第46話 何度でも言う。


 空港からはバスで目的地へと向かった。

 正直なところ、飛行機も北海道も初めてだったが、雛子の手前、平静を装う。


 初めて乗る飛行機に雛子ははしゃいでいるようだった。

 飛行機が滑走路に移動する際は、


「こいつ……動くぞ! 次は何をすればいい? 兄さん!」


 と言い、離陸する時は、


「余計な鎖は外してやるから、見せてみろよ! お前の力……」


 と言い、上昇する際は、


「魂を重力に引かれる……止まるんじゃねぇぞ……ガクッ」


 と言い、降下する際は、


「まだ、終わらんよ! こんなところじゃ終われねぇ! だろ!」


 と言い、着陸する際は、


「落下速度がこんなに速いとは! 連れてきゃいいんだろ!」


 と時折、鉄の華を咲かせる。


 ――まぁ、無事に着いて良かった。


 姉さんと白雪さん、それから小鳥ちゃんにも連絡を入れておく。

 それにしても、どうして莉乃から連絡が来ないのだろうか?


「あたしが、リノのスマホを持っているからな」


「おいっ!」


 思わず、雛子に突っ込んでしまった。

 それは無いだろう――いや、莉乃に無視されていた訳では無いので良しとしよう。


 俺達が着いた先は湖だ。天気も良く、観光客が多い。


「ん? この感じ――リノ⁉」


 雛子が振り向く。


「いや、そっちは遊覧船だ――そういう能力も無いのに、如何いかにもな感じ止めような」


 迷子になるといけないので、俺は雛子と手をつなぐ。


「分かってるよ! だから世界に……人の心の光を見せなきゃならないんだろ!」


 ――うん、分かってないな。


「さて、予定の時間より少し早いけど……何か食べるか?」


 折角、北海道に来たのだ。

 少しくらいは、雛子に美味しいモノを食べさせてやりたい。


 平日だが、人の流れを見る限り、何処どこも混んでいそうだ。

 まぁ、夏休みなので観光客も多いのだろう。


 あっちの人だかりはTVの撮影だろうか?

 ワイドショーか何かの中継のようだ。


「北海道だ! 『ジンギスカン』に決まっている」


 ――決まってないよ。


「いや、夕飯じゃないから……もっと軽いヤツで――」


 だいたい、『ジンギスカン』の店なら東京にもある。

 今度にしような――いや、通販でセットを買えば、家でも出来るか……。


 皆に声を掛けて、外でやるのもいいな。

 植田や梅田はそういうの張り切りそうだ。


 北海道といえば、春は花見で『ジンギスカン』、夏は車庫で『BBQ』、秋は河原かわらで『ちゃんちゃん焼き』、冬はお店で『味噌ラーメン』と相場が決まっている。


 『唐揚げ』よりも『ザンギ』を愛し、『素麺そうめん』よりも『緑色の麺』を食す――と聞いている。


 『ジンギスカン』の作り方は莉乃が知っているだろうから――うう、莉乃……。

 俺は彼女に会って、何を言えばいいのだろうか?


「兄さんがリノみたくなってる……」


 それは表情がコロコロ変わる――という事だろうか?


「悪い……ちょっと弱気になって――」


 顔を上げたそこに、見覚えのある少女の姿をとらえた。目立たないように地味な衣装で、どういう訳か眼鏡を掛け、髪型は三つ編みだったが――間違いない。


 何故なぜ、変装をしているのか分からないが――莉乃だ。


 ――パシッ。


 文字通り、雛子に尻を叩かれる――アレはお前の獲物なんだろ?――という事か。

 俺はその手を離し、駆け出した。



 ▼    ▽    ▼



「――やっと見付けた!」


 莉乃は大きな瞳をパチクリさせる。地味な格好をしていても、俺にとって――彼女はどんな女の子よりも魅力的で可愛らしく映る。


「ユ、ユーキくん……あ、あの⁉ どうしてここに?」


 やはり驚いている。どういう訳か、小鳥ちゃんは莉乃に俺達の事を知らせなかったようだ。俺は雛子から受け取ったスマホを渡す。


「忘れ物だ――これ、莉乃のスマホだろ?」


「はひ? わ、態々わざわざ――何故なぜ、北海道に……」


 莉乃は上から下まで、俺をじっくりと観察する。


「あ、あの……マユちゃんと付き合う事にしたのでは……」


 何やら、小声でつぶやいたので、


「何か言った?」


 といてみる。莉乃は慌てて首を横に振り、


「な、何でもありません! 忘れてください!」


 と顔を真っ赤にする。そんな声や仕草も、やはり可愛い。

 放っては置けないタイプの女の子だ。


 俺はなるべく、自然な感じで笑顔を作ると、もう一度告白する。


「莉乃、何度でも言う。俺は君が好きだ――だから、一緒にっ……」


 ――ドンッ!


 後ろから、誰かに押される。

 このタイミングでこんな事をするのは――小鳥ちゃんだろうか?


 前にもこんな事があったような気がする。

 確か、以前は壁に手を突き、彼女との衝突を防いだが……今回はそうも行かない。


 俺は莉乃を抱き締めた。少しクセのある髪。微かに汗を掻いた額。大きく澄んだ瞳――そして、ピンク色の小さな唇。


 こんな事、今までに何度もあったはずなのに、何度も我慢してきたはずなのに、今の俺は止まれそうに無い。


 ――それは……莉乃も同じだったのだろうか?


「わ、わたしもです! そのっ……ずっと、ユーキくんが好きでした!」


 顔を真っ赤にし――だが、その瞳は真っ直ぐに俺を……俺だけを見詰めている。

 俺は、その伊達眼鏡を取ると、


「男は嫌いじゃなかったのか?」


 彼女の腰に手を回し、頬に触れる。


「知らなかったんですか? ユーキくんは特別なんです……」


 俺は莉乃にキスをする。その瞬間、周りから歓声が沸いた。

 驚き、慌てて周囲を確認する。


 既に人だかりが出来ていて、カメラが回っていた。


「は、はわわわわっ!」


 と莉乃。そういえば、TVの取材をしていたようだが……。


「い、今……TVの生中継の撮影があって――」


 莉乃が一生懸命、説明しようとする。

 近くには複数の女子のグループが居た。


 莉乃の所属していたローカルアイドルのグループだろうか? 少し離れた場所でニマニマと笑う雛子に、カメラの横で嬉しそうにサムズアップする小鳥ちゃん。


 逃げなければ――しかし、こんな人の多い場所で、俺が雛子を置き去りに出来る訳が無い。考えてみれば、雛子がスマホを出すタイミングも可笑しい。


 もしかして、まためられたのか――

 すべては作戦通りという事だろうか?


 ――まぁ、仕方が無い……流石にもう慣れた。


「莉乃」「はひ?」


「何度でも言う。俺は君が好きだ――だから、俺と付き合ってくれ!」


「は、はい――あの……」


「何だ?」


「わたしも好きです♥」


 そう言って微笑む莉乃に、俺はもう一度キスをした。


「莉乃」「ユーキくん」「莉乃」「ユーキくん」「莉乃」「ユーキくん」


 一旦、スタジオに戻します――

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