第44話 話は分かったわ


「どういう事だ……雛子」


 家に帰ると、雛子は珍しく、一人でリビングに居た。


 てっきり――自分の家で部屋に引きもっている――と思っていたが変わったようだ。


 その長い髪をまとめたのは、莉乃だろう。

 彼女の趣味らしく、洋服に合わせた可愛らしいリボンがむすんである。


 雛子は最近、女の子っぽい格好をしている事が多い気がする。その事を指摘すると、また、変な文字の書かれたTシャツを着そうなので黙っておこう。


「北海道の実家で何かあったらしい……コトリのヤツが莉乃を連れて行った」


 淡々と語る雛子に、


「そうか……」


 と俺は頷く。一瞬、雛子につかみ掛かり――どういう事だ!――と問いただしそうになったが、何とか思いとどまった。


 それは意味のない事だし、手も洗っていない。

 雛子は不思議そうな表情で俺を見詰めている。


「悪い――」


 俺は一言告げると、一旦その場を離れ、洗面所へと向かった。


 少し混乱しているようだ。

 別に今朝、俺が告白したから出て行った訳ではないのだろう。


 洗面所で手洗いうがいを済ませ、少し乱暴に、バシャバシャと顔を洗った。


 一度、気持ちの整理をした――という方が正しいだろう。

 鏡にはいつも通りのえない自分の顔が映っている。


「……兄さん」


 俺を心配したのか、雛子がのぞきに来たようだ。

 ポタポタと水滴が落ちるので、タオルで顔をく。


「大丈夫だ」


 俺がそう答えると、何処どこか安心した様子の雛子。

 さて――今朝、俺は莉乃に告白したのだが、何処どこまで聞いているのだろうか?


 俺が近づくと抱き着いて来たので、その頭を優しくでた。

 その間、身動きの取れない俺はスマホを操作したが、莉乃からの連絡は無い。


 ――さて、どうするか?


 本来なら、莉乃からの連絡を待つところだが、妙なあせりがあった。


「兄さん?」


 雛子が俺を見上げながら首を傾げる。

 今直ぐにでも、莉乃を追い掛けたいところだが、


「まずは姉さんの帰りを待とう――雛子、俺も北海道に行くつもりなんだが……一緒に――」


「行くぞ! 正直、置いていかれるのかと思った」


 雛子は安堵あんどする。俺が雛子を置いていく訳がないだろうに……。

 むしろ――どうやって連れて行こうか――と考えていたところだ。


「でも、いいのか? あたしは邪魔じゃないのか?」


 バカな事を言うモノだ――そんな事を心配していたのか?


「俺にも莉乃にも……多分、まだ雛子が必要なんだ――頼む、力を貸してくれ」


「兄さん……」


 雛子が――ちょいちょい――と手招きをする。

 顔を貸せという事だろうか?


 俺が膝を突くと、


 ――チュッ♥


 雛子が俺の頬にキスをした。それから、頬を赤らめると、


「大好きだぞ」


 そう言って、恥ずかしそうに微笑む。



 ▼    ▽    ▼



「話は分かったわ」


 と姉さん。帰ってきて早々に悪いと思ったが――話がある――と相談したところ、意外にもすんなりと了承りょうしょうしてくれた。


 ――いや、最初から知っていたのだろう。


 普通に考えれば、莉乃が黙って居なくなる訳がない。


「これ、飛行機のチケット」


 姉さんが手渡してくれる。

 俺と雛子の分だ。日付は明日になっていた。


「あんたがヒナちゃんの事、一人残して行く訳ないでしょうが……その位、お姉ちゃんだもの――分かります」


 やれやれ――多分、俺は姉さんに一生勝てそうにない。


「行きの分だけ用意して上げたから――帰りは小鳥に出して貰いなさい」


「ありがとう、姉さん」「すまない」


 俺と雛子は礼を言う。


「小鳥とは、連絡が付いているわ――今、莉乃ちゃんと一緒に仙台に居るそうよ……」


 ――何故なぜに仙台?


 俺と雛子は顔を見合わせる。

 姉さんは両手を上げ――さぁ?――とポーズを取った。


「一応、ローカルアイドルのイベントがあって――顔を出す必要があるにゃん☆――と言っていたけれど……あれは多分、観光が目当てね」


 流石、親友だ。小鳥ちゃんの思考を読んでいる。


「あの、自由だから――ああ、そうそう……後で被害を受けるのは嫌だから、白雪先輩にも連絡しておきなさいよ」


 私まで文句を言われたくないからね――とぼやく。


「それは大丈夫だ。バイトも代わりに友達が入ってくれる事になった」


 真夏と時雨にお願いした。真夏には事前に、小鳥ちゃんから連絡があったらしい。

 恐らく、白雪さんを恐れた結果だろう。


 白雪さんは二人の先輩らしいが――どうして、そこまで恐れられているのだろうか?


 以前――聞くな!――と言われてしまったため、俺はそれ以上、詮索する事を止めていた。


「じゃ、明日あす出発ね――昼には向こうの空港に着くでしょうから『お土産』……じゃなかった」


 コホン――と姉さんは咳払いをする。


「バスでの移動になるから、順調なら夕方に合流できるわ」


 『お土産』を忘れるな!――という事のようだ。


「分かったよ……姉さん」


 俺は苦笑しつつも――きっと、すべて上手く行く――そんな根拠のない自信があった。


「まさか、あんな事になるなんて――この時の俺は、まだ知るよしもなかった……」


 雛子……変なナレーションを入れるのは止めてくれ。

 そういう事を言うと、本当になるから――

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