第59話 何? この惨状……


「兄さんの小宇宙コスモが消えた」


 消えてないよ――いや、そもそも小宇宙コスモって何?

 教室へ無事戻ってきた俺は、クラスの女子に白雪さんの案内を頼むと、


「勝手に殺すな」


 油断している雛子の後ろから声を掛けた。


「おお、兄さん……探したぞ」


 本当だろうか? その割にお腹が出ている気がする。

 北海道に行って以来、良く食べるようになった。


 良い事だが、もう少しバランスの取れた食事を心掛けた方が良さそうだ。


「そうか……何か美味しいモノは見付かったのか?」


「ふん、あたしの口には、兄さんが作ってくれたモノの方が合うようだ」


 莉乃と付き合ってからだろうか、ちょいちょいびるような発言をするな。

 どうせ、ハンバーグなどの肉料理を食べたのだろう。


「あまり調子に乗って、食べ過ぎるなよ」


 そう言って、俺は雛子の頭を撫でた。


「で――姉さん……」


 えて見ないようにしていたのだが、無視する訳にもいかないので、俺は視線を向ける。


「ウチの着ぐるみ達を椅子いすにするのは止めてくれないか……」


「あら、ダメ?」


 呑気にコーヒーをすすりながら、姉さんが答える。


 ――ダメに決まっている。


「そういう店じゃないから――それで……コイツ等、何かやったの?」 


「一緒に写真を撮ろう――とうるさいから、ボディに一発。うずくまったところにりを数発……」


 ――素人相手に、殺す気ですか?


 一方で、


流石さすがはお姉様です!」「一生大事にします!」


 とはウチの女子だ。ホント、何してくれたんだ……。

 俺が言葉をくす中――クイクイ――と雛子がズボンを引っ張り、


「サクヤのお姉様力は五十三万です」


 と告げる。悪いけど、今は相手をしている余裕がない。『着ぐるみーズ』の内、何人かは気を失っているのか、教室のすみでぐったりとしていた。


「おーい、大丈夫か?」


 意識のありそうな着ぐるみに声を掛けると、


「し、式衛――お前の姉さん……サイコーッだな!」


 サムズアップをする。

 薄々気が付いては居たが、俺のクラスの男子は、変な奴しかいないようだ。


「あら、疲れたの? 震えてるわよ?」


 と姉さん。椅子いす――ではなくて、


「い、いえ、問題ありません」


 着ぐるみが答えると――あら、いいのよ――と立ち上がる。

 そして、笑顔でりを入れて、椅子いすだった着ぐるみを沈める。


「酷いわよね……まるで私が重いみたいじゃない――勇希だったら、全然平気なのに……」


 ふぅ、と溜息をく。平気な訳がないだろう。

 このままでは、俺が登校拒否になってしまいそうだ。


「す、すげぇな……式衛」「オレ達、見直したよ……ガクッ」


 『着ぐるみーズ』の何人かが、そう答える。

 ハッキリ言って、そんな事で評価されたくはない。


 ――さて、どうやって帰って貰おうか。


 そんな事を考えていると、


「タラッタラ~♪ ヤッホー、小鳥ちゃんだにゃん☆」


「お姉ちゃん、待ってください!」


 後ろの方から莉乃の声が聞こえる。

 推測するに、小鳥ちゃんを迎えに行った莉乃。


 だが、今日は廊下に人が多い。トップスピードは莉乃の方が早いが、小回りの利く小鳥ちゃんの方が有利だったようだ。


 莉乃をいて、教室に先に着いた――という訳か。


「ちょっと、不審者に間違えられて、職員室に行ってたにゃん☆」(猫のポーズ)


 また厄介なのが現れた。

 小鳥ちゃんの暴挙を止めようと、莉乃が駆け付けたが――時すでに遅し。


「お、お姉ちゃん……ううっ」


 莉乃は恥ずかしいのか、両手で顔を覆う――しかし、内心は相当怒っているのだろう。


 いきなりの出来事に、こちらも上手く対応出来なくてすまない。


「あっれぇ? ユッキー、どうしたのかにゃ――って先輩……ウスッ!」


 小鳥ちゃんは白雪さんを見るなり、姿勢を正してお辞儀をした。


 ――どういう事だろう?


「あらあら」


 白雪さんは透かさず、小鳥ちゃんの頭をつかむと何やらささやいた。

 小鳥ちゃんの顔が青褪あおざめ、足をガクガクとさせる。


 立っているのがやっと――というところだろうか。


「大丈夫……コトリ?」


 と姉さん。小鳥ちゃんは、あうあう言いながら、涙目で姉さんへと抱き着いた。


「朔夜ちゃんもダメよ――勇希くんを困らせたら……うふふ」


「は、はい、先輩っ! あ、椅子いすをどうぞ」


 そう言って、姉さんが指を――パチンッ――と鳴らすと、まだ生き残っていた『着ぐるみーズ』が四つんいになる。


「あらあら、私は座らないわよ」


 白雪さんは、いつものニコニコ顔だったが、目が笑っていないように見える。


「そ、そうでしたね……失礼しました!」


 姉さんは一礼すると、足でガシガシと『着ぐるみーズ』を沈める。

 『着ぐるみーズ』は全滅した。


 ――やはり、白雪さんは最強のようだ。


「おい、兄さん――シラユキは……ムーッ」


 俺は質問しようとした雛子の口をふさぐ。


 ――俺も知らない……だが、聞くな。


 分かった、兄さん――アイコンタクトで会話を成立させる。一方で、


「あ、まったく知らない人の具合が悪そうなので、保健室に連れて行きますね」


 と莉乃。今度は逃げられないように、小鳥ちゃんを――ガシッ――と捕まえる。


「えっ? 何を言って――にゃふっ!」


 姉さんが小鳥ちゃんにボディーブローを入れて沈める。

 そして――


「ゴメンなさいね――リノちゃん。私も運ぶの手伝うわ……先輩、保健室に行ってきますね」


 ――逃げたな。


 姉さんは莉乃と一緒に、小鳥ちゃんを連れて教室を出て行った。


「白雪さん、ありがとう――取りえず、席に戻りましょう……雛子もこっちな」


 俺は二人を席に着かせる。


「やあ! 皆、チラシを配り終わったよ――って、何? この惨状……」


 真夏が教室に入って来た途端とたん、オロオロする。


「ユ、ユーキ……いったい何があったの?」


 さて、困惑する彼女にどう説明したモノか……。

 分かっているのは――莉乃との文化祭デートは無理だ――という事だ。

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