症例6.気が付くと君がいつも傍にいた!

第54話 はい、ただいまです!


「兄さんよ! あたしは帰ってきた!」


 雛子が叫ぶ――はいはい、そうだね。

 家の前だと近所迷惑なので止めて欲しい。


 考え無しに莉乃を追い掛けて、北海道まで行った訳だが――何とか無事(?)に帰ってくる事が出来た。


「兄さんの告白がTV中継されたな」


 ――うっ、無事では無かった……。


 雛子よ……思い出したくないので止めてくれ!


「はい! まさか来てくれるとは思っていなかったので、おどろきました♥」


 と頬に両手を当て、莉乃が嬉しそうに言う。

 改めて言われると照れ臭いな――れというのも、


「雛子が莉乃のスマホさえ、うばわなければ……」


「ヒナコちゃん――盗みは良くありませんよ!」


 めっ!――と莉乃も注意するが、


「でも、ああしなければ、兄さんはリノを追い掛けはしなかった――二人のためにやった。あたしは間違ってなどいない」


「はうっ! 確かに――ヒナコちゃん、ありがとうございます!」


 ――おいっ!


 何故なぜかお礼を言う莉乃。

 ダメだ――頼りにならない。


「ふっ、あたしを敵に回すには、リノはまだ……未熟!」


 雛子はそう言って、ほくそ笑んだ。

 何を言っているのやら――困ったモノだ。


 そう言えば――と雛子、


「リノの両親にも挨拶をしたな」


 と告げる――確かに、何だったのだろう……あの時間は?

 TV中継された所為せい気不味きまずい雰囲気になってしまった。


 普通に、いつも送ってくれる野菜のお礼を言いたかっただけなのに――


「大丈夫です! 気に入られていましたよ!」


 と莉乃。悪いが、あまりフォローになっていない。

 続けて――


むしろ――娘さんをください!――って、言ってくれても良かったんですよ♥」


 何を言い出すのやら……実質、そう挨拶してきたのと同じだろう。

 まったく、俺の彼女にも困ったモノだ。


 ――なぁ、雛子。


 そんな俺の心情を見透かしたかのように、雛子は――全然、困っていないだろうがっ!――と視線を向けてくる。


「はい、すみませんでした」


 俺が口に出して謝ると、莉乃は不思議そうに首をかしげた。

 雛子は、そんな俺の様子に軽く溜息をいた後、


「しかし、農作業を手伝うハメになってしまうとは……」


 と遠い目をした――いや、お前はあまり戦力にならなかったぞ。

 まぁ、いい経験にはなっただろう。


「また、来年も行きましょうね!」


 空気を読めていない莉乃のその発言に、雛子があからさまに嫌そうな顔をする。


「兄さん――あたしの心は、今の宇宙そらのように震えている……!」


 何と戦う気なんだ? 俺の妹は……。


「じゃあ、ユーキくんと二人っきりで――」「させるかぁ‼」


 両手をパンと合わせ、名案を思い付いたかのような莉乃の発言に、雛子が即座そくざに反応する。


「忘れないでくださいね、ヒナコちゃん。ユーキくんはわたしのモノなんですからね!」


「何を言っている……これはあたしの兄さんだ!」


 ――お前ら……その遣り取り、よくきないな。


 北海道の青く晴れ渡った、何処どこまでも続くような広い空がなつかしい。

 東京の空をあおぎ見て、ふと思い出す。


 色々あったが……俺は――いや、俺達は帰ってきた。


「ホント――色々あったよ……」


 旅のはじき捨て――とはよく言ったモノだ。

 過ぎてしまった事は仕方が無い。今の問題はこちらでの暮らしだろう。


 急にバイトを休んでしまったため、白雪さんにも迷惑を掛けてしまった。

 店がいてる時間帯に、お土産を持って謝りに行こう。


 軽音部の部長に任命されたというのに、早速、放り出す形になってしまった。

 バイトの件も含めて、真夏と時雨には、しばらく頭が上がらないな――


 だが、一番の問題は夏休みが無くなってしまった事だろう。

 不味いな――宿題をやっていない。


 ――もう、笑うしかないや……アハハハハ。


「はわわわわっ⁉ ユ、ユーキくん……大丈夫ですか?」


「兄さんが……遠い目をしている!」


「ああ、悪い――」


 心配そうに俺を見詰める二人に気が付き、正気を取り戻すと、


「お帰り」


 そう言って微笑んだ。


「はい、ただいまです!」


 ――やっぱり、莉乃は可愛い。


「……」


「…………」


「……………………」


「兄さん、早く入ろう」


 ――おっと、そうだった。


 悪い――と雛子に謝る。

 俺は鍵を開け、ドアノブに手を掛けると、二人に視線を送る。


 覚悟してくれ――と目配せしたつもりだったが、雛子は兎も角、莉乃には通じていない様子だ。


 さて、姉さんがあまり散らかしていないといいんだけど――


「兄さんは、ときの涙を見る」

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