第60話 楽しまないと損ですよね


 体育館の舞台裏――


 もう直ぐ、ライブが始まる――こんなに緊張するのは、いつ以来だろうか?

 今日は体育館で午後の部だけだが、明日は午前中に野外ステージもある。


 ――真夏が人気者なお陰だろうな。


 軽音部は、他の部活から見れば、趣味で遊んでいるように見える部活だ。

 男女共に人気がある真夏のような存在はありがたい。


 彼女が居るだけで、他の部活とも対等に交渉が出来る。


「大丈夫っスか? センパイ」


 と時雨。こういう事は察しがいい。


「大丈夫じゃない――と言ったら、帰っていいか?」


「アハハ! 弱気なセンパイって珍しいっスね――ハグしてあげましょうか?」


 正直、お願いしたいところだ。


「遠慮する……後、これ以上、目立ちたくない」


「いやいや……だったら、何でギターやってんスか?――って……あっ、この遣り取り、前もやったっスね」


「あの時は、お前の方が緊張していたけどな――」


 俺は時雨の手を取る。

 以前は震えて冷たくなっていたが、今日は大丈夫のようだ。


 それはそうだろう。中学の頃の話だ。


「ハッ! しまったっス……緊張しているフリをしていれば、センパイにハグして貰えたのに――」


 ――いや、しないよ。何言ってんの、コイツ?


 俺は手を離すと、


「今日は失敗したくないだけだ――莉乃と真由がいるしな……」


「アレ? あっしは……」


「お前は普段から俺に迷惑を掛けているんだから、こんな時くらい我慢しろ!」


ひどいっス」(ガーン!)


 コイツ、午前中の事はすっかり忘れているのか⁉

 無駄な体力を使ってしまったんだが……。


「はいはい! じゃれるのは、それくらいにしてよ」


 と真夏。確認が終わったのか、莉乃と一緒に、舞台裏に戻ってきたようだ。

 今回は二人のツインボーカルとなっている。


 ベースの先輩は、既にステージの上にスタンバイしているようだ。普段、部活にはあまり顔を出さないクセに――こういうイベントの時だけ、時間を守る。


 実力はあるのだが、幾分いくぶん、コミュ障の気がある。

 まぁ、魔法陣とか書けちゃう人だ――瞑想めいそうでもしているのだろう。


 先程、白雪さんと一緒に行った『占いの館』で、占い師をしていたのにはおどろいた。


「莉乃、大丈夫か?」


「はい、大丈夫ですよ」


 俺の予想とは違って、すっかり落ち着いた様子だ。


「ほら、緊張してるのは、センパイだけっス」


「え⁉ わたしもしてますよ」


 と莉乃。その言葉に、皆の視線が集まる。


「「「…………」」」


「はひ? 何ですか?」


「いやいや、リノリン先輩が緊張してるって言うからっス」


「そうだね……ボクから言わせて貰うと、随分、落ち着いているように見えるけど――」


「だって――」


「「だって?」」


「ユーキくんと一緒ですから……」


 両手を頬に当て、照れる仕草をする莉乃。

 何故なぜか、真夏と時雨に俺がたたかれる。


 ――痛っ、痛い。


「それに、マユちゃんとコサメちゃんも居ます――だったら、楽しまないと損ですよね」


「そうだね――楽しもう!」


「そっスね! 流石さすがリノリン先輩っス。何処どこかの部長モドキとは違うっスね」


 ――おい、それ俺の事か?


 取りえず、時雨の鼻をまんでおこう。


いひゃいっス~」


「自業自得だ」


 ――まぁ、お陰で緊張は、だいぶ解けた。


「コサメの場合は、ユーキに構って欲しくて、フザケテいるだけだからね」


「ちょ、マユマユ先輩⁉」


「何だ、そうだったのか……小雨には色々と感謝しているところもあったが、考え直そう」


「え~、そんなぁ」


 ガクリと肩を落とす時雨。


「冗談だ……俺が学校に居る間は見捨てないから、今まで通り頼む」


「もう、センパイ♥ もう~」


 何だかな――莉乃も真夏も苦笑する。


「しかし、リノが歌えて、ピアノまでけたとはおどろきだよ」


 元ローカルアイドルの莉乃は、一通り基礎となるレッスンを受けていた。

 北海道の実家にもピアノがあり、クラシックから入ったようだ。


 更に踊りも出来る。つい忘れがちになるが、運動神経はいいのだ。


「見た目からは想像出来ないな……」


 俺の言葉に、


「それは先輩もっスよ。絶対、ギター弾くようなタイプじゃないっス」


 と時雨。


「言うな――お前も知ってるだろ……姉さんに強制されたんだよ! モテるからって……」


「ユーキくん、ギターかないでください」


「そうだね、ユーキ、ギターかなくていいよ」


「センパイ、ギターやめていいっスよ」


 ――急に何言い出すの……この達。


「安心しろ! お前達のためにも、成功させるさ」


「そ、そう言われてしまうと――」「くなとは――」「言えないっスねぇ」


 ――だから、何なんだ?


 何故なぜかモジモジする三人。


 そんな時だ――時間ですので、ステージに上がってください――と係りの生徒から声が掛かった。

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