第45話 もう帰っていいぞ


 翌朝――


「これでよしっ――と……」


 珍しく、姉さんがスーツでビシッと決めている。

 どうやら、見送りのため早起きしてくれたようだ。


 今は雛子の髪をセットしている。


 ――珍しい事もあるモノだ。


「会社は?」


 俺の質問に、


「時差出勤よ――それよりどう? ゴスロリも捨てがたいけど……」


 ――止めてくれ。


 確かに似合うが、一緒に居る俺が恥ずかしい。


「どうだ? 兄さん……」


 雛子はその場でクルリと回る。

 ゴスロリの衣装ではなく――随分ずいぶんとボーイッシュな恰好だ。


 似合ってはいるが――ん? ボーイッシュ⁉


「そ、その髪……」


 俺が指差すと、


「サクヤに切って貰った」


 と得意気に胸を張る。

 切る前にせめて一言、言って欲しかったが――まぁ、仕方が無い。


 俺をおどろかせたかったのだろう。

 きっと、この間の海水浴で――旅行に長い髪は向かない――と学習したようだ。


「そうか……似合っている」


 そんな俺の一言に、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「なぁ、姉さん……」


 俺は小声で耳打ちする。やや不機嫌に――何よ――と姉さん。

 自分のコーディネートにケチを付けられるとでも思ったのだろうか?


「最近の雛子――何だか妙に可愛いと思って……」


 ああ――と姉さんは頷き、微笑むと、


「少女である事をやめて、女になったのよ」


 意味の分からない事を言う。だが、やけに嬉しそうだ。

 雛子は用意していた玩具の仮面を付けると、


「あたしは人間をやめるぞ! 兄さん!」


 ウリイイイイッ――と笑う。


 ――こいつ、人間までやめようとしてやがる!


 どうやら――人間賛歌は俺の賛歌である――という事を教える必要がありそうだ。



 ▼    ▽    ▼



 雛子から仮面を取り上げ、正気に戻した俺は雛子を連れて家を出発した。


「やはり北海道か……いつ出発する? あたしも同行する」


 雛子的には邪悪な吸血鬼でも倒しに行くつもりなのだろうか?

 残念ながら、空港までは電車での移動だ。


 途中――


「兄さん……攻撃を受けて――」「ないぞ」


 人混みに酔ったのだろう。あまり外出しないため、こうなる事が多い。

 時間に余裕を持って出て来たのは正解だったようだ。


 俺は雛子を連れ、駅に併設されている百貨店で休憩していると――


「お、式衛じゃん」「じゃん」


 と植田と梅田が現れる。こんなところで会うとは珍しい。


「何の用だ?」


 俺の質問に、


「あれあれ、春野さんは?」「春野さんは?」


 二人はキョロキョロとする。


 ――今、それをかないで欲しい。


 更に胸の前で手を山型に動かし、『おっぱい』のジェスチャーをする。

 そういう事をするから、莉乃が男子を苦手になったのだろう。


 止めろ!――と俺が言おうとすると、雛子がすっくと立ち上がる。


 ――雛子、ベンチに立つ‼


 こいつ……動くぞ!――いやいや、行儀が悪いので、そんな事しちゃいけません!


「おい、植田……かがめ!」


「あっれぇ? 雛子姫じゃん――少年かと思ったぜ……」


 と梅田。


「ぐへへ、引きもりは卒業したのか?」


 そう言いながら、植田はかがんだ。


 ――ホント、上からの物言いに弱いな。


 雛子は飛び上がると、植田を踏み付けた。


「オレを踏み台にしたぁ⁉」


 ――いや、分かっててやっただろ……その台詞、言いたかっただけだよな?


 そして、雛子は梅田に回し蹴りをする。

 かろうじて、当たってくれた――というところだろう。


 雛子は体幹たいかんが弱いので、着地は無理だ。

 仕方なく、俺がキャッチする。


 変な落ち方をして、頭でも打ったら危ないところだった。


「いてえよ~‼」


 と梅田が声を上げた――いや、痛くは無いだろう。

 随分と余裕があったように見えるが……。


「お前の命は後一分……死にたくなければ質問に答えろ!」


 と雛子――まったく、こっちはこっちでぐ調子に乗る。


「いや、コイツ等にく事なんて、何一つない」


 おっと、つい言ってしまった。


「そうだった……ノリでやってしまった――もう帰っていいぞ」


 しっしっ――と雛子。

 人見知りのクセに、知り合いにはとことん強い。


「ひでぶっ――間違えた」「ひでえなぁ」


 と二人。仕方が無いので話をくと、どうやら割引券を貰ったので、水族館に行く途中らしい。


 俺も誘おうとしたが、莉乃が一緒だと思って止めたそうだ。


 ――何故なぜに?


「だって――」「なぁ――」


 互いに顔を見合わせた後、


「イチャイチャするだろ?」「そう、イチャイチャ」


「いや、そんなにイチャイチャしてないだろ」


 俺が反論すると、


「イチャア‼」


 と雛子が声を上げる。すると、


「イチャチャチャチャーっ!」「イチャチャチャチャーっ!」


 二人も便乗する。


「分かった、悪かった……俺が悪かったから、恥ずかしいから止めろ!」


 ――まったく、無駄な時間を取らせやがって。


「で、お前らは――」「何の用事だよ?」


 二人の質問に、


「愛を取り戻しに!」


 雛子が答える――いや、何でお前が?


「へ、どうやら、明日を見失っちまったようだな」


「微笑み忘れた顔なんか、見たくないぜ……」


 そう言うと、何故なぜかいい顔をする二人に肩を叩かれた。

 詳しく聞かれないのは助かるが、納得がいかない。


 まったく、何なんだよ! お前達は――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る