第53話 わたしは嘘を吐くのです。


 悪い癖ですね――マユちゃんからの電話に、わたしは色々と話してしまいました。

 つい心を許してしまうのは、彼女の人柄の所為でしょうか?


『ふーん、そうだったんだ……』


 とマユちゃん。驚かないのは――恐らく、気が付いていたのでしょう。

 好きな男の子の事には、誰だって敏感ですからね。


「そうだったんです……」


『――でさ、リノはどうしたいの?』


「わたしは――」


 そんなのユーキくんの一番になりたいに決まっています。

 でも、今はその勇気がありません。


 そうです――いつも、わたしに沢山の勇気をくれていたのは……ユーキくんでした。


『もしもーし……リノ、大丈夫?』


「すみません。マユちゃん――マユちゃんもユーキくんの事が好きなのに……わたし――」


『ボク、リノの事……嫌いだよ』


「はひ? ゴ、ゴメンなさひ!――そ、そうだったのですか⁉ そうとは知らずに馴れ馴れしく……で、でも、わたしはマユちゃんの事、大好きなので出来ればチャンスを――」


『ウ・ソ』


「????」


『だから、リノの事……嫌いなのはウソ――でも、今日みたくウジウジしているリノは嫌いかな……』


 そう言って、マユちゃんは電話の向こうで笑いました。

 本当は彼女だって、ユーキくんの事が好きなのに……。


 その好きな人のそばに、わたしみたいな女の子が居るのは嫌なはずなのに――

 それでも、わたしをはげましてくれる。


 ユーキくんと仲がいいのもうなずけます。

 そうですね……ユーキくんとマユちゃん――二人は何処どこか似ています。


『去年のクリスマス会の話なんだけど――聞いてもらってもいいかな?』


「はひ?」


 クリスマス? 今は夏なのですが……。


『高校に入ったら――キミの歌はすごい――って言われると思っていたんだよ』


 マユちゃんの歌は素敵です。すごいと思います。


『でもね――違ったんだ……それはプロの人のコピーでしかなかったみたい。自分だけの『色』というか、『味』というか――そういうのが無いって、先輩に言われたんだ』


 少し分かる気がします。


 アイドルをやっていた時、当然、皆で歌うのですが――仲間との、会場の皆との一体感――本当の意味でアレを経験するには、上手いとか下手とかだけではなく、それ以外のモノが必要です。


『ボクはあせっていたんだ――どうすればいいのか分からなくて、バイトやライブを頑張って……結果、無理をしていたんだ』


 ユーキくんから聞いた事があります。

 マユちゃんが熱を出して倒れた事がある――と。


 だから――無理をしているようだったら教えてくれ――と頼まれています。

 そんな心配――必要ない――と思っていました。


『ボランティアみたいなモノで、そんなモノに出るのもバカバカしいとさえ……あの時のボクは思っていたんだ』


 確か、マユちゃんは――ガールズバンドのリードギターを務めている――と聞いています。そちらを優先していたのでしょう。


『だから、ばちが当たったのかな――熱を出して、倒れたんだ』


 そう言えば――クリスマスはお寺でライブをやる――とユーキくんが言っていました。


 去年やった、保育園の児童や老人ホームの人達を集めた演奏会が好評だったそうです。


『ギターの男の子が医務室まで運んでくれた――と聞いていたんだ。だけどボク、意識が朦朧もうろうとしていてね……最近まで、部長の事だと思っていたんだよ』


「ユーキくんだったんですね」


『そう……ユーキだったんだ。帰りはタクシーで送ってくれて、そこで――満足のいく演奏が出来なくてゴメン――って言われたのだけは覚えている……違うのにね』


 確かに、わたしが居たグループでも――レベルが一つ違うな――って思うは居ましたね。


 でも、そのが休んだ時の方が、会場が盛り上がって、皆が楽しんでくれた――そんな事がありました。


『ボクが居ない方が――きっと皆、楽しくやれるんだよ』


「違います! それは違うんです!」


 何故でしょう。聞いていて、すごくやしいです。

 わたしでは、上手く言えませんが――きっと、ユーキくんなら……。


『分かってる……それが切欠きっかけなんだ――退部しようと思って、部室に行ったらユーキが居て……何て言ったと思う?』


「辞めないで――ではないですよね……」


 うーん、何でしょう?


『だったら、俺が辞める――って返したんだ』


 はて? 意味が分かりません。


『そ、ボクも――意味分かんない――って言ったんだ』


 多分わたしも、同じ事を言うと思います。 


『そうしたら――今の俺は、お前と同じ気持ちだよ――って言われた』


 ユーキくんらしいですね。そう言われてしまっては、考えてしまいます。


『ボクも単純だよね。その時からかな――ユーキに興味を持ったのは……』


 ユーキくんは、やっぱり『変』ですね。

 もっとカッコよく、出来ないのでしょうか?


 ――いえ、そういうところがカッコイイんです!


『ねぇ、リノ――勝負しようよ』


「はひ? しょ、勝負……ですか?」


『うん』


 どういう事でしょうか?

 わたしはあまり、他人ひとと争うのは好きでは無いのですが……。


『今度、皆で遊園地に行くのは知ってるよね?』


 はい、わたしはまだ人混みが苦手なので、ユーキくんが気を利かせて断ってくれました。


 本当は行きたかったのですが――ヒナコちゃんの面倒を見て欲しい――と頼まれています。


 ユーキくんらしい、気の遣い方ですね。

 そうでした――ユーキくんはいつも、わたしを守ってくれていました。


『ボク、ユーキに告白するよ――』


「分かりました」


『いいの?』


「はい、わたしは親友のマユちゃんにも、妹のヒナコちゃんにも――誰にも負けない自信があります!」


 ――嘘です。


『お、いいねぇ』


 本当は、勇気が無いだけです。

 多分、ユーキくんにはマユちゃんの方が合っています。だから――


「ユーキくんは誰にも渡しません!」


 わたしは嘘をくのです。

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