第58話 うんん、何でもないわ


「ふぅー、何とか逃げ切ったか……」


 俺は校舎の外に退避すると、物陰から様子をうかがう事にした。

 何とか、追手おっていたようだ。


 毎日走り込んでいた成果がここで発揮されるとは――こんな事のために頑張っていた訳ではないので、少し複雑な心境だ。


 まぁ、そもそも、着ぐるみを着たまま追い掛けてくるとか、自殺行為でしかない。

 途中で何人かは息を切らせ、その場に倒れたり、うずくまったりしていた。


 ――やっぱり、アホだな……ウチのクラスの男子。


 少し悲しくなった。


 ――さて、問題はこれからどうするかだ。


 本来なら、クラスに戻って手伝うべきなのだろうが……現状、男子が殺気立っているから止めた方がいいだろう。


 この宣伝用のプラカードを持って、ほとぼりが冷めるまで時間を潰すのが良さそうだ。バンドのライブにも出なければならないので、午後は体育館に行く必要がある。


 くやむべきは――


「莉乃との校内デートが……」


 落ち込む俺。心做こころなしか、付け耳と尻尾も、元気が無いような気がする。


「あらあら……じゃあ、私がリノちゃんの代わりにデートしてあげましょうか?」


 と通りすがりのメイド――ではなく、メイド服を着た白雪さんだ。

 うふふ――と笑みをたたえている。


 何故なにゆえここに⁉――いや、俺が文化祭の入場券を渡したからか。


 最近は変な人間も多いので、券の配布もきびしい。

 親族以外への券の配布は基本、禁止されている。

 

 しかし、両親が居ない俺は、特例として家族以外を招待する権利を持っていた。


 保証人という事で、莉乃と真夏にサインをして貰い――雛子と白雪さんの分の券を発行して貰う事に成功した――という訳だ。


「私と一緒は嫌かしら……」


「いえ、光栄です。白雪さんみたいな綺麗で優しい人、断る理由がありませんよ」


 同時に、俺は手を差し伸べる。


 ――しまった……何を口走っているのだろうか。


「あらあら、ありがとう……お世辞でも嬉しいわ♥」


 そう言いつつも、白雪さんは満更でも無い様子で俺の手を取ってくれた。


「ところで、魔王……いえ、姉さんと雛子は?」


 てっきり、一緒に来ているとばかり、思っていたのだが……。


「二人は少し食べ――いいえ、少し見て回ってから、顔を出すと言っていたわ」


 文化祭には、高級店のキッチンカーも呼んでいるらしい。

 値段もリーズナブルな仕様になっている。


 キッチンカーは時間によって、入れ替わるはずだ。

 まずは食事をしてから、各クラスの出し物を荒らして回る気なのだろう。


 ――なるほど、あの二人らしい。


「私は衣装とかを見て回りたかったから、別行動を取っていたのだけれど……」


 走り回っている俺を見掛けた――という訳か。

 まぁ、プラカードもあるし、この格好なら目立つに決まっている。


「すみません……お恥ずかしいところを――」


 うんん――白雪さんは首を横に振ると、


「そんな事ないわ、楽しそうだったわよ……それよりも――」


 どうやら、彼女は俺の付け耳や尻尾しっぽに興味があるようだ。


「触ってもいいですよ」


「本当☆」


 白雪さんは躊躇ちゅうちょする事なく、俺に顔を近づける。

 実際に感覚がある訳では無いのに、妙にくすぐったい気分になるのは何故なぜだろう?


「これだったら……もっといいのが作れるわね――実際に動くようにも出来そう♥」


 ――楽しそうだ。


 俺は苦笑すると、


「もう少しすると、ハロウィンですし……いいんじゃないですかね」


 俺がそう言うと――えっ、いいの!――と白雪さん。目を輝かせる。


流石さすがに――普段からこの恰好をしろ――と言われると困りますけどね」


 期間限定で――と提案してみる。それから、


「駅前の商店街の方とも相談して、スタンプラリーを開始するのもいいかも知れませんね」


 景品を『お菓子』や『コーヒー券』にすれば、次の集客にもつながるだろう。


「勇希くん……」


 白雪さんは俺の両手を取って、キラキラとした眼差しを向ける。

 趣味と実益を兼ねた作戦は、どうやら気に入ってくれたようだ。


 しかし――こんな綺麗で優しい人が、どうして姉さんや小鳥ちゃんと知り合いなのだろうか?


 不思議で仕方が無い。


「じゃあ、時間も勿体もったいないですし、行きましょうか? デートに……」


「そうね! 勇希くん……あっ! あのお店にってもいいかしら――」


「えっと、何処どこですか?」


 『占いの館』と看板が出ている。


「部室棟ですね。それなら、こっちからでも行けますよ」


 俺は白雪さんの手をしっかりと握る。


「あら♥」


「どうしました?」


「うんん、何でもないわ」


 白雪さんはそう言って、いつもと変わらない笑みを浮かべた。

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