練習ばかりしていた。

 指は痛いし、雛子からは文句を言われるし、ろくな事がない。


 ――それでも……いつもより少しだけ、ギアを上げる。


 ベースの先輩は俺達の中で一番器用だ。

 その分、迷惑を掛けているのだろう。


 心配なのは莉乃だが、意外にもついて来ている。

 俺の後を追うように、キーボードのパートをなぞっていく。


 ――むしろ、俺の方が引っ張られてしまう。


 才能の差――いや、楽しんでいるのだ。

 結果として、最初の曲でオーディエンスを味方につける事に成功した。


 そのまま次の曲に行く。今度は俺の方から、時雨にアイコンタクトを取る。


 ――ここからは、一旦ペースを落とすぞ。


 流行はやりのロックバンドの曲から、アニソンへの移行。

 莉乃のピアノと真夏の歌が主役だ。


 流れるようなキーボードの綺麗な音色と――真夏の深く深く、心に入り込むような澄んだ歌声。


 そして、再び――一気に浮上する。

 俺にはギタリストとしての才能や技術は無い。


 ただ、状況に合わせる事に関しては得意だった。時雨が押し上げ、先輩が整えてくれるから――俺はただ、真夏が歌いやすいように丁寧に旋律をかなでる。


 やがて曲が終わり、音を止める――少しミスった。

 そろわなかったのだ。


 練習では上手く行っていたが、曲順とペース配分を変えた事が原因だろう。


 ――こういうところを注意すると、時雨が細かいと文句を言うんだよな。


 だが――会場からは、歓声と拍手が押し寄せ、口笛が聞こえる。

 つかみは問題ないようだ。


 俺達は互いに視線を交わす。

 誰しもが、手応えを感じている。


 ジワジワと来る熱気。

 微かに息を切らせながらも、真夏のMCで、メンバーの紹介が始まった。



 ▼    ▽    ▼



 楽しい時間というのが、ぐに終わるというのは本当のようだ。

 一緒にステージに立つと分かる。真夏はアーティストだ。


 だが、それ以上に莉乃の歌声も遜色そんしょくない。

 優しく包み込むように――だが同時に、心の奥から温かいモノが広がっていく。


 ――心地好ここちよい。


 今回は文化祭なので、学生が知っていそうな曲での構成だったが――これなら、ハードロックを入れても良かった。


 真夏一人なら、初めて聞く人間は圧倒されてしまうだろうが、莉乃の歌声が合わさる事で、聞き手をきつける事が出来ただろう。


 二人は相性がいい――いや、張り合っている感じもする。

 だがそれが、お互いの持ち味を生かしているようだ。


 不思議な感覚……もう少し続けていたい。終わるのが勿体もったいない。

 しかし――残念ながら、最後のパートだ。


 ――俺はき切る。


 熱のこもった大きな拍手、更に歓声。


 ――もっとおどろかせてやりたい。


 そんな気持ちになったのは、初めてだった。

 アンコールが鳴り止まない。


 時雨はやりたそうな顔をしたが、部長の判断で俺が止める。

 体育館でのステージの利用時間が決まっているためだ。


 皆、ゴメンね――と真夏。明日は野外ライブがある事を告げる。

 そして、幕が下りる。


 今日のうわさが広がり、明日はもっと客が増えるだろう。

 真夏だけではなく、莉乃にもファンがついたようだ。


 いつもは暗く、表情の読めない先輩も、心做こころなしか楽しそうに見える。

 一方、時雨はいつも通りだ。


「よ、ご苦労さん」「はいっス」


 舞台裏で時雨とタッチをする。


「あ、ボクも――イエーイ!」


 と真夏。息は上がっているが――まだまだ余力がある――といった感じだ。

 俺はハイタッチを交わす。


 そんな興奮冷めやらぬ状態の中――俺は以前、真夏に歌詞を頼まれた事を思い出し、苦笑する。


 ――今なら、頼まれるとOKしてしまいそうだな。


「何? ユーキ」


「いや、何でもない」


 俺はそう返す。最後に、戻って来た莉乃に手を差し出すと、


「ありがとうございます!」


 そう言って、彼女は俺の手を取り微笑んだ。


「久しぶりのステージ、どうだった?」


「はい、楽しかったです!」


 同時に莉乃の目からポロポロと涙がこぼれた。

 足も震えている。


 当然、俺はそんな彼女を抱き締める。


「莉乃、良く頑張った――おめでとう」


 彼女がステージに立てた。歌った。楽しんだ。

 莉乃は取り戻したのだ――同時に、これで俺の役目も終わる。

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