第49話 止めろぉー! 殺す気か……


「まぁ、待ってくれ……早起きする事も、仕事の内だ」


 雛子は偉いな――と頭を撫で、きかかえる。

 くだらない事に時間を使った所為せいか、空が明るくなってきた。


ずるいです」


 と莉乃。頭を撫でた事だろうか?

 俺は仕方なく、雛子の目を手でふさぐ。


「兄さん?」


 後でな――俺は莉乃の耳元でそうささやき、額にキスをした。

 少し恥ずかしいが、雛子と同じ扱いをしても、また喧嘩けんか(?)になりそうだ。


「えへへ♥ もう、しょうがないですねぇ」


 莉乃の機嫌が良くなる。

 チョロいな――まぁ、付き合い始めの内だけだろけど……。


「さぁ、朝食の前に済ませるんだろ――収穫と選別だったか?」


 昨日の説明では、夏の朝は涼しく、日照時間が延びているので――明るい中で仕事が出来ます――と言っていたな。


 まだ体力もあるため、農家にとっては仕事がはかどる貴重な時間らしい。

 勉強と一緒だな――雛子にも、いい経験になるだろう。


 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました――



 ▼    ▽    ▼



 こ、腰が痛い――確かに、これは腰を痛めたら、仕事が出来ないだろう。

 慣れていない所為せいもある。


 莉乃の家に戻ってきた俺はストレッチを行っていた。

 珍しく、雛子も一緒だ。


「兄さん、これはモービル――もしくはパワードなスーツの開発が必要だぞ!」


「そうだな」


「今直ぐ、ヒナフスキー粒子を散布しろ!」


「ヒナフスキー粒子、農業濃度散布!」


 取りえず、言ってみた。

 雛子の両手をつかみ、持ち上げてプラプラと揺らしていると、


「語呂が良くありません!」


 と莉乃。お茶を持ってきてくれたようだ。


「リノフスキー……いいえ――リノノコトガダイスキー粒子とかに変えるべきです!」


 そっちの方が、語呂が悪い!――という突っ込みは、今回はなしだ。


「断る! それは既に散布済みだろうが!」


 と雛子。


「えっ⁉ そうなんですか?」


 莉乃が期待を込めた眼差しを向けて来たので、俺は雛子を地面に降ろし、


「あー、そうだな。既に散布済みだ」


 と答える。


「じゃあ、わたしも……ユ、ユーキクンダイダイダイスキー粒子を散布しますね♥」


「止めろぉー! 殺す気か……この領域は危険だ――兄さん、離脱するぞ!」


 雛子にズボンを引っ張られた。



 ▼    ▽    ▼



 朝食をとった後、一度仮眠を取り、昼まで収穫作業を行う。流石にこれ以上、雛子に無理をさせる訳には行かないので、そのまま寝かせておく。


 莉乃の母親と小鳥ちゃんに、雛子の世話をお願いする。


 二時間程度の作業が終わり、そのまま畑でお昼かと思いきや、小鳥ちゃんが雛子を連れて呼びに来た。車に乗せられ、着いた先は牧場だ。


 どうやら、小鳥ちゃんの本当の目的は、農作業を手伝わせる事よりも、こっちだったらしい。パンフレットやホームページに載せる写真が欲しいそうだ。


「リノが帰って来たにゃ――って言ったら、皆にお願いされたにゃん☆」


 と小鳥ちゃん。猫のポーズを取ると、莉乃が凄く嫌そうな顔をする。


「昨日、叔父さんにも頼まれたにゃん☆」


 ――叔父さん? ああ……昨日、車を運転してくれた人か。


 正直、俺としては――莉乃にお願いしたら、猫のポーズをしてくれないだろうか?――という考えで、頭の中が一杯だった。


 ――凄く可愛いに決まっている!


「はわわわわっ! ユ、ユーキくん、大丈夫ですか?」


 突然、膝を突いた俺を心配して、莉乃が声を掛ける。

 俺はそれを手で制し、


「ああ、すまない――莉乃が『にゃん☆』って言っている姿を想像したら、可愛いと思って……」


 と説明する。


「はうーっ! ……にゃ、にゃん☆ こ、こうですかにゃん?」


 ――くっ、想像以上だぜ!


「ちょ、ちょっと待つにゃ! 小鳥ちゃんのアイデンティティを取らないでにゃ!」


 そう言って、小鳥ちゃんは莉乃につかみ掛かるが、パワーで押し返される。


「お姉ちゃんは『小鳥』って名前なんですから、『チュン』だの『クルッポ』だの言っていればいいんです」


「そ、そんにゃ……」


 小鳥ちゃんはその場にへたり込み――ガクリッ――と落ち込む。

 こういう姿を見て――可哀想だ――と思ってしまうのが、俺の悪い癖なのだろう。


「あー、莉乃……可愛過ぎるから、『にゃん☆』は封印した方がいい」


「はい……ユーキくんがそう言うのであれば、仕方がないですねぇ――お姉ちゃん、ユーキくんに感謝してくださいね♥」


 そう言って、ニコリと微笑む莉乃。

 小鳥ちゃんはその笑顔に戦慄せんりつした後、俺に抱き着く。


「ユッキー、ありがとにゃん☆」


「あー、分かったから……早く離れた方がいいと思うよ――ほら、莉乃が怒ってる」


「怒ってませんよ……彼女ですし――余裕です」


 ――いや、絶対怒ってる。


「うにゃっ!」


 小鳥ちゃんは――ビクッ――と反応すると、慌てて俺から離れた。

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