第51話 兄さん! 牛乳


 出された料理は見た目も普通だし、味にも問題は無い。

 だが――


「ここが観光地で、牧場の中にある――という点を考えると、見た目と味のインパクトに欠けますね」


 ――てらわなかった正統派 ゆえの欠点とも言える。


 これでは『わぁ、ここに食べに行きたい』『今度はこれを頼んでみたい』とは、ならないだろう。


 立地的にも車で来る必要がある――いや、北海道の人は皆、車を持っているか。


「リピーターの獲得が難しいかも……」


 シェフである叔父さんの視線を感じる。

 しまった――つい言ってしまった。


 ――何だろう? たまにこういう時があるよな、俺……。


 まぁ、言ってしまったモノは仕方が無い。俺はメニュー表をチェックする。

 小鳥ちゃんに付箋紙ふせんしとペンをお願いした。


 イタリア料理のレストランらしく、ピザやパスタが中心だ。

 東京の駅前であれば、人は十分に集められただろう。


「えっと――正統派のメニューである事は問題ありません。ランチとディナーもコース別に選べるので、分かりやすくていいです」


 ――だが、物語が足りない。


 牧場で作っている加工品も使っているのだろうか?

 だったら、それを前面に押し出すべきだ。


「恐らく問題は、来てくれたお客さんをどうやって楽しませるか――ではないでしょうか?」


 東京など、人口が多くて、交通の便が良ければSNSでの宣伝が有効だが、ここではそうもいかない。


 この店が悪いのではなく、町全体で観光としての流れが上手く機能していないのだ。


 バスで牧場に来た団体客か、湖の近くにある旅館に泊まっている観光客くらいしか、ここへは来ないのだろう。


 ――だが、今はそれを言っても仕方が無い。


 俺はペンを取ると『ゆっくり柔らかくなるまで煮込んだ』とか、『地元野菜を使った自慢の一皿です』とかを付箋紙ふせんしに書き、メニュー表へと張る。


「こんな感じにしてはどうでしょうか?」


 これで少しは、お客さんがワクワクしてくれるだろう。

 だが、この程度の事は、何処どこの店でもやっている。


「この地域の特色を生かしたメニューを作りましょう!」


 勿論もちろん、それは既にやっている――との回答だった。


「ええ、それは俺も理解しています」


 なので――『特製』、『季節限定』などを書き足す。

 これで観光客へのアピールは大丈夫だろう。


 次は地元から客を呼ばなければならない。


「まずは定番のメニューを見直しましょうか」


 観光客をターゲットとしたメニューに、地元客をターゲットとしたメニュー。

 そして――特別な日に家族や『大切な人』と食べるためのメニューだ。


 『大切な人』――莉乃が俺に教えてくれた事だ。



 ▼    ▽    ▼



 色々と偉そうな事を言ってしまったが、納得してくれたので問題ないだろう。

 牧場を見学しながら食べられるように、テイクアウト用の料理もいくつか考えた。


 後は調理の手間や食材に掛かるコストを考えて、調整するだけだ。

 何だろう? 話している内に楽しくなってしまった。


「後は、観光客だけではなく、地元の人にも食べに来て貰えるように――って、もうこんな時間⁉」


 つい、話し込んでしまった。俺は慌てる。

 莉乃と雛子は呆れているだろうか――と心配し、店内を見渡す。


 だが、二人の姿は既に無かった。

 話が長くなると踏んで、牧場の『乳搾り体験』に行ったらしい。


 ――動物との相性は悪そうだが、雛子は大丈夫だろうか?

 

 しかし、そんな俺の心配など、無用だったようだ。

 戻って来た雛子は、


「今度から、この牧場の牛乳を飲むぞ!」


 と意気込んでいた。その台詞を聞いて、苦笑する莉乃。


 どうやら――ここの牧場の牛乳を飲んで、胸が大きくなった――と雛子に教えたらしい。


 確かに、レストランに居た莉乃の従姉いとこも胸が大きかった。

 しかし――


「それは嘘だ!……にゃん」


 と小鳥ちゃんがカッと目を見開く。


 やはり、小鳥ちゃんが実家に戻りたくない理由は、結婚させられるからだけではなく――身内に胸の大きい女性が多いからだろうか?


「莉乃ちゃん! 勇希くんをもう少し、貸して貰えないだろうか?」


 と叔父さん。どうやら、気に入られてしまったようだ。

 一緒にするのは失礼だが、植田や梅田、時雨も――いつの間にか懐かれていたな。


「兄さん! 牛乳」


 と雛子――やれやれだ。


「分かりました」


 莉乃も承諾する。

 いつもの事だが、俺の意思は確認されないようだ。


 翌日から、午前中は莉乃の実家の手伝い、午後は牧場――というパターンになってしまった。


 雨の日は客足が伸びない――との事で、俺は石窯を作って、親子でパンやピザを焼く体験を提案する。まずは地元の幼稚園児や小学生を呼ぶのがいいだろう。


 ――これで、観光客が少ない時期でも、一定の収入が見込めるはずだ。


 また、デザートが美味しかったので、地元の主婦達を集め、お菓子作りの教室を開く事も提案する。その際、料理を振舞えば、店の宣伝にもなるだろう。


 ――地元の人に愛されるお店の出来上がりだ。


 集まってくれた主婦達の中には、それぞれの家で作っている野菜や家庭料理を持って来てくれる人も居た。


 ――こういうのは、すごく有難い。


 早速、それを店のメニューにかす事を提案する。それらを利用したモノをお店で出して食べて貰い、更に道の駅で売り、他の商品にも目を向けて貰う作戦だ。


 ――これで少しは、地域に貢献こうけん出来ただろうか?


 そんな事をしていたモノだから、結果――俺は更に忙しくなるのだった。


 農作業の手伝いと、地域の振興しんこう、そして――莉乃の最後の芸能活動。

 あっという間に時間が過ぎてしまった。


 こうして俺の――いや、俺達の夏休みは終わった。

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