第43話 いや、謝らなくてもいいんだ


「式衛……お前が次の部長だ」


 ――あっさり言ってくれるな。


 そもそも、ここで公表するような話じゃないだろうが……。


 まぁ、要約すると、彼女と同じ大学に入るため、受験勉強をしなければならない。

 よって、部活どころではない――という話だろう。


 これを機に、先輩も真人間になってくれる事を祈るとするか。

 ただ、事前に本人の意思くらいは確認して欲しい。


 彼女の前なので、ここでごねるのも可哀想だ。

 それに部活のメンバーを考えると、俺が適任だろう。


 ――どうせ、大した活動もしていないしな。


 この部活に入るメリットは、楽器を学校に置いておける事と演奏しても近所迷惑にならない事くらいだろう。


 真夏は自分のバンドがあるだろうし、時雨は複数のバンドに助っ人で入り、気楽にやっているタイプだ。部長を引き受けるとは思えない。


 後は先輩のように厨二病をこじらせて、その勢いでバンドを始めた連中か……。


「分かりました」


 と俺が言って、その場で解散となる。


「ユーキ、頼りにしてるよ!」「流石はセンパイっス!」


 真夏と時雨が自分の事のように嬉しそうだが――それに合わせられる程、今の俺には余裕はない。


 ――何だが疲れた。莉乃が居ない所為せいだろうか?


「悪かったな小雨――付き合わせて」


 先輩はデートの続きのようだ。まだ遊園地を楽しむ気らしい。

 まぁ、話の流れから、今後は勉強でデートどころでは無くなるだろう。


 今の内に楽しむといい――しかし、真夏のために先輩を呼んだのだが、結果として、いいように利用されてしまった。


「いや、いいっスよ! センパイのお弁当、美味しかったっス……また作ってくださいっス♥」


 調子のいい奴だ。

 だが、今はその明るさに助けられている。


「それにデートと考えれば――そうっス、次は是非、二人っきりで……」


 時雨はそう言って、俺の腕に抱き着くと――目を閉じ、唇を付き出した。


 ――直ぐ調子に乗る。困ったモノだ。


 だが――お弁当を美味しかった――と言ってくれたので、良しとしよう。

 頭をポンポンしておく。


「おお、いつものセンパイに戻ったっス」


 何がいつもの俺なのかは分からないが、


「ありがとう。俺も楽しかったよ」


 と返しておこう。折角の遊園地だ。

 少しでも楽しい気持ちで終わりたい。


 だから――そろそろ、その組んでいる腕を離して欲しい。

 胸も当たっている……。


「真由もすまない――こんな結果になるなんて……」


 俺は時雨を引きがしながら答える。

 今日は中々離れないな――いつもなら直ぐに離れるのだが……。


「いや、謝らなくてもいいんだ――ボクはその……実は好きな人が別に出来てね……」


 何だ、そうだったのか? だったら先に言って欲しかったが――

 まぁ、色恋沙汰いろこいざただ。人それぞれだろう。


 タイミングが合わない事もある。

 俺も本当は、莉乃の事で一杯一杯だ。


 それはそうと、時雨が何かを察したようで、何処どこかに行ってしまった。

 あれ程、離れようとしなかったのに、アイツは何がしたかったのだろうか?


「最初は失礼な奴だと思っていたんだが――彼は妹さんの事を大切にしていて、優しくて、責任感もあって……後輩の女子にも好かれているんだ」


 妹か――妹は大事にしないとな。


 まぁ、実際に妹の居る奴の話だと、口煩くちうるさくて面倒らしい。

 俺の妹が雛子で良かった。


「実はボク、歌の事で悩んでいた時期があってね――皆はうまいね、上手だよって言ってくれるんだけど、それだけなんだ」


 皆――つまり、周りの連中――といっても、そのほとんどが学生だろう。

 感想としては、そんなモノではないだろうか? むしろ、貰えるだけありがたい。


「でも、彼は違ったんだ。彼の言葉で、ボクは立ち直れたんだよ――その後も、彼とは偶然会う機会があって……その度、彼に惹かれていく自分が居る事に気が付いたんだ」


 ギターは弾けるが、俺はあまり音楽の事は分からない。

 真夏にアドバイスが出来るなんて、本気で音楽に取り組んでいるのだろう。


 姉に言われて始めた俺とは、随分ずいぶんと違うようだ。


「気が付いたのは、この間なんだ。困っていた時に……どういう訳か、その彼の顔が浮かんで――それでメールをしたのだけれど……どうかしてるよね……でもね、彼はぐに来てくれたんだ」


 ――へぇー、良かったじゃないか……。


 これはみゃくありのようだ。


 今回の件は残念な結果になってしまった――と思っていたが、真夏が新しい恋を見付けたのなら問題ないだろう。


「そ、それでね……ユーキ。リノにはすでに断っているんだ。ボクは――」


 俺のスマホが振動する。


「あ、待ってくれ――」


 雛子からだ。電話とはめずしい――いや、緊急事態きんきゅうじたいだろうか?


 ――胸騒むなさわぎがする。


「どうした?」


「兄さん――落ち着いて聞いて欲しい」


 良かった――雛子の声音こわねは普通だ。怪我けがをした訳では無いようだ。

 しかし、胸騒むなさわぎは消えない。


「リノが北海道に帰った」


 頭の中が真っ白になる。


 ――どういう事だ?


 外だからだろう――取り乱す事は無かった。

 だが、そんな俺の様子を見て、真夏も不安そうな表情を浮かべる。


「一度、帰って来てくれ……詳しい事は後で話す」


「分かった」


 俺は電話を切る。


「どうしたっスか、センパイ……顔色悪いっスよ」


 何処どこに行っていたのだろう。いつの間にか時雨が戻って来ていた。


「ユーキ、大丈夫――じゃないみたいだね」


 と真夏。俺は心配そうに見詰める二人に、


「……」


 言葉を返そうとしたが、上手く言葉が出なかった。


 ――戻らないと。


「悪い、急いで帰らないといけない――」


 俺はそう言って、二人に背を向ける。

 最初は足取りも覚束おぼつかずにフラフラと歩いていたが、次第に駆け足になっていた。


「ボクって、タイミング悪いよね」


「仕方ないっスよ」


 二人が何やら言っているようだが、今の俺にはどうでもいい事だった。

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